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XV 黒色を、見る。

投稿が遅れてしまったことのせめてものお詫びで本日二度目の投稿です。


 一夜を越して、キミルとラミアは仕事の持ち場にて合流した。何故なのか、ラミアがキミルに対して放った言葉も、その前後の出来事も、全てが全て解決された過去のことのように思えていた。まさに、寝たら解決していたわけである。



 良くない夢を見ている心地で、キミルは思い出を振り返る。果報は寝て待て、とよく言うように、全ては寝たら解決していた。


 今回のことも、寝たら解決しているだろう、とキミルは他力本願のまま、眠りに落ちた。



 特に何も、思い出を振り返ったことによって教訓も、直接役立つ対策も得られていない。しかし、何とかなった、という成功の前例はキミルを安心させた。





 キミルとラミアが朝を迎えて、最初の言葉を交わす前に、慌ただしく人間がキミルらの泊まる小屋に入ってきた。



「天使様方! 盗賊が来ました、どうにかしていただけませんか!」



 慌てて人間が入ってくるなりこう言うので、キミルとラミアは呆気にとられ、数瞬反応が遅れた。しかしすぐに、彼らの口が開かれる。




「分かった、何とかしよう!」




 天使は神から力を与えられている。しかし、天使はに天界(ヘブン)いるもの、と神が定めておられるために天界(ヘブン)でない場所ではその力を用いることはできない。


 その事は、キミルとラミアも知っている。しかし、彼らの判断力は一部欠如している。加えて、天使であっても誰かしらに頼られると気分が高揚し、いわば調子に乗るものである。


 キミルもラミアも、この時、神に頼るつもりは毛頭無かった。人間に頼られている、自分達がこの状況を打破できないわけがない、と思い込んでいた。



 その考え方が、高慢さが、僭越さが、小さな歪みを生じさせたのであった。



 堕天使たちが盗賊が来た、という場所に到着すると、そこには屈強な男性がいて、村の倉庫から大量の食物を運び出していた。男たちの数はざっと数えても三十余り。集落の人間の数やその戦闘力を考えると、敵いそうにもない数だった。


 キミルとラミアは自分達も盗賊との戦いに乱入しようかと考える。人間とは違い、天使はその体を欠損することも、死に絶えることもない。ならば、盗賊が先に消耗して、集落を守れるのではないか。そう考えたのだ。




 キミルとラミアの足が、前へと進むため地面を蹴る―――と同時に辺りの光景は黒く、染まった。




 人間たちが何事だと騒ぐ喧騒の中で、キミルとラミアの異常に冷静な頭は自らの身に迫る危険を感知していた。








『神の降らせる炎は赤くも黄色くもない。その炎は、全てを呑み込む黒色(こくじき)―――』



   





 バクバク、と。キミルとラミアの心臓は歪に音を立てる。目の前の炎が、自分達によるものでも、人間によるものでもないことは怖いほどに明白だ。



 神の業火に焼かれた盗賊たちがどうなったか、堕天使たちには嫌でも理解できてしまう。

黒霞を伴う炎は、通常この世で見られるものではない。

 

 千に千をかけてもその炎の温度には届かず、千に万をかけた数にまで至らんとする。


 加えて、炎とは熱と光を伴うものであるはずなのに、黒は光を伴わない。地上で存在するはずの無い、まさに亀毛兎角の代物。神の手に依らずして存在し得ない事象だ。



 天使は総じて、神の御業を見たことがない。そのようなものが必要とされることが少ないのが理由だ。


 だから、神の存在は信じても神の力を、他の追随を許さないその超越性を、天使たちは信じられないと感じる。


 キミルとラミアも、同じだった。今の今までは。


 自分達は天使であるから、人間を超越する力を持っている。そのように感じていたのに、今しがた、知ってしまった。自分達も人間も同じ、神の一存でその姿が消え去ってもおかしくないような、弱い存在なのだと。



