第七十九話:ニューカルドニア攻防戦①
パヌアツ航空戦より少し時は遡り6月16日、時刻07:15
連合艦隊司令長官山本五十八率いるニューカルドニア攻略艦隊は予定通りの時間に目標海域であるニューカルドニア北東500kmに展開していた。
小沢機動艦隊(第三艦隊)と栗田主力艦隊(第七艦隊)は各個防空陣形を展開しており、栗田艦隊が小沢艦隊の30km先に先行している。
その栗田艦隊旗艦であり山本座乗の総旗艦、戦艦紀伊は僚艦尾張、正規空母昇龍、伏龍、軽空母千歳、千代田と共に艦隊中央に複縦陣で展開しており護衛艦群に手厚く護られている。
「零空はまだ来んか?」
戦艦紀伊の主艦橋に立ち少し不機嫌な表情でそう言葉を発したのは第七艦隊司令の栗田提督である。
「はい、まだ確認出来ておりません」
「やはり単座のみで1000km以上の距離を移動させるのは無理が有ったのでは?」
「いやいや、ルングからこの海域まで南に真っ直ぐ飛べば良いだけだろう?」
「いや、簡単に言いますがね、複座や三座と違って単座だと長距離を真っ直ぐ進み続ける事自体が容易では無いのですよ」
「だから私は先導機を付けるべきだと……」
「それだと折角の超音速が……」
「いや、結局目的地に辿り着けないなら速度も何も……」
「来ないものは仕方がない! 零空とパヌアツ攻略艦隊を信じ、我々は我々の仕事を全うしようじゃないか!」
予定通りに到着しない零空に対し不毛な言い争いをしていた参謀陣に対し突如後方から柏手一閃、からの快活な言葉が発せられる。
それらを発したのは他でも無い、足を組み司令席に座す山本五十八司令長官その人で有った。
「……仕方ありませんな。 これ以上待てば機を失する事になりかねません、艦隊直掩の三分の一を攻撃隊直掩に回して出撃させましょう」
山本の言葉に思案顔でそう言ったのは作戦参謀長の黒島亀竜海軍中将である。
「うん、では第三艦隊の小沢中将に一一」
「一一ま、待って下さい! 艦隊後方より高速飛翔体急速接近!!」
「む?」
山本が第三艦隊に指示を出そうとしたその時、電探手の上等海曹が焦った様子で山本の言葉を遮る。
曹士が連合艦隊司令長官の言葉を遮るなど通常で有れば許されない行為だが、今は作戦行動中で有り、情報伝達は上下関係より優先されるのである。
「来たかっ!!」
期待を込めた表情で栗田が声を張り上げると、その数秒後、耳を劈く轟音と共に艦隊直上を十数本の光跡を伴う銀翼の飛翔体が駆け抜ける。
そして文字通り目にも止まらぬ疾さで飛び去っていった。
「何とか間に合ってくれたようだね、それじゃあ改めて、第三艦隊及び第七艦隊に発令、第一次攻撃隊、発艦!」
山本は艦橋から垣間見える光跡を眺めながら口角を上げて呟いた後、表情を引き締め攻撃隊の発艦を下令する。
それを受け第三、第七艦隊の空母群の飛行甲板上で待機していた作業員達が一斉に動き出す。
先ずは第三艦隊の空母翔鶴、瑞鶴、雲龍、剣龍、紅鶴、蒼鶴から零戦五型が勢いよく飛び出し、その後に最新鋭攻撃機である二式艦上攻撃機《流星》が発艦を開始した。
更に軽空母瑞鳳、祥鳳、龍鳳からも零戦五型と流星が発艦する。
そして、その後を追うように第七艦隊の空母昇龍、伏龍から零戦五型と流星が、軽空母千歳、千代田から零戦二型と九七式艦攻が発艦する。
その第一次攻撃隊の遥か先を行く15機の零空隊は編隊を成しヌメラ・マゼルタ飛行場へと迫る。
その鋭利な銀翼には6本の二式対空噴進弾が搭載されている。
誘導能力を持たない二式対空噴進弾は対戦闘機戦では使い難いため艦隊直掩が主任務の佐々木隊と中沢隊には搭載されていなかった。
