第七十五話:パヌアツ沖航空戦④
空母大鷹に群がっていた米急降下爆撃隊を殲滅した零空隊は一糸乱れぬ編隊飛行を行いながら周囲の状況を確認している。
『敵急降下爆撃隊の殲滅を確認、私の隊はこのまま敵雷撃隊の殲滅に向かう、中沢隊は友軍の救援と敵戦闘機の殲滅を頼む!』
『了解です! それじゃあ皆、どーんとやっちゃおー!!』
零空隊分隊長である佐々木の指示に中沢の元気な声が無線に響くと10機の零空隊は5機づつに別れ各々敵機に向かって突進して行った。
『《ジャップの新手だとっ!? まだ他に空母が居るのかっ!?》』
『《は、速いっ!? 各機取り囲んでーーぐぁああああっ!!》』
『《くそぉっ!! な、何だこいつ等!? た、助けーーぐぎゃぁあっ!!》』
『《だ、ダメだ、速度も運動性も火力も違い過ぎる……F6Fじゃーーぐぁはっ!?》』
隊列を成し整然と突入して来た中沢隊の攻撃で米航空隊は瞬く間にF6F5機を撃墜され浮き足立ち、立場は一瞬で逆転する。
『あれは……《剱》!?』
『ほぅ? 零空隊か、ルングからここまで直線距離で1200km以上を自力で飛行して来たのか!』
『ああ、有難い! 動力も弾も残り少なかったからな、俺達は一度大鷹に戻らせて貰おう!』
そう言うと毛利機は零空隊に向け翼を振り、八航戦各機は機体を傾け戦線を離脱して行く、その中で立花は去り際に羨望と嫉妬の入り混じった眼差しで《剱》を見つめていた。
『八航戦各機、戦線より離脱を確認!』
『了解! それじゃあ皆ぁ、狩りの時間だよ、選り取り見取り、どどどぉ~んとやっちゃおう~!!』
極めて明るく元気で抑揚有る中沢の声が中沢隊各機の無線に響くと隊員達の口角が上がり喊声を上げながら各々が敵機に吶喊して行く。
中沢隊は特に好戦的な若者で構成されており、その隊長で有る中沢も可憐な外見とは裏腹に非常に好戦的な性格で有った。
然し理性や道徳心の欠如した無法者と言う分けでは無い、理性と道徳心を持った殺戮集団なのである……。
『《ちぃっ!! 浮き足立つな!! サイクロン隊各機はサッチーウェーブ陣形を維持したままヒットアンドアウェイを心掛けろ!! 間違っても格闘戦をしようなどと考えるなっ!!》』
F6Fが蹂躙されて行く中、いち早く陣形を立て直したのは8機のF4Uで編成されたサイクロン隊であった。
そのサイクロン隊を率いるダミ声の連隊長は《カルロス・ボーソン》中尉、老けて見えるがマーベリックと同い年の同期である。
『くふふ、コメちゃんの新型機、見付けた!』
そのサイクロン隊に明るく声を弾ませた中沢機が鋭利な機動を描きながら躍り掛かる。
『《た、隊長、敵機が此方に……っ!!》』
『《落ち着けっ!! 敵は1機だ、2機一組を崩さずサッチウェーブでーー》』
ボーソンの言葉が終わらぬ内に中沢機がサイクロン隊を貫く様に駆け抜けF4U2機が同時に爆ぜ躍り爆散する。
更に中沢機はその速度では信じられない旋回性能を発揮し再度サイクロン隊に躍り掛かかるとまたも2機のF4Uが犠牲となった。
サッチウェーブは2機一組で敵の標的になった機をもう1機が援護し合う相互援護空戦機動で有るが、標的になった瞬間撃墜されたり2機がほぼ同時に墜とされては機能しない。
そしてヒットアンドアウェイは相手より長射程か高速で有って初めて成立する戦法で有り、どちらも劣っている状況で行える戦法では無く、編隊を組む事は寧ろ良い的になるだけだったのである。
『《くそぉっ!! F4Uは最新最強の機体なんだぞっ!? それが、こんな……っ!!》』
一瞬で半数の僚機を撃墜されたボーソンが狼狽し叫び、最早編隊を組む意味も無いため各機が散開して中沢機を撃墜せんと機首を向ける。
