第六十ニ話:蒼空の死神
レイネル島南80km海域、そこでは日輪第十三艦隊水雷戦隊と機動部隊が哨戒任務に従事しており、第四戦隊軽空母大鷹と雲鷹を中心に第二戦隊九頭竜隊:軽巡九頭龍、駆逐艦妙風、清風、叢風、里風と第三戦隊米代隊:軽巡米代、駆逐艦山霧、海霧、谷霧、江霧が輪陣形で展開し対潜対空警戒を行っている。
二日前、ポートモレンビー航空隊編成の為に八航戦からも多数の艦載機が抽出されてしまい現在|大鷹と雲鷹に搭載されている航空機は大和、武蔵、出雲の瑞雲14機と零戦五型が20機となっており、哨戒任務に置いては二人乗りの瑞雲が多用されている状態となっている。
この時も武蔵航空隊と交代する形で大和航空隊が発艦したばかりで有り、毛利・織田機が南方へ、上杉・斎藤機が東方へ、飛び立って行った。
空母大鷹の飛行甲板では立花機と徳川機が西方の哨戒に出る為にカタパルトに設置され今まさに飛び立たんとしていたがそこに大鷹航空管制から緊急無線が入る。
『航空管制から緊急伝達、ルング基地から南西へ向けて敵機と思しき未確認機が逃亡中との連絡が入った、立花、徳川両機は直ちに迎撃に向かわれたし!』
『ルング基地から……? 5番機立花、未確認機の迎撃任務了解、発艦します!』
『やっと、お役に立てる……! 6番機徳川も迎撃任務了解! 出撃しますっ!!』
立花は未確認機がルング基地から逃亡と言う事に疑問を覚えた、現在のルング基地の対空警戒網は鳥一匹通さないほど厳重になっているからだ。
だが、今そんな事を考えても仕方ないと思い直した立花は甲板作業員に合図を出し、一気に蒼空へと上がって行った。
その後を意気込み荒く徳川が追う、補充要員として八航戦大和隊に配属となった徳川だが、出撃後すぐに被弾し帰還したり、エレベーター上で爆風を受け損傷し飛び立つ事すら出来無いなどイマイチ活躍が出来ておらず、その事を責任感が強い徳川は思い悩んでいる。
『……ん? この音……こっちか!』
『どうしたんですか立花准尉、音なんて何もぉおおおおおおーーーー!!!?』
『えっ!? じ、准尉!?』
突如立花は何かを感じた様に反応し瞬時に機体を翻す、それに巻き込まれた副操縦士の羽柴は何処から出ているのか分からない叫び声を上げる。
いきなり方向転換をした立花機に置いてけぼりを食らった徳川は一瞬唖然としたが即座に気を取り直し後を追う。
立花は機体を最大速力(950km)で飛ばしまるで見えているかのように前方を睨み付けている。
『ーー!? いた! 前方に未確認機……いや、敵機発見! これより攻撃に移る、徳川さんは母艦に座標を知らせて下さい!』
『わ、分かりました……!』
立花は前方から高速で移動して来る白い機影を発見すると徳川機に指示を出し、かなり離れた距離から白い機体に向け射撃する。
立花は仕留めたと思ったが白い機体は既の所で機体を捻り直撃を避け、機体下部の増槽の様な物が爆散するものの深刻な損害を与えられておらず白い機体は体勢を立て直そうとしている。
『ー-っ! 今のを避けた?』
◇ ◇ ◇
『《うぅっ……! あの距離と速度で当てて来るなんて……あんなの私じゃ勝てない、逃げないと……!》』
アルティーナは超遠距離射撃を的確に当てて来た立花蒼士の技量を見て怖気付いていた、機体性能ではXFAF-01の方が圧倒的に上なのだが搭乗員の能力差が圧倒的に劣っていると瞬時に理解したのである。
とは言え、航空機とは無縁の生活をしていたにも関わらずこの短期間でXFAF-01を乗りこなすアルティーナもまた一種の天才では有るのだが……。
『《光学迷彩装置起動!》』
アルティーナは迷う事無く逃亡を選択する、光学迷彩を以ってすれば日輪軍機を撃墜する事も不可能では無い筈だがアルティーナは逃亡を選択した、それは敵の能力に怖気付いたのもあるが、今だ彼女は人を殺す覚悟が出来ていなかった、そして課せられた任務の特性上この選択が許される事も逃亡と言う行動を後押しした。
光学迷彩装置が起動したXFAF-01は日輪軍機の目の前で空に溶け込みその姿を立花達の眼前から消し去る。
『ー-なっ!?』
『え、えぇえええええええええっ!?』
目の前で忽然と姿を消した敵機に立花は絶句し羽柴は間の抜けた叫び声を上げる。
『た、立花准尉、こちらからは敵機が突然消えた様に見えました! ど、どういう事でしょうっ!!?』
