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架空戦史・日輪の軌跡~~暁の水平線~~  作者: 駄猫提督
第一章:東亜太平洋戦争
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第九十一話:インドラ洋海戦④

「敵機直上っ!!」


 日輪空母飛鷹(ひよう)の機銃員が直上の蒼空を指差し声を張り上げる。

 彼の指差した先には羽虫のような複数の黒い点が浮かび、不気味な羽音(・・)を響かせている。 

 それは若い機銃員には聞き慣れない音だが、熟練の機銃員はそれがプロペラ推進機の駆動音で有る事を知っていた。


「くそっ!! 撃てっ!! 撃ち落とせぇっ!!」


 機銃群長が叫び、第十一艦隊の各艦からほぼ同時に対空砲火が撃ち上がる。

 だが護衛の水雷戦隊旗艦である軽巡名取(なとり)夕張(ゆうばり)を含め吹雪型駆逐艦4隻((あかつき)ひびきいかづちいなづま)と、それより二世代旧式の神風型駆逐艦4隻(朝風(あさかぜ)春風はるかぜ松風まつかぜ旗風はたかぜ)の主砲は対空戦闘を想定すらしておらず、各艦に搭載された少数の機銃での迎撃は弾幕と言うには余りにお粗末なものであった。


 この時隼鷹(じゅんよう)の飛行甲板上では2機の零戦が発艦準備中であり、飛鷹(ひよう)も一度収容した零戦を昇降機(エレベーター)で飛行甲板に上げた所であった。


 けたたましく機銃の発砲音が響く中、隼鷹の鉄人が急いで零戦を射出機(カタパルト)まで引っ張っていくが、その時聞き慣れない推進音に不気味な風切り音が混じり周囲に水柱が数本立ち上がった次の瞬間、隼鷹の飛行甲板から一度そして二度爆炎が立ち上がり飛行甲板の破片と零戦の残骸が宙を舞う。


「隼鷹飛行甲板に直撃弾っ!!」

「本艦直上にも敵機!! 急爆6っ!!」

「ちぃっ!! 取り舵緊急回避っ!!」


 飛鷹は敵急降下爆撃機が降下して来る頃合い(タイミング)を見極め一気に左に舵を切る、すると飛鷹の艦体は金属の軋む音と共に右に傾き、飛行甲板上の零戦2機が飛行甲板を滑り始めるがそれを随伴していた鉄人が機体の足底に搭載された磁力吸着機能を使い何とか零戦を落とすまいと踏ん張る。


 飛行甲板上の零戦や作業員にとっては堪ったものでは無かったが、この回避行動によって飛鷹は何とか爆弾を全弾回避する事に成功する。

 だが、上空にはまだ十数機の敵機が存在し、その内の6機が飛鷹に向けて急降下して来ていた。


「くっ! このままでは間に合わん、此処から自力で発艦するっ!!」

『射出機を使わずにかっ!? ええい、分かった、後に続く!!』


 零戦搭乗員は状況を見て射出機(カタパルト)まで運ばれていては間に合わないと判断、自機の推進力だけで発艦する事を決断する。

 僚機もそれに賛同し、推進機を一気に吹かすと急速に加速し飛行甲板を2機の零戦が滑走する。


 だがその時、先程の飛鷹の回避行動を見た英攻撃隊は6機が四方から急降下し逃げ道を塞ぐ爆撃を行って来た。

 飛鷹は今度は面舵を取り回避を試みる、一発、二発、英攻撃機の放った爆弾が海面に小さな水柱を立てる中、ニ発の爆弾が飛鷹に命中し飛行甲板左舷前部と中央部から爆炎が立ち上がった。

 その爆炎の中から1機の零戦が飛び出し飛び散る破片に追われながらもギリギリで離艦に成功する。

 しかしその後に続く僚機の姿は無かった……。


 そして唯一空に上がった零戦の搭乗員がその眼に見たのは燃え上がる飛鷹(ひよう)隼鷹(じゅんよう)、そして低空から接近する雷撃機と思しき敵機と、その敵機にまず当たらないで有ろう主砲と少ない機銃で必死に応戦する水雷戦隊の姿で有った。


