第八十七話:王国海軍出撃
ニューカルドニア攻略作戦より少し月日は遡り1943年5月7日 時刻03:45 天候快晴
東南アジアの中心に位置する海洋都市セルガポール、北はジョナホール海峡によりマルーレイシア半島から、南はセルガポール海峡によりインドラネイシアのリアム諸島州から切り離されている。
セルガポールの領土は埋め立てによって広がって来た経緯を持ち都市西部より南に突き出たトゥアル港も埋め立てによって整備された軍港で有った。
そのトゥアル港に日輪海軍の大艦隊が停泊している、志摩 英作海軍中将率いる印洋派遣艦隊である。
その陣容は
~~第一艦隊~~
艦隊司令:志摩 英作中将 副司令:伊藤 誠司中将(信濃座乗)
独立旗艦:戦艦榛名
第一戦隊:重巡妙高、足柄、那智、羽黒
第ニ戦隊 九頭竜型軽巡四万十、秋月型駆逐艦新月、若月、霜月、冬月、春月、宵月、夏月、満月
第三戦隊:装甲空母信濃、天城型航空母艦天城、葛城、赤城(二代目)
~~第二艦隊~~
艦隊司令:西村 洋治中将 戦隊司令:松田 秋将中将(伊勢座乗)
独立旗艦:戦艦金剛
第一戦隊:戦艦伊勢、日向、長門、陸奥
第二戦隊:軽巡大淀、陽炎型駆逐艦山雨、秋雨、夏雨、早雨、高潮、秋潮、春潮、若潮
第三戦隊:軽巡北上 駆逐艦初春、初霜、子日
~~第十一艦隊~~
艦隊司令:片桐 吉辰中将
旗艦戦隊:軽空母飛鷹、隼鷹
第一戦隊:軽巡名取、駆逐艦暁、響、雷、電
第ニ戦隊:軽巡夕張、駆逐艦朝風、春風、松風、旗風
輸送船団:兵員輸送船15隻、物資輸送船12隻、給力艦6隻、海防艦10隻
となっており、主力戦闘艦49隻に海防艦を含む40隻規模の輸送船団を加えた大艦隊であった。
この印洋派遣艦隊はこの後インドラ洋に浮かぶ島嶼であるセイラン島はトランコメリーのティルダーコク基地とコロボンのラトマリナ基地の航空兵力を無力化し、そのままセイラン南西の英海軍拠点モルディバを目指す計画となっている。
第一、第二艦隊の独立旗艦である戦艦金剛と榛名は通信設備や司令設備を拡充し艦隊旗艦としての能力が向上されている反面、一部舷側副砲が撤去されており戦艦としての能力は若干だが低下している。
現地時間04:00、印洋派遣艦隊総旗艦、戦艦榛名座乗の志摩提督より【今より我が艦隊はインドラ洋へ進撃を開始す。総員、忠孝報国の義に則り任務を遂行し、御国の光輝を敵寇に示すべし!】の訓示が述べられ、それを以って全艦が一斉に抜錨しマレッカ海峡を北上し始める
この後、印洋派遣艦隊はアダマン海に入りアダマン・ニコパル諸島を抜けてベルガル湾とインドラ洋の境界を進みセイラン島北東トランコメリーのティルダーコク基地を機動艦隊の射程に収め空爆を実行する計画となっている。
艦隊は輸送船団の船足に合わせるため20kt(時速37km)で航行しているので順調に進んでも攻撃開始は3日後となる予定である。
先行するのは第ニ艦隊、戦艦金剛率いる戦艦部隊は伊勢、日向、長門、陸奥である。
戦艦扶桑と山城、比叡と霧島を失ったものの、海軍休日時代の日輪海軍の威信を支えた浮かべる要塞の威容は未だ健在であった。
その後方より続くのは第一艦隊、印洋派遣艦隊総旗艦榛名が率いるのは装甲空母信濃と最新鋭空母天城、葛城、そして赤城(二代目)である。
赤城の艦名に関しては一度沈んだ艦の名を使うのは縁起が悪いと関係各所から反対の声が挙がったが、山本の拘りによる熱意(裏工作含む)によって天城型三番艦に再びその名が付けられている。
天城型航空母艦は雲龍型の改良で準同型艦であり、全長は360m、艦幅は75mで艦橋の迫り出し部と舷側エレベーター展開時の幅を含めると最大幅は84mとなる、速力は55kt発揮可能で航空機搭載数は露天30機を含め80機となっている。
雲竜型との外見的な違いは飛行甲板が両舷とも張り出している点で能力的な違いは装甲が増している事と司令設備が充実している事であり、将来的に艦隊旗艦も担える能力を有している。