だが宮本率いる零空本隊の15機は対地攻撃(駐機中の敵機への攻撃)も任務に入っているため二式対空噴進弾を搭載しているのであった。
「おっとぉ? 敵さん上がって来たみたいだよ!」
「速度進路そのまま、突っ込むぞ!!」
「心得た!!」
千葉が上がってきた米迎撃機を発見するが、宮本は意にも介さない様子で突撃を命じ、柳生がそれに呼応する。
鋭利な機動を描きながら突入して来る日輪軍機を迎撃機せんと上がって来たのはP40が20機程度であるが、超音速で迫る《剱》に対してよく上げた方だろう。
しかし、最早旧式化しているP40では《剱》の相手になる筈も無く、強装薬型回転式薬室機関砲の一斉射の前に鎧袖一触、僅か2機を残して壊滅する。
零空隊はそのまま対空砲の弾幕を突破しながら正面にヌメラ・マゼルタ飛行場を捉え、その全容を把握するため超音速で飛行場上空を通り過ぎると大きく旋回しながら飛行場を観察する。
「っ!? 大きいな……!!」
「うひぃ、作戦説明の図面とえらい違うなぁ、巨大滑走路が3本もあるよ……」
マゼルタ飛行場を目視した宮本と千葉が思わず目を見開き驚く、然も有ろう事前に受けた説明で見せられた図面には1500メートル級滑走路が1本と十数戸の格納庫しか無かったが、眼前の飛行場には数十戸の大小格納庫と3本の2000級滑走路が伸びていたのである。
「ふん、何であろうと成すべき事は唯一つ、敵機撃滅だ!!」
「ああ、全くその通りだ!! では往くぞ、全機吶喊!!」
柳生が啖呵を切ると宮本がそれに呼応し突撃命令を出す、すると15機の《剱》が一斉に機体を翻し滑走路に向け急降下する。
コメリア側も必死に対空砲火を打ち上げるが《剱》を捉える事が出来ずあえなく突破される。
そして《剱》の銀翼から噴進弾が放たれ、それは正確に駐機中の米軍機に次々と命中し高価な機体をガラクタに変えて行く。
だがそれは米軍機のほんの一部で有り、生き残った米戦闘機が次々と離陸し、また格納庫からも新たな戦闘機が現れ離陸態勢に入る。
噴進弾を撃ち切った《剱》は機銃掃射に切り替え駐機中の機体に銃撃を浴びせるが、その端から新たな機体が次々と現れ離陸して来る敵機を流石の《剱》も抑え切れなかった。
「おいおい、ちょっと敵さん多すぎじゃないか? このままじゃ囲まれるよ?」
「ふむ、対地攻撃はもう良いだろう、全機、制空戦闘に移行しろ!!」
米軍機の動きを見て千葉が進言すると、それを受け宮本が即座に対空戦闘への移行を指示する。
そこへ300機近い日輪軍機、第一次攻撃隊が来襲し、零空への対応に追われて混乱していた米軍は更に混乱を極める事になった。
日輪第一次攻撃隊は戦闘機114機、攻撃機172機で編成されており、零戦と《剱》に護られた攻撃機隊は大した損害を受ける事無く滑走路まで到達し機体を翻すと次々と爆弾を投下する。
そして地上で必死に航空機の離陸作業をしていた米整備兵の耳に無数の不気味な風切り音が聞こえて来る……。
その次の瞬間、連続して立ち上がる爆炎と轟音そして爆風に米整備兵は瞬く間に飲み込まれて行った……。
燃え上がり倒壊する管制塔や格納庫、そして宙を舞う航空機と建物の残骸、それらが滑走路に散らばり離陸しようとする米戦闘機にも降り掛かかる。
しかしエルディウム板で補装されている滑走路自体は完全に使用不能とまでは言えず、米戦闘機は残骸を避けながら果敢に離陸しようとしている。
「ちっ! 浅いか、事前情報よりも飛行場が巨大過ぎる! 艦隊司令部に敵情報の差異と第二次攻撃の要有りと伝えろ!!」
