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架空戦史・日輪の軌跡~~暁の水平線~~  作者: 駄猫提督
第一章:東亜太平洋戦争
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第九十六話:インドラ洋海戦⑨

 金剛(こんごう)とロイヤル・サブリンが激戦を繰り広げていた頃、戦艦伊勢(いせ)は五番六番主砲を潰され手数の優位を失い、それでも必死に抵抗はしているものの砲火力、防御共に勝るウォースパイトに追い詰められている。


 伊勢(いせ)は艦長と乗組員の練度は帝国海軍随一とまで言われていた艦で有るが、それでも戦艦としての性能差は如何ともし難く真面にやり合ってはどうしても打ち負けてしまう。


 その上ウォースパイトの練度も非常に高かったのである……。


 マレーヤを撃沈出来たのは日輪海軍にとっての幸運、英国海軍にとっての不運が重なった結果に過ぎず、必然の結果では無かった。

 寧ろ伊勢(いせ)がウォースパイトに追い詰められている現状こそ必然と言えるだろう。

 然しだからと言って諦めて逃げる伊勢(いせ)では無かった。


 当たり所が良ければ伊勢型でもクインエリザベス級の撃沈は不可能では無い事は既に実証されている。

 ならばその結果を、幸運を手繰り寄せる方法は只一つ、撃って撃って撃ちまくる事である。

  

 故に伊勢(いせ)は撃った、後部2基の主砲塔を潰されて尚、残り4基の主砲を撃って撃って撃ちまくった。


 その結果、一発の砲弾がウォースパイトの三番主砲塔に直撃する、が然しその弾は主砲防盾に阻まれ貫徹する事叶わずその表面を僅かに傷付け焦がしただけで終わった……。


 だが命中弾が得られたと言う事はウォースパイトを散布界に捕らえたと言う事である。

 伊勢艦長が次こそはと意気込んだその時、伊勢(いせ)の二番主砲塔付近から巨大な爆炎が立ち上がった。


 命中した砲弾は2発、1発は二番主砲塔横舷側に、もう1発は二番主砲正面に直撃した。

 舷側装甲は貫徹され吹き飛び、砲郭が抉れ副砲の砲身が爆炎と共に宙を舞い海面へと落下する。

 主砲防盾は貫徹こそされなかったものの侵徹した砲弾が炸裂した結果、砲塔内部を爆炎が蹂躙した、  

 その衝撃で右砲身が支えを失い力無く下がり沈黙する。


「二番主砲塔被害甚大っ!! 火災発生!!」

「くっ! 応急班を消火に向かわせろ、それから後部主砲要員の生き残りを二番主砲に集め何としても復旧させるんだっ!!」


 伊勢艦長の怒号に近い声が艦橋内に響き渡り、それを受けた通信員が慌ただしく行動する。


「松田司令、此処も危険です、司令塔に移動して下さい」


 伊勢艦長が部下への指示が一段落した所で司令席の松田提督に向き直り神妙な面持ちでそう言った。


「いや、此処の方が落ち着く、だから俺は此処で良い」

「いや然し……!」

「司令塔とて直撃を受ければ一貫の終わりなのは変わらんさ、だから状況を見渡せる此処の方が良い、頼むよ艦長」


 松田は苦笑しながら申し訳無さそうに言う、そう言われては艦長と言えど無理強いは出来ず渋々引き下がるしかなかった。


 伊勢(いせ)はウォースパイトの砲撃に晒されてながらの残った3基の主砲で必死に応戦し、その艦内では五番六番主砲塔の生き残りが二番主砲に集まり炎と煙が充満する中、命懸けの復旧作業に奔走していた。


 対するウォースパイトも伊勢(いせ)から数発の命中弾を受け致命打は無いものの確実にダメージは拡がっている。


「応急班より報告! 二番主砲塔、左砲のみ復旧!」

「そうか! よし、伊勢(いせ)はまだまだ戦えるぞ!」

 

