第八十四話:ニューカルドニア攻防戦⑥
「米戦艦からの砲撃を確認っ!!」
「敵戦艦、距離12,000で捕捉っ!!」
「敵戦艦、面舵! 本艦と同航っ!!」
「12000!? ……正気かっ!?」
最大戦速で煙幕の中から飛び出し、面舵を取りながら紀伊と尾張に砲撃を浴びせて来た2隻の米戦艦、そんな砲撃が当たる筈も無いが、その砲撃が自艦に注意を引く為の制圧射撃で有る事は栗田にも理解出来た、だがその距離には理解が出来ず驚愕と困惑を栗田に齎したのだ。
然も有ろう紀伊型とサウスダコタ級の砲火力は略同等(サウスダコタはSHSを強装薬で使用する事が前提だが)であり、その砲撃を受ける上での安全距離は紀伊型で20km以遠(前後)、サウスダコタだと30km以遠となる。
つまり距離12,000(12km)だと紀伊型の装甲も容易く貫通するがサウスダコタ級は装甲が全く仕事をしない可能性が高い距離であり、オルデンドルフのように狂ってでもいない限りは通常では取り得ない選択、有り得ない距離なのである。
「ええい! 取り舵45、砲撃目標を右舷の米戦艦へ変更しろっ!!」
とにかく艦の安全を図りたい栗田は即座に左に舵を取らせ米国と距離を取ろうとする。
それによって左に大きく舵を切った紀伊と尾張は僅かに右に傾きながら唸るような重苦しいモーター音を響かせ主砲を右舷へと旋回させている。
「空母部隊への航空支援要請は如何なっているか?」
「はい、零戦15機と流星雷装隊10機、流星爆装隊20機が向かっているとの事です!」
「……少ないな、何故もっとよこさん?」
「それが、情報に無い飛行場から飛来していると思われる米軍機から散発的な襲撃を受けているようで、その対応に追われているようです……」
「ちっ! 米帝め、叩いても叩いてもわいて来るか、まるでゴキブリーー」
思わしく無い情報に栗田が舌打ちしたのち毒付くが、次の瞬間至近距離に巨大な水柱が十数本立ち上がる。
「至近距離に弾着!!」
「くそっ! 米帝め、良い様にされたままだと思うなよ! 応戦しろ、主砲撃ち方初めぇっ!!」
自艦の周辺に立ち上がる水柱の飛沫を浴びながら紀伊と尾張の主砲が米戦艦に向けられ砲身が僅かに仰角を修正する。
次の瞬間、紀伊の4基12門と尾張の5基15門の主砲が一斉に火を噴き、撃ち出された砲弾が海面を押し退け水柱を突き抜け米戦艦に向かって飛翔し着弾すると、その周囲に巨大な水柱を立ち上げる。
「命中弾無しっ!!」
「次弾装填急げっ!!」
「照準左0.5仰角0.3修正っ!!」
紀伊と尾張の射撃指揮所では砲術士官と砲術長が双眼鏡で弾着観測を行いつつ測距儀班からの情報を元に照準を細かく修正している。
そして次弾装填が完了した次の瞬間、尾張の右舷側中央から爆炎が立ち上がり上部構造物と噴進砲の破片が宙を舞う。
「尾張に直撃弾っ!!」
「ええいっ! これ以上好き放題やらせるなっ!! 取り舵45、同航戦で紀伊型戦艦の威力を思い知らせてやれっ!!」
尾張の損害を受け、流石の慎重な栗田提督も一方的に叩かれている事に業を煮やし安全距離を保つ事より攻勢に転じる決断をする。
この時、日米戦艦の距離は15,000であり、双方とも相手の重要防御区画を確実に抜ける距離で有った。
手数では紀伊型に利が有ったが、レーダー射撃装置によって簡易的では有るが常に航空機による弾着観測を受けているのと同じで有るサウスダコタ級の命中精度は紀伊型を凌駕している。
その為、攻勢に出た紀伊と尾張の砲撃は至近距離の着弾は有るものの命中弾を得る事は適わず、逆に紀伊の四番主砲に直撃弾を受け四番主砲が完全に沈黙する被害を被る。
「四番主砲塔弾薬庫付近で火災発生っ!!」
「応急班、救護班を向かわせろっ!! 隔壁閉鎖、弾薬庫への注水を許可するっ!!」
紀伊の艦長が四番主砲塔への対応に追われている最中、またもや至近距離に巨大な水柱が立ち上がり、それと略同時に艦首が爆ぜる。
紀伊の艦首右舷側と甲板の破片が爆炎と共に宙を舞い、直後右舷の錨が落下し巨大な鎖と共に滑り落ちそのまま海中へと消えて行った……。
「艦首大破っ!! 錨鎖庫直撃、右舷の錨が落下っ!!」
「く、栗田提督、本艦が完全に狙われていますっ!! 後退した方が良いのではっ!?」
「ならん! 今逃げても良い的になるだけだ!!」
