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架空戦史・日輪の軌跡~~暁の水平線~~  作者: 駄猫提督
第一章:東亜太平洋戦争
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第九十話:インドラ洋海戦③

 1943年5月11日08時35分 


 戦艦プリンス・オブ・ウェールズ艦橋


「《敵機引き揚げて行きます!》」

「《空母フォーミダブルが被弾っ!! 飛行甲板後部が大破、発艦は可能なれど着艦不能の模様!!》」

「《ーーっ! ええいっ! 日輪空母4隻は何処に居る……。 いや、本当に4隻だけなのか……? 攻撃隊からの報告はまだか?》」


 浸水によって傾くプリンス・オブ・ウェールズの艦橋内でサマヴィルは努めて冷静な口調で言葉を発したつもりで有っただろうが、その表情は焦燥感を隠し切れてはいなかった。


「《だ、第一次攻撃隊が戻って来ました。 で、ですが……》」

「《どうした!?》」

「《それが……戻って来たのはシーハリケーン1機とフルマー3機のみです……。 日輪空母への攻撃は、失敗した様です……》」

「《な……っ!?》」


 通信士からようやく齎された情報はサマヴィルの希望を打ち砕く内容であった、明らかに狼狽するサマヴィルに静まり返る参謀達、その僅かな沈黙を破ったのは意を決した副司令のウィリスであった。


「《長官、本艦は艦隊から脱落しつつ有ります、急ぎネルソンへの移乗を……》」

「《……分かっている。 艦長、後は頼むぞ……武運を!》」


 ウィリスの言葉に重苦しく顔を上げたサマヴィルは一言了承を呟き、そしてプリンス・オブ・ウェールズ艦長に後を託す言葉と共に敬礼する。


「《はい長官(サーイェッサー)、お任せ下さい。 この艦を喪わせは致しません!!》」


 プリンス・オブ・ウェールズ艦長の力強い言葉と敬礼にサマヴィルも力強く頷き返す、そして艦橋要員達に見送られながらサマヴィルとその参謀達は颯爽とその場を後にする。


 短艇に乗り込みプリンス・オブ・ウェールズを離れるサマヴィルの表情は険しい、このままではどう考えても勝ち目が無いからだ。


 この時点でサマヴィルは日輪空母が4隻以上存在する可能性には気付いていた、だがそうで有ればセイラン島航空隊が壊滅している現状、英極東艦隊に勝ち筋は殆ど無い事を意味する。

 航空機の数と性能が違い過ぎるのだ……。


 現状戦艦の数でこそ優勢な英極東艦隊であるが、サマヴィルには日輪艦隊に何隻の戦艦が存在するかも分かっておらず、セイラン島を攻撃している日輪空母機動部隊が此方に全戦力を向けて来ればそれだけで英艦隊は壊滅する可能性が高いのである。


「《……せめて要望通り本国が《シーファイア》を回してくれていれば》」


 そのサマヴィルの嘆きのような呟きは短艇のエンジン音と水音に掻き消され誰の耳にも届かなかった。

 

 彼の呟きの中に在ったシーファイアとは英国空軍の傑作戦闘機《スピットファイア》の海軍機であり、その性能は最大速力と火力(20㎜機関砲4門)で零戦ニ型に勝り、加速力と運動性能で零戦に劣るものの、総合的には非常に優秀な戦闘機である。


 若し、その機体がサマヴィルの要望通りインドラ方面に配備されていれば英極東艦隊がここ迄の窮地に立たされる事は無かったかも知れないのだ。

 だがシーファイアの生産数は少なく、ゲイル(ゲルマニア)の脅威が英本土にまで及んでいる現状、英国首相チャーチルはシーファイアとスピットファイアの配備を本国艦隊と本土防衛を中心に行ったのである。


 そうしてサマヴィルが苦虫を噛み潰したような表情で考え込んでいる間にも短艇は一隻の巨大戦艦に近づいて行く。


「《……いつ見ても醜悪な艦ですな》」

「《……》」


 そう吐き捨てるように言葉を発したのはウィリス副司令で有るが、それに対してサマヴィルは肯定も否定もしなかった。

 しかし、否定をしなかったと言う事は肯定しているも同じであろう……。


 ウィリスが醜悪とまで評した戦艦ネルソンは世界七大戦艦の一角、ビッグセブンと呼ばれる戦艦で有った。

 しかし、その形状は独特と言うか、戦艦としては異様な姿をしている。


 ネルソン級戦艦は日輪の長門型戦艦と同等クラスの主砲である45口径50.6㎝三連装砲3基9門を備える艦であるが、その3基の主砲塔は全て前部甲板に集められていた。

 一番主砲塔の後方に背負い式で二番主砲塔、その後方下段に三番主砲塔が収まっており、その三番主砲塔の後方にはビルのようにデザイン性の無い形状の塔型艦橋が配置されている。 