攻撃隊の連隊長が戦果を確認し舌打ちをしながらそう言った、すると即座に中央の座席の搭乗員が素早く艦隊宛に打電を始める。
◇ ◇ ◇
「第一次攻撃隊より打電!! 【我 奇襲ニ成功セリ ナレド敵ハ情報ヨリ強大ナリ 二次攻撃ノ要ヲ認ム】以上です!!」
「む……。 偵察情報が間違っていたというのかっ!? 情報部は何をやっていたのだっ!!」
「ふむ、まぁ予測の範疇だよ、第二次攻撃隊の発艦を急がせてくれ」
第一次攻撃機隊より発せられた打電は総旗艦紀伊まで届き、黒島作戦参謀が苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てる様に声を張り上げる横で山本は冷静に第二次攻撃隊の発艦を指示する。
それを受け、再び第三艦隊の飛行甲板が慌しくなり、今度は攻撃機隊が優先して空へ上げられて行く。
「流星を上げたら次は零戦だ! 急げ急げっ!! もたもたしていると第一次攻撃隊の流星が戻って来るぞっ!!」
新鋭空母雲龍の飛行甲板上で作業員が忙しなく発艦作業に従事している中、作業責任者の張り上げた怒号に近い声が周囲に響き渡る、もっとも少し離れれば流星の推進機音で掻き消されているが……。
二式艦上攻撃機《流星》は零式艦上戦闘機に似た外見を持つが、大きな違いは推進機が双発で有る事と主翼が大きく操縦席横に前尾翼を持ち、三座(3人乗り)で有るため操縦席が長い所であろう。
また、遠目には零戦と見分けが付かない為、艦載機で有りながら濃緑色に塗られている所も特徴となっている。
その性能は最大時速930kmを叩き出し増槽無しで2000kmの航続距離を持つ、機動性と急降下爆撃能力に置いても九七式艦上攻撃機を遥かに凌駕し防御力も米軍機に匹敵する。
武装は操縦席後部に遠隔式20㎜旋回機関砲1基を備え、搭載能力は胴体部に300kg爆弾2個若しくは900kg爆弾1個又は60㎝航空魚雷1本、翼下に60kg爆弾4発を搭載可能となっている。
また、新型通信装置や航行電探も搭載しており観測機や誘導機としての性能も破格となっているが、価格も破格となっている、勿論|《高価》と言う意味で……。
その高価な流星を曲がり間違っても動力切れで墜落させる等と言う事は絶対に許されない、作業責任者の声に熱が入るのも仕方ないだろう。
そんな彼の熱意が伝わったのか、何とか全ての流星とその直掩機である零戦を上げ切った、しかし作業員達が一息ついた所に、爆撃を終えた第一次攻撃隊の流星が帰還して来る。
彼等の戦いはまだまだ続くのであった……。
「長官、帰還中の攻撃隊からの情報では周辺基地からの増援も零空と零戦隊によって抑える事に成功している様です、ならば制空権は取れたと見なし予定通り艦隊の分割を開始しては如何でしょうか?」
「うーん、そうだねぇ、米軍相手に時間を掛けては機を失するかも知れないね。 分かった、作戦通りに事を進めよう、第三戦隊(空母部隊)は小沢艦隊(第三艦隊)に合流させ、我々以下打撃艦隊は輸送船団を護衛する、戦闘指揮は頼んだよ栗田中将?」
「……お任せ下さい、長官」
総旗艦紀伊の艦橋では第一次攻撃隊からの指向性蒼子波通信での詳細情報を受け、黒島が作戦を次の段階に進めるよう山本に進言する、山本もその案に賛同し栗田に艦隊を分けるよう命じた。
