第七十二話:パヌアツ沖航空戦①
朝焼けの空に乾いた射撃音が響き渡り斎藤機が機体を急激に傾けギリギリで射線から逃れる、しかし米戦闘機は斎藤機に張り付き再度照準を定め舌なめずりをしながらトリガーを引く。
「麻美っ!!」
「了解っ!!」
再び響き渡る射撃音、刹那、斎藤が増槽を投棄しつつ機体を真横に倒し塩屋が阿吽の呼吸で下部噴進機を稼働させ敵機の射撃を機体すれすれで躱す、しかしその動きを読んでいたもう一機のP40が斎藤機をその照準に捉えていた。
「《お前等の機動は知れ渡ってんだよっ!!》」
「くっ! 読まれてたっ!?」
読まれていた、これは躱せない、瞬時に自身の窮地を悟った斎藤は唇を噛み締め死を覚悟する。
そして鳴り響く乾いた射撃音、しかし次の瞬間白煙を拭き出し墜落したのはP40であった。
『大丈夫ですか斎藤さん!!』
『……立花!?』
撃墜したのは立花であった、斎藤機に声を掛けつつもう1機のP40も難なく撃墜する。
『……。 た、立花……その、ありがー-』
『ー-斎藤、それ以上行くと味方の弾幕に突っ込んじまうぞ!! 下がれっ!!』
斎藤はぎこちない口調で立花に礼を言おうとしたが織田の叫び声で艦隊の弾幕範囲に進入している事に気付き慌てて操縦桿を引いて反転する。
『て、敵機が艦隊に……。 ま、護り切れなかった……』
日輪軍機の防空網を突破した米攻撃機が日輪艦隊に向けて突き進む、その光景を目の当たりにした徳川が絶望の表情で呟く。
『しっかりしろ!! 突破された敵機は艦隊に任せるしかない、だが敵はまだ後方から来ているんだ、弾が残っている限りそいつ等を叩き墜とせ!!』
『は、はい、了解ですっ!!』
毛利の言葉にハッと我に返った徳川は覇気良く応え敵機を迎え撃つべく機体を翻す。
一方で直掩機を突破された日輪艦隊は防空能力を強化された重巡摩耶を中心に迎撃態勢を整えていた。
摩耶は第一次ソロン海海戦で失った三番主砲塔部分に増設した艦橋設備上部に試製回転式機関砲を装備し、最新式の対空電探や高射装置を備える防空巡洋艦として生まれ変わっている。
「敵攻撃機多数、方位2.4.7より接近中!!」
「敵機の高度が低い、捨て身で当てに来ているな……。 我々の対空砲火を舐めた事を後悔させてやる、全艦対空迎撃撃ち方始めぇっ!!」
第五艦隊旗艦である重巡摩耶艦橋より近藤提督が指示を出すと、第五艦隊各艦が一斉に対空砲火を打ち上げる、それに呼応する様に大和と武蔵も副砲と四連装対空噴進砲を一斉射撃する。
対する米攻撃機編隊は日輪艦隊の重厚な弾幕に数機が撃墜されながらも怯む事無く果敢に突っ込み、搭載する2個の600kg爆弾を次々と2隻の魔王に向けて投下する。
それを2隻の魔王こと大和と武蔵は戦艦とは思えない機動性を発揮し回避するが雨アラレの如く降り注ぐ全ての爆弾を避けられる筈も無く其々数発が被弾し大和と武蔵の艦上から爆炎が立ち上がる。
幸い大和と武蔵の精密艤装に損害は出なかったが弾薬運搬中の機銃要員に被害が出ていた、この世界の装爆薬には特殊加工した蒼燐粒子が混ぜられているため同じkg爆弾でも我々の世界の物とは威力が比べ物にならない程に跳ね上がっているのだ。
そのため一般的には身体能力や身体強度が我々の世界の人間と変わらないこの世界の人達がその脅威に晒されれば非常に甚大な被害を被る場合が多いのである。
「2時方向より敵機!!」
「4時方向からも来ていますっ!!」
「落ち着けっ!! 下手に狙おうとするな! 各銃座連携し弾幕を張る事を優先しろ!!」
「中央部弾着注意!!」
「ー-っ!? 」
無数とも思える敵機が群がる大和艦上で機銃要員達が必死に奮闘している、余りの敵機の多さに浮き足立つ部下に機銃群長が冷静に指示を出すがその時、機銃要員の観測手から何度目かの弾着警告が発せられる。
