第八十一話:ニューカルドニア攻防戦③
ヌメア基地から東に270km海域、そこに米第51特務艦隊が輪形陣で展開していた。
先頭に重巡ボルチモアとその同型艦が並行し、周囲を駆逐艦隊が囲み、上空を十数機のF6FとF4Uが直掩している。
本来ならさっさとソルディエゴに向かいたかったスプルーアンスはボルチモアの司令席に座り頬杖を付きながら気怠げな表情で艦橋窓から見える蒼空を見つめている。
その時、モニターを凝視していたレーダー員が叫んだ。
「《報告!! 対空レーダーに感有りっ!! 艦隊6時方向、距離68,000、数は11っ!!》」
「《ふむ、直掩機に状況を知らせろ、全艦対空迎撃用意、敵味方識別を急げっ!!》」
レーダー員の報告を聞いたスプルーアンスは姿勢を正すと表情を引き締め直掩機と艦隊に指示を出す。
それを受け直掩機が未確認飛翔体に向け迎撃態勢を維持したまま接近を試み、艦隊は砲身を蒼空に向け水兵達が緊張した面持ちで固唾を飲む。
『《ガーディアン1からインディペンデンス航空管制聞こえるか!? ピクシー02と03が被弾している、至急着艦許可を求む!!》』
インディペンデンスの艦橋でシャイプス艦長達が接近して来る航空機を双眼鏡で確認していると、突如マーベリックと思しき声で通信が飛び込んで来る。
それを受けてシャイプス艦長が即座に着艦許可を出し、甲板作業員と救護班が飛行甲板に素早く移動して行った。
マーベリックからの通信は艦隊旗艦ボルチモアも受信していた為、スプルーアンスの指示により艦隊の厳戒態勢も解かれる事となった。
程なくしてピクシーガーディアン隊とブラックハウンド隊に護衛されながら艦隊に向かって来る3機のXFAF-01の姿が見て取れた。
そして先ずホルト機が機体から白煙を噴き出しながら何とか着艦し、続いてアンリーゼ機もふらつきながら着艦を果たす。
最後にアルティーナ機がクリスを彷彿とさせる舞降りるような着艦を見せた。
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「《ホワイトピクシー隊、アルティーナ・シオン以下2名、帰還しました!》」
格納庫に収納された機体から降りたアルティーナ達3名は即座に技術将校とエレーナの前に整列し敬礼した後、直立不動の姿勢を取る。
アルティーナも緊張した面持ちで有るが、両隣のホルトとアンリーゼの表情は輪をかけて強張り血の気が引いている。
「《お帰りなさい、貴方が無事で本当に良かったわ、アルティ。 ……2号機と3号機の方はあまり無事とは言えないみたいだけれど……》」
エレーナはアルティーナには優しく微笑みかけたものの、口角を挙げたまま後方の2号機と3号機を見るその目は明らかに笑ってはおらず、ホルトとアンリーゼは青ざめ俯き、その手は若干震えている。
「《も、申し訳ありませんレディ・エレーナ! し、初撃が成功し敵機を撃墜出来ると判断し攻撃を続行した結果……その、思わぬ敵の反撃を受け……》」
「《わ、私も……さ、最初は敵が手も足も出せなかったから油断してーー》」
「《ーー油断して反撃を受けた、と? でも、光学迷彩は稼働していたのよねぇ?》」
ホルトが僅かに震える声で必死に弁明し、それにアンリーゼも続くがエレーナの嫋やかな声がその言葉を遮る。
「《ーーっ!? は、はい……ですが、その……あの……》」
「《……日輪軍機は光学迷彩展開状態の2号機と3号機の位置をある程度見破っていたと思います……。 私も以前の妖精の悪戯作戦の帰路で日輪軍機と交戦しましたが、その機も光学迷彩を見破って来ました……。 それと、同型の僚機が出来て分かった事ですが、私も光学迷彩展開時のアンとホルの位置が何となく感じられるのでジャパニア人にもそういう人が居るのかも知れません……》」
エレーナの問いかけに対し要領を得ず狼狽えるアンリーゼ、それを見かねたアルティーナが代わりに答え、妖精の悪戯作戦の例を出しフォローを入れる。