その第一艦隊の後方に展開するのは第十一艦隊であり、瑞鳳型軽空母飛鷹と隼鷹を擁する支援艦隊である。
飛鷹と隼鷹は露天駐機を含み30機足らずの航空機を搭載可能な軽空母であるが、その練度は非常に高く旧一航戦に匹敵すると言われている。
天城型3隻は搭載機数こそ多く搭載機も最新鋭機で有るが、その練度はまだまだ習熟訓練の要があり、実戦に出せるレベルとは言い言い難く、実質の実行部隊は信濃、飛鷹、隼鷹の航空隊となっている……。
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「提督、間も無くアダマン海に入ります」
「うむ、我が軍の勢力圏内とは言え油断はするな、対潜警戒を厳とせよ!」
出港から約20時間、日付が変わる深夜に印洋派遣艦隊はマレッカ海峡を抜けてアダマン海に到達する、アダマン海はインドラ洋の緑海でマルーレイシア半島とアダマン・ニコパル諸島との間の海でビルム自治領やタニス王国とも海路で繋がっている。
そのアダマン海に差し掛かった時、電探員が艦影に気付き叫んだ。
「水上電探に感有り! 方位3.1.5、距離34000、小型乃至中型艦艇20以上!」
「ふむ……。 航海長、友軍の行動記録はどうなっている?」
「はい、第十二艦隊の軽巡木曾率いる戦隊がアダマン島のポートプレア輸送船団の護衛任務中です、艦隊規模に航路と時間を考えると第十二艦隊と見て間違いないと思われます」
「ふむ……。 航路から最も接近する距離を割り出せるか?」
「お待ち下さい……………第十二艦隊の進路が予想通りなら、ここです、この地点で距離15000まで近付きます」
「ふむぅ……。 こちらに気付くかな?」
「微妙な所ですね、木曾や随伴する睦月型駆逐艦にはマトモな電探は搭載されていませんが、此方は図体のデカいのが揃ってますからね……」
志摩提督が恐れているのは目の良くない第十二艦隊が此方を敵と誤認し誤射して来ないかと言う事と、下手に邂逅して万が一周囲に展開しているかも知れない敵艦に印洋派遣艦隊の存在が露呈してしまう可能性である。
第十二艦隊に最新の電探が有れば輸送船団を護衛している第十二艦隊は距離を取って来るだろうし、指向性蒼子波通信装置が有れば連絡を取り合えば済む。
しかし電探は気休め程度の物が戦隊旗艦である木曾に取り付けられているだけで、航行を夜間見張員の夜目に頼っている第十二艦隊では印洋派遣艦隊の姿を確認出来るのはかなり近づいてからであろう。
その状況で印洋派遣艦隊の存在に気付けば下手をすると誤射されかねないし、確認の為の発光信号を打たれても印洋派遣艦隊にとってはリスクでしか無い。
狭域通信でのやり取りも敵の傍受の可能性がある以上、確率が低くともやはりリスクでしかないのである……。
だから印洋派遣艦隊としては余計な邂逅はせず、このままやり過ごしたいと言うのが切なる願いで有った。
当然だが、大艦隊である印洋派遣艦隊が進路を変更すると言う選択肢は事故や警戒能力の低下などのリスクから見て有り得ない。
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「間もなく最接近します!」
「うむ、あれが第十二艦隊とは限らん、全艦警戒を緩めるなよ」
印洋派遣艦隊は念の為にいつでも反撃出来るように総員配置をしている、志摩提督の言う通り接近するのが味方とは限らないからである。
「不明艦隊、我が艦隊右舷、距離15000、16000、17000、動きに変化は有りません離れて行きます!」
「ふぅ……」
「全く、肝を冷やさせてくれる……」
第十二艦隊と思しき艦隊が離れた事を確認した印洋派遣艦隊の指令以下搭乗員達は漸く緊張から解放されホッと胸を撫で下ろす、最も対潜水上警戒を解いた訳では無く完全に安心している訳では無いが。
とまれ、印洋派遣艦隊はその後も順調に航海を続けアダマン・ニコパル諸島を抜けて漸くインドラ洋へと到達する。