 応急班からの報告に伊勢艦長の眉間の皺が僅かに緩む、だが戦いは依然ウォースパイト有利に変わり無く精神的な余裕は殆ど無いように見える。

 だが艦長乗員共に気勢は削がれてはおらず伊勢(いせ)の4基7門砲身は轟音と共に砲弾を放ち続けている。


 そして互いに何度目かの爆炎が立ち上がった時、遂にウォースパイトの三番主砲塔に異常が発生した、明らかに動きがおかしく上手く旋回出来ていないようであった。


 だが伊勢(いせ)の損傷も甚大で有り左舷副砲は略壊滅し度重なる舷側への被弾による爆圧で亀裂が喫水線下にまで及んだ事による浸水も発生していた。

 直ぐに応急班が対処し右舷への注水を行った事で何とか傾斜は避けられたが予備浮力は確実に失われた為、じりじりと艦全体が限界に近づいている。

 

 そこに追い打ちを掛ける様に四番主砲塔から爆炎が上がった、二番主砲塔とは違い運悪く装填中の装薬が誘爆し四番主砲は大破し完全に沈黙する。

 更に機関の損傷も発生し最大速力は28ktに落ち込んだ、その為不自然に速力の低下が発生したが噴進機の出力を上げる事で何とか戦速を維持する。


 だが、老練なウォースパイトの艦長は伊勢(いせ)の異常を見逃さなかった、突如速力を上げつつ左に回頭を始めたウォースパイトは同時に主砲を左に旋回させる。


 このウォースパイトの意図に気付いた松田司令は「取り舵いっぱい!!」と叫び、それを受けた伊勢艦長もハッとした後「取り舵いっぱい!!」を操舵手に命じる。


 後部主砲塔を全て失った伊勢(いせ)は後方から攻撃されては手も足も出なくなる、だからこそウォースパイトはその伊勢(いせ)の死角に回り込む為に転舵したのだ。


 そうはさせまいと必死に身を(よじ)伊勢(いせ)であったが機関を損傷し最大速力が28ktまで落ち込んでいる現状、最大40ktを発揮可能なウォースパイト相手に優位な位置取りは難しかった。


 そして急激な左旋回で右に傾き主砲の仰角が保てず射撃が不可能になった伊勢(いせ)に対しウォースパイトは最大戦速40ktを維持したまま3基6門の主砲を斉射を再開する。


「これは、拙い状況だな……」


 松田が眉間に皺を寄せ口惜しそうに言葉を零す、死角となってしまった後方を晒さない様に急激な旋回を続ければ射撃が出来ず防戦一方になり、かと言って射撃をする為に旋回を緩めれば優速なウォースパイトに死角に回り込まれてしまう……。


 この状況を脱却する為に伊勢(いせ)が右旋回に切り替えればウォースパイトは砲塔を右に旋回させ右舷砲撃に切り替え、左旋回に戻せばまた砲塔を左旋回させスラローム射撃宜しく器用に切り替え(スイッチ)を繰り返して来る。

 この一連の動作で両艦の距離は17,000まで近づいており防戦一方の伊勢(いせ)にとっては不本意な距離であった。


 戦艦のスラローム射撃など大和(やまと)型でも無ければ命中弾は略々期待出来ない、しかし距離を詰めて撃ち続ければ運が良ければ(悪ければ)いつかは当たるかも知れず、若し当たれば伊勢(いせ)にとっては一撃で致命打になりかねない。