少し遅れて立花機の右斜め後方から接近していた徳川機からも敵機が忽然と消えた様子は見えており分かり易くパニックに陥っている。
『消えた……? いや、そこだっ!!』
立花も一瞬焦りの表情を見せたが直様何かを感じ取った様に表情を引き締め蒼空ヘ向け機関砲を射撃する。
『た、立花准尉何をー-』
突如何もない場所を射撃する立花の行動に羽柴が驚きの声を上げるが次の瞬間、何も無い筈の空間から白い煙が噴き出し蒼い火花と共に点滅しながらXFAF-01の白い機体が蒼空に現れる。
『《きゃぅっ!? な、何で……!? どうして私の居場所が分かったの……っ!?》』
見えない筈の自分の機体が正確に撃ち貫かれアルティーナはパニックになる、確かに光学迷彩装置はハウンド・ドッグ隊のライルが発見した様に揺らぎが出る事も有るが、それは効果が切れかかっている時に発生するものであり起動したばかりの光学迷彩装置は安定しており揺らぎは起こっていなかった。
つまり物理的にXFAF-01の姿は安定して隠蔽されており見えている筈は無い、にも拘わらず日輪軍機は正確にXFAF-01の機体を撃ち抜いて来たのである、アルティーナが恐怖に慄きパニックになるのも当然であった。
『《……胴体左上部に被弾、機体安定に支障あり! フォトンラインも損傷、T・C・S停止!? ……ど、どうしようっ!?》』
アルティーナは自身を落ち着かせる為(と任務の為)に置かれた状況を声に出して発する、が、それが絶望的な状況を改めて認識する事になり余計にパニックに陥ってしまった……。
フォトンラインとはXFAF-01の白い機体に浮かぶ蒼い六角形の模様の事で有るが、これは只の塗装では無くT・C・Sのステレス能力と光学迷彩を起動させるエネルギーラインであり、その一部でも破損すると機能しなくなる極めて繊細な物であった。
『す、姿さえ見えれば自分だってぇっ!!』
『《ー-っ!? う……くぅっ!!》』
想定外の事態と損害を受けパニックになっているXFAF-01に向け徳川機が猛然と突っ込みながら機銃を乱射する、が、アルティーナは急激なGに耐えながら機体を捻りギリギリでそれを躱す。
この時徳川機は勢い余って立花機の進路上に飛び出してしまい、XFAF-01に止めを刺そうとした立花の邪魔をしてしまう。
『す、すみません立花准尉!!』
『大丈夫です、徳川さんはこのまま右側から攻めて下さい!』
立花は足手まといとなった徳川に冷静に対処し左右から攻撃を仕掛けるよう指示をし、再度自機の照準にXFAF-01を捉える。
『これでー-!』
今度こそXFAF-01に止めを刺さんとトリガーに指を掛ける立花であったが刹那悪寒を感じ急激に機体を捻る。
『ふぎょらぁっ!!?』
後部座席から羽柴の間抜けな悲鳴が聞こえるのと、立花機が元居た場所に曳光弾の軌跡が走るのはほぼ同時であった。
『《大丈夫メルティっ!?》』
『《ー-っ! メリーっ!!》』
『《うちの姫さんをイジメてくれたようだなジャップ、倍返しにしてやるぜ!!》』
『くそ、増援かっ!!』
『ふぎゅ! ちょ……立花……准……っ!?』
突如飛来した4機のF4UはXFAF-01を護る様に割って入り命中させる事より追い払う事を目的とした機銃掃射を行う。
それに対し立花機は鋭利な機動で攻撃を躱し、徳川機も不器用ながら攻撃から逃れる。
『《おらチビスケ! ここは俺達が防いでやるからお前はとっとと母艦に戻りな!》』
『《ありがとうジェリガンさん! でも気を付けて、敵のパイロット凄く正確な射撃をする上に光学迷彩も見抜いたの!》』
『 『 『 『《ー-っ!?》』 』 』 』
『《……ほう、ジャップにも感が良いのがいるんだな!》』
『《まさか……いや、そんな芸当が出来るのは奴しかいねぇ、今度こそ墜としてやるよっ!!》』
『《どんな奴だってアルティをイジメる奴は許さないかんねっ!!》』
『《……ああ、撃墜する》』
アルティーナからの情報にPG隊の面々は一瞬驚愕するが直ぐに表情を引き締め目の前の日輪軍機を睨み付けるとXFAF-01に近寄らせないよう牽制射撃を交え展開する。
『《ここは俺とジェリー(ジェリガン)で抑える、メリーとディハはアルティを母艦まで護衛しろ!》』
『《了解任せて!》』
『《了解した》』