 零戦の搭乗員は上空で機体を翻す爆撃機と着実に迫り来る雷撃機のどちらを狙うか一瞬迷う、だが瞬時に意を決し雷撃機へと機首を向けた。


 爆撃で軍艦が沈む事はそうそう無い、弾薬庫や蓄力炉、蓄力機にでも直撃しない限りは。

 だが雷撃は拙い、戦艦すら撃沈出来る魚雷を受ければ軽空母など最悪一本の魚雷が致命傷になり得る。 

 そう考えての決断であった。


 敵雷撃機は全部で8機、1機でも逃せば空母が危ない、プロペラ機が相手だろうと全く楽観視は出来無い状況だった。


 零戦は先ず正面上空より急降下しながら敵機に照準を定め機銃を射撃する、英雷撃機(アルバコア)は零戦の接近に気付いていなかったのか、1機が無防備に撃墜されてから慌てて回避機動を取り始めた。

 だが元が機動戦闘に不向きなプロペラ攻撃機に更に魚雷を抱えているのである、真面な回避機動など取れる筈も無く鋭利な機動で旋回する零戦に1機、2機と墜とされて行った。


 すると日輪空母まで辿り着けないと判断したアルバコア攻撃隊は身近に在った日輪水雷戦隊に向けて次々と魚雷を投下し始める。

 その動きに気付いた零戦が1機を撃墜するが、既に魚雷は放たれた後で有った。


 魚雷に気付いた日輪水雷戦隊は一斉に左に舵を切り回避行動を取りながら対雷掃射を行うが機銃弾が魚雷に命中する事は無く瞬く間に迫って来る。


 1本、2本、軽巡夕張(ゆうばり)の真横を魚雷が通り抜け、その隣を航行していた駆逐艦旗風(はたかぜ)も何とか魚雷を躱し、夕張(ゆうばり)に座乗していた戦隊司令が安堵の溜息を洩らした次の瞬間、駆逐艦朝風(あさかぜ)から巨大な水柱が立ち上がり艦が裂けると瞬く間にその姿は水底に没して行った。

 更に艦隊中央部から連続した爆発音が響き渡り、飛鷹(ひよう)隼鷹(じゅんよう)から爆炎が立ち上がっていた。

 特に隼鷹(じゅんよう)は火達磨となり、誘爆によって舷側が吹き飛び艦が大きく傾いている。


「く……そがぁああああああっ!!」


 その光景を目にした零戦の搭乗員は激高するが、先ずは魚雷を投下し飛び去ろうとする英雷撃機(アルバコア)を猛追し銃撃を浴びせる。

 英雷撃機(アルバコア)も後部機銃で応戦するが、零戦は鋭利な機動でそれを難なく躱しながら次々と機銃弾を命中させ英雷撃機(アルバコア)隊は3分と保たずに全機が撃墜される。


「貴様らも皆殺しだっ!!」


 次に零戦が狙うは母艦の仇である英爆撃機(アルバコア)隊であったが、雷撃隊の末路を見た爆撃隊は一斉に散開し離脱を始める。


「ちぃっ!! くそ共がっ!!」


 いかな零戦と言えども1機では追える数は限られる、零戦搭乗員は目の前の獲物を確実に撃墜しながらも四方に飛び去る敵機を睨み舌打ちする。

 その時、逃げ去ろうとした英爆撃機(アルバコア)が次々と白煙を噴き錐揉みしながら墜落して行く。


『待たせたな! 加勢するぞ!!』


 無線と共に飛来して来たのは英戦闘機隊を迎撃していた零戦隊であった、数は4機にまで減っていたものの、プロペラ攻撃機に後れを取る者は居らず、次々と英攻撃機(アルバコア)を撃墜して行く。


 結果、無事に海域から離脱出来た英攻撃機(アルバコア)は僅か6機程度で有った。



 ◇  ◇  ◇



 一方で飛鷹(ひよう)隼鷹(じゅんよう)から出撃した日輪航空隊が英極東艦隊を目視しており6機の零戦が英迎撃機に備え先行し、九七式艦攻14機(爆装隊8機、雷装隊6機)が後方に低空飛行で展開していた。


 しかしその零戦隊より【敵直掩ナシ攻撃ノ好機と認ム】との打電が有り攻撃隊隊長は英艦隊に直掩機が居ない事を訝しむものの、零戦隊の打電を信じ全機が一斉に加速し爆装隊は急上昇を行い雷装隊は高度を維持したまま機体を傾け左に旋回して行く。


