第八十六話:大統領の苦悶
1943年6月24日11時40分
====豪州本土ブリスベル・軍病院====
「《やれやれ、都合の良い解釈で書いてくれてるねぇ……》」
「《全くです、豪州艦隊の勝手な行動で我々は窮地に陥ったんですからね、直に文句の一つも言ってやりたいですよ!》」
ブリスベルに有る高級将校用の個室のベッドの上で新聞を読みながら呆れ気味な口調でリー提督が言う、その頭には痛々しく包帯が巻かれている。
そのリーの言葉に賛同し憤っているのは、リーの見舞いに来ていたノースカロライナ艦長のヴィクター・ガブリエルである。
先の戦闘で割れたメガネを予備に替えリーが読んでいる地元紙の新聞には【米豪艦隊が協力し日輪戦艦を大破させる!!】とか【米戦艦がその身を盾にして我が国の戦艦を守り米提督はその攻撃で重傷!!】などと書かれている。
どうやら豪州艦隊司令のフランクリン提督が、自身の勝手な行動による結果を自分に都合よく脚色し美談として報告した様で有った。
だが、これによって豪州国民の米国に対する感情も僅かに好転した為、米南太平洋域海軍司令部はフランクリンの独断専行への抗議をしなかった、それによってリー提督は新たな英雄として米豪両政府に祭り上げられ、強面で不遜であったマッカーサーの反動も有ってか、謙虚そうな優男のリーの風貌は豪州国民に受けが良かった。
だが、戦局の方は悪化の一途をたどり、ヌメア基地に航空支援を行う為にマッカーサー基地から出撃した戦闘機と攻撃機、そしてB29は殆どが未帰還となり、戦果も芳しく無かった。
第51特務艦隊の艦載機が合流したリフータ基地航空隊は孤軍奮闘に近い状況で奮戦したが、飛行場の位置を日輪軍に特定されリフータ基地司令部は基地を放棄し航空隊をフィジアまで後退させた(この時リフータ基地に避難していたキンケイド提督も航空機で脱出している)
これによりニューカルドニアに置ける制空権をほぼ失った米豪連合は日輪軍の陸海空の連携の取れた侵攻に徐々に戦線を後退させ、北部からの援軍が到着する前にヌメアを防衛する為の前衛拠点はほぼ制圧され、其処に砲陣地を構築されていた。
更に新たな日輪軍揚陸部隊がニューカルドニア北部にも上陸し、守備隊を南下させていた米豪連合は此方でも敗走を重ねる事になった。
日輪軍の航空支援を断つ為に日輪機動艦隊への直接攻撃も検討されたが、リー艦隊は殆どがドック入りし、豪州北東部のダーウェインでは豪州初の空母が習熟訓練中であったが、とても実戦に出せるレベルでは無かった。
結局潜水艦による強襲が決定したものの日輪機動艦隊の居場所も特定出来ていない状況では潜水艦の攻撃も何も有ったものでは無く、珊瑚海は正に日輪軍の独壇場となっていた。
無論、豪州本土には50万の陸上兵力と3000機以上の航空機がいまだ健在で有り、沿岸砲やレーダー監視網も張り巡らされている。
しかし、それらの兵力は各主要都市や飛行場に分散配置されている為、日輪軍が戦力を集中させて一点突破を図られれば防衛は非常に難しいと言わざるを得ない。
ブリスベルには豪州軍10万の他に米陸海空軍の兵力が6万ほど駐留してはいるので差し当たって日輪軍の脅威は少ないと見られ比較的落ち着いているが、ブリスベルから700km南の都市シドニアや大陸南東の都市メイルホルン等では西部に疎開する者が続出している。
更にトロス海峡諸島が次々と制圧され日輪軍が本土にまで迫っている北東部の街ではとにかく内陸部へと避難する者とダーウェインやブリスベルに行く者とに分かれ混乱を極めていた。
「《ふむ、米豪陸軍によるポートモレンビー反攻作戦は悉く失敗し、その隙を突かれ逆にバトゥ島とモル島が日輪軍に制圧されたか……》」
リー提督が地元新聞の次に見ているのは豪州本土北東部のトロス海峡諸島に関する報告書で有り、小規模な飛行場が点在する同諸島群はパプワニューギリア方面に置ける豪州本土防衛の最後の砦で有ったが、日輪軍の快進撃を止められず次々と制圧され豪州本土に上陸されるのは時間の問題であった。
「《ええ、ボーン・アイランド飛行場(トロス海峡諸島)とノーザン・ベニンジュラ飛行場(豪州本土北東部)の航空戦力の援護の下、6万の米豪陸海軍の兵力で上陸作戦を実行したものの、日輪航空隊の前に両飛行場戦力が壊滅、それに伴って上陸部隊も敗走したようです、せめてマッカーサー飛行場のB29が参戦していれば……》」
