第六十三話:荒野の巨鳥と密林の銀翼
1943年6月2日 午後1時30分
この日、豪州本土より飛来した200機の超重爆撃機によってポートモレンビーが壊滅した。
コメリア空軍所属の超大型高高度戦略爆撃機《ゴーイングB29・スーパーフォートレス》による高度18000メートルからの絨毯爆撃によるものであった。
これにより復旧作業中で有ったジャクセン飛行場や基地施設が壊滅的な打撃を受け、市街地も広範囲に渡り深刻な被害を被った、コメリア軍としては市街地を攻撃する意図は無かったが18000mもの高高度から投下された爆弾は風に流され意図せぬ場所を爆撃してしまったのである。
無論そうなる事をコメリア軍は事前に予測し且つ確信していた事では有るのだが……。
この超高高度爆撃に対し日輪軍は無力で有った、高度18000mから時速約900kmで飛来する航空機を迎撃するには零戦や一式戦(隼)では性能不足であったのだ。
この惨状に対してポートモレンビー沖南東200km海域に展開していた日輪第三艦隊司令小沢提督は憤慨していた、敵機の来襲を察知していたにも関わらず大した反撃も出来ず護るべき拠点を爆撃されたのであるから当然であった。
無論第三艦隊も必死の抵抗はしていた、零戦搭乗員に可能な限りの厚着をさせ出撃させた、しかし外気温が−80℃近くにもなる(機内温度は−50℃程だろうが)高度18000mでは大した役には立たず、震える手では照準を定めるにも苦労し、命中したとしても機銃ではB17以上の重厚な防御力を有するB29に致命打を与え難く対空砲火に晒され撃墜される者が相次いだ。
そして一度引き離されれば零戦五型ですら追撃が困難となり速力で劣る零戦ニ型や三型では追い縋る事すら出来ず、搭乗員が凍えて動けなくなる前に高度を下げるしか無く撃墜どころか殆ど損害を与える事すら適わなかったのである。
この世界の戦闘機は推進力がロケット推進であるため搭乗員の存在を無視すれば宇宙(高度100km以上)でも飛行する事が可能で有り、機体は『ジュラニウム』と言うエルディウム合金にアルミニウムの特性を持たせた頑強な素材で作られているため超高高度でも気圧を保つ事が容易に可能で有るが、推進力が燃焼を伴わないもので有るが故に機内温度の調節は搭載されている空調装置の能力に依存し、その性能はその機体の戦闘高度に順じたものとなっている。
零戦や一式戦の戦闘高度は10000メートル以下とされており、18000メートルの高度で戦う事は全く考慮されていない。
そのため速力的に敵機への攻撃機会が迎え撃つ時の最初の一撃程度しか無い上にその貴重な攻撃機会を極寒の寒さによって失してしまう者が多かった事が今回の敗因であり、日輪軍機の高高度制空性能の低さが露呈してしまった。
◇ ◇ ◇
「《ハハハハハハハッ!! 素晴らしい!! 実に素晴らしい華々しい戦果だ!! この先超空の要塞が更なる量産の暁には黄色い猿など正しく地を這い逃げ惑うだけの獣に過ぎない!! 我々の圧倒的で一方的な勝利だよ!! ハハハハハハハッ!!》」
マッカーサー空軍基地の管制塔の展望デッキから視認出来る200機の巨鳥の群れを両手を広げ狂喜乱舞しながら出迎えているのは他でも無く基地名に自身の名を冠した張本人、コメリア合衆国陸軍南太平洋域総司令官ドナルド・マッカーサー元帥その人である。
その後方に控えるコメリア合衆国空軍南方司令官ショーン・ケニー空軍大将はマッカーサーとは対照的に浮かない表情をしている。
「《どうしたのだねケニー司令? 英雄達の凱旋をそんな陰鬱な顔で出迎える気かね?》」
「《英雄……。 今回の爆撃で巻き添えを受けた者達もそう思ってくれるでしょうか? 友邦の街を同胞諸共吹き飛ばした私達を……》」
「《……はぁ。 何を偽善者の様な事を言っているのだね……。 我々は戦争をしているのだよ、戦争を。 そして戦争において人の命は数字でしかないのだ、この作戦で数千の同胞と友邦が命を落としたのだとしても、その後の日輪軍の侵攻を考慮すれば救われた命は数十万はくだらないだろう。 つまり我々は数千の同胞を殺したのでは無い、救ったのだ! ……数十万の同胞の命と友邦の主権を、ね。 私は何か間違った事を言っているかね?》」
「《……。 いいえ、閣下の仰る通りでございます、私の考えが浅はかでした申し訳ございません……》」