 一方で戦うべき相手の居なかった零戦隊は攪乱を行う為にそのまま英艦隊に向けて突入していた。

 すると密集陣形を取っていた英艦隊から猛烈な対空砲火が撃ち上がって来る。


 だがサマヴィルは即座にそれを揺動と見抜き、日輪爆撃機襲来のタイミングを予測していた。


「《艦隊右舷より敵爆撃機接近!!》」

「《ふん、やはり揺動だったな! そんな姑息な手が通用するものか!! 全艦弾幕を右舷に集中しろ、艦隊に敵機を近づけるなっ!!》」

 

 そのサマヴィルの指示によって飛来して来た日輪爆撃隊は猛烈な対空砲火に晒される事になる、が、しかしそれは日輪攻撃隊も覚悟の上であり、只一機も臆する事無く弾幕をすり抜けながら上空で機体を翻し急降下の態勢を整えんとする。


 日輪爆撃隊の隊長は眼下に標的である3隻の空母を認める、1隻は甲板後部が大破しており優先的に狙うべきは無傷の空母2隻である。


 後は8機で確実に1隻の空母を使用不能にするか、4機2隊に分けて全空母を使用不能にするかの選択だが、爆撃隊隊長は後者を選んだ。


 隊長機が合図を出すと、日輪軍機は上空で二隊に別れ、それぞれが標的に向け一気に急降下を開始する。


「《敵機直上、急爆4!!》」

「《ぬうっ! 推力停止、取り舵いっぱい!!》」


 ユニコーン艦長の指示で同艦は急速に速度を落としながら左へ旋回する。

 既に突入軌道に入っていた日輪爆撃隊は可能な限り機体を捩らせ照準を修正せんとするが、その時先行していた隊長機の九七艦攻に高角砲の炸裂弾が直撃し機体が弾け次の瞬間爆散する。

 その破片を被りながらも残り3機の九七艦攻は機体を軋ませ英空母(ユニコーン)に迫り爆撃手が投下レバーを引いた瞬間一気に旋回離脱する。


 その次の瞬間、ユニコーンの艦首付近に小さな水柱が一本立ち上がりほぼ同時に艦首飛行甲板から爆炎が立ち上がった。


「《艦首飛行甲板大破ぁああっ!!》」

「《ぬぅっ!! 被害状況は!? ダメコン急げ!!》」


 2発の800kg爆弾が命中したユニコーンの艦首飛行甲板は大破し、その下の格納区画にもかなり被害が出ていたが船体部への損傷は無く航行には全く支障は無かった。


「《日輪軍機はまだいた筈だ、どこだっ!?》」 

「《インドミタブル上空に急爆4!!》」

「《っ!?》」


 もう一群の日輪爆撃隊も英空母インドミタブルへ向けて急降下を開始した所で有った、インドミタブルと周囲の護衛艦が必死に対空砲火を打ち上げるも日輪軍機は見る見るインドミタブルに迫り、そして爆弾を切り離すと一気に機体を翻し離脱を図る。


