第六十四話:超空の要塞
1943年6月7日 午前7時30分 天候快晴
ポートモレンビー大空襲以降、大日輪帝国陸海軍は米豪連合軍のニューギリア島への上陸を警戒していたが空襲から5日経った現在に置いても上陸部隊の影も形も確認出来ていない。
加えて日輪海軍はB29の再襲来を危惧し第三艦隊や第七艦隊などの主力艦隊を珊瑚海西部に展開させ対空警戒を厳としている。
珊瑚海東部には第十三艦隊と第五艦隊が展開しているが、これはパヌアツとニューカルドニアの米軍基地と艦艇の動きを警戒しての事であった。
パヌアツとニューカルドニアの米軍基地はかなり前から厳戒態勢が敷かれ情報統制が掛けられており、詳細な情報は入手出来なかったが飛行場内に巨大爆撃機の存在が未確認ながら報告されていた。
更に南太平洋域に大規模な米艦隊が移動しているとの情報も有りガーナカタル島への再侵攻乃至B29による空襲も危惧されている。
しかし、日輪帝国はB29に対する具体的な対策が全く取れていないのが実情で、緊急会議も行われたが、喧々囂々と全く意見が纏まらず紛糾した。
中には大和と武蔵をブリスベルに突っ込ませ砲撃で飛行場を破壊させるなどや、破號弾で迎撃すれば良いなど状況を把握出来ていない意見や机上の空論的な意見が飛び交っていた……。
つまり現状、真面な対策は殆ど無く僅か25機の秘匿兵器に日輪軍の南太平洋域に置ける全ての命運が掛かっている状況なのであった……。
そして、そんな状況の中、珊瑚海西部の第七艦隊の哨戒機より【ブリスベル北北東 ニ 有力 ナル 大型爆撃機編隊見ユ ソロン方面ヘ進行中】の打電が入り、その後珊瑚海東部の第五艦隊の哨戒機からも【パヌアツ北西ヨリ 超デカブツ編隊北上中】の打電が入る。
日輪海軍は敵の針路から目的地をガーナカタル島ルング基地と断定、是を受け展開中の空母機動部隊とルング基地から迎撃機が出撃しプイン基地の零空隊に対してもB29の迎撃が下令される。
「急げ急げ、直ぐに格納庫の扉を開けろー!!」
「作業班、鉄人起動急がせろ!!」
「整備班、装弾薬班、各種確認急げっ!!」
「早くしろ!! 確認完了済の機体から順次滑走路へ移動させるんだ!!」
プイン基地は騒然となりながらも統率の取れた行動によって着々と発進準備が整えられ、程なくして格納庫から機首が鋭く飛び出た銀色の大型戦闘機がゆっくりと滑走路へと進入して来る。
その機体こそが日輪海軍航空隊の秘匿兵器【零式制空戦闘機・剱】である。
全長21m、全幅15mの双発戦闘機で真上から見た形状は我々の世界のSU-27を彷彿とさせるが機首部分と推進機部分の形状が明確に違っている。
真横から見ると機首先端と機尾が水平に位置し、機首側面は先端から主翼付け根に掛けて刃物の様な鋭利な形状となっており胴体部が翼胴一体式で有る事も相まって翼と胴体の境界が曖昧な形となっている(その形状がまるで両刃の剣の様に見える事から《剱》と名付けられた)
滑らかな胴体から広がるクリップトデルタの主翼の後方には少し後ろに突き出た水平尾翼と2枚の垂直尾翼、そして僅かに四角く丸みを帯びた外殻に護られた2基の推進機が見て取れ、その中間に位置する尻尾はかなり控えめな形状となっている。
そして機体下部の左右には空気取り込み口の様な構造の《機動補助装置》が存在し、それには瑞雲の物よりも小型高性能な指向性噴進機が内蔵されている(但し剱には垂直離着陸能力は無く、短距離離陸能力のみを有する)
その最高速力は実に時速1480kmを誇る、これは燃費度外視の高出力推進機を積んでいるからこそ実現した速度で有るが、それを可能にしたのは搭載されている超小型の蒼燐核動力炉から生み出される無限の動力である。
剱には現状、甲型と乙型の二種類が有り、隊長格の5名が甲型に、その他の隊員が乙型に搭乗している。
甲乙の違いは外殻の防御方式(零式相転移外殻と三式相転移外殻)と動力炉の質の2つであり、乙型の動力炉は複合動力炉と言う質を落とした蒼燐核動力炉と蓄力炉を組み合わせた物となっており甲型の航続距離が速度に関わらず無限で有るのに対し乙型は巡航速度(時速約700km)で無限、最大速力だと4000kmとなっている。