そして5月10日、時刻04:25、トランコメリー東350km海域に到達した日輪海軍は一斉に空母の発艦作業に入る。
先ずは空母飛鷹と隼鷹から精鋭の10機の零戦と20機の九七爆装隊が発艦し、少し遅れて信濃より10機の零戦と30機の流星(爆装20機、雷装10機)がそれぞれ出撃した。
天城型3隻も同時に発艦作業を開始したのだが、その段階で色々と不手際があり3隻の中で葛城が最も早く最初の1機を上げたのだが、その時には信濃の発艦作業が半分以上終わっている状況で有った……。
そして朝日の上るインドラ洋の蒼海の空を日輪軍機が疾走し殆ど無警戒で有ったトランコメリーはティルダーコク飛行場に向けて突撃する。
ここで漸く英軍も日輪軍機の襲撃に気付きトランコメリーに警報が鳴り響くが、その時には既に基地から肉眼で日輪軍機が目視出来ていた……。
慌てて英パイロット達が機体に飛び乗りエンジンを掛けようとするが、その時複数の推進音が聞こえ次の瞬間高角砲陣地と滑走路から爆炎が立ち上がる。
その爆炎を掻い潜り何とか離陸しようと試みる英戦闘機に零戦が機銃掃射で襲い掛かり英戦闘機は飛び立つ事無く白煙を噴きその場で爆散する。
正に電光石火の一撃であった、この時点でティルダーコク基地はその機能の半分を喪失していた、そこに日輪軍の第二波、信濃隊の40機が襲い掛かる。
その攻撃によって港湾付近に展開中の仮装巡洋艦5隻と海防艦3隻が撃沈され滑走路も完全に破壊され残っていた高角砲等の対空兵装も次々と破壊されて行った、この時点でティルダーコク基地は殆ど壊滅状態で有ったが、そこに第三波である天城、葛城、赤城の《三城航空隊》120機が飛来する。
飛鷹隼鷹隊によって滑走路と対空兵器にダメージを与え信濃隊が止めを刺す、そして再起出来ない様に格納庫等の航空機を三城航空隊が仕留める作戦となっていた。
つまり反撃能力を失った敵を使った標的訓練である……。
結果、三城航空隊の命中精度はお世辞にも高いとは言えず寧ろ標準以下で有ったが、攻撃機だけでも90機を擁する航空隊である、その物量で爆撃しまくり基地を焦土とする事で何とか任務を達成した。
まるで注射の下手な見習い看護師に当たった患者のような英軍兵士には不運であったと言う他ないだろう……。
とまれ電光石火(後半泥沼……)の強襲爆撃作戦は大成功を納め、日輪側は一機の損失も無くティルダーコク基地を無力化する事に成功する。
更に印洋派遣艦隊は第二次攻撃隊を発艦させており、一次攻撃隊より【我奇襲ニ成功セリ、二次攻撃ノ要無シ】の打電を受け取ると総旗艦榛名より空母信濃を経由して二次攻撃隊に第二攻撃目標であるコロボンのラトマリナ基地への攻撃が下令される。
但し第一次攻撃隊に火力(攻撃機)を割り振った結果、第二次攻撃隊の火力は脆弱で有った、その分防衛力(戦闘機)は高いが……。
飛鷹隼鷹隊より16機の零戦と10機の九六式爆隊が、信濃より30機の零戦と10機の流星爆装隊が出撃し、その後を少し遅れて三城隊の流星爆装隊30機が何とか出撃する。
三城隊の零戦はこのまま艦隊の直掩として残る事になる為、敵機迎撃は飛鷹隼鷹と信濃の零戦隊に任せる事になる。
この時、コロボンのラトマリナ基地では蜂の巣を突いた様な騒ぎとなっていた、戦闘機部隊にスクランブルが掛かり、基地司令部は各所への対応に忙殺されていた。
◇ ◇ ◇
インドラとセイランの南西に位置するモルディバ、インドラ洋に浮かぶ26の環礁と約1,200の島々から成る風光明媚なこの場所を根拠地として停泊する大艦隊、それは英国極東艦隊であった。
日輪艦隊侵攻の知らせこのモルディバで迎艦隊の動きに目を光らせていた英極東艦隊司令部にも届いていた。
「《ジャップの艦隊がセイラン島に侵攻して来ただとっ!?》」
「《は、はい! ティルダーコク基地は空爆によって壊滅、現在ラトマリナ基地も敵航空機による攻撃を受けていますっ!!》」
「《おのれ……このタイミングで再び来るか恩知らずのジャップ共が……っ!》」