 ハッキリ言ってしまうと、まるで輸送船(タンカー)に大砲を無理矢理載せたような艦容で有り、将兵のみならず民間人の受けも悪い醜悪な戦艦として有名になってしまっているのだ……。


 更に性能面に置いても、三連装砲の構造的欠陥により射撃速度がカタログスペック以下であったり、主砲3基を前部に纏めた事で装甲配置による重心が前部に偏ってしまい、それによって操艦性も不評で有った。


 とは言え、新鋭艦であるキング・ジョージ5世級が条約の駆け引きのゴタゴタに巻き込まれた結果、46㎝砲搭載艦に留まってしまっている現状、英国唯一の50㎝砲艦であるネルソン級の存在感は決して侮って良いものでは無い。


 尤もキング・ジョージ5世級に搭載されている主砲は最新の50口径46㎝砲で有り、射撃装置も最新式の物を装備している為、実際の砲撃能力は大差無く、精密性ではキング・ジョージ5世級の方が上だったりするが……。


「《長官に、敬礼!!》」


 舷梯から甲板に上がって来たサマヴィル一行をネルソン艦長以下士官数名が出迎える。


 彼等の眼前にはネルソンの誇る50.6㎝三連装砲が(そび)え、その後方にデザイン性皆無の艦橋が見て取れた。


「《状況に変化は?》」

「《はっ! 偵察機チャーリーより戦艦5隻と空母2隻を含む日輪艦隊を東南東距離250kmで確認したとの情報がーー》」

「《ーー何だと!? 直ぐに空母に全艦全力出撃を下令しろ!!》」


 足早に移動しながらネルソン艦長からの報告を聞いていたサマヴィルだが、日輪艦隊発見の報告に足を止め眉間にしわを寄せた表情で艦長を睨み空母への全力出撃を命じる。


 サマヴィルが発した全力出撃とは、文字通り全航空機による一斉攻撃の事である、とは言え日輪第一艦隊に差し向けた第一次攻撃隊は壊滅している為、実質第二次攻撃隊のみの出撃であるが……。


「《り、了解です長官!!》」

「《詳細は後で指示する、とにかく直掩機も含め全ての戦力を出撃させろ!!》」


 サマヴィルはこの攻撃が成功しなければ自分達がインドラ洋から放逐される事を予測していた、だが成功すれば日輪戦艦部隊と艦隊決戦で雌雄を決し是を撃滅、その後モルディバまで引き上げ残り4隻と思われる日輪機動艦隊を誘引しモルディバの航空隊によって漸減若しくは殲滅する。

 もし是に失敗した場合も更に南下しダマルガス島北部の拠点であるディルゴ・アスレスまで退き基地航空隊の援護を受け日輪艦隊を攻撃、来なければ態勢を整えれば良いと考えていた。


 だが今サマヴィルが思考した内容は全てが上手く運んだ場合の希望的観測に過ぎず、恐らくはそう上手くは行かない事をサマヴィル自身も理解している。

 だが今は、この希望に縋るより他ないのが英極東艦隊の置かれた現状なのである……。


 そのサマヴィルの綱渡りに近い希望を乗せて3隻の英空母から次々と艦載機が発艦して行く、直掩機すら攻撃隊の護衛に充てた捨身の英航空隊はフルマー11機、シーハリケーン10機、アルバコア攻撃機34機であった。


「《……全艦対空警戒! 輪陣形で展開せよ!!》」


 頭上を飛び去って行く航空隊の姿を見据えながらサマヴィルは声を張り上げ指示を飛ばす。

 すると英極東艦隊は空母と戦艦がその距離を縮め始め、その周囲に輪になって巡洋艦と駆逐艦が展開する。

 その陣形展開が完了した数分後、敵機接近の報告が戦艦ネルソンの艦橋に上がって来たのだった……。



 ◇  ◇  ◇



 日輪第二艦隊


 独立旗艦、戦艦金剛(こんごう)


 同艦昼戦艦橋


「第一次攻撃隊の収容はどのくらいで終わるかね?」

「はっ! 後30分も有れば完了するかと!」 

「うむ、一次攻撃隊の戦果は空母1中破と戦艦1大破で有ったな?」

「左様です、四航戦(飛鷹隊と隼鷹隊)ならもっとやれるかと思いましたが……」


 艦橋から前方を睨みながら西村提督が参謀に問いかけ参謀がそれに応える、現在第十一艦隊の空母飛鷹(ひよう)隼鷹(じゅんよう)は帰還して来た航空隊を収容中である。


「確かに、機体性能と練度を考慮すればもっとやれてもおかしくは無かった筈だが……。 極東部隊と言えども流石は英国艦隊(ロイヤルネイビー)か、一筋縄ではいかんようだな……」