しかし時速にして400kmも速度が劣り、加速力でも圧倒的に劣るF4Uでは《剱》を捉え切る事は難しく、その機動性能の前に翻弄されるばかりであった。
『此方は片付いた、此の場は任せて良いか、中沢?』
『ええ、ええ! 勿論勿論!! 私達もこいつ等片づけたらすぐ追い駆けますので先に大和と武蔵の所にどぉーんと行っちゃって下さい!!』
『……頼もしい限りだ』
佐々木からの無線に明るく弾む声で応える中沢、それに対し佐々木は苦笑しやや呆れ気味に呟くと僚機を引き連れ一気に飛び去って行った。
この会話の最中にも中沢はコルセア4機の攻撃を難なく躱し且つカウンターで1機を撃墜していた。
この時既にヘルキャットはその数を9機にまで減らしており、サイクロン隊も自機を入れて3機しか残っていない現状にボーソンは苦悶の表情を露わに追い詰められている。
『《化け物め、こっちは最新鋭機が36機も揃ってたんだぞっ!? それが……こんなっ!! くそっ!、くそっ!!、くそぉおおおおっ!!》』
激昂したボーソンは最大出力で中沢機に突っ込む、格闘戦をするなと部下に命じていたボーソンで有ったが、冷静さを失っている訳では無くサッチウェーブもヒットアンドアウェイも通じないこの敵を墜とすには最早格闘戦以外の方法を思い付かなかったのである。
『貴方達のその機体、中々侮れない性能だと思うよ? 可変翼とか凄く良い! でも悪いけど、《剱》の敵じゃ無いかなぁ!!』
トーンを落とし僅かに張った声で中沢が言い放つ、そして一閃、正にその言葉が相応しく中沢機と高速で擦れ違ったボーソン機は血飛沫の如く白煙を噴き出すと力無く失速し次の瞬間爆散した……。
一方で直掩機隊が壊滅撤退し丸裸となったパヌアツ攻略艦隊本隊はピラ・パウア航空隊と第77任務部隊艦載機の猛攻を受けていた。
大和と武蔵は航行には全く支障は無いものの、大和は右舷副砲2基が黒煙を上げ沈黙し副砲測距儀1基が破損、武蔵は噴進砲4基が大破沈黙しており噴進砲及び機銃群射撃装置の殆どが破損していた、そして両艦共甲板に多数の爆撃を受け機銃群の半数以上が沈黙している。
更に護衛艦艇も標的にされ駆逐艦夕霧が沈没、重巡磐手が右舷に魚雷一本を被雷し、駆逐艦時雨が後部甲板に爆弾を受け、不発で有ったものの艦尾砲が旋回不能となっている。
「1時方向より敵機!!」
「10時方向からも来ていますっ!!」
「右舷副砲群長より救助要請、死傷者多数っ!!」
「第一機銃群壊滅! 第ニ、第四機銃群も半壊っ!!」
「第三機銃群、応答有りませんっ!!」
「く……っ! 意見具申! このままでは被害が増えるばかりです、本艦と武蔵のみを以って最大戦速にてピラ・パウア突入を進言致しますっ!!」
「ーーなっ!? 馬鹿か貴様はっ!! 我々の主任務はピラ・パウアの破壊では無く米機動艦隊の誘引だろうがっ!! それを早々にピラ・パウアを破壊すれば米機動艦隊がニューカルドニアへ引き上げ攻略作戦に支障を来すと何故分らんっ!!」
通信員からの報告に苦悶の表情を浮かべていた正宗であったが、徐に立ち上がり東郷に向かって強い口調で意見具申を行う、すると横から十柄が眉を吊り上げ正宗の意見を激しく非難する。
「お言葉ですが、我々は十二分に敵を引き付けました、ピラ・パウアを撃滅した上で米機動艦隊の予測進路を索敵すれば敵艦隊を射程に収め是を殲滅する事も可能です!!」
「ぬっ!? ぐ、ぬぅ……」
「ふむ、賭けてみる価値は十分に有るか……。 それで、観測機無しで周辺の民間施設に極力被害を出さずピラ・パウアを破壊する事は可能なのだな?」
「はい! この艦の砲撃性能と時田砲術長の技量が合わされば可能です!!」