「《北東部航空隊やボーン島の基地航空隊の規模では制空権を確保するのはほぼ不可能、その状況下での爆撃機の出撃は難しい判断力が問われるからマッカーサー元帥の更迭で混乱している空軍司令部では決断を下せる者が居なかったのだろうね……》」
リーの読み通り、米マッカーサー基地司令部には連日米豪陸軍からの日輪軍への爆撃要請が届いていたが、下手に動いて損害を出しマッカーサーのように更迭される事を恐れたケニー以下米空軍司令部は決断し切る事が出来ずB29と直掩機の数が足りない事を理由に要請を断り続けていたのである。
「《その結果、ヌメア基地に援護を送る戦力を温存出来た訳ですから、若し戦果を挙げられていれば汚名返上となったのでしょうが……結果は惨敗ですからね》」
「《うーん、戦闘機26機と攻撃機28機に重爆撃機(B29)14機では数が少なすぎたね……》」
「《そうですね、推定600機以上の日輪艦載機に対してその数では……。 B29も爆弾の備蓄が少なく満載出来ていなかったようですし、かと言って豪州軍の航空機はニューカルドニアへの往復攻撃には航続距離が足りず戦力になりませんしね……》」
「《うん、矢張り空母が欲しい所だね、豪州海軍も空母を就役させたと聞いてるけど……》」
「《戦艦があの様子だと期待は出来ませんね……》」
「《うーん、ヤマト級だけでなくキー級にも負けた我々も偉そうな事は言えないと思うよ?》」
豪州空母の性能をアンザック級戦艦を引き合いに出し馬鹿にしたように肩を竦めるヴィクターに、リーは苦笑しながら自分達も惨敗続きだと諭す。
「《う……ヤマトですか、魔王の艦級ですよね、B29を屠った魔剣といい、ポートモレンビーとニューカルドニアで暴れまわっている魔獣といい、数は少ないのに陸海空ともに狂った性能の兵器が多過ぎますよ……》」
リーの言葉にその名を思い出したヴィクターは今度はうんざりした表情で肩を竦める、因みに魔剣とは零式制空戦闘機・剱の事で有り、魔獣とは零式重戦車・レオの事である。
「《うん、我々は日輪を侮り過ぎていたようだね、米国民の戦意が保てば最終的には物量で押し切れるだろうけど、今のままではそれは厳しいかも知れないな……》」
そう言ってリー提督は険しい表情で窓から見えるブリスベル軍港を見据える……
◇ ◇ ◇
====ルーガンピル北東60km・パヌアツ攻略艦隊====
「輸送船団が方位3.3.7(北北西)より接近中、間も無く目視距離です!」
「うむ、各艦受け入れ準備、本艦も後部甲板の作業を一時中断させろ」
「了解です!」
僚艦と共に洋上に停泊する戦艦大和の艦橋で輸送船団間も無く到着の報告を受けた東郷が僚艦と大和艦内に指示を出す。
現在日輪第五艦隊と第十三艦隊の艦艇はパヌアツ本島エスピサント島近海に集結しパヌアツ全域の航空索敵を行い敵の航空機や輸送船団などを警戒している。
第五艦隊と第十三艦隊の主要艦艇はやや密集しており、駆逐艦と海防艦が周囲の対潜哨戒を行い、損傷した艦艇の甲板には随所にテントが張られ熱帯の炎天下の中、応急要員が復旧作業に追われている。
とは言えパヌアツ攻略戦から既に一週間が経過しており、その間、対潜戦闘が2回有っただけで損害は無かった為、修理は順調に進み応急で対応出来る軽微な損傷は修理し終えている。
後は部品待ちの準備であったり、応急では対応出来ない箇所の仮対応などを行っている。
そして本当に補給が必要なのは航空機で有った、部品もさる事ながら航空機自体も不足していた。
そこに漸く第八艦隊に護衛された輸送船団が到着したのである。
ただ、高速輸送艦はニューカルドニア方面で使用されている為、パヌアツ側に回されているのは大最速力が30ktに満たない旧式輸送艦であった。
それでも物資輸送艦30隻、兵員輸送艦20隻のもたらす物資と人員は敵地で一週間、負傷者や不足人員の穴を埋めるべく配置時間を増やして従事していた者達や足りない部品をやりくりし航空機を運用していた整備班の者達には大いに喜ばれた。
だが、浮かれてばかりもいられない、兵員輸送艦で到着した2万人の兵士は全てが艦船への欠員補充と言う分けでは無い、その殆どがこれより行われるサントコペア基地占領作戦の為の人員なのである。