逆に言えば甲乙の違いはそれだけであり、戦闘力的には遜色が無く甲乙付け難い(付けているが……)性能となっている。
また武装も強力で機体上部両肩(肩?)に九九式三十粍強装薬型回転式薬室機関砲を搭載し、更に主翼下に計6本の対空噴進弾(無誘導)を搭載している。
『宮本だ、全機聞こえているな? 漸く待ちに待った零空の初陣だが相手は大空の要塞を超える超空の要塞だ、初陣にして極限の戦いになるだろう! 総員、剱の性能を可能な限り引き出し其の名を蒼空に刻め!!』
無線から響く宮本の力強い言葉に零空隊全員が覇気良く応え、2基の推進機から光を放ち風を切り裂きながら鋭き銀翼が蒼空に飛び立つ。
その雄姿を地上の作業員と整備員達は帽子を手に力いっぱい振りながら見送っている、その熱狂の中に在って堀越だけは浮かない表情で零空隊を見送っていた。
「おや? 最高の性能を誇る最強の戦闘機を見送るには聊か浮かない表情ですな博士?」
周囲と温度差の激しい堀越の様子に隣に立っていたプイン基地司令が怪訝な様子で問いかける、自身の手掛けた破格の性能を有する戦闘機の初陣である、感嘆の思いで見送るのが普通で有る筈が浮かない表情をしているのであるから不審に思われるのは当然であろう。
「……最高最強の戦闘機、ですか……。 確かに性能だけなら間違いなくそうでしょうね……。 何せ蒼燐核動力炉などと言う量産性も費用対効果も考慮しない動力を前提とした設計なのですから強くて当然です……」
「ふむ……? 動力に頼り切る事は技師として不服だと? しかし結果として《剱》と言う至高の機体を生み出した分けですから、それは誇るべきでは有りませんかな?」
「……あれは、航空技師としてとても誇れる代物では有りませんよ……。 空力を力ずくで捻じ曲げた……人間が乗る事を考慮していない設計なのですから……」
そう言うと堀越は蒼空に飛び立つ剱を忌々し気に、だが憂いを帯びた瞳で見据える。
一方その頃、最も敵に近い珊瑚海東部に展開していた第十三艦隊第八航空戦隊の零戦五型20機と瑞雲14機はB29迎撃の為に急上昇中であった。
前回の第三艦隊によるB29迎撃の教訓から増槽部分に50キロ爆弾を抱えての出撃で有るがこれは戦闘限界時間を加味し増槽は必要無しと言う判断と機銃では致命打を与え難かった事から考案された方法で有った、つまりB29を艦船に見立て爆撃を以って撃沈(撃墜)すると言うものである。
この時既に八航戦の高度は14000mに達しており搭乗員の吐く息は白くなっているが機体は更に上昇を続けている。
迎撃するべきB29はパヌアツから飛来したと思われる第一陣の25機だが、その後方にはニューカルドニアから飛来したと思われる第二陣の25機が、更に南西からは豪州本土から飛来したと思われる200機の本隊が接近中となっている。
八航戦への指令は第一陣の可能な限りの漸減で反復攻撃が不可能な場合第二陣への吶喊となっており討ち洩らした敵機は後続のルング基地航空隊とプインからの応援が仕留めると言う算段となっている。
かなり現場任せのアバウトな命令で有るが開戦以来のノウハウが全く役に立たない新たな局面で有るため仕方ないのかも知れない。
『く、くそう……寒みぃな、今機内温度はなん度だぁ?』
『……温度計は見ない方が良いですよ、寒くなるだけですから……』
『わぁってるよ! くそが、もっと暖房の性能上げられなかったのかよ!!』
『瑞雲は気密性も空調性能もまだマシですよ、零戦の人達の方が心配です』
上昇を続ける機体の中で織田が愚痴りそれを上杉が諫める、その上杉の言葉の通り零戦搭乗員の方が負荷が大きい様で、すでに苦悶の表情を浮かべる者も出て来ていた。
『高度18000っ!! 敵機編隊正面に視認っ!!』
『よし、全機速力300ノット(時速555km)に落とし爆弾投下の頃合いに備えっ!!』
部隊内で最も視力の良い立花が報告を上げ、それを受けて連隊長である大鷹隊隊長が編隊の速度を落とさせる、敵機が時速900kmで向かって来ていると仮定した場合、相対速度は時速1800kmにもなる為いくらB29が巨大とは言えその速度で擦れ違い様に爆弾を投下させて命中させる等狙って出来る事では無いからだ。
