第八十ニ話:ニューカルドニア攻防戦④
6月16日 時刻17:08 天候快晴
日輪ニューカルドニア攻略艦隊は針路を米駐留艦隊に阻まれ、輸送艦隊を護りながら砲雷撃戦を行っていたが、後方を主力と思しき米打撃艦隊に突かれ挟まれる形となっていた。
「米主力艦隊、右舷後方より急速接近!!」
「見張りより報告! 敵数、戦艦4、巡洋艦7 駆逐艦18と見ゆ!!」
「おや? 20隻って話では無かったかな?」
「も、申し訳ございません! 後方に展開していた艦隊を見逃しておりました……っ!!」
「ふむぅ、このままだと輸送船団が米主力に喰われてしまうねぇ……」
次々に判明する不利な情報に山本は腕を組み唸る。
「くっ! 第一戦隊(重巡部隊)はこのまま米駐留艦隊を押さえろ! 第四戦隊(六角隊)は紀伊に続き第二戦隊(能代隊)は輸送船団の護衛に当たれっ!!」
敵に挟まれ逼迫する状況に栗田提督が声を張り上げ次々と指示を出す、それによって重巡高雄率いる第一戦隊の重巡5隻が米駐留艦隊(重巡4、軽巡2、駆逐艦5)を相手取り、魚雷を消耗した第二戦隊は第四戦隊と交代する形で輸送船団の護衛に付いた。
そして西側から迫りくる米主力艦隊に対しては、戦艦紀伊と尾張、そして九頭龍型軽巡洋艦六角以下6隻の陽炎型駆逐艦(この世界では夕雲型は陽炎型に統一されている)が立ち向かって行く。
「敵艦隊右舷同航、速力30ノット、距離28000!! 主砲副砲一斉撃ち方始めぇっ!!」
栗田提督の号令で紀伊と尾張の主砲と副砲が一斉に火を噴き珊瑚海の海原に轟音を轟かせる。
それに対しサウスダコタとノースカロライナ、重巡3隻も応戦し、互いの周囲に巨大な水柱が次々と立ち上がって行く、その水柱の間を縫う様に日米駆逐戦隊が入り乱れて砲撃戦を繰り広げる。
駆逐艦の数では日輪艦隊の倍を擁する米駆逐戦隊で有ったが、主導権は最初から日輪水雷戦隊に握られていた。
それは艦の性能差と言うよりは乗組員の練度の差が最も顕著に現れた結果で有ったと言える。
最初の砲撃から20分後、日輪駆逐艦の砲火に晒された米フレッチャー級駆逐艦1隻が爆炎に包まれながら横転し水底へ没して行く。
更に米重巡ニューオリンズが左舷中央部に1本の魚雷を受け艦が傾き速力が半減した為、リーの命令で戦域から離脱して行く。
そして戦艦同士の砲撃戦に置いても互いに命中弾こそ無いものの3基9門のサウスダコタ級に対して5基15門の主砲を持つ紀伊型に手数で圧倒されている。
「《ノースカロライナに至近弾っ!!》」
「《これは、夾叉を受けているね……。 想定していたとはいえ、やはり真面にやり合うと此方が不利か……》」
「《駆逐戦隊がもう少し頑張ってくれれば良かったのですが……》」
「《うん、まぁ、そこは日輪艦隊の練度を褒めるべきだろうね……。 仕方ない、例の作戦を実行しようか》」
「《了解です!》」
徐々に悪くなる戦況にリーは思案した後、事前に計画していた作戦を実行するよう部下に命じる。
それを受け米駆逐艦隊は一斉に速力を上げ艦隊進行方向から煙幕の展開を開始する。
「米艦隊、煙幕を展開! 視界が遮られて行きますっ!!」
「なにっ!? この状況で煙幕だとっ!? まさかこの期に及んで逃げる気か?」
米艦隊の突然の行動に黒島作戦参謀は眉を顰める、煙幕とは本来自軍艦艇を隠し砲撃や雷撃を阻害する事が目的の兵装で有り、主に退避行動を取る時などに使用されるものでこの状況で防衛側が使う物では無いからだ。
「いや、この状況だからこそ……だろうね、敵の司令官はこの紀伊と尾張こそ、早急に排除する必要が有る脅威だと考えているのだろう」
「それは……ですが、こうも濃い煙幕を展開すれば我々への砲撃とて不可能に……いや、そうか! 電探射撃っ!?」
山本の言葉に最初は懐疑的な反応をしていた黒島で有ったが、電探射撃の存在に思い至ると目を見開き動揺する。
煙幕を展開され視界を塞がれた状態ではレーダー射撃が可能なサウスダコタ級以外は砲雷撃の命中が期待出来ない、それは米駆逐艦や巡洋艦も条件は同じであるのだが、それを承知した上でリー提督は煙幕の使用を行った。