しかし大抵の場合、警告と弾着はほぼ同時で有るため無線で警告を受け取った者は瞬時に防御姿勢を取るくらいしか出来る事は無く不運にも弾着地点に居る者はどうしようも無い……。
幸い爆弾は大和の副砲基部上段に着弾し直撃を受ける者は居なかったが、甲板上で防御姿勢を取っていた弾薬補充要員達の頭上に破片や火の粉が降りかかる、しかし弾薬補充要員達はそれらに臆する事無く己が任務を全うせんと走り出した。
そんな彼等の頭上で回転する大和の対空電探は新たな敵機を捕捉していた。
「艦長、敵機第二波及び第三波、接近中ですっ!!」
「直掩機損耗甚大、増援の要有りっ!!」
「波状攻撃か、第二次直掩隊順次発艦!」
「右舷機銃要員の被害増大、応援要請が届いていますっ!!」
「衛生班赤羽軍医中尉からも応援要請が届いていますっ!!」
「くそっ! 左舷機銃要員の一部を右舷に割り振れ、衛生班へは主計、技術、保安科の各科長判断で人員を衛生班へ割り振るよう伝えろ!!」
パヌアツ攻略艦隊総旗艦大和の艦橋では各部から続々届く報告と応援要請に艦橋要員達が忙殺され特に戦術長の八刀神正宗は艦内指示の多くを熟している。
本来なら軍隊として有り得ない事だが艦長である東郷が艦隊司令を兼任し、艦長の補佐をする筈の副長である十柄は乱戦や混戦では誤判断が目立つ事から何時の間にか正宗が副長業務の一部を肩代わりする構図が出来上がってしまったのだ。
通常であればこんな歪みは修正されて然るべきで有るが、この体制による問題は起こっていない為、慢性的な人手不足である日輪海軍はこの歪みを是正しなかった、いやしたくても出来ないと言った方が正しいかも知れない。
そうして東郷が全体に指示を出し、正宗が艦を纏め、通信員が情報伝達を行い、操舵手は巧みに艦を操り、電探員は目を皿に電探を凝視し、航空管制が航空隊と連携を取り次々と迫り来る米軍機と奮闘する。
しかし数と練度の足りない直掩機の討ち洩らした米攻撃機は次々と大和と武蔵に明確な殺意を以って群がり次々と爆弾を降らせていく。
上空では八航戦が奮闘していたが、そこに更なる敵機が来襲する、F4Fワイルドキャット30機にSBDドーントレス60機で編成された第77任務部隊の艦載機群であった。
『おっとぉ!? 可愛いF4Fのお出ましだぜ?』
『その後ろにドーントレス攻撃機もいます!』
『この距離でよく見えるな……。 しかし野良猫にドントレスか、どちらも艦載機だな、近くに空母が居るかも知れんぞ!』
『うーん、ピラ・パウアから来た可能性も有るから断言は出来無いが、念の為に母艦に報告しておこう』
飛来するF4Fを目視した織田が歯を剝き出しに口角を上げ楽し気に言う、それに対し立花が後方のSBDを確認すると伊達が空母の存在を示唆し毛利が僅かに思案した後、母艦に連絡を入れる。
因みに織田や立花がF4FとSBDの愛称を知っているのはコメリア軍機は機体名がオープンにされている事が多いからである、流石に性能は秘匿されているが……。
『すません隊長、自分はもう残弾数が……』
『……すみません、私もです』
その時、毛利の無線から申し訳無さ気な声が聞こえて来る、徳川と斎藤の声である。
徳川は無駄玉を撃ち過ぎ、斎藤は言わずもがなB25に向け感情的に乱射した為であり申し訳無さげなのは当然であろう……。
『了解だ、斎藤と徳川は大鷹で補給と修理を受けろ、俺達はこのままー-』
『ー-弾切れと手負いは足手まといだ、我々の邪魔になる前に大和隊は全機下がれ!』
毛利が斎藤達を下がらせようとした時、突如大和隊の無線に聞き覚えのある声が割り込んで来る。