「《……へぇ? 位置が感じられる、ねぇ? ふふふ、分かったわ。 詳しくは各自別室で報告書に書いて提出して頂戴、その後はゆっくりと休むと良いわ》」
エレーナのその言葉を聞きアルティーナ達の緊張は僅かに解れ、ホルトとアンリーゼに血の気が戻る、そして三人は素早く敬礼すると足早に立ち去って行った。
「《レ、レディ・エレーナ、今の話しが本当ならTCSはジャップには通じないと言う事になるのではーー!?》」
「《うふふ。 閣下、あの子達の報告を聞く限りジャパニアのパイロットに看破された可能性が有るのは光学迷彩機能だけでしてよ? プロジェクトの主目的であるステレス能力は問題なく機能し有用性も証明されました、なので何の問題も有りませんわ》」
「《う……むぅ……ま、まぁ確かにそうだな》」
アルティーナ達の報告に計画が破綻の危機に有るのではと危惧した技術将校が狼狽えた口調で言葉を発するが、エレーナの白く細い人差し指が技術将校の唇にあてがわれ、その言葉を止める。
そしてエレーナは嫋やかな仕草と口調で副産物で有った光学迷彩の欠陥を暗に認めつつ、主目的であるステレス能力は問題無い事を強調し、技術将校は別の理由で狼狽えつつもエレーナの意見を肯定する。
「《ただ、光学迷彩を見破れる者達がジャパニア人の中にどれ程の割合で存在するのかを調べる必要は有りますわね……。 ジャパニア人全体の特性なのか、シャリアの様な希少な存在なのか……》」
「《う、うむ! 確かにそれは急務だな! だが、調べると言ってもどうするつもりだね?》」
「《うふふ、居るじゃぁありませんかぁ? 我が合衆国にも日輪人が……強制収容所に、ね?》」
そう言ってエレーナはニッコリと微笑むが、その瞳には人間のものとは思えない妖しい光沢が浮かび技術将校は背筋に薄ら寒いものを感じ息を呑んだ……。
◇ ◇ ◇
6月16日 時刻13:15 天候快晴
豪州大陸とニューカルドニア島の間に広がる珊瑚海、その広大な大海原を戦艦を中核とした艦隊が悠々と航行している。
その中核に在る艦はコメリア合衆国の新鋭戦艦サウスダコタとその姉妹艦ノースカロライナであった。
その周囲は3隻の重巡と14隻から成る駆逐艦隊に護られており、更にその後方には2隻の戦艦と2隻の重巡、6隻の駆逐艦で構成された艦隊が追従している、それは第88任務部隊と名称を改められたリー艦隊と豪州艦隊の混成部隊であった。
第三次珊瑚海海戦の後、損傷の激しかったアイオワ級3隻はブリスベルで応急修理された後、コメリア本土に回航されたが、比較的損傷が軽微で有ったサウスダコタとノースカロライナは完全に修理されそのままブリスベル防衛の任に就いていたのである。
その一環として豪州が建造した初の国産戦艦である《アンザック》と《アランタ》の実践配備に協力する為に同艦隊を引き連れブリスベルから東に400kmの海域に展開していたのだが、そこでパヌアツが強襲を受けたとの連絡を受けヌメラ基地に向かっていた所に今度はヌメラ基地が空襲を受けているとの報を受けたのであった。
「《このまま順調に行けば約7時間後にはヌメラ基地圏内に到達出来ますな》」
「《うん、それでヌメラ基地からは何か通信は入っているかな?》」
戦艦サウスダコタのメインブリッジに立ち指揮を執るのはウィリアム・M・リー海軍少将である。
「《いえ、空襲による救援要請が発信されて以降何も……》」
「《ふむ……。 通信塔が破壊されたか、或いは……。 いや、ヌメラ・マゼルタには600機を超える航空機が配備されていた筈だ、それが壊滅した等とは考えたくも無いが……》」
「《……確かに考えたくは有りませんが、もしそうなるとヌメラからの航空支援が期待出来無い事になってしまいます、その状態でジャップの空襲を受けたら……》」
副官はそこで自分の言葉を止めリー提督の顔色を伺いながら言葉を待つ。
「《……君の言い分は尤もだが、既にブリスベルから我々が救援に向かっているとの連絡がヌメラ基地司令部へ入っている筈だ、駐留艦隊もその情報を基に動くだろうし、今我々が引き返すと駐留艦隊を見捨てる事になる……》」
