第八十話:ニューカルドニア攻防戦②
6月16日 時刻12:15 天候快晴
奇襲攻撃と零空隊の活躍によって機先を制し航空優勢を確保していた日輪航空隊で有ったが、無限の航続距離を持つ《剱》にも有限なものが二つあった。
弾薬と搭乗員の体力である。
零戦であれば交代で母艦に戻り弾薬補給や搭乗員の休息が可能であるが、空母に着艦出来ない《剱》はそうはいかない、補給や休息を摂る為には1500km以上離れたルングまで戻らないといけないのである、それも誘導機無しで……。
複座機や三座機で有れば後部座席の搭乗員が航法士として方眼紙に座標を書き込む等の作業を行う事が出来るが単座でそれは不可能であり、陸上なら兎も角、洋上であれば数百キロの距離でも迷ってしまうだろう。
それでも零空隊が大きく目的地を外れないのは宮本と中沢の方向感覚が非常に優れているからであった。
「隊長~! 僕の隊は三番機と四番機が弾切れ、僕もそろそろ切れるかも」
「我が隊も残弾僅かだ、帰路の事も考えると潮時かも知れんな、如何にせんぞ?」
「ふむ、そうだな。 ヌメラ・マゼルタは略無力化しているし敵機の襲撃も緩慢になって来ているか……。
これなら後は零戦隊に任せても大丈夫だろう。 よし、零空隊全機ルングへ帰投するぞ!!」
「やったー! やっと帰れる!」
「心得た、殿は任せよ!!」
千葉と柳生から残弾僅かの報告が上がり、宮本が少し思案した後ルングへの帰投を決めると、千葉を始めとする隊員から喜びの声が漏れる。
然も有ろう、零戦隊と違って零空隊は4時間近くぶっ通しで戦い続けているのだ、弾薬だけでは無く精神力と体力も切れかかり限界に達しているのである。
「よし、全機400ノット(時速約740km)で付いて来い!」
そう言うと宮本は機体を北北西に向け徐々に加速して行く、僚機もそれに続かんと速度を上げ追従して行く。
が、その時、突如数発の乾いた射撃音が響き略同時に1機の《剱》の機体から火花が飛び散る。
「な、なんだっ!?」
「推進機付近に被弾っ!! なれど損害は軽微、飛行に支障無しっ!!」
「周囲警戒っ!!」
「ーーっ!? 周囲に敵影確認出来ずっ!!」
「電探にも反応無しっ!!」
突然の攻撃、しかし肝心の敵の姿が目視でも対空電探でも確認出来ない、撃たれたと思しき柳生隊四番機は推進機を狙われたようであるが、《剱》は推進機と操縦席周りは特に防御が厚いため大した損傷は受けていなかった。
とは言え、敵から攻撃を受けたのは事実であり、問題はどこから攻撃を受けたかが分からない事であった。
そこへ更に攻撃が加えられ柳生隊二番機の胴体から右主翼に掛けて銃痕が奔り、先程攻撃を受けた四番機も今度は右垂直尾翼付近に銃撃を受ける。
「ちょ、直撃を受けたっ!? 胴体外殻及び主翼損傷っ!!」
「自分も再度攻撃を受けた、右垂直尾翼損傷っ!!」
「おのれ卑怯な、姿を現せっ!!」
「これは拙いねぇ、目視や電探感知外からの超遠距離射撃だとでも言うのかなぁ??」
「《剱》の対空電探の探知距離は100kmだ、流石に遠距離射撃は有り得んだろう……っ!」
「……だよねぇ、だとしたら後は、透明で電探にも映らない敵、とか?」
何気に零した千葉の言葉は的を射ていた、零空隊を襲撃したのはTCS(テスラ・コイル・システム)を使用したXFAF-01を駆る米第51特務部隊の試験機運用部隊であったからだ。
『《ハハハッ! こいつは凄い、ジャパニアの新型機が手も足も出ないじゃないかっ!!》』
『《ええ、ええ! これなら手柄も挙げ放題、アタシ達ウルキア人にしか使えない力よっ!!》』
『《ホル、アン、あまり突出しないで! これは試験なんだよ!? TCSによる奇襲は成功、任務は完了したんだから引き揚げないと!!》』
XFAF-01のステレス能力に興奮気味の新任パイロット2人を諫めるのは最年少のアルティーナであった。
ホルと呼ばれた十代の男性パイロットは『ホルト・カウフマン』海軍曹長で、アンと呼ばれた二十代の女性パイロットは『アンリーゼ・フライシュマン』海軍曹長である。
二人とも頭髪が銀髪に近い色で有るがシャリアでは無い、にも関わらずXFAF-01に搭載されている演算球の能力を引き出せているのは、エレーナの考案した増幅装置を使用する事によって一時的にシャリアと同等の能力を発揮しているかららしい。
