第七十一話:暁の怨嗟
1943年6月16日 時刻03:06 天候晴れ
エピラ島のラメラ・ベイ飛行場からは大した抵抗も無く攻略に成功したパヌアツ攻略艦隊は最終目標であるエフォテ島のピラ・パウア基地へと向かう為に南下していた。
しかしこの時点でピラ・パウア基地に到達する前に日の出を迎える可能性が高く当該基地や未だ発見出来ていない米機動艦隊からの空襲が予想されている。
ただそれは敵艦隊の誘引を主目的とするパヌアツ攻略艦隊にとっては作戦通りでは有るのだが、当然相応の被害も予想されるため艦隊には言い知れぬ緊張感が漂っていた。
そして日輪艦隊の思惑通り200km南の海域に日輪艦隊の動向を探る米機動艦隊が展開していた。
位置にしてピラ・パウア基地から南東70kmに停泊しているこの艦隊は北太平洋艦隊から抽出されたカサブランカ級護衛空母6隻を基軸とする米第七機動艦隊旗下第77任務部隊であった。
艦隊編成はカサブランカ級護衛空母6隻、アストリア級重巡洋艦8隻、アトランタ級軽巡洋艦8隻、シムス級駆逐艦12隻、水雷艇20隻となっている。
「《ラメラ・ベイが落ちたようだな……》」
「《はい、あの基地は再編中で大した航空戦力も防衛力も有りませんでしたから仕方ありません……》」
「《ふむ……。 魔王の位置は掴んでいるな?》」
「《はい、現在我々から北西200km海域を此方に向けて30ノットで航行中です》」
「《やれやれジャップめ、我が物顔だな……。 第51特務部隊が間に合えば良いが……》」
旗艦である護衛空母ホーランディアの艦橋で溜息交じりにそう言うのは第77任務部隊の艦隊司令『ジョン・D・キンケイド』海軍少将である。
元々は水雷畑の軍人で有ったがフレッチャーやブラウン、スプルーアンス同様ハルゼーから抜擢され機動艦隊司令に任命されている、この時代はまだ航空戦術が確立していない為、この様な人事は決して珍しい事では無かった。
艦隊の周囲は未だ真っ暗な状態で有るが6隻のカサブランカ級護衛空母の飛行甲板上には発艦準備が完了した艦載機群が出撃命令を待っている。
とは言えカサブランカ級の艦載機数は露天駐機含めて30機程度であり魔王を相手取るには心許無い為ピラ・パウア基地と連携しニューカルドニア守備艦隊に組み込まれている第51特務部隊にも救援要請を出している。
現在南太平洋域で稼働している米空母は上記の2部隊に配備されている護衛空母12隻のみで有る為、米艦隊は日輪軍の思惑通り行動可能な空母を全て魔王討伐に差し向けた事になる。
そして日輪パヌアツ攻略艦隊の最終目標であるエフォテ島ピラ・パウア基地には400機近い航空戦力が集結しており次々と出撃準備を整え出撃命令を待っている。
またピラ・パウアから北70kmに位置するエマレ島のシオン飛行場でも20機の戦闘機と60機の攻撃機が出撃準備を整えピラ・パウア基地司令部からの指示を待っていた。
このシオン飛行場の存在を日輪軍は知らなかった、開戦後に新設された飛行場である事に加え規模が小さく情報が入らなかった為である。
時刻03:25、まだ薄暗い中ピラ・パウア基地から第一次攻撃隊が出撃を始め、それに呼応する様にシオン飛行場からも全戦力が全力出撃し、少し遅れて第77任務部隊からも第一次攻撃隊が発艦する。
日輪艦隊もこれを察知し直掩機を上げ敵機来襲に備えていた、ただ空母大鷹と雲鷹の艦載機は機体こそ零戦五型を48機揃えているものの、その練度は低く制空能力に不安を残していた。
瑞雲も大和隊は出雲一号(伊達機)と合流し練度機数共に回復しているが武蔵隊は4機に留まり出雲は艦載機を未搭載のままとなっている。
この時エフォテ島南西150km海域に米第51特務部隊が接近していた、インディペンデンス級護衛空母6隻、ボルチモア級重巡洋艦2隻、クリーブランド級軽巡洋艦2隻、フレッチャー級駆逐艦14隻で構成される機動艦隊で、元々の任務は試験機運用艦である空母インディペンデンスの護衛で有ったが現状は試験と並行して通常の任務も割り当てられている。
「《司令、ピラ・パウア基地及び第77任務部隊から第一次攻撃隊が出撃した模様です、我が艦隊も出撃準備は整っていますが如何されますか?》」