「……げるぞ」



 ラミアが震える体をどうにか制して言葉を発する。



「逃げるぞ、キミル!」



 神の言葉は全てを見て、全てを聞く。神の目・耳・手は、、地下、天界(ヘブン)や星の輝くところに至るまで、如何なる場所にも存在する。


 ラミアは知っていた。自分達に逃げ場など無いことを。神を前にして、勝ることなど有り得ず、恥を晒して逃げることすらままならないことを。


 だからこそ、せめて一秒でも長く、この場所に居座り続けようと、彼らは抗った。




 小屋まで走り逃げて、息を切らしながら堕天使たちは今なお興奮で落ち着かない心臓を叩きつける。何度か大きく息を吐き、咳き込む。


 やっと、とてつもない速さで拍動していた心臓の動きが落ち着いてきた。



「ほんとのこと、だったんだな……」


「ああ、嘘であって欲しかったけどな」



 キミルとラミアは、今も生きた心地がしないまま、会話をしている。神が突然介入してきたのは何故なのか、彼らはお互いに確かめなくとも同じ予想をしていると確信していた。


 多分だが、神の炎は堕天使に対する、警告だ。お前たちもこのようになるのだ、という。



 しかし、神は依然として堕天使たちを滅ぼされない。堕天使たちが自分達の罪を正しく認知できていないからだ。堕天が、彼らの罪ではない―――。





 その夜、眠れぬ儘に彼らは外を見ていた。


 キミルとラミアの吐息が、闇夜に紛れて消えてゆく。また出ては、消えてゆく。溶け込んでゆく。そんな様子を神が見ているのだろう。そう思えば思うほど、恐怖から来る吐き気に体が支配されてしまった。


 喉の奥から競り上がってくる嘔気を如何にか呑み込み、彼らはもう一度外に視線を移した。


 ただ、そこには何もない。集落の端に存在している天使用の小屋からは、集落の外の荒野がよく見えた。何もない、砂ばかりの荒野が。


 集落の人間たちも寝静まり、物音は吐息と風が響く音のみだった。だからこそ、砂しかない更地の荒野に恐怖を感じる。神が黒き炎を降らせられるとき、このようになるのだろう、と想像できてしまうからだ。



「なんで……俺ら生きてんだろ」



 ラミアが生きているのか疑わしいほどに血色の悪い表情で呟いた。体は生きているものの、その精神は死んでると言っても過言ではない。神の業火を見てから既に死んだも同然の彼らは、精神の中枢で乏しく燃える命の灯の火種を落としかけていた。



「何か、考えでもあるんだろう……俺らを上手く殺す算段が」


 キミルは如何にも落ち着いているような声音でそう返す。しかし、実際には一切落ち着いてなどいない。神の業火を思い出せば思い出すほど、自分たちが如何に死に際に立っているか自覚できてしまった。


 彼らの間に嫌な沈黙が流れる。昨日の夜の小さな(わだかま)りは何時の間にか消えていた。今回も云わば、神の介入によって彼らの諍いが解決されたのである。


 けれど、代わりに大きな蟠りと、見え過ぎる死への恐怖が彼らに与えられたのである。




 沈黙の続く儘、太陽は回り続けた。



「天使様! 昨日は本当に有難うございました」


「あの黒い炎は何だったんで?」


「天使様、何故小屋に籠っていらっしゃるのですか?」



 朝から、集落の人間たちに戸を叩かれた。しかし、キミルもラミアもそれらに応えようとはしない。外に出た瞬間に、神の業火が降ってくるような気がしたのだ。




「昨日のように奇跡を!」


 人間の誰かが、そう叫んだ。



 その瞬間、キミルとラミアの表情が変わった。精神の中で、嵌り切らなかったピースが嵌る音がした。これが、承認欲なのだと、彼らは認識していない。



「俺たちが、求められてる……んだよな」


 キミルが小さく呟いた時、ラミアは自分の中で変わった何かに気づいた。求められることへの執着、そして渇望。それが自分たちの中枢にあったのだ、と。そしてそれが今、露呈しているのだと。


 彼らはその時だけ、神の業火への恐怖を忘れることが出来た。


 人が、一時の安寧を求めて薬物に手を出し、中毒症状から起こる恐怖を忘れ、決壊した安寧へと逃げるために更に薬物に手を伸ばす、ということが彼らとはまた違った運命の歴史の中では幾度となく起こっている。それと、同じ要領だ。


 彼らは、人間に求められている、その瞬間だけ、神の恐怖から逃れられることを知ってしまった。人間から求められる限り、自分たちは恐怖を忘れ、崩れている安寧を手に入れられる、と。



 キミルとラミアは戸を開けた。人間たちが表情を輝かせて、彼らを囲みだす。その様子を見て、更に彼らの気分は高揚した。神の業火への畏れなど、すっかり消えてしまっていた。





 それからというもの、彼らは、常に人間の望むままだった。その無尽蔵の体力で、求められるが儘に働き、何時しか彼らは人間との間にネフィリムと呼ばれる子供を作っていた。



 全てが、束の間でありながら永遠であり、本当に一瞬のことだった。




 ネフィリムたちは人間たちに対して友好的ではなかった。彼らと人間の間に何かしらの諍いがあれば、天使たちが求められた。


 それが、毎日のように続いた。どれほどの時間が経っただろうか、そんなことを考える暇もなく、天使たちは日にちの経過も忘れて人間の集落での生活を楽しんだ。



遂に過去編も激動の時を迎えました。

天使って、神の孫にあたるらしいです。


次回投稿

「ⅩⅥ 大天使は宣する。」

10月28日、午後8時投稿予定です。ご期待ください。

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