英極東艦隊旗艦、戦艦プリンス・オブ・ウェールズの指令室で報告を聞き目を見開く二人の高級英国軍人は、極東艦隊司令長官『ジェイナス・サマヴィル大将』とその副官『アルメノン・ウィリス中将』である。
特に副官のウィリス中将は日輪軍に非常に強い嫌悪感を露わにしている。
彼が日輪を恩知らずと罵ったのは、日輪海軍は創設段階から英国海軍を模範としており、艦艇も金剛型までは英国の最新鋭艦を購入し、その技術を元に今日の日輪海軍が在ると考えていたからである。
だが、英国側もそれによって利益を得ているし、日輪の軍備に協力的であったのは当時のロシエ帝国(現在のロシエト連邦)に対する牽制に利用しようとしたからであるのだが……。
「《日輪艦隊の規模と現在地は判明しているのか?》」
「《いえ、不明です。 トランコマリーが200機近い航空機によって襲撃された事から3隻以上の空母機動艦隊と推測され、セイロン島東に展開しているのは間違いないと思われますが……》」
「《ふむ、襲撃から時間が経っている、恐らく移動しているだろうな……。 問題はインドラ洋を南下するか或いはベルガル湾へ北上するか……》」
「《司令!? まさか日輪艦隊を迎撃されるおつもりですか? 我が艦隊はルエズ運河の封鎖により補給が困難となっています、今は予定通りダマルカスまで後退し態勢を整えるべきです!》」
情報士官から現在の状況を聞き思案するサマヴィルに参謀の一人が口を挟む。
実は、極東艦隊内部では迎第三帝国の動きを見て近く日輪軍の再侵攻が在る可能性を危惧し艦隊をダマルカス島まで後退させる案が浮上していた。
ダマルカス島とはアフリナ大陸の南東海岸部から沖へ約400km離れた西インドラ洋にある島で、日輪の国土面積の約1.6倍の広さを持つ世界で4番目に大きな島である。
「《態勢を整える? ゲイルが紅海を完全に制圧し大艦隊を送り込まれてはどんなに態勢を整えようが此方の負けだぞ? 貴君の言う通り、我々は補給が困難なのだからな?》」
「《う……。 それは……出過ぎた発言でした、提督……》」
参謀の意見にサマヴィルは冷静に答えた、それに対し参謀は口ごもり謝罪するとおずおずと引き下がって行った。
「《うむ……。 それで、迎主力艦隊は今だルエズ運河を渡ってはいないのだったな?》」
「《はい、ルエズ運河北のポート・パシャ近郊で連合軍とゲイル軍の攻防が続いておりますので。 現在はルエズ湾に巡洋艦3隻と駆逐艦6隻が確認出来るだけです》」
「《……うむ! 是より我が艦隊は日輪艦隊撃滅の為に出撃する、王国海軍の武力を以って、日の沈まぬ帝国の威信を蛮族共に知らしめよっ!!》」
サマヴィルが声を張り上げ出撃を下令すると戦艦7隻、空母3隻を擁するブリタニアス王国海軍の大艦隊が一斉に抜錨し推進機にフォトンの光を灯す。
そして威風を放つ海の女王の巨躯がインドラ洋の緑海を力強く掻き分け前進を開始する、それはまさに無敵の力を持つ王者の行進であった。
~~登場兵器解説~~
◆天城型正規空母
全長360 m
艦幅75 m
全幅84 m(艦橋・舷側昇降機水平展開時)
速力55ノット
艦載機搭載機数:80機(露天駐機30機含む)
兵装:35㎜三連装速射機関砲 25基
多連装対空噴進砲 4基
装備:二式電磁射出装置 2基
二式五型航空昇降機 2基
三式甲型舷側航空昇降機 1基
両舷装甲:180㎜
飛行甲板:340㎜
水線下装甲:無し
主機関:ロ号艦本二式乙型蒼燐蓄力炉 6基
推進機:ニ式三型蒼燐噴進機 2基
概要:本艦型は雲龍型空母の発展型の準同型艦である。
その為、基本的な艦容は雲龍型と同じで有り、外観上の大きな差異は飛行甲板の張り出し部が両舷に広がっている事であろう。
但し舷側昇降機は雲龍型と同じく左舷中央の1基だけであり、航空機運用能力自体は雲龍型と大差は無い。
しかし戦闘指揮所と司令設備が拡充されており、より大規模な艦隊旗艦としての運用が可能となっている他、飛行甲板と舷側の装甲はより強固なものとなっている。