「《では……?》」
「《うん、このまま進むしか無いね、ただ……》」
そこで言葉を止めたリー提督は斜め後ろに目をやる、そこには歩哨が立っていたが別にその歩哨を見ている訳では無い事を副官や参謀達は理解している、リーが視線を向けたのは後方十数kmを航行する豪州艦隊、正確には豪州艦隊の擁する戦艦《アンザック》と《アランタ》である。
「《彼等にはここでお帰り頂くと言う分けには……》」
「《いかないでしょうな……》」
「《だよねぇ……。 もし彼等に何か有れば只でさえ離れている豪州の信頼を完全に失う事になりかねないから、出来れば安全圏に居て欲しいんだけどねぇ……》」
そう言いながら肩を落としゲンナリとするリー提督に副官や参謀達は苦笑するしか無かった、豪州艦隊は基本的に練度はあまり高く無く、艦船もブリタニアス王国から払い下げられた旧式の巡洋艦や駆逐艦が多く国産艦は十数隻程しか無かった、そしてその性能も払い下げの艦艇と同等か艦によっては欠陥すら有った。
そんな中にあって、数ヵ月前に竣工したのが豪州初の国産戦艦であるアンザックとアランタで有ったが、その性能はお世辞にも良好とは言い難い代物であった。
その諸元は、全長286m 全幅40m 最大速力45kt 主砲48cm45口径連装砲4基 15cm連装対艦砲6基 40mm連装ポンポン砲10基 舷側装甲最大厚380mm/40% 水平装甲最大厚160mm/45% となっている。
それは1915年竣工の英国戦艦クインエリザベス級(全長298m、全幅40m、速力45kt、舷側装甲400㎜、主砲48cm連装4基)とほぼ同等の性能で有りその上、機関や主砲、装甲等に様々な問題を抱えている。
だがそんな欠陥……問題の有る艦で有ったとしても豪州政府と国民にとっては自国の建造技術の結晶(実際には主砲砲身と機関の重要部品は英国産で船体も英国からの技術供与だが)で有る事に変わりは無く、両艦揃っての竣工式には戦時下で有るにも関わらず多くのメディアや国民が集まり歓喜に沸いていた。
そんな国民人気の高い艦が米艦隊との合同作戦中に沈みでもすれば、マッカーサーの暴挙によって高まっている豪州国民の米国への不信感が更に増す事は想像に難くない。
故にリーとしてはアンザックとアランタにはブリスベルへ引き返して貰いたいのが本音であるが、当の豪州艦隊司令官は窮地の友軍(ニューカルドニアには豪州駐留軍や艦隊も存在する)を救い出すと鼻息荒くやる気に満ちており、とても邪魔だから帰れと言える雰囲気では無かった。
その時、レーダー要員と通信手が慌しく動き始める。
「《報告っ!! 艦隊正面、距離36000で艦影を捕捉っ!!》」
「《報告! ヌメラ基地駐留艦隊より入電! 【敵艦隊に魔王もどき2隻を確認、至急救援を請う】以上です!!》」
先ずはモニターを凝視していたレーダー要員が叫び、それに続く様に通信手も報告を上げる。
「《魔王もどき……先の海戦で我々と撃ち合ったジャップの新型戦艦ですな……》」
「《うん、諜報部からの情報では正式名称は紀伊級だったかな、詳細な性能は分からないけど、少なくとも積んでいる主砲口径は本艦と同等かそれ以上、砲門数は紀伊級が6門も上、恐らく防御力も紀伊級が上だろうね》」
「《厳しい戦いになりそうですな……》」
「《うん、でもまぁ魔王で無いならやり様はあるさ、いくらでもね……。 それじゃあ始めよう、全艦速力そのまま、各戦隊単縦陣、左舷砲雷陣形で展開!!》」
リー提督が声を張り上げ指示を出すと第88任務部隊の各艦艇は整然と艦隊運動を行い、あっという間に陣形を整え各砲門を左舷に向けその時を待つ。
「《……豪州艦隊はどう致しましょう?》」
「《下手に動かれると邪魔……ゴホン……妨げになるから本艦の右舷を守るよう伝えて置いてくれ》」
「《了解です!》」
「《さて、見せて貰おうかな、魔王の陰に隠れた艦の実力の程を、ね?》」
そう言うとリー提督は水平線の先を見据え愛用の丸メガネに手を掛けながら不敵に微笑んだ。