つまり先ずはサウスダコタ級の一方的な砲撃で日輪艦隊の攻撃の要である紀伊と尾張に打撃を与える事を優先したと言う事である。
「《レーダー射撃システム起動確認!》」
「《弾着データ入力完了! レーダー射撃システムとのリンク開始!!》」
「《システムオールグリーン!! いつでも行けます!!》」
「《うん、では始めようか。 主砲、レーダー射撃一斉射、撃てっ!!》」
リー提督の号令の下、サウスダコタとノースカロライナが煙幕に向けて一斉に主砲を射撃する、18発の砲弾が白煙を切り裂きそして突き抜けると僅かな放物線を描きながら日輪戦艦に向けて飛翔し数秒の後その周囲に巨大な水柱を立ち上げる。
「くっ! 発砲音から弾着迄の間隔が短い、思ったよりも距離が近いぞっ!!」
「速度を上げて煙幕を振り切っては?」
「それは駄目だね、下手をすれば最悪、輸送船団を巻き込んでしまう」
「敵3斉射目、至近弾っ!!」
「くそっ! 夾叉を受けているっ!? このまま煙幕が切れるまで耐えるしか無いと言うのかっ!!」
見えない敵、迫る砲弾、逃げられない状況、全てが紀伊と尾張に不利に働き、紀伊の艦橋は焦燥感に包まれ始めていた。
この時、サウスダコタと紀伊の距離は17000mにまで接近していたが、闇雲に撃って当たる距離では無く、速度を上げて煙幕圏外まで移動すれば輸送船団を米戦艦の眼前に置き去りにしてしまう事になる。
しかし輸送船団には海軍陸戦隊より陸軍師団が多く搭乗している、その兵力の殆どは陸軍の面子を潰した『煌華大撤収』によって捻出された兵力で有り、罷り間違っても海軍の不用意な行動で損失を出す訳にはいかなかった。
リー提督は流石にそんな日輪軍内部の事情は知らなかったが、上陸が戦略目標である以上、日輪戦艦がそれを見捨てて逃げると言う行動は有り得ない事を当然把握した上で全ての指示を行っていた。
つまり紀伊と尾張は、輸送船団を守る為に無抵抗な盾となるしかなく、輸送船団を危険に晒し攻勢に出るなど絶対に選べない選択肢なのである。
「蛇行して敵に距離を測らせるな! 第四戦隊に煙幕を突破して米戦艦を雷撃するよう命じろ!! 第一戦隊(重巡部隊)の戦況はどうなっているっ!?」
「は、はい! 重巡1隻を大破後退、軽巡1隻、駆逐艦2隻を撃沈したものの、我が方も重巡鈴谷が被雷し航行不能ですっ!!」
「ちっ! 第四戦隊に賭けるしか無いか……っ!」
不規則に蛇行し回避に徹しても白煙の中から突如飛び出してくる砲弾は至近距離に着弾して来る、いつ直撃してもおかしくない状況に艦隊司令である栗田提督は焦燥感に駆られた表情で舌打ちし呟く。
その栗田提督の期待の掛かった日輪第四戦隊は命令を遂行せんと視界の遮られた白煙の中を最大戦速で疾走していた。
「全艦右舷砲雷撃戦用意っ!! 煙幕を抜けたら砲撃を敢行しつつ距離6000まで肉薄し確実に仕留めろっ!! 本艦は砲撃で駆逐艦を援護だっ!! いいか、米戦艦だけを狙え、雑魚には構うなっ!!」
日輪第四戦隊旗艦、軽巡六角の艦橋で戦隊司令が怒鳴り声に近い声で叫ぶと周囲の者も覇気良い声で応える。
現状水雷戦隊の旗艦である六角だが、その設計思想は防空戦隊旗艦で有る為、魚雷発射管を搭載していない、なので雷撃そのものは旗下の駆逐艦6隻に委ねる事になる。
そして日輪第四戦隊は旗艦六角を先頭に単縦陣で煙幕内を突っ切り、白煙が途切れるその時を固唾を飲んで見守る。
その時、重厚な轟音と合わさって軽い砲撃音が連続して複数聞こえた、その次の瞬間、第四戦隊の周辺に複数の水柱が立ち上がる。
「至近距離に弾着多数っ!!」
「くそっ!! これは米戦艦の副砲かっ!? 我々の位置は自慢の電探でお見通しと言う事だなっ!!」
「怯むなぁっ!! 全艦蛇行しながら前進を続けろっ!!」
白煙の中に立ち上がる複数の水柱、それらを蛇行しながら掻い潜り前進する日輪第四戦隊、そこに新たに複数の水柱が立ち上がるとほぼ同時に駆逐艦朝霜の艦体が爆ぜ急激に速度を落とし戦隊から脱落して行く。