「そうだねぇ、それに我々がこれ以上後退すると輸送船団が米戦艦の射程に入る可能性が有るからどっちみち逃げられないよ」
立て続けに直撃を受けた事により恐怖心に耐えられなくなった参謀の一人が後退を進言するが、栗田は是を一蹴し、山本も栗田の判断に賛同した。
栗田は非常に慎重な軍人で有り、艦隊の安全を重視し過ぎる事から誤情報に過敏に反応してしまう事も有るが、目の前に明確に成すべき事が示されていれば危険を顧みず其れを全うせんとする気概を持ち合わせている人物でも有った。
「敵艦とてこの距離で紀伊の主砲が当たれば只では済まんのだっ! 兎に角弾を当てろっ!!」
艦橋内に栗田の張り上げられた声が響くと、艦長以下士官達も覇気良く応え、紀伊は残る3基の主砲で果敢に応戦する。
◇
一方で優勢に戦いを進めているリー提督も全く余裕は無く寧ろいつ命中弾を受けるか気が気では無い様子であった、紀伊型とは違いサウスダコタ級の防御力でこの距離からの攻撃を真面に受ければ最悪一発で戦闘力を失う可能性すら有ったからだ。
「《アンザックとアランタの状況は? 離脱出来たのかね?》」
「《はい、間も無く日輪戦艦の有効射程外に到達します!》」
「《ふむ、駆逐戦隊と駐留艦隊の戦況は?》」
「《……どちらも芳しく有りません、駆逐戦隊は敵駆逐艦1隻を撃沈、軽巡1隻を大破させたものの、此方は駆逐艦3隻が撃沈され、軽巡1隻、駆逐艦2隻が大破後退しています……。 駐留艦隊は重巡2隻と駆逐艦1隻が健在ですが事実上敗走中です……》」
「《……その状況では日輪輸送船団への攻撃は無謀過ぎるか……。 駆逐戦隊及び駐留艦隊に撤退指示を、我々も日輪戦艦を牽制しつつ本海域より離脱する!》」
「《了解ですっ!!》」
リー提督の静かな苦渋の決断に参謀も表情を改めて正し敬礼する。
その時、リー提督と参謀達の耳を劈く不気味な音が聞こえ、次の瞬間サウスダコタの艦橋後部付近が爆ぜた、艦全体が激しい揺れと振動に見舞われ艦橋内の者達の身体が一瞬宙を舞いそして壁や床に叩き付けられる。
「《う……ぐっ! 被害状況知らせっ!!》」
「《ほ、報告っ!! 通信機全不通、伝声管も一部不通につき状況不明っ!!》」
「《くっ! ならば伝令を送って確認を急げ……リー提督っ!?》」
床に叩き付けられたサウスダコタ艦長はよろめきながら立ち上がり即座に状況確認の指示を出すが、その視界に頭から血を流し倒れているリー提督の姿が映り慌てて駆け寄る。
「《提督っ!? リー提督!! 大丈夫ですかっ!?》」
「《う……むぅ……。 損害は……?》」
「《通信網が断絶し状況不明です、今伝令を送って確認中です!》」
リーはよろめきながらも艦長と参謀に支えられて起き上がるが彼のトレードマークとも言える丸いメガネは床に落ちてレンズが砕け散っていた。
「《報告! 2時方向より敵機来襲!!》」
「《ーーっ!? 最悪のタイミングだな……。 CIC(戦闘指揮所)に撤退と対空戦闘の指揮を執る様伝えてくれ、私も直ぐに下りる……!》」
参謀達によって司令席に座らされたリー提督がハンカチで頭の傷を押さえながら参謀達に指示を出す、その指示を受け参謀達は迅速に動き、サウスダコタのCICから指令を受けた戦艦2隻と駆逐戦隊、そして豪州艦隊は日輪艦隊から離れる針路を取りつつ対空兵装が小刻みに動き始めその銃口を迫りくる日輪軍機へと向ける。
程なくして40機程の日輪軍機が肉眼でも目視出来る距離まで接近して来る、日輪軍機は高度4000mを高速で飛行する30機以上の部隊と、それにやや遅れて海面擦れ擦れを飛行する10機程の部隊に分かれていた。
上空の部隊は増槽を腹に抱えた零戦15機と流星爆装隊20機で、海面擦れ擦れを行くのは流星雷装隊の10機であった。
しかし流星は零戦と形状が似ている事から米軍側は増槽を抱えた零戦も爆撃機だと認識し優先攻撃目標に加えた。
先ずサウスダコタ級2隻の15㎝汎用砲が対空弾を装填し火を噴いた、近接信管によって敵機近くで作動する対空弾に先頭を飛行していた零戦1機の機体が爆ぜ力無く墜落して行く。
それに続かんとばかりに米駆逐戦隊と豪州艦隊からも一斉に対空砲火が撃ち上がり、日輪軍機の周囲は忽ち対空弾の破裂した黒煙に包まれる。
その弾幕を掻い潜り5機の流星爆装隊が米戦艦目掛けて急降下する。
「突入角良しっ! 進路良しっ! 全弾投下準備よろしっ!!」
「いつでも良いぞ、ぶちかませぇええ!!」
