冒険者ギルドをクビになった日
ルオリナ王国の森の中にある町スターシア。
洞窟型の迷宮が近くにあるだけの、ごくごく普通の田舎町だ。
そんな田舎町の小さな病院で、俺は自分の名前が呼ばれるのを待っていた。
待合室には、俺以外にも多くの町民や冒険者がたむろしている。
ケガをした戦士や風邪をひいた魔法使い、中には<呪いのアイテム>で腕の切断を余儀なくされた剣士なんかもいる。
そんな中、退屈凌ぎに目を泳がせると、木の壁に貼られたポスターが目に止まる。
『王都で開催! ルオリナ祭』。
ケバケバしい色で書かれた文言は、まだ二月も先のイベントだ。
そんなものでも貼り出さないといけないほどイベントがないことに、この町が改めて田舎なのだと思い知らされる。
なんだか悲しくなり壁からも目を逸らすと、一組のパーティーが目に止まった。
戦士と女魔法使い、そして盾役の3人構成だ。
タンクの治療で来たらしいが、なんとなく聴き耳を立てていると、そのケガは女魔法使いの集中力不足が原因らしい。
それについて仲間2人が女に問いただそうとするが、女魔法使いは何故かその理由を語ろうとしなかった。
そんな女魔法使いをしばらく見ていた俺は、目に見えた情報から、思わず声をかけてしまった。
「ちょっといいか……」
「なによアンタ?」
「アンタ、水虫が気になるなら、早めに皮膚科に行ったほうがいいぜ。それからブーツは水虫が治るまで履かないほうがーー」
その直後、女魔法使いの放ったビンタの音が、待合室に響き渡った。
その直後、受け付けの女性職員がようやく俺の名前を呼ぶ。
「フレニアさん、お待たせしました。受診はーー形成外科でしたっけ?」
「いえ、精神科でふ」
ビンタで腫れ上がった左の頬をさすりながら、俺はいつもの受診に向かうのだった。
▷▶︎▷▶︎
「アッハッハッハ!」
「笑いごとじゃねーよ先生」
恰幅のいい精神科医は俺の話を聞くと、両手を叩き大爆笑してしまった。
「ごめんごめん。でも羨ましいよフレニアくん。女の子からのビンタなんて、僕だったらお金を払ってでもしてもらいたいなぁ」
……この町唯一の精神科医だけど、やっぱり通うのやめようかな。
「しかしよくその娘が水虫だと分かったねぇ」
「足を何度も組み替えてたからな。それで気になって見てたら目に映ったんだよ」
「見てたら、か。相変わらず便利な【スキル】だねぇ」
スキルーー魔力と呼ばれる見えない力を利用して超常的な現象を起こす能力のことだ。
怪我を治したり火を出すなど、ぶっちゃけなんでもアリの反則技のようなもので、俺の目にもそれが1つ宿っている。
それはーー
「【鑑定(※傷病限定)】。情報さえ揃えば病症や治し方が見えるなんて、医者からしたら垂涎のスキルで羨ましいよ」
「渡せるもんならくれてやりたいよ。なりたかった冒険者には全く向かないスキルだからな」
「ならいい加減冒険者よりも、医者を目指したらどうだい?」
「それが出来ないのは先生がよく分かってるだろ」
窓ガラスに映る自分の顔。
その横に見える文字に、俺は深くため息を漏らした。
それから残念そうに、精神科医はカルテに、窓にも映った文字ーー"統合失調症"(軽度)と書き記す。
▷▶︎▷▶︎
統合失調症ーー事細かに説明するとそれだけで長編小説が成り立つほど長いので簡単に言うとーー脳で情報を処理する機能に問題が生じた結果、様々な症状が起こる精神疾患である。
ただ俺の症状は軽度で、通院して貰ってくる薬を飲んでいれば日常生活に問題はない。
ただこの辺りでは精神障がい者を受け入れる職場は少なく、実力不足で本来なりたかった冒険者になれなかった俺は、冒険者ギルドの障がい者雇用枠の低賃金で食いつないでいた。
それでも自分にできることを全力で頑張ろうと、俺なりに努力はしてきたつもりだ。
人より頭の回転が遅く報酬の計算等が遅い分、夜までサービス残業で残って復習をした。
他の職員がしない雑用を率先して行い、作業が円滑に進むように縁の下の力持ちを努めた。
この目のスキルで見えた問題点への対策も頑張った。