『《引き揚げるのは折角手負いにしたあの獲物を叩き墜としてからだ!!》』
『《そうよ、手柄を挙げなきゃいつまでも下士官のままだわ、アタシ達はシャリアであるアルティとは違うのっ!!》』
『《で、でもエレーナさんからの指示はーー》』
興奮し暴走気味の2人を何とか諫めようとするアルティーナであったが、ホルトとアンリーゼは聞く耳を持たず三度日輪軍機への攻撃を敢行する。
『《ハハハッ!! 今度こそ終わりだ、墜ちろっ!!》』
『《これでアタシも、もっと上へっ!!》』
ホルトは自身が推進機と尾翼を損傷させた柳生隊四番機へ、アンリーゼは胴体部と主翼へ損傷を与えた柳生隊二番機へと射撃を開始する。
「ーーっ!! 見えたぞ、そこかぁあああっ!!」
ホルトとアンリーゼの機体が射撃した次の瞬間、突如先頭の宮本機が急速に反転し蒼空に向けて銃撃を加える、すると銃弾は何も無い筈の蒼空に波紋を発生させ其処に白煙が噴き出す、そして空間が歪む様に点滅すると、そこから白い戦闘機が徐々その姿を露わにした。
『《そ、そんなバカなっ!?? なぜ、なぜだぁっ!?》』
『《ーーっ!? ホルっ!!》』
『《う、嘘でしょっ!?》』
ホルト機は宮本機からの攻撃を受け左主翼から胴体部に掛けて被弾し機体から白煙を噴き出しており、姿が露わとなったホルト機に日輪軍機が一斉にその機首を向ける。
「本当に姿を消していたとは面妖なっ!! だがこれで終わりよ、墜ちろっ!!」
『《う、うわぁああああっ!! た、助け……》』
姿が露呈したホルト機に柳生機が猛然と突っ込み、引き金に指を掛ける。
その時、突如真横から射撃を受け銃弾が柳生機の機体を掠めたものの、ギリギリで反応し回避する。
「ちぃっ!! おのれぇ、まだいたのかっ!?」
『《ホル大丈夫っ!? アン援護して!! 逃げるよっ!!》』
『《わ、分かったわ!!》』
アルティーナとアンリーゼはホルト機に群がる日輪軍機に牽制射撃を行い、それに対して宮本、柳生、千葉は射線から敵機の位置を割り出し(若しくは直感で)攻撃を仕掛ける。
その結果、アンリーゼ機も胴体部に損傷を受けその姿を蒼空に晒す事となり、日輪軍機の攻撃をギリギリで躱すアルティーナが牽制射撃を続けホルト機とアンリーゼは完全に戦意を失い一目散に逃げだしている。
「逃がすかぁあああっ!!」
「待て! 我々も万全では無い、深追いは危険だ!!」
「むぅ……っ! だが、あれは危険だ!! 何としても叩き墜とさねば!!」
「気持ちは分かるが未知数の相手に無策で突っ込むな、我々は1機たりとも墜とされる分けにはいかんのだ!」
「ぐ、むぅ……。 了解した……っ!」
逃げる敵機を柳生が追撃しようとするが、それを宮本が止める。
姿が見えない敵機に対して現状、射撃角度から敵機の位置を予測して割り出すか直感で反撃する以外対処法が無く、それを行えるのは宮本達隊長格の3名だけである。
そして其のやり方はつまり『攻撃を受けて反撃する』と言う事に他ならない。
そんな『肉を切らせて骨を断つ』ような戦法を駆逐艦1隻分の価値の有る機体と替えの効き難い搭乗員に行わせる訳には行かなかったのだ。
「柳生隊二番機と四番機の状態はどうか?」
「こちら柳生隊二番機、多少の出力低下はあれど飛行に支障無し!」
「柳生隊四番機、損傷は軽微、飛行に支障無し!」
「良し、では予定通りルングへ帰投する!!」
僚機の状態を確認した宮本は機体を翻し再び北北西に針路を取る、僚機も宮本機に追従し一気に加速するとヌメラ・マゼルタから飛び去って行った。
◇ ◇ ◇
一方で、日輪突入部隊は第ニ戦隊(軽巡能代 駆逐艦巻波、高波、大波、清波)を先頭に第一戦隊(重巡高雄、最上、三隈、鈴谷、熊野)旗艦戦隊(戦艦紀伊、尾張)輸送船団(二等輸送艦・篝火20隻 一等輸送艦・灯火30隻 兵員輸送艦40隻 給力艦7隻 海防艦20隻)第四戦隊(軽巡六角 駆逐艦沖波、岸波、朝霜、早霜、秋霜、清霜)の順に列を成し対潜対空警戒を厳としながら30ノット(時速約55km)で順調に航行していた。
しかしここで戦艦紀伊の水上電探が前方距離35000で複数の艦影を捕捉する。