先程の上機嫌から一転、不機嫌そうな表情で威圧感を増したマッカーサーを前にケニーは俯き押し黙りやがて前言を撤回し謝罪する、到底納得はしていない表情のままでは有るのだがマッカーサーの意に逆らえない彼にとってそれは至極当然の選択であった……。
「《大変結構、では我らが英雄達を笑顔で出迎えようじゃないか!》」
ケニーの言葉に満足したマッカーサーは口角を上げシニカルな笑みを浮かべる、その背後からポートモレンビーを壊滅させた巨鳥達が次々と滑走路へと舞い降りて来る。
全長76m、全幅82m、主翼に6発の推進機を抱え最大速力は時速980kmを叩き出し航続距離は巡航速度(時速500km)で14000kmにも及ぶ、その巨躯に抱え込む積載重量は実に42600kgを誇りそれは大空の要塞と謳われたB17の3倍以上となっている。
その巨体と質量をエルディウム鋼板で舗装された滑走路に叩き付け次々と舞い降りて来る巨大爆撃機達、その総数200機は一機の脱落も無く帰還を果たし基地で戦果を待っていた者達から賞賛と喝采で出迎えられている。
B29搭乗員が降りて来るやタラップの周囲には瞬く間に人だかりが出来る、同僚や友に出迎えられる者、恋人の抱擁を受ける者など様々であった。
そんな中、一機のB29から上級将校の軍服を纏った軍人がタラップを降りて来るとそれをマッカーサー元帥とケニー司令が出迎える。
「《良く戻って来た、素晴らしいお手柄だよルメイ司令!》」
「《有難うございます閣下、しかしまだアンダーソンでの汚名が雪がれた分けではありません、出来るなら今すぐにでもアンダーソンへ飛び立ちたい気持ちですよ》」
「《ハハハッ! その気概は買うが整備と弾薬の積み込みで5日は要するらしい、それまではゆっくり休んでくれたまえ、英雄には英気を養う休養も必要だからね》」
「《……分かりました、逸る気持ちは有りますが致し方ありませんな……。 5日後、私がコイツで飛び立つその時がアンダーソンに巣食う猿共の最後となるでしょう》」
そう言うとルメイは自身の搭乗機で在るB29《エノラ・ゲイ号》を誇らしげに見つめながら歪んだ笑みを浮かべる……。
◇ ◇ ◇
「ー-以上が速報による被害状況の報告となります」
「ふむ……復旧中であった飛行場や基地施設は大破、駐留部隊も機甲師団を含めて3割もの損失を出し現地人や入植豪州人にも多大な被害が出ている様だね……」
「はい、まさかコメリアがここまで形振り構わない手段に出て来るとは予想外でありました……」
ポートモレンビーから南方150kmに展開する日輪第七艦隊、その旗艦である戦艦紀伊の司令席で通信手からの報告と電文を受け取った山本 五十八が溜息交じりに険しい表情となる、その隣に立っていた参謀の一人、黒島 亀竜海軍少将も同じく険しい表情で言葉を発する。
「ポートモレンビーを我々が要塞化すれば豪州本土攻略の強力な布石になるから彼等としては何としても阻止したかったのだろうけど、人道に悖る強引過ぎるやり方だね。 ……けれど合理性で言えば非常に効果的で厄介な攻撃だよ、戦術的にも戦略的にもね……」
「確かに、20000m近い超空からの大部隊による一斉爆撃など今後の防空基本原則が根底から覆されますからな……」
「ああ、頭の痛い問題だよ、こういう時の為に例の部隊にプインへの移動を命じていたんだけど……。 間に合わなかったねぇ……」
「例の部隊……? ああ、《零空》ですか……。 確かにあの部隊がポートモレンビー防空戦に参戦出来ていれば結果は違っていたでしょうが……なにぶん数が……」
「うん、あれは費用度外視な上に夢島でしか生産出来無いからどうしても量産は難しいよねぇ、だから量産可能な高高度迎撃機の開発が急務なんだけど……」
「それについては我が海軍航空廠が期待出来る試作機を開発中です、遅くとも年内には量産が開始されるかと……」
「年内、か……。 それまでは彼の創り出したあの機体に頼る他無いのだね……」
「……残念ながらその通りです」
「……結局、僕は彼の創った兵器に助けられてばかりなのだねぇ……。 本当に、厭になるよ……」
そう言うと山本は天井を仰ぎ深い溜息をつくのであった……。
◇ ◇ ◇
フーゲンピル島・プイン航空基地 時刻20時35分 天候曇り
月明り一つ差さない漆黒の密林の中に存在する2000m級滑走路と隠蔽擬装された格納庫群に簡易管制塔を持つ軍事施設、それが日輪軍の航空基地プインである。
露天駐機を含めれば120機程の運用が出来る中規模の基地で有るがポートモレンビーに戦力を抽出されたため現在常駐している戦力は戦闘機10機と攻撃機20機程度で有った。
