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音と夏

作者: 宮徳 涼


俺の音が君にどう響いているかなんて分からない。




君の音が俺にどう響いているかだって君には分からない。





--------------------------------------------




ある朝、俺はいつも通りギリギリに家を出て、部活のために必死に自転車を漕いでいた。


無駄に元気な太陽がこれでもかとばかりに俺を照りつけてくる。


学校に着くと、夏休みだということもあり、閑散としていた。5階建ての校舎の最上階にある音楽室に急いだ。


音楽室の前で


「おはよう!青葉!」


突然声をかけられる。


そこには俺と同じくギリギリ組である同級生の望月音葉(もちづきおとは)が居た。


おう、おはようと何とも冴えない挨拶を交わして、共に音楽室に入る。9時集合でありなから、時計の針は8時59分を指していた。


「青葉と音葉はいつも、いつもギリギリだなぁ!」


そう言って豪快に笑うのはうちの吹奏楽部顧問の秋谷統(あきたにみつる)である。何故かみんなには「たにみつ先生」と呼ばれている。部員の中には、本当にたにみつ先生だと思っている人も多い。まったく、朝から声が大きい人って凄いなと感心する。

ふと横を見ると、音葉は軽く汗を拭いながら今日も何とか間に合ったぁ…とつぶやいていた。練習の準備をして音葉はサックス、俺はトランペットの練習場所へと急ぐ。後、吹奏楽コンクールまで1ヶ月を切ったというのに本当に何をやっているのか。


いつも通り、午後からはたにみつ先生の合奏が行われる。吹奏楽コンクールの課題曲、自由曲の練習である。今回の自由曲にはソプラノサックスとトランペットのソリがあり、いつも合奏で指摘されるポイントであった。音葉と俺は苦戦していた。


「……うーん………ソプラノサックスは音が丸すぎるし、トランペットは硬すぎる。もっと、もっと聞き合えるぞ!


……そうか!2人で1回どこかに遊びに行ったらどうだ!明日、ちょうど夏祭りだろ!行ってこい!」


部員達は一瞬固まった後に少しどよめき、静かになった。


「え、えぇ……青葉と夏祭りですか、?」


何でそんなに嫌そうなんだよと思ったが、こういう時に男に決定権は無いと思う。


「まぁ、そう言わずに行ってこい!こんな大曲でソリをするのに2人で遊んだことが無いなんてありえん!」


このたにみつ先生の言葉で半ば強引に俺と音葉は夏祭りに行くこととなった。






--------------------------------------------






「着いた~!実は久しぶりに来るんだよね!夏祭り!」


音葉は合奏の時とは打って変わって割と嬉しそうだった。そのことを指摘すると、音葉はもう知らないと言ってそっぽを向いてしまった。何が悪かったのか未だに分からない所がきっと俺の残念な所なんだろう……

(あか)りのある方へと歩いて行くと、たこ焼き、わたあめ、りんご飴……色んな屋台を見て回る。いつも厳しい練習をこなしている部員としての姿とは正反対の童心に返った俺達の姿がそこにはあった。


「あ、射的だ!やろーよ!」


音葉はいつもハイテンションだ。自由曲でソリがあることを知った時もハイテンションだったし、下級生である自分達にもオーディションの参加資格があると知った時もである。

ただ、オーディションに対しては怖いくらい冷静で真面目だった。朝、学校が空くと同時に、練習に来ていて、初めてその音を聞いた時はあいつの音は違うなと思い知らされた。サックスからは聞こえるはずの無いチェロの響きが聞こえてくるかのような全てを包み込む音。まるで音が葉1枚1枚で包まれているかのようで名前通りだなと思った。


「おーい!おい!おーーーい!青葉!!!」


音葉に呼びかけられて正気に戻る。射的はやったこと無かったが、奇跡的に1発で音葉の欲しかったぬいぐるみを取る事ができた。


「え!くれるの!ありがとう!!!」


音葉は今まで見たことない様なハイテンションで凄く喜んでいた。俺が持って帰ったって親に冷たい目で見られるだけだからな。


「ねぇねぇ!!次、りんご飴食べよ!」


近くの屋台に寄ったが、ちょうどラスト1個だったらしく、2個買う事ができなかった。これは男が食べるべきでは無いなと思い、素直に音葉に手渡した。


「……い、一緒に食べない…?」


突然の上目遣いに思わずドキッとしてしまう。心臓が波打ち、心がざわつく。


生唾を飲み、恐る恐る音葉の舐めたりんご飴を舐める。


一時の沈黙が流れた。


俺達の時間だけが止まったかのようだった。沈黙に耐えられず、先に口を開いたのは俺だった。


「……あんまり人の居ない所で食べるか…。」


音葉は素直にも俺の考えに同意して、誰もいなそうな海岸に向かった。向かう途中も沈黙を破ることは無かった。


海岸に着き、手頃な石に腰掛け、ふと空を見上げると月と満開の星空が見えた。



綺麗だった。



ただ、それに照らされる音葉の方がもっと綺麗だと思った。


「あ、あのさ……」


今度は音葉が沈黙を破る。音葉の潤いのある下唇が月夜に照らされて、何とも言えない(うるわ)しさを放っていた。思わず見とれてしまい、なんだよ、と気の抜けた相槌を打つ。


「青葉の音が私にどう響いてるかなんて青葉には分からない。


私の音が青葉にどう響いてるかだって私には分からない。


だからこそ、近道せずに回り道してちょっとずつお互い知っていけばいいと思うんだよ。」


音葉はいつになく真剣な目でそう言った後、顔を赤らめた。音葉の言うことはもっともだった。

音葉は喜怒哀楽が激しく、音作りは感覚的だ。それに対して、俺は感情表現が希薄で音作りは理論的だ。それを理解せずに単に「歩み寄る」という言葉に(すが)るのは、音楽作りを放棄しているに過ぎないと思った。

ここまで俺とのソリに情熱を燃やしている音葉を愛おしいとも思った。


「……確かに音葉の言う通りだ。……表面だけじゃなくもっと深くまで考える必要があったな……


……次は一緒に水族館にでも行かないか?」


唇にそっと唇を重ねた。


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