もっとも、1800キロが1455キロなった所で結果は大して変わらないだろうが少しでも命中率を上げる為の苦肉の策であろう。
結局の所、運任せの出たとこ勝負と言う事になる……。
それでも日輪航空隊には他に選択肢は無い、高速で飛行する航空機に擦れ違いざまに爆弾を投下し当てるなどと言う曲芸飛行に等しい方法しか今の所は手段が無いのだ。
しかし日輪軍にとって幸運で有ったのは、パヌアツから飛来して来た敵機編隊は突出を嫌ってか、その速度は時速400km程度で有った。
日輪軍機と米軍機は相対速度時速955kmで真正面からぶつかる事になる。
『好機は一瞬、一機一殺を以って敵機を撃滅せしめる! 全機吶喊!!』
連隊長が叫ぶのとB29の対空射撃が始まるのはほぼ同時であった、日輪軍機は対空砲火を掻い潜り敵機に肉薄せんとするが、運悪く零戦1機が被弾し翼が砕け錐揉みしながら落ちて行く……。
こちらからはまだ撃てない、至近距離で何度か叩き込まなければ頑強な米爆撃機を墜とせない事をB17で学んでいる、故に無駄弾は使えない。
『ひぃっ! やっぱりこんなの無茶苦茶だぁ!! 飛んでる飛行機相手に正面から突っ込んで爆弾を落とすなんて当たる分けが無いですよ!!』
『なら爆弾の投下も僕がやります、羽柴さんは黙って座ってて下さい』
『ー-ぇ!? あ……』
後部座席で喚く羽柴に立花は感情無く単調に言い放ち両手で握っていた操縦桿から左手を放し横に有ったレバーに左手を掛ける。
至近距離を掠める機銃弾の振動や炸裂弾の衝撃が操縦席に伝わり羽柴の精神力を削り取っていたのだろう。
しかし戦闘機乗りにとって弾幕に突っ込むと言う経験は確かに余り無いだろうが、それは立花も他の機の搭乗員も同様であり、戦闘中に喚いて良い理由にはならない、それを羽柴も自覚したのか恥辱に顔を歪め俯いた。
そんな羽柴を尻目に立花は手足を機敏に動かし機体を制御すると1機のB29の正面に機体を付け肉薄し立花と敵機のパイロットの視線が合う。
刹那、立花がレバーを素早く操作すると懸吊されている50キロ爆弾が機体から離れ、直後B29のコクピットに直撃する。
その爆弾は慣性の法則のままにB29の風防を突き破り、操縦席、隔壁、火器制御室を貫通すると爆弾懸吊柱に当たった所で起爆した。
次の瞬間懸吊柱下に有った爆弾が誘爆したB29は大爆発を起こすと木っ端微塵となって蒼穹に四散する。
後に続く(と言ってもほぼ同時だろうが)日輪軍機も各機の判断で爆弾を投下するが殆どは掠りもせずに空しく落下し、命中したのは4発で有ったが内2発は跳弾し不発となってしまった。
この時、立花以外で敵機に爆弾を命中させたのは4機とも瑞雲で、見事撃墜に至ったのは武蔵隊の朝倉、出雲一号の伊達の放った爆弾であり起爆こそしなかったものの当てる事に成功したのは大和隊の毛利と斎藤であった。
零戦隊は19機全てが外してしまったが、これは練度の差と言うより瑞雲が二人乗りで操縦と爆弾投下の人員が分かれていた事が最大の要因であろう。
立花機は立花一人で全てを熟していたが……。
とまれ、爆弾を投下した機体はそのまま後方の敵機に対し機銃攻撃を敢行するが大した損害は与えられず、日輪編隊は機体を翻し追撃せんとする、しかし敵機はその瞬間を狙っていた。
標的を狙う関係上、敵機の速度に合わせるため日輪軍機と米軍機の相対速度は限りなくゼロに近くなる、即ち互いに良い的になると言う事である。
しかしそうなると火力の差による優劣が顕著に表れて来る事になる、零戦五型に搭載されている武装は30㎜機関砲2門、瑞雲で20㎜機関砲2門である。
対するB29は30㎜バルカン砲20基に75㎜対空砲8門を備える重武装であった。
日輪軍機が機体を翻した瞬間、B29から無数の曳光弾が放たれ一瞬で零戦五型が2機、武蔵隊の瑞雲1機が撃墜される。
『く、くそぉっ!! なんて弾幕だ、近づけん!!』
『す、推進機だ、推進機を狙ー-ぐわぁっ!!!!』
B29の圧倒的な弾幕の前に日輪軍機は攻めあぐね、その間にも次々と仲間が墜とされて行く……。
『とにかく機体を振るんだ、単調な機動を取ると狙い撃ちされるぞ!!』
『わ、分かってるけど……手が悴んでー-ぐがはっ!!?』