だが、500人はくだらない基地作業員達は忙しなく動き回っており管制塔では海軍士官の軍服を着た軍人を含め明らかに多くの人員が集まり皆一様に深刻な表情をしている。
そこに上級士官の軍服を着た軍人も護衛2名を引き連れて入って来る、管制塔と言っても矢倉に近い物である為かなりの密になっており皆汗だくである。
「どうだ、佐々木隊からの通信は無いか?」
「……大佐殿、はい、可能な限りの周波数を開放して呼び掛けていますが未だに……」
海軍大佐の階級章を付けた上級士官が入口の当たりから声を掛けると大尉とみられる士官の男性が身を捩り何とか敬礼し現状を報告する。
「そうか……。 トーラクからほぼ同時に出立した他の隊が定刻通りに到着している事を考えると佐々木隊は……」
「……普通の機体であれば動力切れで墜落していると考えられますがあの機体ならまだ可能性は有ります、このままもう暫くー-」
「ー-大尉殿! 通信機に感ありです!」
「なにっ!?」
諦めた様な表情で俯く海軍大佐に対し大尉の男性が食い下がろうとした時通信手が叫び、その場の皆が通信機に向けて身を乗り出す。
『ザザ……ちら…第……航空……さき……ザザ……プイ……ザザ……上空……とう……ザザ……かっそ……ザザ……誘導……とむ……』
「こちらはプイン航空管制! 通信状態が悪い、周波数50.112.1689でもう一度頼む!」
・
『ザザ……こちら第零航空戦隊佐々木隊、プイン上空に到達するも滑走路が視認不能、灯火誘導を求む!』
その通信機からの声に管制室内は歓声と歓喜に包まれる、通信席に座っている通信手は頭に腕を置かれたり潰されそうになっているがそれでも笑顔で有った。
すぐさま航空管制より基地全体に『着陸備え!』の放送が入ると滑走路周辺からも歓声が上がり作業員達が機敏な動作で配置に付いて行く。
そして基地司令と思しき海軍大佐より「航空灯火点灯!」の号令が発せられると滑走路端に設置されている誘導灯に光が灯り、漆黒のシャングルに滑走路の縁が浮かび上がる。
すると基地作業員の耳に戦闘機の推進音が聴こえ、それは段々と近づいてくるのが分かった、無論月明り一つない暗闇の空にその姿を確認する事は出来ないが。
やがて滑走路に一機の航空機が舞い降りる様に着陸して来る、敢えて光量を抑えている誘導灯の明かりではその正確な姿を浮き上がらせる事は適わないが、零戦よりも一回り二回り大きい双発機で有る事が窺えた。
だがその姿を正確に観察する事は適わず、着陸するやすぐさま鉄人によって格納庫内に牽引されていった。
その後も更に同様の航空機が次々と着陸し、総勢5機の大型戦闘機と思しき機体が格納内に牽引されて行く。
「小太郎、無事だったか! 心配したぞ!!」
「おお、武人か、それに皆も……。 いやはや面目ない……」
愛機を鉄人の作業員に任せた佐々木隊の面々が格納庫から出た所で4人の男女が駆け寄って来る、その中の体格の良い青年に呼び止められた。
体格の良い青年は宮本隊隊長にして彼等の所属する秘匿部隊《第零航空戦隊》通称《零空》の連隊長でも有る《宮本 武人》海軍大尉である。
そして遅れて合流した部隊の隊長である中性的な顔立ちの美青年、《佐々木 小太郎》海軍少尉は階級こそ違えど宮本とは互いに好敵手で有り竹馬の友と認め合う親友同士で有った。
「全く……。 最後尾に居た筈のお前の隊が何時の間にか見えなくなった時は肝を冷やしたぞ……」
腕を組み憮然とした態度で佐々木を睨む強面の青年は柳生隊隊長《柳生 申兵衛》海軍中尉である。
「本当ですよ、日が落ちる中探しに行くって飛び出そうとした連隊長を止めるの大変だったんですよ!」
ぷりぷりと頬を膨らませているのは中沢隊隊長で紅一点《中沢 琴音》海軍少尉である。
「まぁまぁ、全員無事だったんだから良いじゃないか、佐々木達も腹が減っているだろうし飯にしよう、そうしよう!」
そう言う人当たりの良さそうな優男は千葉隊隊長の《千葉 周吉》海軍中尉である。
《第零航空戦隊》通称《零空》はこの5名の隊長に各4名の隊員が付く5機編成5隊で構成される秘匿部隊である。
彼等の搭乗する機体は費用対効果度外視の超高性能機で有るが故に米国の技術力を刺激する恐れが有った為、連合艦隊司令長官である山本の判断により実践投入が見送られていた機体で有るが、ある程度のコストダウンに成功しある程度の数を揃えられる算段が付いたため、適性の有る若者を集め秘匿部隊として編成されたのであった。