「そのようで……。 二次攻撃隊はどれくらいやってくれるでしょうか……」

「せめて残りの空母を沈黙させ、出来れば戦艦を2隻ほど沈めて来て欲しいものだな」

「ええ! そうなれば長門の51㎝砲がーー」

「対空電探に感ありっ!! 艦隊正面より敵機と思しき機影約20っ!!」


 西村提督と参謀が希望的展望を話していたその時、電探員が声を張り上げ敵機接近を報告する。


「なっ!?」

「ふむ、やはり一筋縄ではいかんようだ……。 直掩隊を迎撃に向かわせ収容した零戦隊も補給不十分で構わん、即座に上げろっ! 全艦対空戦闘用意っ!!」


 西村提督の張り上げられた声が艦橋に響くと艦橋要員から各艦艇に素早くその指示が送られ日輪艦隊は整然と動き出す。


 まず上空に在った4機の直掩機と着艦待ちをしていた零戦3機が敵機の迎撃に向かって行く、飛鷹(ひよう)隼鷹(じゅんよう)の飛行甲板では着艦したばかりの零戦に可能な限りの補給を施していた。


 そして護衛の軽巡と駆逐艦は各機銃と主砲を上空に向け日輪戦艦5隻の主砲から対空弾が発射される。

 しかしこれらは旧式の対空散弾であり命中の期待できない気休め程度の物であった。


 結局、対空弾が敵機を撃墜する事は適わず、黒煙の先から此方に向けて突っ込んで来る20機程の英航空隊に7機の零戦が吶喊する。


 密集陣形を組み一斉に射撃して来る英航空隊に対し、零戦隊は急速に散開して各機が各々定めた敵機に向けて突っ込んで行く。

 連続した射撃音が蒼空に響き渡りそして3機のフルマーが白煙を噴き出しながら力無く海面へと墜ちて行く。

 会敵から僅か1分後の出来事であった。


 密集陣形は危険だと判断した英航空隊は連隊ごとに散開し数の優位を生かす為に零戦隊を包囲せんと動くが、空戦機動で零戦に適う筈も無く背後を取られ、フルマー2が撃墜される。 


 会敵から5分、フルマーは3機にまで減り、シーハリケーンも3機が撃墜され残り7機で有ったが、零戦も1機が撃墜され1機が損傷したため帰艦していた。

 それでも数の不利を搭乗員の練度と零戦の性能で補い航空優勢は零戦側が維持したままとなっている。


 しかし零戦隊の連隊長は違和感を感じていた、後に続いて来る筈の敵攻撃機の姿が一向に確認出来なかったからだ。

 何より敵機の動きが意図的か無意識か、零戦隊を艦隊から引き離そうとしている様にも感じられた。


「何か、妙だな……」


 連隊長がそう呟いた時、戦艦金剛(こんごう)の対空電探に複数の小さな反応が出ていた。


「ん……? これは……? っ!? た、対空電探に感有りっ!! 艦隊左舷後方より敵機と思しき多数の機影が接近中!!」

「何だとっ!? 距離はっ!?」

「ーーっ! 我が艦隊からは45000ですが……十一艦隊からだと至近距離ですっ!!」

「何故気付かなかったっ!?」

「ち、直前まで低空飛行をしていた模様です!!」

「飛鷹と隼鷹の水上電探は旧式でしたな……」

「ええい! 全艦対空迎撃用意っ!! 直掩機はっ!?」

「現在艦隊前方50kmで敵機と交戦中です!!」

「くっ! 前方の敵機は囮かっ!!」


 艦橋内は騒然となり西村提督は苦虫を噛み潰した様な表情で吐き捨てる様に声を張り上げる、低空飛行している物体に対しては水面の影響で対空電探はあまり役に立たない、故に水上電探が必要になるのだが飛鷹と隼鷹の水上電探では航空機を探知出来なかったようである。

 

「敵機は20機以上、急速に高度を上げていますっ!!」

「いや、10機程が低空飛行で向かっているぞ!!」


 日輪艦隊が蜂の巣を突いた様な騒ぎとなっている時、英攻撃隊のアルバコア攻撃機34機は8機の僚機を海上に残し急上昇を続けていた。

 プロペラ機であるアルバコアは動力こそフォトンを使っているが、構造上フォトン噴進に比べ加速力と上昇能力に劣る。

 それでも水平飛行で時速700kmの速度を叩き出せる機体はぐんぐんと高度を上げて行く。


『《日輪空母は見えたかっ!?》』

『《見えた! 空母2隻、護衛は駆逐艦10隻か、頂きだな!!》』

『《油断はするな、我々は何度も屈辱を味わっている事を忘れたか!?》』

『《ーーっ! そうだったな、ハーミーズの仇だ! 1300ポンド(約600kg)爆弾をたっぷりと食らえっ!!》』

 

 高度計の針が6000を指し示した瞬間、英攻撃隊は一斉に機体を翻し、急降下を始める。


 その機首の先に在るのは2隻の日輪空母、飛鷹(ひよう)隼鷹じゅんようであった。


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