『……朝倉か、お気持ちは有り難いんだが生憎まだ戦えそう何でね、暫くは御一緒させてもらうよ』
毛利が無線に向かって皮肉気に言う、前回のB29迎撃戦の折、自身が被弾し離脱した後に隊員達を特攻させようとした事を羽柴から聞いた事から毛利は朝倉に対して不信感を持っていた。
『……ふん、我々の足を引っ張るなよ!』
冷淡にそう言い放つ朝倉機の横を大鷹に向かう斎藤が怪訝な表情で睨みながらすり抜ける、そして敵機に突っ込んで行く大和隊の姿を後ろ髪を惹かれる様な表情で見つめながら空母大鷹に向かう為に速度を上げる。
◇ ◇ ◇
一歩その頃、米第51特務艦隊はエフォテ島(ピラ・パウア)から南東100kmのイルマンゴ島へ向けて40ノットで航行していた。
6隻のインディペンデンス級護衛空母の内、インディペンデンス号を除く5隻の飛行甲板上には発艦準備を整えたF6FとF4Uが出撃命令をまっている。
格納庫内では多数のTBF攻撃機も順次エレベーターで飛行甲板に上げられており、第二次攻撃隊の発艦準備は順調に進んでいるようだ。
第51特務部隊旗艦ボルチモアの艦橋では艦橋要員が発艦準備に追われていたが、ピラ・パウア基地からの情報を聞き逃すまいと通信員達は慎重に耳を澄ましている。
此方から電波(蒼粒子波)を発信する訳には行かないため交信は出来ないが、ピラ・パウア基地管制塔から友軍に向けて発信されている日輪艦隊の位置情報を遂次収集しているのである。
「《報告! ピラ・パウア基地のからの情報で魔王から北北東80km海域に空母を含む日輪別働艦隊を発見したとの事です!!》」
「《ほう、その位置に空母か……見つけてくれと言わんばかりだな》」
「《空母が囮と言う事ですか?》」
「《ふむ……。 我々の戦力を分散させる為の囮と言う事は考えられるが……まぁ、どちらにしても放置は出来まい……。 大物狩りは基地航空隊とキンケイド少将に任せ我々は小物を確実に狩ろうじゃないか》」
「《では、第二次攻撃隊はジャップの空母を狙うと言う事で?》」
「《ああ、それで良い……。 そう言えば、インディペンデンスにも試作機以外にコルセアとヘルキャットが搭載されていたな、それも出撃させてくれ》」
「《ハ……し、しかし、アレはキンメル長官の特務で動いている艦ですが……》」
「《別に試作機を出撃させろと言っている訳じゃ無い、このままでは南太平洋域がジャップの手に落ちかねないだろう? 戦力を出し惜しみしている場合じゃ無いとキンメル長官も分かってくれるさ》」
「《ハ、ハッ! ではインディペンデンスのシャイプス艦長に出撃を下令いたします!!》」
「《ああ、そうしてくれ……。 魔王の軍勢を相手取るんだ、此方も全力でなくてはな……》」
司令席に座るスプルーアンスは足を組み頬杖を突きながら冷ややかに微笑する、その彼の命を受け5隻の空母から次々と艦載機が発艦して行く。
僚艦が多忙な中、只1隻沈黙しているインディペンデンス艦内の格納庫では表面の静けさとは裏腹に整備士と作業員が忙殺されていた。
PG隊のコルセアと4機のF6Fは主翼を折り畳まれたまま隅に追いやられ、格納庫中心では3機のXFAFが整備士と作業員、そして技術者に囲まれている。
その現場を指揮しているのはテスラ博士では無く、格納庫では場違いに妖艶な女性『エレーナ・フォン・ノイマン』であった。
プラチナブロンドの頭髪にウルキア人の様な水色の瞳と抜群のプロポーション、普通の男性なら一目見ただけで虜になるであろう絶世の白衣の美女がファイル片手に現場を仕切っているのだ。
当然と言うか必然的に忙殺されている筈の整備士や作業員、更には技術者の男性達の視線は目の保養と言わんばかりにエレーナに注がれている。