マーベリックの指示でメリエール機とディハイル機に護られたアルティーナは損傷した機体を庇いながら空域から離脱して行く、立花はそれを忌々し気に睨み付けるが追撃は不可能と判断し目の前のF4Uに照準を定めた。
『た、立花准尉、迎撃目標は逃しましたし性能は敵機の方が上です、逃げ……転身した方が良いのでは!?』
『……正直そうしたいですが、僕だけなら逃げ切る自信が有りますが徳川さんは厳しいでしょう、ならここで迎え撃つ他有りません』
『そー-っ!? ……り、了解です』
上ずった声で弱気な発言をする羽柴に立花は冷静な言葉を浴びせる、逃げる選択をすれば徳川機を見捨てる事になる、と暗に言われればさしもの羽柴も覚悟を決める他無かった。
『《今度こそ、今度こそ墜としてやるぜフォルスブラッゲル……いや、【死神】ぁあああっ!!》』
ジェリガンが怨嗟の籠った眼で日輪軍機を睨み付けながら叫んだ死神とはマーベリックが立花蒼士に付けた識別名称である、【クリスの仇】や【フォルスブラッゲル】では言い難いためマーベリックが考案したものだ。
空戦機動から宿敵で有ると確信したジェリガンは猛然と立花機の左後方上空から襲い掛かるがその攻撃はアッサリと躱され逆に自分が立花機の照準に捉われる。
そこにマーベリックの援護射撃が入りジェリガンは危機を脱するが、立花機とマーベリックの空戦が始まってしまい弾き出される形となってしまった。
何としても自分の手で立花機を墜としたいジェリガンは何とか攻撃に加わろうとするが立花機とマーベリックの鋭利な空戦機動に入り込む余地を見出せず焦燥感を募らせていた所を後方から徳川機に攻撃され左主翼を損傷する。
『ー-っ!? やった!? 当たった!!』
『《ぐぅっ!? この……っ! 雑魚がぁっ!! そんなに死にたきゃ先に叩き墜としてやるよぉおおっ!!》』
激昂したジェリガンは加速しつつ可変翼を広げると急激なGに耐えながら機体を反転させ一瞬で徳川機の後方に張り付く。
『き、消えた!?』
『いえ! 後方です!!』
『ー-っ!?』
射撃精度を上げる為に一点集中していた徳川はジェリガンを見失うが敵機の動向を注視していた副操縦士の本田は見失う事無く其の動きを確認し即座に状況報告をする、然し其れは同時に絶望的な状況で有る事を意味していた。
『き、緊急回避っ!!』
『了解!!』
焦った徳川は機体を傾け後部座席の本田一飛曹に叫ぶ、それに本田は即座に反応し下部噴機を噴射させ機体の機動を力技で変更させる。
しかし最高速度からの急激な進路変更で徳川と本田の身体に急激な加重が掛かり意識が遠のいて行く、二人は歯を食いしばり何とか意識を保つがGに耐えながら後ろを確認した本田は目を見開きながら叫んだ。
『こ、後方に尚も敵機ぃいっ!!』
『ー-っ!? 今の機動で振り切れない何て……っ!!』
『《へっ! そんな動き死神に比べりゃ児戯なんだよ! 墜ちろっ!!》』
ジェリガンは歯を剥き出しに口角を上げながら徳川機に向け射撃する、が、徳川機は増槽を投棄し着弾寸前でその身を捩り辛うじて回避に成功する。
『《くそっ!! いっちょ前に避けてんじゃねーぞクソ雑魚がぁああっ!!》』
立花をマーベリックに取られ仕方なく狙った徳川にも躱されたジェリガンの苛立ちは更に跳ね上がり激昂する。
『ー-っ! 徳川さんっ!?』
『《おっとぉ? この俺を前によそ見している余裕が有るのか死神?》』
『ー-っ! くそっ!』
ジェリガンに狙われ窮地に立たされている徳川を気に掛ける立花であったが援護をする余裕は無かった、相対する米戦闘機が非常に厄介な相手で有ったからだ。
仇敵である灰色の機体と同等かそれ以上の技量を持ち、何より彼の使う空戦機動が厄介に感じた、何故ならば……。
『くそ、こいつの機動ー-』
『《ー-似てるなぁ……》』
『父親に!』
『《教官に!》』
立花は母と姉そして自分を捨てた父親が、マーベリックはいけ好かない兵学校時代の教官が其々脳裏に浮かび互いに不快に表情を歪ませる。
二人が感じた様に彼等の使う空戦機動は非常に似ていた、インメルマンの空戦技術を基礎にしつつも独自の機動を取り入れ使用する者を限定する特異な点を含めて……。
そのためマーベリックからしても立花は非常に戦いにくい相手で有った、互いに似ているのであるから当然であるが駆け引きや弱点と言った部分を全て曝け出して戦っているのと同じなのである。