三座の真ん中に座る爆撃主が機器を操作しながら声を張り上げると、それに呼応し操縦士が歯を剥き出しに口角を上げながら叫ぶ。
「投下、今っ!!」
爆撃主が声を張り上げ手元のレバーを指で引くと流星の胴体内に格納されていた1発の900kg爆弾と主翼に懸吊されていた4発の50kg爆弾が機体から離れ物理法則に従いサウスダコタの甲板に向かって落下して行く。
直後流星の操縦士は操縦桿を一気に手前に引き、流星の機体は対空砲火に晒されながら急激に上昇し離脱を図る。
そして流星の投下した爆弾はサウスダコタの後部甲板付近でそれぞれ大小の爆炎を立ち上げた。
「全弾命中っ!! しかし900kg爆弾は主砲天板に命中した模様っ!!」
「ちっ! ついて無ぇな!」
自機の戦果を確認する為、機体後方から機銃を斜めに避けて凝視していた射撃手が声を張り上げ叫ぶと操縦士が悔しそうに舌打ちする、攻撃機の搭載出来る爆弾では戦艦の主砲塔の装甲を破壊する事が出来ないと分かっているからである。
だが爆弾を全て投下し終えた彼等に出来る事はもう無い、後は僚機に任せ自分達は無事に帰還するだけである。
「《後部甲板に被弾っ!!》」
「《右舷上空より更に敵機っ!!》」
「《くっ! 何としても叩き墜とせっ!! 蛇行の間隔をもっと詰めろ、爆撃機に照準を絞らせるなっ!! 右舷弾幕薄いぞ、何をやっているっ!!》」
リー提督の去った主艦橋内ではサウスダコタ艦長が双眼鏡片手に艦橋窓を右往左往しながら指示を出していた。
その甲斐有ってか、次の攻撃は50kg爆弾2発は命中したものの900kg爆弾は回避する事に成功する、しかしその後方ではノースカロライナから爆炎が立ち上がり副砲と上部構造物の破片が宙を舞う。
「《さらに右舷低空より敵機接近、数は5っ!!》」
「《ーーっ!! 低空……雷撃機かっ!! そいつらの距離と動作を優先して逐一送れっ!!》」
「《敵機進路ノースカロライナっ!! 魚雷投下っ!!》」
「《標的をノースカロライナに移したかっ! 避けれくれよ……!》」
サウスダコタ艦長が祈るような声でそう言った直後、ノースカロライナは急激な右旋回を行い艦を左に傾けながら必死に身を捩っていた、結果4本の魚雷を回避する事に成功したものの1本が右舷中央に命中し巨大な水柱を立ち上げる。
更に日輪戦艦からの砲撃が止んでいる訳では無く、数十秒間隔で至近距離に巨大な水柱が立ち上がっている。
しかし対空戦闘中の米戦艦は主砲が撃てないため防戦一方となっており、距離は徐々に離れているものの未だに有効射程内に捉えられており危険な状況で有った。
◇
「米戦艦に魚雷が命中した模様!」
「米戦艦離れて行きます、現在距離19,000!!」
「逃げる気か……。 あの数の航空戦力では沈め切れんかも知れんが深追いは禁物だな、この位置で砲撃を継続しろ! 第一戦隊(重巡部隊)と水雷戦隊の状況を知らせ!」
「はい、重巡部隊は高雄、最上、熊野が小破、三隈が左舷後部に被雷し速力低下、鈴谷が左舷中央に被雷し航行不能です!」
「水雷戦隊は先程の米水雷戦隊との交戦で軽巡能代が大破航行不能、駆逐艦大波が沈没、軽巡六角が残存艦艇を纏めています」
「ふむ……。 三隈と海防艦5隻を沈没艦の救援に回せ、紀伊と尾張はこのまま限界まで砲撃を継続、残りは上陸部隊の支援を行え!」
部下からの情報を受けて栗田が少し思案した後、声を張り上げ各戦隊への指示を出す。
「後1時間ほどで日没だね、航空隊が米戦艦を仕留められないと米戦艦が戻って来るかも知れないねぇ……」
「そうなると厄介ですな、連中は自慢の電探射撃で暗闇でも当てて来ますからな……」
「うーん、そうだねぇ……。 この際、紀伊と尾張にも電探射撃装置を搭載するよう軍令部に打診してみようかな……」
「今更ですが、長官が八刀神博士を疎まずもっと早くにそうして頂けていれば有り難かったのですがね……」
眉をハの字に下げ思案顔で紀伊型への電探射撃装置の搭載を考える発言をする山本に対し、栗田は呆れ気味に皮肉を言った。
「……それは無理な相談だねぇ……」
「……?? 今何と?」
「いや、栗田司令の言、耳に痛く至極尤もだと思っただけだよ」
ぼそりと零した山本の言葉を聞き取れ無かった栗田は怪訝な表情で聞き返すが、山本は飄々とした表情で肩を竦めて誤魔化す、しかしその瞳は鋭い眼光を放っていた……。




