第六十七話:間宮祭
====ブリスベル西南西170km・マッカーサー空軍基地====
「《壊滅っ!? 壊滅とはどう言う事だっ!!?》」
基地内の執務室で立ち上がり声を張り上げるのは他でも無く、豪州の領土に勝手に基地を作り勝手に自分の名を付けた張本人、コメリア陸軍南太平洋域総司令官ドナルド・マッカーサー元帥その人である。
「《く、詳しい事はまだ分かっておりません……。 じ、日輪軍の新型戦闘機の攻撃を受け部隊が壊滅し……か、潰走していると……その、つ、通信が有ったばかりでして……》」
顔面蒼白となり冷や汗を拭くハンカチをベトベトにしながらしどろもどろに報告しているのは合衆国空軍南方司令官ショーン・ケニー空軍大将である。
その横には伝令と思しき2名の士官も立っているが、真っ青な表情で直立不動となっている。
「《ー-ならば突っ立っていないで情報を集めろっ!! 被害状況と、原因を、今すぐにだっ!!!》」
「《りょ、了解致しましたっ!!》」
ケニーの煮え切らない態度にマッカーサーは凄まじい剣幕で怒鳴り散らす、それにケニー達はビクリと身体を硬直させパブロフの犬宜しく反射的に一斉に敬礼し機械人形の様に踵を返すと一刻も早く部屋から出たいケニーは部下より先に扉のノブに手を掛ける。
が、そこに情報士官が飛び込んで来てケニーの顔面に扉が激突する……。
「《た、大変でー-っ!? し、司令!? 大丈夫ですか!? も、申し訳ございませー-》」
「《ー-そいつの事は(どうでも)いい! 何が有った、報告を続けたまえ!》」
自分の開けたドアに上官がぶつかったのを見て飛び込んで来た情報士官は慌てるがマッカーサーに捲くし立てられ目線を両者に泳がせながらも報告を優先する。
「《は、はいっ!! ア、アンバレー基地で我が軍のB29が着陸に失敗し大爆発を起こし、それによってアンバレー基地が壊滅的な被害を受けたとの報告が来ています!!》」
その情報士官の発した内容にその場の誰もが言葉を失い愕然としていた、やがてハッと我に返ったケニーが鼻血を出しながら情報士官に詰め寄る。
「《ち、着陸に失敗して大爆発だとぉっ!? そんな馬鹿なっ!! 未使用の爆弾は帰還時に投棄するようマニュアル化していた筈だっ!! なぜそんな事態になったのだっ!?》」
「《そ、それは不明ですが損害の規模から爆弾を投棄せず着陸しようとしたのは間違無く……機体トラブルか人為的過失か、聞き取りをしようにも関係者は皆……その……証言出来る者も証明出来る機体も粉々ですので……》」
「《ー-ぐ、ぅっ……!》」
鼻血を垂れ流しながら詰め寄り捲くし立てるケニーに情報士官は手を前に出しながら引き気味に答える。
ケニーが言った通り、本来であれば帰投が決定した時点で未使用の爆弾はその場で投棄する事が義務付けられている。
この世界の航空機の着陸装置は自重に対して十二分な強度を持つため爆弾を満載したままでも着陸する事には何の問題も無いが、今回の様な着陸失敗に置けるリスクヘッジとして未使用爆弾の投棄は厳格に定められた軍規で有った。
それが守られていなかったと言う事は投下扉が作動しない等の機体トラブルか単純に搭乗員がその事を忘れていた等の人為的過失しか考えられない。
しかしどちらにしてもコメリア軍の機体がオストラニアの基地に甚大な被害を齎した事実は変わらない、只でさえ反米意識が高まっている状況の真っただ中に、である。
故にケニーは元々蒼白であった顔色から完全に生気が抜け、マッカーサーも茫然とした表情のまま崩れ落ちるように椅子にへたり込む。
そこに執務机の電話機が鳴り響く、マッカーサーは茫然とした表情のまま受話器を取り上げた。