是によって第七艦隊から空母部隊である第三戦隊(空母昇龍、伏龍、軽空母千歳、千代田、駆逐艦玉波、涼波、早波、浜波)が切り離され、旗艦戦隊戦艦紀伊、尾張以下、第一戦隊(重巡高雄、最上、三隈、鈴谷、熊野)、第ニ戦隊(軽巡能代 駆逐艦巻波、高波、大波、清波)、第四戦隊(軽巡六角 駆逐艦沖波、岸波、朝霜、早霜、秋霜、清霜)が上陸部隊の護衛に付き、小沢艦隊(第三艦隊)は空母機動部隊として、栗田艦隊(第七艦隊)は突入部隊として行動を分かつ事になる。
突入部隊の向かう上陸地点はヌメラ基地から北東80km、此処からだと直線距離で約700km、予定針路だと900kmにもなり30ノット(時速約55km)で進むと到着するのは深夜になるだろう。
その間、航空隊は日没までヌメラ・マゼルタや周辺飛行場を空爆し続け、またその周辺飛行場からの迎撃機を防ぎ続けなければならない。
突入部隊にしても、このまま何の障害も無くニューカルドニアに上陸出来る筈も無く、相応の損害を覚悟をしなければならないだろう。
大日輪帝国とコメリア合衆国のニューカルドニア攻防戦は、今まさに始まったばかりなのである。
~~登場兵器解説~~
◆ニ式艦上攻撃機・流星一型
全長:17mメートル 全幅13.4mメートル
最大速度:時速930km
加速性能:16秒(0キロ~最大速到達時間)
防御性能:C
搭乗員:3名
武装:遠隔式後部20㎜機関砲×1
搭載能力: 胴体部・300kg爆弾×2⇔900kg爆弾×1⇔60㎝航空魚雷×1 翼下・60 kg爆弾×4
動力:誉三型蒼燐発動機
推進機:双発・四菱六型改蒼燐噴進機
航続距離:2000km
特性:艦上運用可 / 八咫烏式通信装置 / 二十五号航空航行電探 / 主翼屈折収納
概要:九七式艦上攻撃機の後継機として四菱重工によって開発された新型艦上攻撃機で、あらゆる面に置いて九七艦攻を凌駕しており、外観こそ零式艦上戦闘機を双発機にした様な形状をしているが当然ながら中身は全くの別物で有り、その性能は重戦(対艦対地戦闘)に特化した物となっている。
また、指向性蒼子波通信を使用可能な八咫烏式通信装置や新型の航空航行電探を搭載するなど電子性能面でも最先端となっている。
そんな本機の弱点を挙げるならば、整備性と搭乗員育成難度、そして機体価格であろう。
◆雲龍型正規空母
全長360 m
艦幅61 m
全幅71 m(艦橋・舷側昇降機水平展開時)
速力55ノット
艦載機搭載機数:70機(露天駐機20機含む)
兵装:35㎜三連装速射機関砲 30基
装備:二式電磁射出装置 2基
二式四型航空昇降機 2基
二式舷側航空昇降機 1基
両舷装甲:110㎜
飛行甲板:220㎜
水線下装甲:無し
主機関:ロ号艦本二式乙型蒼燐蓄力炉 6基
推進機:ニ式三型蒼燐噴進機 2基
概要:雲龍型正規空母は『大和計画』に割り込まれた結果頓挫した第三次海軍軍備充実計画(通称 ③計画 )を山本が再度押し込んで再計画した第四次海軍軍備充実計画(通称 ④計画 )によって建造された改・翔鶴型航空母艦である。
その為、本艦の設計は翔鶴型を拡大させた物となっており随所に翔鶴型の名残が見受けられる、然しながらその艦容は翔鶴型とは大きく異なっており、最も大きな差異は左舷に迫り出した飛行甲板であろう。
この迫り出し部は舷側昇降機を採用する為の物であり、大型化する機体に対応する為に設けられた物である(舷側昇降機であれば中央昇降機では運用出来無い大型機も有る程度運用可能)
その為、アングルドデッキと言う分けでは無く、発着艦は従来通りの方式となっている。
尚、翔鶴型より大型の本艦の艦載機数が翔鶴型より少ないのは、防火対策設備の拡充や搭載予定の機体が翔鶴設計時より大型化している為である。