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XIII 堕天使は黙りこくる。



 「そういえば、お前たちは旅の者だと言ってたが、具体的にどこのもんだったんだ?」


 頬を赤くし、酔っぱらっていることを隠そうともしない一人の人間がキミルに尋ねる。しかし、その時のキミルは既に葡萄酒にいわば侵食され、繕いの仮面は溶け落ちていた。




「私たちは天使なんだよぉ」




 キミルは如何にも真剣だと言わんばかりに何度か頷きながら答える。

突拍子もないことを言い出したキミルを人間たちは笑う。今まで特に人間と関わりを持とうとしなかったキミルが初めて冗談を言った、打ち解けられたのだとそのような安堵もあり、人間たちは盛大に笑いあった。



「――で、ほんとはどこ出身なんだよ」


 一頻り笑いあって、息も多少なりとも切らしながらもう一度、人間はキミルに尋ねる。先ほどの話は当然のことながら冗談だと思っている。


 しかし、キミルは自分の真実を告白しただけであり、何も冗談を言ったつもりなど無い。だからこそ、真剣に答える。



「本当も何もない。私たちは天使だ」



 キミルが言うのに続いて、ラミアまでもが頷き始める始末で、人間たちは本当にそうなのか?、という疑念を抱き始める。


 何より厄介だったのはキミルたちの酔い方だった。酒に弱い彼らは葡萄酒を口に含んだ瞬間に脳はすっかり酔ってしまった。しかし、その頬は紅潮せず、目もとろとろと虚ろにならない。そのせいで、酔いのせいでおかしくなってしまったとは想像できなかったのだ。そも、彼らはおかしくなってしまったわけではなく、守秘機能が低下しただけではあるが。


 キミルたちは人間ではないのかもしれない。そんな人間たちの不確定的な考えが確定要素となったのは次の瞬間だった。



 人間たちがどうしてもキミルたちが天使であることを認めようとしない様に焦れったさを感じたキミルが、突然自らの背中に翼を生やしたのである。



 人間に擬態するために隠していた翼は本人の意思により出現させることも可能。だが、彼らは元々そんなことをするつもりは当然なかった。人間に自分たちの正体を明かすなど、本来ならば有り得ないことで、いざこざを避けるためには一貫して翼を隠し続けるが最善だと感じていたからだ。


 こんなこと―――理性を失った状況で人間に自らの翼を見せて正体を明かすこと―――になろうとは、に降り立った時のキミルは予想だにしていなかったであろう。



「ほ、本当に天使なのか……?」


 人間たちの酔いはすっかり吹き飛ばされてしまったというのに、キミルとラミアの酔いは飛ぶことなく、居座り続けている。


 自分たちの正体がバレてしまったというのに当の本人たちは自分たちが言っていたことが虚偽でないと証明できたことに満足していた。



「では、お前たちは神の……遣いじゃというのか?」


 先ほどから思案顔でキミルとラミアの様子を一歩引いた視点で眺めていた集落の最古参である長老は初めて口を開いた。


 実際に彼らの翼を見たとはいえ、やはりは信じがたいことである。しかし、本当ならばとんでもないことだった。



 この時代は神の介入も少なくない時代で、幾つかの伝説は多くの人間集落で伝え語られていた。


 パラダイスからの追放と〝無限円斬の輝剣〟は特に有名で、赤ん坊のころから聞かされてきたというものも少なくない。


 時に人間の生活にも大きな影響を及ぼし、介入してくる存在。それがこの頃の人間にとっての神という存在だった。


 常から自分たちに味方し、益を与えているのかと問われると答えを濁すものが多いが、それでも人間の想像を軽く超えた力を持つ神に対して人間たちは畏怖にも似た感情を抱いていた。



「ちょっと待て、もし神の遣いだってんなら、俺らなんかが席を共にしていいような存在じゃねぇぞ」


 一人の人間が言ったのをきっかけに、一堂に集結していた人間たちにその考えは伝播し、段々とキミルとラミアの周りに隙間が生じてくる。


 先ほどまで全体的に密集していた人々が部屋の一部にのみ密集し、キミルとラミアの周りだけ間隔があいている。彼らは自分たちの肩にあたるのが人間の肩や腕ではなく空気となったことに違和感は感じたが、酔いがさらに回ってきたからか、思考がぼやけてあまりそのことには意識を回せなかった。


 キミルたちの目こそ虚ろになっていないものの、本人たちにとっては十分に視界がぼやけ、人の輪郭は識別に難あり、物体の大まかな色の認識が紙一重で出来ているような状況だった。


