第六話:暁の大和
1942年8月6日未明、鉄兜内の大和の前甲板に全乗組員約3000名が集められていた。
一番主砲塔を背に立っているのは艦長である東郷大佐と副長である拡声器の青年こと『十柄 清十郎』海軍少佐である。
その他の者は対面して整列しており、白や緑色のツナギの様な作業服を着ている者やスーツの様な軍服を着ている者等様々である、また同じ色の作業服を着ている者も腕章の色が違ったりしているのは科や班を明確に見分ける為である。
「総員気を付けっ!! 艦長にぃ、敬礼っ!! ……直れっ!!」
十柄が声を張り上げると皆が機敏な動作で一斉に行動する、が、矢張りまだだまバラ付きがある様だ、因みに十柄がトレードマークである拡声器を持って無いのは、寧ろ拡声器を持っている状況が特殊な状況であったからだ、3000人から集まる新兵の雑踏対応の為に用意してただけである。
「状況報告、各科科長前へっ!!」
十柄の声と同時に7名の科長らしき者達が一歩前に出るが、何とその全てが10代から20代の若者であった。
その中には数日前に兵学校を卒業したばかりで有る筈の正宗も居たのである。
艦内の科長とは艦を動かす各部門の長であり、艦長、副長に次ぐ地位と責任を擁する役職である、普通であれば経験豊富な3~40代の上級尉官か下級佐官が務める役職の筈であった。
しかし実は、大和に配属される筈であった副長を含む科長候補や熟練乗組員が情勢の変化によって配属不可能になっていたのである。
元々大和の科長候補はトーラクの各艦隊から抽出した士官を配属する手筈になっていたが、7月末日ガーナカタル飛行場の建設指揮を執っていた第四艦隊の井上提督より軍令部に対し【テキ シンコウ ノ キザシ アリ シキウ タイオウ サレタシ】の電文が送られて来たのである。
軍令部は米軍の南方展開は無いと思い込んでいたのだが、山本が危惧した通り、米国は豪州との分断を恐れ南方を重要視し、8万人規模の上陸部隊と、戦艦、空母を含む大艦隊を以てガーナカタル侵攻を画策していたのであった。
この事態に飛び上がって驚いた軍令部は急遽迎撃艦隊を組織しなければならなくなり、大和への配属を全て撤回して艦隊編成を行ったのであるが、この時あろう事か、その事実が九嶺鎮守府に届いて無かったのである。
その為、先に到着していた東郷と十柄以外の上級士官が待てど暮らせど到着せず、軍令部に問い合わせても「それどころでは無い、後で報告する」と言われ放置され続け、遂には竣工前日を迎えてしまった、この為、豊田鎮守府司令が激怒し山本に直接回線で問いただした所、今回の不手際が発覚、何と山本が直に「現状の最高階級であり最高責任者である東郷艦長の判断に一任する」と人選を丸投げして来たのである。
つまり軍令部どころか、連合艦隊司令部までもが、新たに人員の配属はしない、今いる人員から勝手に選出しろ、と言っているのである。
是に豊田司令は当然大激怒したが、前線の情勢の変化と言われれば後方の豊田司令は黙るしか無かった、世界最強最大の戦艦に対する山本長官の扱いは余りにも雑で有ったが、優先順位を考えれば間違った判断とは言い切れなかったからである。
そう言った事情から、昨日の新兵の交流会(各科の交流や艦内スタンプラリー等のイベント)の後、各科長候補及び副長候補として正宗と十柄を含む8人が艦長室に呼び出され、その場で任命されて現在に至る、と言う訳である。
当然、東郷も書類上の経歴や兵学校等の成績で選ぶしかなかった、その為人格や正確な能力を反映して選んだ訳では無かったので、全員を『科長代理』とした上での任命であった。
若し能力的に不適合と判断されれば、即別の者に取って代わられる、若しくは代わって貰えると言う事でも有った。
その為、余り自身が無さげな女性陣も「取り敢えずやってみるだけなら……」と科長の任を承諾したのであった(尤も上官命令であるから本来断る事は出来無い、東郷が配慮しただけである)
「報告します、戦術科1386名、欠員無し、健康状態異常なし!」
戦術長に任命された正宗が直立不動のまま声を張り上げ報告を行う、戦術科は砲雷科とも呼ばれており主砲や副砲、機銃等の艦載砲を扱う砲撃班、魚雷や爆雷を扱う雷撃班で構成される火器運用のスペシャリストである。
「報告します、航海科308名、欠員無し、健康状態異常なし!」
続いて報告するのは航海長に任命された二十代前半の温和そうな青年である、航海科は、艦の舵を取る操舵班、見張りや気象観測等を行う観測班で構成される艦の動きを担う部署である。