サントコペア基地は日輪艦隊による艦砲射撃で壊滅しており、日輪軍の航空哨戒などによって基地周辺に米軍の姿は見当たらないものの、何処かに残存兵力が隠れている事は確実で有った。
日輪軍も輸送艦に搭載してある大発動艇や小発動艇に重火器を積載しているが、もし米戦車隊が生き残っていた場合苦戦は必至であった。
その為輸送艦にはバラした状態では有るものの、零戦五型10機、九七式艦攻10機が搭載されており、これ等を大鷹にて組み立て運用し戦車に対抗させる作戦で有った。
もっとも戦車無しで矢面に立たされる上陸部隊の兵士達には堪まったものでは無いが、戦車や戦車揚陸艦はニューカルドニアへ優先的に回される為、仕方の無い事であった……。
空母大鷹には早速輸送艦のクレーンで航空機(のパーツ)が降ろされ大鷹の作業員がそれを鉄人4機で慎重にエレベーターまで運んでいる。
他の艦艇にも同じような方法で物資が降ろされて行き、各艦艇の甲板は人と物資で溢れ返っていた。
無論、周囲警戒中の艦艇は蚊帳の外であるが、後程交代し同じ状況になるだろう。
因みに、武蔵航空隊の瑞雲は2機しか残っていないが、積載量の関係で補充は無いようである……。
艦隊はこのまま明朝の日の出まで各部の修理と積み込んだ航空機の組み立てを行い、25日08:00に上陸作戦を開始する手筈となっており、その後、物資や人員を降ろした輸送船団は人員輸送艦2隻と海防艦6隻を残し、先の戦闘で負傷した者達を乗せルングまで帰投する予定となっている。
◇ ◇ ◇
====コメリア合衆国・ジェラルドDCホワイトハウス====
「《……マーシャル陸軍参謀総長、そしてキング合衆国艦隊司令長官、この報告書の内容はどういう事なのか、説明して貰えるかな?》」
ホワイトハウスの執務机に座し報告書を一通り読み終えた合衆国大統領フリクソン・ルーズベルトは静かに報告書を机に置くと、眼前の二人の高級将校を見据え冷静な口調でそう言った、しかし、その額とこめかみには明らかに青い血管が浮き上がっている……。
「《……!》」
「《……!!》」
余程の鈍感な愚者でも無ければ大統領が激怒している事は理解出来る、そして超大国コメリアの陸海のトップが愚鈍で有る筈は無く、故に互いに無言で目線を送り大統領に説明するよう促し合い……いや押し付け合っている……。
「《どっちでも良い、さっさと私に説明をしろっ!!》」
「《……っ!》」
「《……っ!!》」
煮え切らない陸海軍のトップ二人の態度に遂に我慢の限界を超えたルーズベルトが声を張り上げ両拳で机を叩くと、直立不動の二人の身体がビクンと反応し、執務机の上の新調した電話機から受話器が床に落ちる。
数秒の静寂の後、最初に動いたのはルーズベルトの横に立っていたトルーマン副大統領であった、彼は無言で大統領の執務机に歩み寄り落ちた受話器を拾うとそっと電話機本体に戻し、何食わぬ顔でそっと元の位置に戻った。
つまり米陸海軍トップの窮地は何も変化は無いと言う事である……。
「《そ、その……。 報告書に有る通り、二つの機動艦隊の内、一個艦隊が壊滅し……パヌアツとニューカルドニアの……制空制海権を日輪軍に奪われ……その……合衆国と豪州本土が分断されました……っ!》」
追い詰められたマーシャルとキングで有ったが、『こうなったのは海軍が制海権を奪われたせいだろう!!』と言わんばかりのマーシャルの圧力に押し負けてキングが渋々口を開いた。
「《そんな事は報告書を見ればわかるっ! 聞きたいのは何故そうなったかと言う事だっ!! 戦力は十分に駐留させて有ったのではないのかねっ!?》」
キングの報告書をしどろもどろになぞる様な説明にルーズベルトの青筋が増し、その言葉が終わるや即座に叱責を受ける。
「《そ、その筈だったのですが……。 その、パヌアツ守備艦隊は魔王2隻を含む打撃艦隊によって壊滅させられ……それによって基地航空隊も無力化されたらしく……。 そのような状況でしたので現地指揮官の判断でニューカルドニアの防衛に当たっていた機動艦隊を呼び寄せ魔王を総攻撃したようなのですが……》」
「《……返り討ちに遭い、手薄になったニューカルドニアを日輪機動艦隊に強襲された、と?》」
「《……左様でございます……》」
「《……はぁ》」
余りにも散々なキングの報告にルーズベルトは肘を立て組んだ両拳に額を押し当て呆れ果てた様な溜息をもらす。