合わない武器で腰を痛めそうだった戦士に軽量の武器を勧めた。
"アルコール依存症"気味の弓兵のために、怒られるのを覚悟でギルドに入荷する酒の量を減らして注文した(本人やギルドマスターを正面から説得しても却下されたため)。
未だに「落ちこぼれ」と笑われることも多いが、最近ようやく人並みに働けるようになってきたと思う。
その努力を認めてもらえたのか、今日は月に一度の休みの日なのにギルドマスターから呼び出しがあった。
病院に寄ったあと、俺は柄にもなく勇み足で冒険者ギルド支部へ向かう。
ギルドに来ると、ホールの真ん中で似合わないカツラを被ったギルドマスターが笑顔で出迎えてくれた。
ギルドで働き始めた頃、男性型脱毛症の原因になるからと食生活や過度な飲酒を止めるよう進言してから、なにかと目の敵にされてきたので、その笑顔が逆に不気味に見える。
するとーー
「フレニアくん、キミ、今日でクビね」
ハgーー40代にしてすでに頭頂部が輝かしい頭のギルドマスターに、開口一番そう告げられた。
▷▶︎▷▶︎
「クビ⁉︎ 一体どうしてっすか?」
「前々から苦情があったんだよ〜。職員からは『やろうと思っていた仕事を横取りされた』とか、冒険者からは『使ってる武器にイチャモンをつけられた』とか『酒が欲しいのに発注ミスでもらえなかった』とかさぁ〜」
俺なりに努力をしたことが、まさかそんな捉えられ方をしていたなんて……。
ホールで戦力外通告を受けた俺は、恥ずかしさで耳まで真っ赤になる。
そんな俺を、カウンターの向こうにいる同僚の、常日頃雑用を俺に押し付けていた職員たちはニヤニヤと笑いながら小声でバカにする。
「それからさぁ〜、2日後に王都のギルド本部から査察部が来るんだけど、キミって見た目なんともないよね〜。なのに障がい者枠の職員として雇用してたら、支部の体裁が悪く見られるだろ〜?」
精神疾患は見た目には健常者と変わらない。
だから周りから病気なんて嘘だ、と言われるのはよくあることだが、それでも今回の突然の解雇には納得がいかなかった。
「でも突然クビなんて、酷いじゃないっすか!」
「酷い〜? むしろ感謝してもらいたいね〜。役に立つスキルじゃなくて、精神障がい(笑)なんて社会のお荷物しか持たない落ちこぼれのキミを今まで雇ってあげてたんだからさ〜」
マスターの言葉に、何も言い返すことができなくなる。
仕事で他の職員と同じように働けていないことは、自覚していたからだ。
「それに新しい子がウチで働きたいって来てくれたんだよ〜。車椅子なんだけど、キミと違って空気も読めるし、若いしね」
マスターが指差す先には、車椅子に座る娘がいた。
ニヤニヤとこちらを見る顔は見た感じ16、7くらいだろう。
車椅子に座っているが、どこか艶やかさのある容姿だ。
「……そういうことか……」
若い娘をいやらしい目つきで見るマスターに、俺は小声で事態を把握する。
こちらは28歳になり立派にオッサンと呼ばれ、見た目は健常者と変わらない精神障がい者。
そこへ見た目はハッキリ脚が悪いと分かる若い娘が現れた。
ギルドとしても、俺よりあっちの娘を雇う方が体裁がいいというわけだ。
人との会話も苦手な俺は、交渉する気も失せて頭を下げる。
「それじゃ、覚えはないけどお世話になりました。マスター、不健康な生活は慎んだ方がいいっすよ」
俺は最後の忠告をするが、ギルドマスターは「フン」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
俺は他の職員にも社交辞令を伝えて、後任の娘の横を通り過ぎざまに、腰を屈めて娘にボソリと語りかけた。
「……その脚、なんともないんだろ。嘘つかない方がいいぞ」
動揺する娘の視線を背に受けながら、俺は10年近く働いた冒険者ギルドを後にする。
これからはどうしよう。
この職場では逆効果になっちまったが、これからはもう少しこの眼のスキルを活かした生き方をしてみたいな。
そう、世界を救うとまでは言わないが、もう少し人の役に立つような生き方を……。