 その日輪軍機の放った4発の爆弾は不気味な風切り音と共に吸い込まれるようにインドミタブルに向け落下し次の瞬間インドミタブルの飛行甲板に連続した爆炎が立ち上がる。


 4発の800kg爆弾が直撃したインドミタブルは忽ち爆炎に包まれ二度三度誘爆と思われる爆発音と共に見る見る火達磨になっていった。


「《だ、弾薬庫誘爆っ!! 火災発生っ!!》」 

「《ぐ、うぅ……っ!! ダメコン急げっ!! 弾薬庫への注水を許可する、何としても火を消すんだっ!!》」


 艦長が血の気の退いた表情で指示を飛ばすが、この時インドミタブル艦内は火の海となり煙で視界も妨げられ大小の爆発音も継続しており乗員達は大パニックとなっていた。

 その轟音と爆炎は海面擦れ擦れを飛ぶ日輪雷撃隊の目と耳にも届いていた。


「爆撃隊がやってくれた様だな、我々も続くぞっ!!」


 その雷撃隊隊長の言葉に各機から気合の入った返事が返って来る。

 そんな彼等の目線の先には複数の英艦隊の艦影、特に数隻の巨大戦艦の姿が在った。


 狙うは当然王国海軍(ロイヤルネイビー)の主幹、戦艦群である。


 日輪雷撃隊の6機は散開すると英艦隊の対空砲火を潜り抜けながら駆逐艦と思しき護衛艦の間を擦り抜け目標の英戦艦へと迫る。


 だが、密集陣形を取る英艦隊の防御は厚く1機の九七艦攻が被弾しバランスを崩すとそのまま海面に激突する。

 更にもう1機が駆逐艦の艦上を通り過ぎようとした瞬間、魚雷に機銃弾が命中しその場で爆散した。


 魚雷を必中距離で投下せんと敵艦に肉薄するほど被撃墜率は増していく、それでも日輪軍機は果敢に英戦艦へと肉薄し1隻の英戦艦に狙いを定める。

 そして4機がほぼ一斉に1隻の英戦艦《リヴェンジ》に向け魚雷を投下する。


「《右舷より魚雷接近っ!!》」

「《対雷掃射、面舵いっぱいっ!!》」


 魚雷接近の報を受けたリヴェンジ艦長は苦虫を噛み潰した様な表情となりながら面舵を指示する。

 リヴェンジ右舷やや後方から投下された4本の魚雷は80ktの速度で海中を疾走し迫って来る。

 対するリヴェンジは急激な右旋回を行いながら機銃と副砲で対雷掃射を行う。


 だが只でさえ当たらない対雷掃射を左に大きく傾く船体から当てるなど神業的な奇跡でも無ければ不可能である。


 1本、2本、魚雷がリヴェンジの後方を通り過ぎて行く、だが次の瞬間リヴェンジの右舷から2本の巨大な水柱が立ち上がった。


「《右舷に被雷っ!! 浸水発生っ!!》」

「《ええいっ!! 被害状況を報告させろっ!!》」

「《3番、5番蓄力炉室(エンジンルーム)浸水っ!!》」

「《後部弾薬庫に浸水発生っ!!》」

「《浸水拡大、艦が傾斜していますっ!!》」

「《何て事だ……。 浸水していない区画の水密扉から閉鎖しろ、左舷に注水して傾斜を回復させるんだっ!!》」


 激しい衝撃の直後、リヴェンジの艦内に大量の海水が流れ込み水密扉を閉めようとする水兵を押し流しながら艦内を水没させていく。

 水兵達は泣く泣く仲間を残したまま無事な区画の水密扉を閉める事で何とか浸水を食い止めたものの、既に艦は右に大きく傾斜しており2つのエンジンルームが水没し速力が低下、後部主砲塔も弾薬庫が浸水し使用不可能となってしまい、リヴェンジは速力と火力が半減してしまっていた。


 ここまでの日輪軍の攻撃で英極東艦隊は空母の運用能力を失い(インドミタブル(大破)、フォーミダブル(着艦不能)、ユニコーン(発艦不能))戦艦2隻がほぼ無力化されている。


 サマヴィルは帰還した攻撃隊から日輪空母無力化の報告を受けると空母3隻と戦艦リヴェンジに4隻の駆逐艦を護衛に付け後方に下がるよう指示した。

 そしてプリンス・オブ・ウェールズと合流した後、ダマルガス島北部の拠点であるディルゴ・アスレス基地に向かうよう命じたのである。


 そしてサマヴィル自身はこのまま計画通り日輪戦艦部隊と雌雄を決する為に艦隊の再編を行い、進撃を開始した。

 問題は未だ健在な4隻の日輪空母機動艦隊であるが、サマヴィルは既に策を講じていた。

 

「《いよいよ日輪艦隊と雌雄を決する時が来ましたな!》」

「《うむ、セイラン沖の日輪艦隊はインドラ総督府付の航空部隊が足止めをする手筈となっている、つまり我々は航空戦力の介入の無い艦隊決戦を闘えると言う分けだ》」

「《はっ! 我等が王国海軍(ロイヤルネイビー)にとってユトラント沖海戦以降初の主力戦艦同士による決戦ですな!》」

「《ああ、そして恐らくは純粋な火砲による戦いは是が最後となるやも知れん……。 絶対に、負けられんな……》」


 サマヴィルは厳しくも哀愁の籠った瞳を水平線の彼方に向けてそう言った。

 それは、これからの海戦は航空火力が主力となり戦艦同士の戦いが仮に起こったとしても其れは航空兵力への補助に過ぎなくなる事を示唆しているのだろう。

 

 帆船の時代から脈々と受け継がれて来た英国海軍の誇りが航空火力という新たな技術によって時代遅れとなりつつある今、その巨艦が最後の誇りと意地を見せるが為にインドラ洋の波頭を掻き分け突き進んで往くのであった。


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