当のエレーナはその視線に気付きつつも全く気にする様子は無く微笑を浮かべながら嫋やかな仕草で指示を出しており、それが更に男性達の注目を集めてしまっている。
3機のXFAFのコクピットには其々パイロットが搭乗しており、その内の一人は当然アルティーナで、後の二人は二十代の女性と十代後半の青年で有った。
二人とも水色の瞳と銀色の頭髪で有る事からウルキア人と思われるが白銀色のアルティーナの頭髪と比較すると明らかに輝きは違って(劣って)いる。
三人のパイロット達は通信機から技術者達の指示を聞き、コクピットのコンソールを操作しデータ収集に努め、PG隊の面々は隅に積み上げられた資機材を椅子代わりにアルティーナの様子を伺っている。
「《まさかXFAFが3機に増えるとはな……》」
「《アレ、元はアタシ達の機体でしょ? 何でアタシ達じゃ無く新しく来た子に取られてんの?》」
「《いや、機体は軍の物でお前等の物じゃねぇからな?》」
「《むぅ! 気持ちの話だよ気持ちの、ふんだっ!!》」
人が群がる3機のXFAFを見つめながらディハイルがボソリと言葉を零すとメリエールは半目で口をとがらせ不満を口にする、それに対してジェリガンが正論を言うとメリエールはジト目でジェリガン睨み、少し頬を膨らましそっぽを向く。
「《気持ちは分かるが俺達にはF4Uが有るだろ? それに試験機が増えるって事は姫ちゃんの負担が減る事にもなるんだから我慢しろ》」
「《う……まぁ、そう言われればそうだけどさぁ、あの女イマイチ信用出来ないんだよねぇ……》」
マーベリックが苦笑しながら諭す様に言うとメリエールはバツが悪そうに視線をそらしエレーナを胡乱気に見つめる。
「《それについては同感だな、NRL(Naval Research Laboratoryの略で海軍技術研究所の意)の首席技術者らしいが、如何にも胡散臭せぇ……》」
「《だよね! アタシ達と(年齢が)そう違わないのにテスラ博士が居なくなった途端仕切っちゃってさ、絶対あの技術将校とデキてんだよ!》」
「《おいおい、憶測で他者を貶めるるなよ……。 まぁ確かに何考えているのか分からない面は有るが技術者ってのはそういうモンだろう、現に現場を仕切れてるなら優秀な証拠じゃないか?》」
メリエールとジェリガンがエレーナへの不満と不信を零していると見兼ねたマーベリックが呆れ顔で諫めに入る。
「《あんれぇ? 隊長あの女の肩を持つんだぁ? 惚れちゃった?》」
「《ふむ、まぁ確かに俺好みでは有るな!》」
「《いやそこは否定してよ……》」
エレーナにフォローを入れるマーベリックをメリエールが揶揄うが、マーベリックは良い顔で肯定したため今度はメリエールが呆れ顔になった……。
その時、格納庫内にスクランブル警報が鳴り響き続いて艦内放送も発せられる。
『《ブリッジより緊急指令、ピクシーガーディアン隊及びブラックハウンド隊は直ちに緊急出撃せよ、繰り返す……》』
この放送を受け格納庫内は騒然となった、それまで現場を仕切っていた技術者から主導権が一瞬で整備班に移りXFAFのデッキから速やかにケーブル等が取り外されると格納庫中央から格納庫端にスライドされ、代わりに隅に追いやられてたF4UとF6Fがトーイングカーによって格納庫中央に引っ張り出される。
それまで現場を仕切っていた技術者達も隅に追いやられ、迅速に出撃準備が整えられて行くF4UとF6Fの姿を茫然と眺めていた。
「《……これはどう言う事かしらねぇ?》」
その中に在ってエレーナはしなやかな仕草で頬に人差し指と中指を当て呟くが僅かに上げられた口角ほどにはその眼は笑ってはおらず明らかな怒りの色が見て取れた……。