正宗の言葉に十柄は言葉を詰まらせ、東郷は暫し考え込んだ後、日輪海軍の砲撃規定(敵で有れ無辜の民を傷付けてはならない)に抵触しないか問いかけ、正宗は力強い視線と言葉でそれを肯定する。
無論、東郷が言葉に極力と入れている通り一人も犠牲者を出さないと言う意味では無い、あくまで極力努力して可能な範囲でと言う意味である。
基地内にも民間人は居るだろうし町外れの一軒家のような家屋が基地の近くに無いとも限らない、それらは例え航空観測で確認されたとしても流石に無視される。
已むを得ない犠牲と言う事である……。
「……あい分かった! 本艦及び武蔵は是より最大戦速を以ってピラ・パウアへの突入を敢行する、艦外配置員は直ちに艦内へ避難させろ!!」
東郷の腹に響く声が艦橋内に轟くと、艦橋要員達は機敏な動作で是に応える、そして大和と武蔵の甲板からは全ての人員が上部建造物内へと走って行き、負傷した者も担架に或いは戦友に担がれて速やかに艦内に避難させられる。
そして大和と武蔵は最大戦速(70ノット)でピラ・パウアへの進撃を開始し島風は東郷の指示にて高潜隊を引き連れ指定海域へと移動を開始する。
出雲は此の場に留まり第五艦隊の護衛に従事する事になった。
この日輪艦隊の行動に対して米航空隊も二手に分かれ始めた、第77任務部隊の艦載機はそのまま第五艦隊への攻撃を継続し、ピラ・パウア航空隊は大和と武蔵を追撃する。
しかし対空砲火が高射砲(正確には汎用砲だが)と噴進弾だけになったとはいえ、70ノット(時速約130km)の高速で移動しながら斜め横にスライドするような動きを見せる大和と武蔵に爆撃を命中させるのは非常に難しく、護衛艦が居なくなり弾幕も明らかに薄くなっているにも関わらず、爆撃難易度は寧ろ上がっていた。
一方で第五艦隊は100機以上のB25攻撃機が第十三艦隊によって引き剥がされたものの、依然50機近いドーントレス攻撃機の猛攻を受けていた。
それを迎え撃つ主力は重巡摩耶に率いられる4隻の伊吹型重巡洋艦である、伊吹型重巡は全長260m、全幅27m、速力は60ノットを発揮する戦隊型重巡洋艦である。
主砲は28㎝速射連装砲を前後に背負い式で2基づつ計4基搭載し、上部建造物側面に8㎝多銃身高角砲4基を副砲として装備している他、多銃身機銃を各部に18基、配備が間に合わず未搭載で有るが瑞雲乙一型観測機を2機露天駐機出来る設備も備えている。
戦隊型重巡洋艦で有るため旗艦能力は高雄型に劣るが、魚雷設備を廃止し構造を単純化させ防御力と量産性を向上させる事に成功している。
然し量産性と堅実性を重視した為に垂直噴進弾発射装置はおろか噴進砲すら装備しておらず、高射装置こそ搭載しているものの、その対空戦闘能力は決して高いとは言えなかった。
第十三艦隊から分離した第五艦隊は迅速な艦隊運動で旗艦摩耶を中心とした輪陣形を展開する。
旗艦摩耶の右舷に重巡伊吹と磐手、駆逐艦夕立、時雨、涼風、左舷に重巡磐城と生駒、軽巡多摩、駆逐艦敷波、狭霧、そして艦隊後方で重巡出雲が殿を務めている。
『直上に急爆(急降下爆撃機)突入して来るっ!!』
『4時方向より雷撃機5機、急速接近っ!!』
「ちっ! 面舵45、雷撃機に弾幕集中!」
伝声管から響く観測手の報告に舌打ちをしながら指示を飛ばす伊吹艦長、その後方では眉間にしわを寄せた戦隊司令が怪訝な表情で思考を巡らせている。
そして急降下して来る6機のドーントレス爆装隊は次々と爆弾を切り離すと一気に機首を上げて離脱を図る、だが数機の機体に銃痕が奔り、その内2機が錐揉みしながら海面に激突し砕け散る。
しかし彼等の切り離した爆弾は不気味な風切り音と共に2発が伊吹に直撃し爆炎が立ち上がる。
『右舷前方中破っ!』
『三番主砲大破炎上っ!!』