「《我が艦隊と魔王との距離は?》」
「《約200kmです》」
「《うーん近いな……。 まぁ艦載機は発艦させよう、だが艦隊はイルマンゴ島沖南西30km海域に展開する予定だから航空隊にその旨厳に通達して置いてくれ》」
「《了解です!》」
艦隊旗艦重巡ボルチモアの艦橋で指示を出している落ち着いた雰囲気の将校は『リッチモンド・スプルーアンス』海軍少将である。
前任のパウナルが離島の地上勤務に左遷された為、急遽艦隊司令に着任した人物だ。
元々は第五艦隊の重巡部隊の司令官であったが、ハルゼーが体調を崩し入院する事になった時、自分の代理として指名したのがスプルーアンスであった。
そしてスプルーアンスが第7艦隊の司令代行に着任した直後に起こったのが、あのミッドラン海戦であった。
彼は機動艦隊の指揮など行った事は無かったが、幕僚達を上手く使い適切な判断をし見事日輪主力空母部隊を壊滅させたのである。
そんな優秀なスプルーアンスがモルモット部隊と揶揄される第51特務部隊の司令に着任したのは現状第51特務部隊がコメリア海軍にとって貴重な戦力になってしまったからに他ならない。
今や第51特務部隊がコメリア最強の機動艦隊なのである……。
時刻04:12、日輪艦隊はマルクラ島、エピラ島、エフォテ島の中間点を対潜対空警戒を厳としながら航行していたがこれをピラ・パウア基地のレーダー群に探知され米航空隊が殺到する。
先ず来襲したのはシオン飛行場から飛来した80機(戦闘機20攻撃機60)と少し遅れてピラ・パウア基地から飛来する200機(戦闘機70攻撃機130)の航空隊であった。
この時のパヌアツ攻略艦隊の陣形は戦艦大和と武蔵を中心に対空陣形で展開し大和の前方に出雲、その更に前方に島風、武蔵の後方に重巡摩耶が張り付きその右翼に重巡伊吹、磐手と軽巡長良、駆逐艦時雨、夕立、春雨、涼風、左翼に重巡磐城、生駒と軽巡多摩駆逐艦敷波、狭霧、夕霧となっており最大火力で有る大和と武蔵の電探と照準装置を護る事を優先した陣形となっていた。
この時シオン航空隊は日輪艦隊左舷から接近しピラ・パウア航空隊は右舷前方より接近していたのだが、散開し各機距離を取りながら飛行しているピラ・パウア航空隊に対してシオン航空隊は密集陣形取っていた。
前線から遠く離れ重要拠点でも無かったシオン飛行場にも一応魔王の情報は届いてはいたがソロン海戦や珊瑚海海戦での対艦戦の情報が先行してしまい破號弾に関する情報が抜け落ちてしまっていたのだった。
当然この状況を日輪艦隊が見逃す筈も無く大和の二番主砲と四番主砲、武蔵の三番主砲と四番主砲が左に旋回すると大気を震わせる轟音と共に12発の破號弾が放たれ暁の空に向けて飛翔し約1分後、東の空を閃光が照らし遅れて轟音が轟き暫く後衝撃波が押し寄せた。
その時、日米のレーダー上からシオン航空隊の機影は消えていた……。
「《シ、シオン航空隊レーダーから消えました……!! か、壊滅した模様ですっ!!》」
「《ええい! だからあれほど散開陣形を取れと……! シオン司令部は何をやっているのだっ!!》」
ピラ・パウア司令部内で大きめのレーダーモニターを見ていた同基地司令は机を叩きながら憤慨する。
「《ピラ・パウア第一次攻撃隊、間も無く敵直掩機と接敵します!!》」
「《よし、頼むぞ! 何としても魔王を無力化するのだっ!!》」
航空管制の報告にピラ・パウア基地司令は緊張気味に言葉をこぼし固唾を飲んでモニターに釘付けとなる。
◇ ◇ ◇
東の空の閃光と轟音そして衝撃波に緊張感を高めるピラ・パウア航空隊の前に立ちはだかるのは日輪航空隊の瑞雲6機と零戦24機であった、それ等を相手取る米護衛戦闘機部隊はP40ウォーフォーク70機である、開戦初期から現在に至るまで戦線を支える米陸軍航空隊の主力戦闘機だ。
最大速度は時速880kmで搭乗員は1名、武装に12mm機関砲4丁を備える単発機であり航続距離は1800km、同時期のF4Fや零戦ニ型と比較すると最大速力はF4Fと零戦を上回り加速力と運動性能はF4F以上零戦以下、防御力はF4Fと同等で零戦以上、攻撃力はF4F以上零戦以下、航続距離でもF4F以上零戦以下となっており良く言えばバランスが取れている設計で悪く言えば凡庸な性能に留まっている機体で有った。
