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星のうみと海のひめ

作者: 篠原 鈴音

 これは、人魚の末姫さまが15を迎える前の、ひみつのお話です。




「それでは、いってまいります」


 ことし15になったひとつうえの姉さまが、ひらりと手をふって、うつくしい尾びれをくねらせながら泳いでいきます。

 サンゴの林をするりと抜けて、貝がらの屋根にそっと触れ、どんどんとお日さまのほうへと浮かび上がっていきました。

 それをじいっと見つめているのは、14再のいちばん幼い人魚ひめでした。


 ほかの姉さまたちは、もう15を過ぎています。

 いちばんうえの姉さまなどは、「海の上もきれいだけれど、海のなかのお城のほうがもっとずっとうつくしいわ」などと言って、15になったばかりの頃のように、しょっちゅう浮かびあがることはなくなっていました。

 末の妹ひめさまが海の上の話をねだるので、その話をしてやりはするのですけれど。



「ああ、はやく誕生日にならないかしら。わたしも大洋の上へ出て、お日さまの光を浴びてみたいのだけれど」


 末の姫さまはお城の外にあるじぶんの花壇で、大理石でできた少年の石像と、お日さま色をした真っ赤なしだれ柳を見上げながら、ものうげにため息を吐きました。

 そのときです。


「ああ、どうしよう、どうしよう」


 声に姫さまが振り向いてみると、あざやかな黄色いからだのクマノミが1匹、泳いでいました。

 クマノミはまだちいさく、子どものようでした。


「ねえ、あなた。どうかしたの」


「こんにちは、人魚の末のお姫さま。

 あのね、ぼくの宝ものの貝がらがうっかり波に流されてしまったんだ。」


「まあ、大変」


「波の泡でぷかぷかと浮かび上がって、今ごろは海のうえまで届いているかも!

 ああ、どうしたらいいんだろう。砂浜に流れついていたら、ぼくじゃどうにもできないよ!」


「それなら、わたしがとってきてあげるわ」


 人魚ひめの口が、するりとそう言いました。黄いろクマノミの子どもも、何よりお姫さま自身がとてもおどろきました。

 だってそんな、約束を破るようなこと。心で考えてはいても、ほんとうはいう気もなかったのですから。


「お姫さまが?」


「わたしはまだ14だけれど、あと少しを過ぎれば15になるわ。

 ほんの少しはやいだけよ」


「ほんとう? いいの?」


「かわりに、わたしとあなたの秘密にしておいてほしいの。

 そうでなければあなたの宝もの、探しにゆけないわ。どうかお願いよ」


「もちろん!

 うわあ、うれしいな! お姫さま、ありがとう!」


 クマノミはとてもよろこびました。あたりをくるくると踊るように泳ぎまわります。


「あのね、ぼくの宝ものはね、きらきらひかるきれいな貝がらなんだ!

 待ってるね、お姫さま!」


 クマノミはお姫さまの手にそっとキスをして、泳ぎさっていきました。

 お姫さまは、そっと海の上を仰ぎます。


「わたし、これから海の上へいくんだわ。それも、だれにも内緒で!」


 姫さまはこれ以上ないほどにどきどきしていました。

 頬はばら色に染まり、どんなうつくしい真珠を持つ貝だって、今の末姫さまの前では口を閉じるでしょう。



 やがて夜のとばりが降りたころ、姫さまはそっと部屋を抜け出します。そうしてだれにも見つからないように、そっと海の上へ向かって泳ぎだしました。

 夜の海はとても暗いのですが、しばらく泳いでおりますと、水面(みなも)に近づくにつれ、だんだん明るくなってくるようでした。


「お日さまはもう海のかなたへ沈んでしまわれたはずなのに、どうしてこんなに明るいのだろう。

 お月さまというものは、こんなに明るいものなのかしら」


 ふしぎに思ったお姫さまは、そっと水面から顔をのぞかせて、空を見あげてみました。

 するとどうでしょう。暗い空に、いくつもの光のすじが流れては消えてゆくのです。



 夜の空とは、小つぶの真珠のような光がたくさん浮かび、その中でまぁるくひときわ輝くのがお月さまだ、ということは、おばあさまやお姉さまたちから聞いて知っていました。

 けれどこんなにきらきらと光り、流れては消えゆく星があるなど、姫さまは想像もしていなかったのです。



 初めて見る、あまりにうつくしい光景に、姫さまは夜空に見とれてしまいました。

 真冬の空気が、姫さまのほてった頬を冷やしていきます。冬の空は空気が澄んで、灯台も街の灯かりもない海の真ん中では、ことさらに星がよくよく見えるものです。


 それに、今夜は風もありません。さざ波もほとんどない水面には、輝きまたたく流れ星が、尾っぽを引いては消えゆくさまが鏡のように映っています。

 姫さまが身じろぎすれば、星の水面がゆらめいて、それがとても特別なものに思えました。



「なんてうつくしいのかしら……」


 ぼおっ、と姫さまはつぶやいて、はっと我に返りました。

 だって姫さまはひみつで家をぬけだして来たのです。いそいでクマノミの子の宝ものをさがし、夜明けまでに家に帰らねばならないのですから!

 姫さまは後ろの尾っぽを引かれながら、おおいそぎであたりをさがし始めました。


 さがし始めてすぐに、クマノミの子の宝ものは見つかりました。夜だったことと、頭上の星々が照らしてくれたおかげです。

 七色にかがやく貝がらを拾いあげて、姫さまはちょっとがっかりしました。


「もう見つけてしまったわ。もうすこしだけ、お空を眺めていたかったのに。

 ……いいえ、いいえ、今だけが特別なんだわ。あとほんの少しだけ、ちょっと待つだけ。

 このきらきらした景色を思い出せば、誕生日なんてきっとすぐに来るのだから」


 姫さまは自分に言い聞かせました。

 それでもやっぱりちょっと名残が惜しくて、もう一度空を眺めると、姫さまは振り切るように勢いをつけてぱしゃん!と海の底へと戻っていきました。



 誰にも見つからず帰った姫さまがクマノミの子に貝がらを渡すと、クマノミの子は大喜びして、約束どおりひみつを守りました。

 ですから、あの冬の夜のことは、今でもクマノミの子と姫さましか知らないのです。

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