『ちぃー-っ!! この寒さではどのみち自滅だ、一か八か吶喊する、我に続けぇー--っ!!』
襲い来る無数の曳光弾に極寒の冷気、機体の内外ともに忍び寄る脅威に連隊長は覚悟を決め咆哮すると速度を上げ敵機に向けて果敢に突っ込み僚機もそれに続く。
そして数機の僚機を失いながらも敵機に肉薄し負けじと曳光弾を推進機に向け撃ち放つ。
『くっそおお、当たっちゃいるが効いている気がしねぇぞ!?』
『くっ! 確かにB17よりも格段に防御力が高い、瑞雲の20㎜機関砲では歯が立ちません!!』
極寒の冷気に耐え迫る曳光弾を躱し肉薄してやっと掴んだ射撃の好機、しかしその苦難の果てに直撃させた機銃弾はB29に大した損害は与えらえれておらず、B17を撃墜した経験の有る織田と上杉が表情を歪めて叫ぶ。
『ならっ! 推進機の噴射口に直接弾丸を叩き込んでやればっ!!』
『よせっ!! 蒼燐推進機の噴射は強力な【乱流力場】を発生させると習っただろう! あんな大型機の力場に巻き込まれれば即失速して墜落するぞ!!』
『そうよ、それに乱流力場の影響でよほど至近距離か強力な砲撃で無いと銃弾も砲弾も噴射口には届かないわよ!!』
『そ、そうでした、すみません……』
血気に逸り無謀な行動を取ろうとした徳川を毛利が慌てて止め斎藤からも咎められた徳川は意気消沈する。
超高速で噴射される蒼燐粒子から発生する【乱流力場】は科学的にも空力的にも解明されていない未知の現象であるが、力場の影響を受けるとまるで水中に在るかの様な現象に見舞われると言う事だけは分かっており、その影響下に身を晒す事は空中に置いては自殺行為とされている。
『けどよぉ、30㎜機関砲を持ってる零戦(五型)でさえ苦戦してるんだぜ? 俺達の機体だとそんくれぇはしねぇとあの超デカブツは墜とせねぇんじゃないか?』
『あの……? 同じ個所に寸分違わず弾丸を撃ち込み続ければ意外とー-』
『ー-それが出来るのはお前くらいだよっ!!』
『ー-それが出来るのは貴方くらいよっ!!』
『……ご、ごめんなさい』
織田の言葉に立花が意見具申するが織田と斎藤の二人から切れ気味に否定され意気消沈する……。
因みに皆の声は寒さで若干震え気味である……。
その時立花機の羽柴が(やる事が無く暇で有った為)後方を見て目を見開き青ざめる。
『こ、後方よりもう一群の超デカブツ接近中ぅー---っ!!!』
『 『 『 『 『 『ー-っ!!?』 』 』 』 』 』
その報告に全員が震撼する、この時八航戦は既に零戦、瑞雲共に12機にまで数を減らしており、瑞雲の火力はB29に通じない事が判明したばかりである。
更に味方と合流を果たした敵機は徐々に加速して行き日輪軍機は更に動きに制限を受ける事になってしまった。
高度18000mの空に在り極寒の寒さと超空の要塞の理不尽な性能に対し八航戦の隊員達は心身共に限界を迎えつつ有った。
~~登場兵器解説~~
◆ゴーイングB29-Mk・Ⅰ《スーパーフォートレス》
全長:76m 全幅:82m
最大速度:980㌔
加速性能:35秒(0キロ~最大速到達時間)
防御性能:A
搭乗員:42名
武装:30㎜バルカン砲×20門 / 75㎜対空砲×8門
搭載能力:42600kg
動力:BAH-TF29-P3フォトンエンジン
推進機:6発・BAH-TF29-P3フォトンスラスター
航続距離:14000km
特性:高高度与圧空調システム / 火器遠隔制御装置
概要:コメリア合衆国ゴーイング社が開発した超大型超高高度戦略爆撃機、推進機や爆弾格納庫など主要部分を装甲版で覆う強固な防御力に長大な航続力と高速性を併せ持ち、42tもの爆弾搭載量を誇る。
更に対空兵装として30㎜バルカン砲を20門、75㎜対空砲を8門搭載し、それらの武装は全て火器制御室から遠隔操作によって運用される。
これは気密性を確保出来ない機銃座に人員を配置する場合、高高度戦闘時には与圧服を着用せねばならず即応性に問題が生じる為、それに対する措置として採用された最新技術である。
この様にゴーイングB29・スーパーフォートレスは超大国コメリアの技術力と工業力の粋を結集して作られているのである。