加えてマーベリックはF4Uに習熟しているとは言えなかった、それゆえ瑞雲を手足の如く操る立花を捉え切る事が出来ずにいた。
然し其れは圧倒的な機体性能差に押される立花も同様で有り、互いに決定打を欠いた攻防を続けているのである。
追われる立花が機首を上に向け推進力を落とし下降しながら追い越す敵を撃つ機動(最初にXF6Fを撃墜した空戦機動)を展開すればマーベリックも急上昇の後スプリットSで再度立花機を捉えんとし、対する立花も燕返しで対応し互いに射撃の後回避機動でギリギリ躱す、など見ている方が息切れしそうな空戦を行っている。
因みに立花機の後部座席に居る羽柴は副操縦士としての任務を完全に放棄し只々気を失わない様に必死で耐えていた、もし気を失えば加重で首の骨が折れる可能性が有りそうなれば当然命は無いから兎にも角にも必死である。
『くっ!(このまま戦闘が長引けば此方が不利だ、何より徳川さん達がもたない……なら!)』
立花は僅かに思案した後、意を決したように操縦桿を握り直す、そして互いに背後を取り合う鋭利な機動を展開した後、再度正面からの衝突となった。
『《ふっ! この俺をここまで手こずらせるとはジャップも中々やるじゃ無いか、だが良い加減終わりにしようぜ!!》』
『いっけぇええええええ!!』
互いに正面切って最大速力で突進する2機は瞬く間に急接近する、互いに間合いを測りトリガーに指を掛ける、刹那、マーベリックが射撃すると同時に立花機は機体を真横に傾け下部噴進機を噴射させると急激に横(マーベリックから見て)に跳ねる、そこに増槽を投棄して……。
『《ー-くそっ!!?》』
マーベリックが拙いと思った時には手遅れだった、既に銃弾は放たれた後だったからだ……。
マーベリックが放った弾丸は立花が投棄した増槽を撃ち抜き爆散する、マーベリック機はその中に突っ込み増槽の破片が機体を抉る。
『《ー-ぐっ! ……なるほど、これが死神か……。 イェーグ大尉がやられたのは偶々じゃ無いようだな……》』
『《隊長、大丈夫か!?》』
『《俺は、な……。 だが機体がまずい事になってるみたいだ、悔しいがここは退くぞ》』
『《ー-っ!? ……了解だ隊長》』
撤退すると言うマーベリックの言葉にジェリガンは明らかに不満そうで有ったがマーベリック機の状態を見て言葉を飲み込み了解する。
その後ジェリガンが立花に向け威嚇射撃をした後、2機のF4Uは最大速力で飛び去って行った。
『……ふぅ、退いたか、徳川さん大丈夫ですか?』
立花は飛び去るF4Uの動きに警戒しながらも徳川を気遣い声をかける、徳川機はジェリガン機から攻撃を受け左下部推進機と主推進から白い煙を吐き出している状態で有った。
『はい、何とか、ただ機体が損傷し300ノット(時速約550km)以上は出せそうに有りませんが……』
『了解です、報告と修理の為にこのまま母艦にー-』
そこで立花の言葉が止まり何かを凝視する、其の視線の先には南方から飛来する2機の航空機らしき物体が映っている。
『ま、まさかさっきの奴らが戻ってー-!?』
『ー-いや、あれは……』
後部座席で慄く羽柴を立花が制する、やがて飛来する機体も立花達を発見したのか翼を左右に振った、それは友軍の合図である。
『こちらは第八航空戦隊出雲一号伊達だ、貴機は大和隊立花機で相違無いか?』
『そうです、大和隊五番機立花、羽柴と六番機徳川、本田の計2機4名です』
飛来した2機の友軍機の内1機から無線が入る、どうやら出雲艦載機の瑞雲で有るようだ。
『そうか、無事で何よりだ、艦隊の針路が急遽変更となった為、迎えに来た』
『……針路が急遽変更? 一体何が有ったんですか?』
伊達と名乗る瑞雲搭乗員の言葉に立花が疑問を呈する、通常航空機を発艦した後の空母が無暗に予定針路を変更したりはしない、そんな事をすれば発艦した航空機が帰還出来無くなるからだ。
『……俺達も詳しくは聞いていないが、占領したばかりのポートモレンビーが敵の超重爆撃機編隊の攻撃によって壊滅したらしい……』
『ー-なっ!?』
『 『 『ー-つ!?』 』』
その伊達の言葉に立花達は絶句しこの戦いがまだまだ終わりが見えない事を悟った、そして死神と呼ばれる撃墜王が新鋭機を退けても、魔王と称される《やまと》が新型戦艦や空母を海の藻屑としても、それは強大な工業力と技術力を持つ米国にとって決定打にならない事を思い知らされたのである……。