『4時方向からの雷撃機5機、突入して来るっ!!』
「くそっ!! 取り舵45、迎撃しろっ!!」
艦長指示で急激な左旋回を行う伊吹の艦体は対空砲火を撃ち上げながら大きく右に傾き、雷撃を回避するべく艦体を軋ませながら身を捩る。
すると米雷撃隊もその動きに合わせ一糸乱れぬ編隊飛行で伊吹の横腹を狙える位置に軌道を変更する。
『敵機旋回っ!! 3時方向より突入して来るっ!!』
「くそっ! 撃ち落とせっ!!」
戦闘機ほどでは無いにせよ、高速と鋭い軌道で狙いを定めて来る敵機に対し、伊吹と磐手、夕立、時雨、涼風が一斉に対空砲火を浴びせる。
しかし米攻撃機は猛然と突進して来る、1機の機体が爆ぜバランスを崩し海面に激突しても臆する事無く残り4機が伊吹を必中の間合いに捉え、雷撃手が投下スイッチを指でなぞりタイミングを待つ。
「駄目だ……避けられんっ!! 総員衝撃に備えろぉおおおおおっ!!」
伊吹艦長の叫びと共に伊吹艦内に被雷警報が鳴り響く、4機の米攻撃機は眼前へと迫り、それを目の当たりにした伊吹艦橋要員は慌てて近くの機材や椅子などにしがみ付き或いは態勢を低く構えその時に備える。
そして次の瞬間、米攻撃機が爆ぜた、そして次々とバランスを崩し海面へ激突して行く。
「な、何だっ!? 何が起こったっ!?」
突然の出来事に伊吹艦長が狼狽えていると伊吹の無線に通信が入る。
『此方は第零航空戦隊佐々木分隊佐々木隊、是より直掩に入る、対空砲火の射線に注意されたい!』
その無線を聞き、伊吹艦長を始めとする艦橋要員隊は事態が飲み込めず一瞬顔を見合わせるが、徐々に状況を理解し始めるとわなわなと打ち震えそして、艦橋内に歓声が上がった。
~~登場兵器解説~~
◆伊吹型重巡洋艦
全長260 m
全幅27 m
速力60ノット
兵装:28cm速射連装砲 4基
8㎝多砲身回転式高角砲 4基
多銃身回転式機銃 18基
装備:ニ式三型高射装置
瑞雲乙一型2機(露店駐機)注・本話では未搭載
側舷装甲:20mm~160㎜CP(最大厚防御区画50%)
水平装甲:20mm~90㎜CP(最大厚防御区画45%)
主機関:ロ号艦本二式乙型蒼燐蓄力炉 4基
推進機:ニ式三型蒼燐推進機 2基
概要:日輪海軍艦政本部が開発した戦隊型重巡洋艦。
旗艦能力を重視した前型の高雄型では無く、妙高型と同じ従来の戦隊型に回帰した本型は|《量産型巡洋艦》と位置付けられ設計されている。
即ち無難で堅実且つ簡素化された設計と言う事で有り、そのため最新鋭艦で有りながら艦体部分は妙高型と高雄型の踏襲で有り、武装も比較的換装が効く砲塔や機銃等は最新の物が搭載されているが垂直噴進弾発射装置等は搭載されていない。
◆重巡摩耶
全長250 m
全幅25 m
速力60ノット
兵装:28cm連装砲 4基
試製10㎝多砲身汎用砲 1基
8㎝多砲身回転式高角砲 4基
九二式四連装80㎝魚雷発射管2基
多銃身回転式機銃 24基
装備:ニ式三型高射装置
九七式水上偵察機1機
側舷装甲:20mm~160㎜CP(最大厚防御区画50%)
水平装甲:10mm~100㎜CP(最大厚防御区画60%)
主機関:ロ号艦本八五式蒼燐蓄力炉 4基
推進機:八五式三型蒼燐推進機 2基
概要:第一次ソロン海海戦で三番主砲塔を失った事を機に三番主砲塔部分を大幅改装し前方射撃可能な配置で試製10㎝多砲身汎用砲を搭載した。
加えて機銃を最新の多銃身回転式機銃(通称・多銃身機銃)に更新及び増設し、高角砲も8㎝多砲身高角砲へと換装している。
それ等の兵装の能力を十分に引き出す為に対空電探を強化、4基の高射装置も増設し対空射撃能力が飛躍的に向上した防空巡洋艦として生まれ変わっている。