「《……余程の事が無い限り繋ぐなと言った筈だが、何事だ?》」
『《そ、それが閣下、豪州首都の在豪コメリア大使より緊急のお電話です、お繋ぎしても宜しいでしょうか……?》』
電話口から内容を聞いたマッカーサーは辟易した表情で重い溜息をつく、このタイミングでの在豪大使からの緊急連絡など要件は決まっているからである。
心底無言で受話器を置きたい衝動に駆られるマッカーサーで有ったが、この状況でそれは流石に不味いと思い直し苦虫を噛み潰した表情で「《繋いでくれ……》」と伝える。
『《マッカーサー将軍! 我が軍の爆撃機が着陸に失敗しアンバレー基地に甚大な被害を齎したと先程豪州首相から直接抗議と呼び出しの電話が有りましたぞっ!! 一体何が如何なっているのですかっ!?》』
大使からの電話の内容は予想通りアンバレー基地に関する事であった、大使側もかなり焦っている様子で開口一番捲くし立てる様にマッカーサーに言葉で詰め寄る。
「《……残念だが大使、詳しい事は軍事機密故話す事は出来ない、我々もこれより事実確認を行い情報を精査した後追って連絡する》」
『《ー-なっ!? いくら軍事機密とは言え友邦国の基地に甚大な被害を齎しているのですぞ!? そんな説明でマーティン首相が納得される筈が無いでしょうっ!? もっと納得の行く説明をー-》』
受話器口からは大使の捲くし立てる声が聞こえ続けていたがマッカーサーは辟易した表情で静かに受話器を置き、そして徐に立ち上がると電話機をわし掴みそのまま壁に投げつける。
執務室内に電話機が壁にぶつかる音と共に変則的なベルの音が響き、床に落ちた電話機は息絶えるように静かに横たわる。
ケニー達はその様子を硬直したまま固唾を飲んで見守るしか無く只々嵐が過ぎ去るのを待つ小動物の様になっていたが、狂暴な熊の様に血走ったマッカーサーの双眸は彼等を捉え睨み付ける。
「《……何をぼーっと突っ立っているのだね? 直ぐに現地に赴き事実確認と状況の把握を急ぎたまえっ!! そしてそれを一刻も早く私に報告しろっ!!》」
執務室内に響き渡る怒号にケニー達は反射的に敬礼を行うとそそくさと執務室を後にする、そして一人残されたマッカーサーは力なく椅子に座ると両手で頭を抱えて蹲る……。
後の調査(上空待機していた僚機の証言等)で事故機は推進機にダメージを負っていた事が原因で着陸時に体勢を崩し事故に至った事が判明した。
そして損傷個所やB29の構造上投下扉が故障していた可能性は極めて低く爆弾の廃棄をしていなかった事は人為的過失で有った可能性が高い事が分かったが、コメリア側はこれを隠蔽し爆弾を格納したままの着陸は機体トラブルによる止む得ない判断であったと主張した。
しかし奇跡的に残っていたアンバレー基地側のレコーダーに記録されていた航空管制官と事故機のパイロットとの通話内容から事故機による機体トラブルや爆弾を格納したままでの着陸などの事前報告が無かった事が判明し、米豪双方の言い分は真っ向から対立する事になるのであった。
この問題は戦後に渡って米豪に遺恨を残す事になるのだが、それはまた別のお話、である……。
◇ ◇ ◇
1943年6月10日 時刻10:20 天候快晴
激戦から三日が経ちルング沖に停泊する第十三艦隊は第八航空戦隊の再編に追われている。
空母|大鷹と雲鷹では補充された零戦五型の編成と離着艦訓練を実施しており戦艦大和と武蔵の航空機格納庫では瑞雲の分解整備が行われていた。
損傷の激しかった毛利機や織田機、斎藤機は未だ分解された状態であり、比較的損傷が軽微で有った立花機と徳川機も極寒の超空を飛行した負荷が未知数であるため念入りな整備を受けている。
また、母艦である出雲が日輪本国に停泊している出雲一号の伊達機は大和に着艦していた。