 そんな状況下で松田司令と伊勢艦長が神経を擦り減らしながら操艦をしている最中、伊勢の通信機に僚艦金剛(こんごう)から【我、敵艦撃沈セリ、伊勢何処(いずこ)ナリヤ】

の打電が入る。  


 この打電を受けて伊勢(いせ)の艦橋要員達に僅かな希望と安堵が広がった。

 金剛(こんごう)と合流出来ればこの窮地を脱する事が出来るだけで無く形勢が逆転しウォースパイト撃沈も可能なのではないか、と……。


 しかし現実はそんなに楽観視は出来る状態には無かった。


 1発でも砲弾を受ければ致命打になりかねない距離でほぼ一方的に攻撃され金剛(こんごう)とはまだ合流出来た訳では無いのである……。


 だがそれでも絶望的な状況下で希望の光が見えた事によって士気が向上したのも事実である。

 いくら屈強な精神力をもつ帝国海軍兵士と言えど、希望の無い防戦で耐え続け士気を維持し続けるのは中々に難しい……。

 だが耐える事で希望が出て来るなら話は別だ、耐えて防戦していれば友軍(金剛(こんごう))と合流出来反撃に移れる、その光明は悲壮感に沈んでいた伊勢(いせ)の搭乗員達を奮い立たせるには十分だった。


 ウォースパイトの主砲と副砲から放たれた砲弾が立ち上げる水柱と水飛沫を身を捩りながら掻い潜り前部3基の主砲を極限まで後方に旋回させ懸命に応戦する。


 そんな防戦に耐える事30分、伊勢(いせ)の対空電探が上空に1機の航空機の存在を捉えた、敵機かと緊張を強めた伊勢(いせ)であったが程なく金剛(こんごう)から放たれた零式観測機である事が判明し安堵する。


 零式観測機はプロペラ推進の水上機であり弾着観測を行う為に艦載される航空機で有るが、射撃電探(レーダー)が実用化された現状では航空機による弾着観測の意義は薄れ、偵察機として運用される事が多い機体であった。


「観測機が来たなら金剛(こんごう)も近くにいる筈、もう少し耐えれば反撃に転じる事が出来ますな!」


「……そうで有れば良いな」


 目に見える友軍の姿(電探にだが……)に参謀の一人が嬉々とした表情で言うが松田から返って来た言葉は苦々しいものであった。

 艦載機がいるからと言って近くに母艦が居るとは限らないし空母とは違い戦艦は50km圏内に居なければ戦力には数えられない、参謀の言葉は希望的観測に過ぎず松田には何の慰みにもならなかった。


 その時、伊勢(いせ)のすぐ近くに数本の水柱が立ち上がり、その水飛沫が艦橋に降り掛かる。


「み、右舷に至近弾っ!!」

「くっ! 偶々だ、あんな撃ち方で当たるものかっ!!」


 観測手の少し上ずった報告に伊勢(いせ)艦長が眉を吊り上げ叫ぶ、その表情に余裕は全く感じられない、当たれば致命打になりかねない砲撃が掠ったも同然であるから当然と言えば当然であろう。


「敵艦との距離は!?」

「現在約14,000っ!!」

「くそっ! やはり詰めて来るか……っ!!」


 伊勢(いせ)艦長がウォースパイトとの距離を問い返って来た答えに苦虫を噛み潰したような表情で忌々しげに言葉を吐き捨てる。

 

 この距離だと全長300mを超える巨艦は互いを目視で視認出来た、それ故に追われる立場の伊勢(いせ)からは焦燥感が漂っている。


 …… 金剛(こんごう)は間に合わないかも知れない……。


 松田司令が脳裏でそう考えてしまった次の瞬間、伊勢(いせ)の左舷後部から爆炎が立ち上がり同時に艦全体が激しい衝撃に見舞われた。


「ひ、左舷に被弾、被害甚大っ!!」

「それでは分からん、詳細を報告しろっ!!」


 通信員の悲鳴に近い大雑把な報告に伊勢(いせ)艦長は即座に怒鳴り返す。


 そうは言われても通信員は被害部署からの報告をそのまま伝えているだけなのであるが……。


「左舷後部に直撃弾2発!!」

「四番弾薬庫付近で火災発生っ!!」

「第三畜力炉損傷、出力更に低下!!」

「左舷後部より甚大な浸水発生っ!!」

「……っ!? ぬ……ぐぅ……っ!!」


 そして望み通り次々に送られて来る詳細な報告に伊勢(いせ)艦長は思わず唸ってしまった。


「ーー弾薬庫の消火を急げ、注水も許可する! 各部隔壁閉鎖、区画ごと放棄して構わん、右舷に緊急注水急がせろっ!! それと機関長に蓄力炉の復旧は可能か報告させろ!!」