「《……それで? ニューカルドニアには20万の守備隊と200両を超える戦車、そして1200機を超える航空機が配備されていた筈だが、どうやったらこれ等が一週間で壊滅するのかね?》」
疲れ果てた顔を上げたルーズベルトの言葉に自分の番が回ってきた事を察したマーシャルの緊張した顔が更に強張る、だが、何も言わない訳にもいかず、その重い口を無理矢理開く……。
「《ま、まず、訂正させて頂きたいのは、NC守備隊は未だ健在で在り各地で抵抗を続けていると言う事です! た、ただ主要な基地や飛行場と陣地を日輪軍に占領されているのも事実ですが……。 し、しかし、その最大の要因は海軍が敵機動艦隊の侵入を許した結果であり、我々陸軍はその被害者であると言う事をご理解頂きたいのです!!》」
「《……ヌメラを無防備に攻撃された挙句20万の兵力と1200機の航空機を一週間も保たず蹂躙された事も海軍の責任かね?》」
「《ーーっ!? いえ、それは……その……》」
無理矢理開いたマーシャルの口から出て来たのは海軍に責任を押し付ける言い訳じみた内容であったが、当然の事ながらルーズベルトの至極尤もな指摘を受け口ごもってしまった。
「《に、日輪軍の脅威は魔王だけでは有りませんでした! 圧倒的な機動性と運動性を併せ持つ空飛ぶ魔剣とM4戦車の砲撃を物ともしない魔獣が我が軍を蹂躙したのです! あ、魔剣と魔獣には魔剣と魔獣と言うコードネームをーー》」
「《ーー呼び方などどうでも良いっ!! つまり我らが誇りある合衆国海軍は日輪新型戦艦に歯が立たず、我らが気鋭の合衆国空軍は日輪新型戦闘機に太刀打ち出来ず、我らが精鋭の合衆国陸軍は日輪新型戦車に蹂躙されたと、そういう事だろうっ!?》」
「《……左様でございます……》」
「《……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!》」
自らが誇っていた筈の合衆国陸海軍の余りの体たらくにルーズベルトは思わず両手で頭を抱え机にうつ伏したまま奇妙なうなり声をあげる。
それは決して超大国コメリア合衆国大統領の発して良い声では無かったが、事態の深刻さ故に誰も声を掛けられず大統領のうなり声が途絶え静寂に静まり返る大統領執務室で直立不動の姿勢のまま固まっていた。
「《……それで? どうするのだね?》」
凍り付く様に静まり返った執務室でルーズベルトが呟く様な声でそう言った。
「《……は?》」
「《え……?》」
その大統領の言葉にキングとマーシャルは思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「《これから如何するのかと聞いているのだよ、これからの戦略、戦術、展望、それを示せと言ってるのだ!!》」
「《ーーっ! は、はい! 海軍と致しましては、モンタナ級戦艦6隻の就役を待ち魔王撃沈の陣容を整え、今現在も着々と就役しているエセックス級空母と基軸とした機動艦隊の再編を以って反攻作戦をご提案致したく存じます!!》」
「《り、陸軍と致しましても、B29の急速な増産を命じ、陸上兵力の徴集と再編を指示しております! 戦車に関してはM4の改修と新型戦車開発を同時に進め戦力拡充に努めておりますっ!!》」
「《……つまり? ニューカルドニア奪還の名案は無く、戦力が整うまで放置すると? 豪州を分担されたままにすると、そういう事かね?》」
キングとマーシャルの言葉を聞いたルーズベルトは僅かに血走った眼で二人を睨み、かなり低い恨みがましい声で言葉を発した。
「《お、お言葉ですが、現状の戦力では奪還作戦を行ったところで結果は見えています、戦艦と空母の数が圧倒的に足りていません!》」
「《そ、そうです! 奪還するには最低でも敵の3倍の兵力と火力が必要です、今は耐え、戦力を整えた後、我らが合衆国の工業力を日輪に思い知らせるのです!》」
「《……戦略でも戦術でも無く物量かね?》」
「《その通りです!》」
「《その通りです!》」
「《……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーっ!!》」
コメリア合衆国陸海軍トップ二人の息の合った脳筋な返答に、コメリア合衆国が誇る歴史と格式高いホワイトハウスに第32代コメリア合衆国大統領の苦悶の唸り声が響き渡った……。