そして今現在対峙している零戦五型に対しては防御以外の性能で劣り攻撃力に関しては圧倒的な差が有あった、ただ数の上では2倍のアドバンテージが有り搭乗するパイロットはP40に慣れ親しんだベテラン達であった。
故に零戦や瑞雲に臆する事無く、後方に控えるB25攻撃機を護る為に速度を上げ日輪軍機に向けて突っ込んで行った。
対する日輪軍機も大和隊の瑞雲6機が正面の敵機に対して迎撃を開始し、大鷹隊と雲鷹隊の零戦五型は左右の敵機に向けて突っ込んで行く。
そして日米の戦闘機が交差し暁の空に乾いた射撃音が響き渡ると次の瞬間3機のP40と2機の零戦が白煙を吐きながら墜落して行く。
「くそっ外した!! 当てたのは誰だっ!?」
「隊長と立花准尉、あと伊達中尉です!」
「はっ! 隊長と立花は流石だな、伊達の野郎もやるじゃねーか! 俺も負けてらんねぇなぁっ!!」
口角を上げながら歯を剥き出しに叫ぶ織田は敵の攻撃を避けつつ鋭い機動で敵機の背後を取り引き金を引く、数発の射撃音の後前方のP40から白煙が上がり錐揉みしながら墜ちて行った。
その後も大和隊の瑞雲6機は戦闘を優勢に進めるが大鷹隊と雲鷹隊の零戦五型は敵の数に気圧されサッチウェーブの戦術にハマりかなり劣勢であった。
そうして日米の戦闘機が激しい空中戦を繰り広げていると130機の米攻撃機が日輪艦隊に迫る、その腹には600キロ爆弾を抱えている。
「あれは……B25っ!? アイツ等が……私の家族をっ!!」
「み、道子さん!? ちょ、ちょ、ちょっと落ち着いてっ!? ね? ね!? ねぇえええーーーっ!!!?」
迫り来る米攻撃機を目視した斎藤はワナワナと打ち震え叫ぶ、そして慌てて諌めようとする塩屋の言葉を無視しP40の攻撃を掻い潜りながら猛然と米攻撃機の群に向かって突っ込んで行く。
『斎藤、単機で突撃するなっ!! くっ! 伊達、織田! 斎藤を援護しろっ!!』
『了解だ、任せろっ!!』
『ちっ! しゃあねぇなぁ!!』
毛利の指示を受け伊達と織田が斎藤機を狙うP40を牽制しながら共に米攻撃機に突っ込んでいく。
『墜ちろ鬼畜共ぉーーっ!!』
斎藤は眼を見開き怨嗟の篭った咆哮を上げながら次々と米攻撃機、B25を撃墜していく。
最近は落ち着いていた斎藤が激昂した原因は且つてB25による日輪本土強襲爆撃、通称ドーリットル空襲によって家族を奪われたからであった。
陸上攻撃機であるB25を無理矢理空母に乗せ日輪本土を縦断しながら爆撃を行い煌華大陸に着陸する。
このかなり無理の有る作戦は翠玉湾攻撃の報復として行われたが、結果は殆どの機体が未帰還となる散々なもので有った。
更に軍事施設のみを爆撃する筈が故意か誤爆か軍とは関係無い民間施設まで爆撃し多数の民間人の犠牲者を出した。
その犠牲者の中に斎藤の家族も居たのである……。
『墜ちろ屑共! 墜ちろ下衆共! 地の底に墜ちて、地獄で詫びろぉおおおーーーっ!!』
眼を見開き歯を剥き出し怨嗟を吐き出す様に咆哮しながら敵機に向け機銃を乱射する斎藤、その鬼気迫る姿に後部座席の塩谷は絶句し言葉を掛ける事すら出来なかった。
だが斎藤機を狙うP40は伊達と織田が牽制していたがB25とて丸腰では無い、コクピット後部に備えられた12㎜機銃で応戦され怨嗟を持って肉薄する斎藤機は徐々に損傷を増していく。
それでも斎藤は一歩も引く事無くB25を追撃し撃墜していった。
その時、伊達と織田の牽制を擦り抜け2機のP40が斎藤機を猛追する。
伊達と織田は別の敵機と交戦しており気付くのが遅れた。
『ちぃっ! 俺とした事が!!』
『斎藤、行ったぞ、後ろに気を付けろっ!!』
織田が叫ぶが斎藤は聞こえていないのか執拗にB25を狙っている、その無防備な背後から2機のP40が迫る。
「み、道子さぁん!? う、後ろから敵が2機来てますぅうううううっ!?」
「えっ!?」
塩谷の情け無い叫び声に斎藤が振り向いた次の瞬間、朝焼けに照らされた空に乾いた射撃音が響き渡る……。