「矢張りこのまま進ませてはくれないかぁ……まぁ当然だよねぇ」
「敵艦隊の規模は?」
「はい、巡洋艦12隻、駆逐艦10隻と思われます」
「ふむ、侮れない戦力では有りますが、どのみち避けては通れないでしょう、ここは撃滅すべきかと」
敵艦隊捕捉の報を受けた山本が溜息交じりに言葉を零し、栗田が即座に敵艦隊の規模を確認する、そして交戦不可避として攻撃を提案したのは黒島である。
「今の時刻は……15時11分だね、暗くなる前にやっちゃおうか……うん、そうしよう。 栗田中将、指揮を宜しく」
「了解しました! 全艦面舵45、左舷砲雷撃戦用意!! 旗艦戦隊及び第一第二戦隊は第四戦速(40ノット)に増速、第四戦隊及び輸送船団は強速(20ノット)に減速し防御に徹しろ!!」
山本は少し思案した後、敵艦隊への攻撃を決め栗田に戦闘指揮を一任する、すると栗田は待ってましたと言わんばかりの表情で溌溂と指揮を執り始める。
日輪艦隊は一斉に面舵を取りながら戦艦紀伊、尾張の左舷側に重巡戦隊(第一戦隊)が展開し、その重巡戦隊左舷に水雷戦隊(第二戦隊)が展開する。
そして紀伊と尾張の右舷後方20kmに第四戦隊に率いられた輸送船団が目立たぬように進行している。
対する米艦隊は8隻の重巡戦隊を守るように軽巡4隻と駆逐艦10隻が展開し、日輪艦隊に対し反航戦の構えを取った。
両艦隊の距離は見る見る縮まり、距離28000で戦艦紀伊と尾張の60㎝砲が火を噴いた。
命中弾こそ無かったものの、是を合図に米艦隊も砲撃を開始し、日輪重巡戦隊も一斉に応戦を開始する。
日米の駆逐戦隊は砲撃で互いの駆逐艦を牽制しつつ、日輪水雷戦隊戦隊は米重巡を、米駆逐戦隊は日輪戦艦を標的と定め雷撃の機会を狙って肉薄せんと展開する。
互いにそうはさせまいと重巡戦隊が駆逐戦隊に対して砲撃を行い、駆逐艦の動きをけん制する。
そして戦闘開始から30分、最初に損失を出したのは米駆逐戦隊であった、日輪重巡戦隊に雷撃を敢行した直後、日輪重巡戦隊の集中砲火を受け駆逐艦1隻が爆沈、1隻が大破炎上した。
しかしその米駆逐艦の放った魚雷1本が重巡三隈の左舷後部に命中し蓄力炉1基が浸水し停止する損害を受ける。
その20分後、軽巡能代率いる第二戦隊が米重巡1隻を雷撃にて撃沈、1隻を大破横転させる戦果を上げ、更に援護に向かった米軽巡1隻を砲撃で爆沈させ、1隻を大破炎上(後に爆沈)させた。
更に戦艦紀伊と尾張の砲撃で米重巡2隻が大破し、副砲の砲撃で米駆逐艦3隻が撃沈された。
戦艦2隻と言う優位性に加え練度の高い日輪艦隊の前に米艦隊は徐々に押され削られて行く、しかしそれでも米艦隊は果敢に立ち向かって来るのであった。
「コメさんの動き……妙だねぇ、まるで何かを待っているかのような動きじゃ無いかな?」
戦艦紀伊の司令席に座り戦況を見ていた山本がそう言葉を零す。
「ニューカルドニア本島の周辺基地からの攻撃も散発的になって来ており既に制空権は我々が掌握しております、それを覆せるとしたら……まさか!? 超空の要塞を呼び寄せているっ!?」
「いや、超空の要塞は零空によって300機近くが墜とされたんだよ? いくら米国とてあれほどの損害を出して同じ事は出来まいよ」
黒島が思考を巡らせ、B29の存在に思い至ると表情を青くするが、山本がそれを冷静に否定する。
「何が来ようとも恐るるに足りません、此方には再々編された機動艦隊と大戦艦たるこの紀伊、尾張が在るのですからな!」
「まぁ、そうだねぇ……。 流石のコメさんも今は手駒が無いと思いたいね……」
鼻息荒く言い放つ栗田の言葉に山本は僅かに溜息を付き気の無い返事をする。
山本も現状コメリアの持ち駒は少ないだろうとは思っているが、日輪の10倍以上の工業力を誇る米国がこのまま終わる筈が無い事も分かっているからである。
「ーーっ!? これは……っ! 方位2.9.2(西北西)距離36000で艦影捕捉っ!! 大型艦を含む20隻前後の艦隊ですっ!!」
「やれやれ、やっぱり一筋縄では行かないみたいだね……」
声を張り上げる電探員からの報告に、山本は目を細めながら頬杖を付き、溜め息混じりにそう言葉を零すのであった……。