普通に考えれば空きの多い武蔵の方が良い筈だが東郷の指示で何故かそうなったのである。
そのため大和の航空機格納庫は分解された部品や行き交う作業員や整備員でごった返しており通常であれば休息所として使われている場所にも所狭しと機材や部品が積み置かれている。
先の空戦では大活躍した瑞雲搭乗員だがこの状況下では邪魔にしかならないため休養と言う名目で格納庫から追い出され各自思い思いに過ごしている。
だが皆一様にその表情は暗く沈んでおり毛利と児玉は其々が上杉と長尾の個室で遺品整理を行っていた。
そんな状況の中、立花は後部飛行甲板を一心不乱に走っていた、何も考えずただ黙々と走っている時は余計な事を考えずに済むからだろう、そんな立花に視線を向け近づく二人の男性がいる。
「よぉ! お前が立花か?」
二人の内の一人、ガタイの良い引き締まった顔立ちの男性が立花に声をかける。
「は、はい、僕……自分が立花飛行准尉に相違ありません!」
「やはりそうか! 俺は出雲一号の操縦士、伊達 政竜飛行中尉、こいつは相棒の片倉 十郎太飛行少尉だ。 こうして直に会うのは初めてだな!」
「は、はい! 無線では何度かやり取りをさせて頂きました、お会い出来て光栄です!」
立花は引き締まった顔立ちに力強い眼力を持つ伊達に少し気圧されながらも、礼儀正しく直立不動で敬礼する。
「ハハハハハッ! そう緊張するな、別に取って食やしないぞ? 噂の【碧眼の撃墜王】を直にこの眼で見てみたかっただけだからな!」
そう言うと伊達は爛々と輝く自分の眼を指差し立花の蒼い瞳を食い入る様に見る、その眼力に立花は更に緊張する事になった……。
因みに碧眼の撃墜王とは揶揄や皮肉で付けられたものでは無く、敬意と賛美を以って付けられた通り名である。
今の日輪第八航空戦隊に立花を間諜だの非国民だのと宣う者は殆ど居ない。
その時、大和の直上を大型の戦闘機が何機も通り過ぎる、遠目からでも分かる銀翼の大型双発機は紛れも無くB29撃滅の功労者達、第零航空戦隊こと《零空》の制空戦闘機《剱》であった。
「おお! ついに零空隊がルング基地に配備されるんだな!」
「零空隊……! 零式制空戦闘機・剱……!」
蒼空を飛翔する鋭利な銀翼を立花がその青い瞳を輝かせながら羨望の眼差しで見つめボソリと剱の名を呟いた。
眼下の海原に浮かぶ巨大戦艦の艦上からそんな熱い視線が注がれている事には気付く事も無く、25機の《剱》は自慢の銀翼で蒼空を切り裂きながら次々とルングの滑走路に舞い降りる。
それに続く様に島々の間から見える水平線から大小様々な艦艇が姿を現す、先頭を奔るのは独特の艦容を持つ駆逐艦島風と重巡出雲であった、2艦は威風堂々波頭を掻き分け突き進んで来る。
その背後には、全長300m、全幅52mの巨大な給糧艦間宮と二等輸送艦《篝火》が20隻、艦尾のスロープ形状が特徴的な一等輸送艦《灯火》30隻と兵員輸送艦40隻、給力艦10隻、それ等を護る海防艦30隻の大船団が続く。
鹵獲艦艇14隻を引っ張り本国へ戻っていた出雲と島風が大輸送船団を引き連れて戻って来たのであった。
その様子をルング基地司令部のレンガ造りの建物から眺めている二人の人物の姿がある、ルング基地司令の井上 成将海軍中将と連合艦隊司令長官、山本 五十八海軍大将である。
二人は司令部のテラスに備え付けられたカフェテーブルに座り、双眼鏡片手に剱の着陸の様子や輸送船団の姿を見ながら珈琲を嗜んでいる。
「零空も無事この基地に集結し海軍陸戦隊と陸軍師団を乗せた輸送船団も到着した様です、後はFS作戦の前哨戦、PN作戦を発動させるだけですな」