「朝霜被弾、脱落っ!!」
「くっ!! 怯むな、進めぇっ!!」
「間もなく煙幕を抜けますっ!!」
白煙の視界不良の中60ノットで前進する危険と周囲に降り注ぐ砲弾の恐怖に耐えながら突き進む日輪第四戦隊、やがて白煙が薄くなり徐々に視界が戻って行く。
「抜けたぞっ!!」
「敵戦艦はっ!?」
「11時方向、距離10000に戦艦2、巡洋艦2を確認っ!!」
煙幕から飛び出るや否や各艦の見張り員が素早く周囲を見渡し2隻の巨大戦艦とそれを守る重巡2隻を確認する。
「よし、各艦事前の指示通り動けっ!!」
「右舷砲撃戦、目標敵巡洋艦、撃ち方始めぇっ!!」
先ずは先頭で飛び出した軽巡六角が米重巡に向け艦砲射撃を開始、駆逐艦沖波、岸波、早霜、秋霜、清霜は各自ばらけながら米戦艦に向けて距離を詰めていく。
米戦艦2隻は主砲3基を紀伊と尾張に向け射撃しつつ4基の副砲が日輪第四戦隊に向け射撃し、重巡2隻も日輪第四艦隊を迎撃している。
「くそっ! 蛇行していては取り付けん、危険だが直進してーー」
蛇行しながら米戦艦を追撃する駆逐艦岸波だが、中々距離を詰められない事に苛立った艦長が直進の指示を出そうとした次の瞬間、岸波の真横に水柱が立ち上がり艦が振動する。
「右舷に至近弾、浸水発生っ!!」
「ちっ!! 隔壁閉鎖、応急班を向かわせろっ!! 魚雷発射管の損傷はーー」
至近弾を受けた岸波は衝撃で艦体外殻に亀裂が入り浸水する、艦長が隔壁閉鎖を指示し魚雷発射管の状態を確認しようとしたその時、前方を航行していた沖波の艦体が大きく揺れ、直後2度3度の爆発音と共に大きな爆炎が上がり魚雷発射管が宙を舞う、そして沖波は艦を崩しながら水底に没して行った。
「お、沖波爆沈っ!!」
「くそっ! 魚雷が誘爆したのかっ!!」
「このまま直進しろ、仇を取るっ!!」
僚艦の無残な最期に岸波艦長は怒りに満ちた表情で指示を出し、日輪第四戦隊の艦艇は米戦艦と重巡に向け砲撃を加えながら魚雷の必中距離へと肉薄せんとする。
日米艦艇は互いに砲を撃ち合うが米艦艇は高速で蛇行する日輪艦艇を中々捉え切れず、日輪艦艇は高速で蛇行しながらの砲撃では照準が定まらず互いに命中弾が無いままその距離は徐々に魚雷の必中距離に近づいて行く。
「くそ、米重巡が邪魔ですね……っ!」
「なら邪魔者から排除だ、(発射管)1番から4番を発射しろ!!」
米戦艦隊と並走し距離5000まで肉薄した岸波は米艦艇の砲火に晒されながらも魚雷4本を海面に投下する。
それに他の3隻の日輪駆逐艦も続こうとするが早霜に砲撃が命中し艦上に爆炎が立ち上がると急激に速度を落とし力無く脱落して行った、だが残りの2隻は魚雷の投下に成功し再び蛇行を始める。
米艦隊も雷撃に気付き回避運動を取るが、暫く後、米重巡クインシーとタスカルーサから巨大な水柱が立ち上がりクインシーは3本の魚雷を受けて轟沈、タスカルーサは1本の魚雷を受け急激に速度を落とし脱落して行った。
「良しっ! 邪魔者は排除したぞ、次こそ大物狩りだっ!! 発射管5番から8番ーー」
米重巡1隻の轟沈と脱落を確認した岸波艦長が小さくガッツポーズをしながら次の魚雷発射を指示しようとしたその時、不気味な風切り音とほぼ同時に岸波の艦橋が爆散、続けて右舷前部が弾け飛ぶと後部甲板から巨大な爆炎が立ち上がり魚雷発射管やそれを覆っていた防護甲板の破片が空高く宙を舞う。
そして僅か数十秒で岸波の艦体は折れ砕け水底へと没して行った。
それを目の当たりにした秋霜は咄嗟に回避行動を取ったが、清霜は雷撃を強行した。
結果、清霜は米戦艦の集中砲火を受けて轟沈し、砲火に晒されながら強行された雷撃は命中せず全魚雷が外れ、米戦艦への被害は皆無であった。
これを受けて六角の第四戦隊司令は転身を決断し、秋霜と共に離脱する為に再び煙幕の中へ突入する、これによって雷撃作戦は失敗に終わり、紀伊と尾張はその窮地を脱する術を失ってしまった。