 人間たちは堕天使の前で平伏する。その様子をうまく認識できないまま、堕天使はへらへらと笑いあった。




 夜が深まるなか、堕天使は酔いと眠りにおちてゆく。






 二週間ほど前、天界(ヘブン)にて―――。



 キミルとラミアが持ち場を離れたことが確認されたのは彼らが天界(ヘブン)から出て、約一週間がたった頃であった。

 天界(ヘブン)において、権力と責任をあわせ持つのは神の子、大天使ミカエルである。キミルとラミアのことについて、天使たちはミカエルに報告、指示を仰いだ。



「父である神がこの事をご存じないなどあり得ません。父が行動されるまでは待ちましょう」


 ミカエルはそう言って天使たちを宥めた。そして、父にその事について尋ねる、と言ってさらに〝高いところ〟へと登り、自分がいない間の天使たちの統制を第二天使・カリススに申し付けた。



 ミカエルが登っていったのち、ミカエルに報告した天使たちは戻っていった。その途で別の天使に会い、先ほどあったことを語る。



「神はご存じと言っても、こうも何もないのでは嘘か真か分かりかねる」


「何を言うか、神のみ言葉は常に我らをみてらっしゃる。全てをご存じでないはずがない」


「といっても、それもまた大天使ミカエル様の言。ミカエル様しか神に謁見出来ないのだ。疑われても、仕方のないことであろう」



 天使たちは、神の存在を信じてはいる。常にその存在を感じずにいられない天界(ヘブン)で、神はおられるのかと疑問を呈することはもはや不可能に等しかった。


 しかし、神の完全性については幾らか非現実的だと感じているものも多い。自分達が与えられている特別な力のこともあり、ある程度、超常現象にも慣れてはいる。しかし、自分達と人間全てを一度に見て、その心さえも覗いてしまうというのは有り得ないと思えるのである。


 また、信じられない、というより信じたくはない、という天使もいる。


 だが、そのような本心を易々と曝け出すのは馬鹿のすることだ。天使の間で神に対する信仰は人間と比べ物になるわけもなく強く、深い。そんな中で神に対する疑心を見せれば袋叩きにあうことはほぼ確実のはずだった。



 その常識が、崩れだしている。天使の失踪、という非常事態におかれて、天使たちも幾らか動揺しているのだろう。神に対して持つ疑心という醜く邪悪な心、言うなれば暗鬼のようなものを押さえつけていた拘束具が今にも外れそうになっているのだ。



「なんだってんだろうな、ほんとに。神がもうすぐ大きな事が起こる、と予言されているというのに天使が失踪とは」


 また別のところで、キミルたちの失踪の噂を聞いた天使たちが語り合う。


 そのまた別のところでも、はたまたさらに違う場所でも―――。

 天界(ヘブン)からの脱走が疑われる前代未聞の事態に、そしてその緊急事態に積極的な打開策をうたないミカエルや神に……様々なことを標的にして天使たちは各々の愚痴をこぼした。

 地上(アース)で事が動き出すより少し前、天界(ヘブン)でも物事が大きく動き出していた。






―――やってしまった……


 キミルとラミアには、酔っている間の記憶があった。一部記憶に霞がかかったようで曖昧なところはあるが、ほとんどの事は正確に覚えている。勿論、自らの口が自分たちの正体を堕天使であると語った事も。


 人間との余計な問題を起こさないために食事や酒を自粛していたというのに、一度葡萄酒を飲んだだけで予想以上の大問題を発生させてしまった。



「すまなかった……葡萄酒でこんなことになるとは……」


 キミルはかなり落ち込んだようで、首の骨が無くなってしまったのかと疑うほどに首をたらし続けている状況だった。


「いや、俺も正気を失っていたんだ。お互い様さ」


 キミルをフォローするラミアも、正体露見の元凶であるキミルと比べれば幾分か気は楽だが、それでも心は落ち込んだままだ。表情こそ平静を装ってはいるものの、感情を制御しきれているかと言われると答えを濁さざるを得ない。



「これからどうなるんだろうな……」


「どうなる、とは……?」


 初めて、常に垂れ下がっていたキミルの首が少し上がる。それでも、重いはずの頭を支える頸椎はどこへやら、不安定なのに変わりはない。





「俺たちの正体は人間たちにバレてしまった。そのことを受けて、人間が俺らに対してどういう対応をするか、ってことだよ」

堕天使たちの正体の露見、その後です。

彼らは、まだ子供なので不安だらけです。


次回投稿

「ⅩⅣ 天使の子供。」

10月14日午後8時投稿予定です。ご期待ください。

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