「そんなこと言って、本当は千葉さんがお腹減っているだけでしょう?」
「アハハ、バレたか!」
「ハハハ! 皆、佐々木達が心配で食うも食わずに待っていたのだ、皆に元気な顔を見せて一緒に飯を食おう! 腹が減っては戦は出来んからな!!」
バツが悪そうにしている佐々木の肩に宮本が力強く腕を掛け快活に笑う、そうして彼らは和気あいあいと仲間の待つバラック小屋へと歩いて行った。
・
「……これが我が海軍の最新鋭機か、鋭さと滑らかさを持つ先進的な形状がたまらんなぁ……」
「けど、到着してから誰も整備してないけど良いのか?」
零空隊の機体が格納されている格納庫内では鉄人から降りた作業員達が最新鋭の銀翼に見惚れていたが、その周囲には歩哨こそ立っているものの整備員の姿は無かった。
「ああ、何でもこの機体は構造が複雑らしくてな、弾薬補充以外の整備は八刀神重工の整備士が行うらしい」
「ほぉ……さすが秘匿部隊の機体だな。 そういやさ、コイツの名前って何なんだろな? ゼロ戦とは違うみたいだしさ」
「その機体は零式制空戦闘機《剱》ですよ、これは6機しか存在しない甲型の一翼ですね》」
「 「ーーっ!?」 」
不意に背後から声があがり二人の作業員が驚いて振り向くと麻色の背広に中折れ帽を被った丸い眼鏡の男性が立っていた。
「だ、誰だアンタ!? ここは軍関係者以外立ち入り禁止ーー」
「ーーま、待て!! この方は……! し、失礼致しました堀越博士!!」
作業員の一人は昨日の輸送機で着任した男性の正体を知っていた為、男性を咎めようとした相棒を慌てて止める。
「ー-ほ、ほり……っ!? ま、まさか、ゼロ戦を設計した、あの堀越 聡次郎博士!?」
「はは……その堀越です」
「し、失礼致しましたぁっ!!」
帽子を取り紳士的に会釈をする男性に対し相棒の作業員も帽子を捥ぎ取り青くなりながら直立不動の敬礼をする。
「いえいえ、お気になさらずに、それに私は軍人では有りませんので敬礼は不要ですよ」
「いえっ! そう言う分けには……。 しかし……この機体は八刀神重工が開発した機体であった筈ですが、四菱重工の技師である博士がなぜこの基地に……?」
作業員は言葉と表情に気を遣いながらも僅かに懐疑的な視線を堀越に向ける、この基地には四菱重工製の零戦も配備されているが、堀越ほどの技師が最前線に近い軍事基地に派遣されて来る理由にはならない、不審な点が有れば上官でも疑って掛かれと教わった作業員達が怪しむのは当然であった。
「確かに四菱重工の人間である私が此処に居るのはおかしな話なんですが、この機体は艦政本部(第六技研)の要請で私が手掛けた物なのですよ。 それで軍令部経由で整備指導と実戦情報の管理を任されましてね……」
そう言いながら堀越は苦笑しつつ軍令部総長の押印のされた指令書を懐から取り出す。
「な、なるほど……そういう事でしたか、ご苦労様です……」
「いえいえ、漸く日の目を見れる我が子の門出ですから苦では有りませんよ……。 (本当は、景光の功績を少しでも薄めようと言う山本長官の思惑に巻き込まれてるだけなんだけどね……。 それに僕にとっての最高傑作は創意工夫を極め苦心の末に生み出したゼロ戦だ……。 速力も運動性も防御力すらも蒼燐核動力炉に依存しているこいつじゃない……断じてね……)」
堀越はどす黒い内心を隠す様に目を細めるが、作業員達にはそれが剱を慈しむ表情に見えた様で堀越への警戒心は消えている様で有った。
「(とは言え、剱の性能がゼロ戦を遥かに凌駕しているのも事実、ゼロ戦が鋼を薄く研ぎ澄ました刀なら剱は神白銀で創られた神剣、技巧も工夫も無く単純な素材強度で鋼の刀を粉砕する純粋な暴力だね……)」
「……堀越博士?」
「っ! ああ、すみません……。 この剱がグラウマンの戦闘機やゴーイングの爆撃機を一刀両断する姿を想像していました」
「確かに! 体当たりしたら本当に叩き切れそうな形状をしていますからね!」
「……いや、博士はそういう意味で言ったんじゃ無いと思うぞ」
「あはは! ……おっと、明日の早朝には剱の専任整備士が到着する筈ですのでそろそろ寝ておかないと、では本日はこれで失礼致します」
そう言って堀越は丁寧に会釈をすると作業員達の見送りを受け格納庫を後にする、密林に潜む銀翼と荒野で翼を休める巨鳥、この二つの翼が蒼穹で激突する日はそう遠くは無いのであった。