 数秒押し黙った後、堰を切ったように指示を飛ばす伊勢(いせ)艦長、それに副長以下艦橋要員達が機敏に応え各部へ伝達する。


 結果として弾薬庫の火災は消し止められ浸水も何とか止まったものの大量の海水が流入した事によって右舷への注水の甲斐も無く艦は左に傾斜し艦尾は甲板付近まで沈み込んでいる。

 更に蓄力炉の復旧は適わず浸水によって最大速力は14ktにまで低下してしまっていた。


「……司令、此処は危険です、御退艦……願います……っ!」


 伊勢(いせ)艦長は重苦しい表情で松田に向き直ると絞り出す様な声でそう言い帽子を脱ぎ頭を下げた。


「貴様達は如何するつもりだ?」

「……砲はまだ生きております、なれば最後の一門まで撃ち続け、尽忠報国の義に殉ずるのみで有ります!!」


 松田の問い掛けに伊勢(いせ)艦長は眼光鋭く決死の表情でそう言い放つ。


「ならば俺も残ろう」

「っ!? いや然し閣下ーー」

「ーー俺が退艦するとすれば、それは総員退艦の下令が下った時のみだ!」

「……っ!!」


 松田の毅然とした言葉に伊勢(いせ)艦長は押し黙る、松田は暗に勝ち目の無い戦いで無駄死にするなと言っている。


 然し伊勢(いせ)艦長としては戦い抜いて艦と運命を共にする事こそ帝国海軍軍人の誇りと考えている。


 戦隊司令には艦を放棄する『総員退艦』を下令する権限は無い、艦の指揮権は艦長に有るため、退艦命令を無視する松田の行動の方が問題と言える。


 だが帝国海軍の悪き体質としてそれを咎められる事が無い事から、松田はその悪き体質を利用して死に急がんとする伊勢(いせ)艦長とその乗組員を救おうとしているのである。


 艦と運命を供にする事を矜持とする思想もまた、日輪帝国海軍の古き悪き体質と言える……。


「敵艦更に接近、距離12,000!!」


「……勝ち目が無いとしても、伊勢(いせ)はまだ戦えます! 戦える(ふね)を棄てて逃げるなど……私には出来ませんっ!!」

「……」


 そう言うと伊勢(いせ)艦長は苦悶の表情で10度の浅いお辞儀(脱帽敬礼)をし、副長以下艦橋要員達もそれに続く。

 その艦長達の姿勢に今度は松田が押し黙る事となった。


 今、この瞬間もウォースパイトからの砲撃によって至近距離に水柱が立ち上がっており、いつまた直撃を受けるか分からず張り詰めた緊張の中一連のやり取りは行われている。

 

「……ふっ、貴様達の覚悟はよく分かった、ならばもう何も言うまい、共に最後の一門まで砲身が焼き付くまで撃ちまくってやろうじゃないか!」


 そう言われては松田もまた古き帝国海軍の中で育った軍人である、無駄死にはして欲しくは無いが艦長の気持ちも理解出来てしまう。

 松田は快活に口角を上げ歯を見せ笑う、その松田の言葉に艦長達も口角を上げて応えた。


「機関微速前進、取り舵いっぱい! 右舷側面噴進機最大! 主砲一番から三番、左舷砲撃戦用意っ!!」


 軍帽を被り直した伊勢(いせ)艦長が声を張り上げ命令を下す。

 その下令に従い伊勢(いせ)はその傷付いた艦体を必死に捩り、異常に軋む音を響かせながら主砲を旋回させる。


 恐らくはこれが伊勢(いせ)の最後の戦いになる、そう悲壮な覚悟を決めた艦長は大きく息を吸い込み、そして有らん限りに声を張り上げた。


「全砲門、撃ち方(うちぃかぁた)始めぇええっ!!!」


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