「そうだね、パヌアツとニューカルドニア攻略はポートモレンビーの防衛網を確立させてから開始したかったけど、あんな兵器を投入されたら急がない訳には行かないからねぇ……」
「戦略爆撃機による高度18000mからの超高高度爆撃とは、正直いくら米国とて斯様に技術を要する兵器を此処まで早期に実用化するとは予想外でした。 さながら前大戦(第一次世界大戦)での飛行船による英国首都大空襲と似ていましたな。 前例の無い攻撃に対抗手段を取れず8ヵ月間もロンドが蹂躙されたあの空襲に……。 若し零空の存在が無ければ我々がそうなっていた可能性が高い、長官の先見の明には恐れ入りますよ」
「いやいや、僕だってまさか米国があんな無茶なやり方をして来るとは思って無かったよ、あれでは現地の人民だけでなく豪州全体の民心が米国から離れてしまいかねない、米国の司令官は何を考えているのだろうねぇ……」
「……我々は勝ち過ぎたのかも知れませんな、たった1隻の戦艦に自慢の機動艦隊が壊滅させられ虎の子の新鋭戦艦も次々と屠られ挙句は信頼していたであろうB17部隊までもが撃滅されては余裕も無くなるでしょう」
「焦燥感から来る暴挙だった、と言う分けだね。 それが凶と出るか吉と出るか、こうした軍の暴挙に米豪の民意が厭戦に傾いてくれれば良いけど逆もまた十分に考えられるからねぇ……。 そうなると非常に拙い、我々が武力で米国に勝つ事は絶対に不可能なのだからね……」
「確かに、第六技研の……いや八刀神財閥の力で我が国の工業力は近年飛躍的に向上してはいるものの、それでも未だ米国との差は10倍以上も有りますから如何したって物量で磨り潰されるでしょうな……」
「うん、だからこそ我々は米国民の民意を厭戦に傾け講和に持ち込むしか無い、その為にはハロイを攻略し米国の喉元に刀を突き付けるしか無いんだよね……」
「その為のFS作戦、それ故のPN作戦ですな……」
「うん、とは言え道のりは果てし無く遠い、厭になるよ全く……」
「そうですな、これから戦いは激化する一方でしょう、なればこそ……」
「うん……」
そう言いながら二人はゆっくりと席から立ち上がり……。
「《まみや》祭りですな!」
「《まみや》祭りだね!」
洋上の《まみや》を熱い眼差しで見つめ引き締まった笑顔でハモリながら言い放つ!
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新設されたルング港湾区に横付けされた給糧艦間宮は舷側昇降機から大量の食料を陸揚げしている。
それと並行して荷捌き場の一角に組み立てられて行く数十件のバラック小屋や屋台には鉄板やコンロに電気釜などの調理器具が備え付けられていく。
そして僅か2時間足らずで荷捌き場に仮説食堂街が完成した。
各バラック小屋には幟が立ち並び《ごはん処》や《洋食屋》に《煌華料理》など様々な店が軒を連ねている。
これこそが食の祭典間宮祭りであった。
間宮は艦内に最新式の冷凍冷蔵庫や生簀に厩舎までを完備し新鮮な魚や牛豚などを保管出来、其れ等を専門で調理出来る厨房と料理人も備えている。
その為、食材の陸揚げ時には屋台を組み立て間宮の料理人達が腕を奮って料理を振る舞う間宮祭りが恒例となっており、前線の士気高揚に一役かっている。
故に間宮が入港すると吸い寄せられる様に人が集まり、将校も下士官も兵卒も、そこには貴賤など無く等しく食を愉しむ事を至上の目的とする祭りが執り行われるのである。
が、流石に肉じゃがを嬉しそうに頬張る連合艦隊司令長官とルング基地司令に対しては皆一歩引いていたが……。
その5日後の1943年6月15日、連合艦隊は一斉に抜錨し一路パヌアツ、ニューカルドニアに向け出撃するのであった。