「報告します~、船務科392名~、欠員無しです~、健康状態は~異常有りません~」
間延びした口調で報告するのは船務長に任命された二十歳前後のおっとりした女性である、船務科はレーダー等を扱う電探班、ソナーを扱う音探班、そして艦内外の通信を担う通信班で構成される艦の目であり耳であり、そして血管でもある重要な部署である。
因みに今の間延びした報告を受け十柄の眉が跳ね上がったが、東郷より慣れない重責を負う者を咎めるなと念を押されていた為、こめかみに血管を浮き上がらせたものの問い質す事はしなかった。
「報告します! 主計科179名、欠員無し! 健康状態異常なし!」
先程の女性とは対照的にキッチリとした口調で報告するのは見るからに固そうな二十代前半の女性である、主計科は艦の資産(給料や備品)を管理する経理班、物資等を管理する補給班、傷病者の治療を担う衛生班、食料の管理運用を行う糧食班で構成される、尤も敵に回してはいけない部署である……。
「報告しますっ!! 機関科597名欠員なーしっ!! 健康状態異常なーっしっ!! 以上っ!!」
拡声器を使った十柄以上の、そして東郷とはまた違った純粋な大声で報告するのは筋骨逞しい二十代前半の青年である、機関科は主に蓄力炉(やまとの場合動力炉も含む)や弾み車を整備する主機班と、推進機等を広く担当する機械班で構成される艦の心臓部を担う部署である。
「えーっと……技術科221名……だっけ? 欠員は無し……たぶん……健康状態異常なし……知らないけど……」
「き、貴様っ……っ! う、うおっほん!」
余りにも生気の無い声と責任感皆無の報告に流石に切れかかった十柄であるが、東郷に睨まれ咳払いをして誤魔化す、この生気の無い二十代前後のメガネの青年が長を務める技術科とは、主に艦内の電子機器の整備を担う部署であり、細かくは照明の交換から炊飯器の修理までも行う言わば『なんでも屋』である。
「報告します、保安科120名、欠員無し、健康状態異常なし!」
東郷と同じく腹から響く声で報告するのは二十代前半の凛々しい青年であり、その腰には拳銃と軍刀を帯びており、腕の腕章には青と白のだんだら模様に『誠』の文字が書かれている、因みに艦内で銃と刀の携帯を許されているのは彼等保安科と上級士官だけである、保安科は名の通り艦内の秩序維持を任務とする海軍憲兵隊所属の特殊な部署であり、万一の白兵戦力としての役割も担っている。
本来ならもう一つ、航空科が存在するのだが、現在は四州南端の宿根泊地で搭乗員、整備員共に訓練中であり、合流は少し先の話となっている。
「報告しますっ! 副長以下、3204名欠員無し! 健康状態異常なし!!」
全ての科長の報告を受けた十柄は機敏な動作で東郷に向かって直立不動となり最終報告を行い敬礼する、そして東郷の返礼を受けた後、再び機敏な動作で元の位置へと戻る。
「この後、04:00よりドックに注水が開始される、同30本艦は宿根泊地へ向けて出港する、だが諸君等は未だ自力で飛べぬ雛鳥である、各部署の技術員の方々の指導を真摯に受け止め、一日も早く一人前になる様期待する、私からは以上だ」
「総員艦長にぃ、敬礼っ! 直れっ! 各自各々の部署にぃ、分かれっ!!」
東郷の言葉を受け、十柄が号令を発すると各自機敏な動作で艦内各所に散らばって行く、正宗達も速やかに艦橋へ向けて移動を開始する。
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程なくして艦橋に到着した正宗達は、各自、自分の席に移動する、大和の艦橋はかなり広く、専用の椅子が備えられており、艦長席から艦橋内が見渡せる様に艦橋前部と後部で高低差が付けられている。
艦橋中央やや後方に艦長席があり、その右やや後方に副長席、左やや後方に司令席が設置されている、艦長席から両脇の1m程の段差を階段で降りると、艦長席正面に背中合わせで2つ通信員の席が有り、通信機器を隔てて前面に戦術長席がある。
その更に前面に操縦席があり、その両脇に航海士席が2つある、艦橋前面左側に音探員の席が、右側に電探員の席が2つ有り、その左側に航空管制通信員の席が有るが、現状は使用されていない。
操舵席には戸高他2名の操舵手が座るが、舵輪と言うよりは『操縦桿』と表現した方が正しい大和の操舵装置に戸惑っている、その右側に航海長の青年と、左側に数人の操舵要員が技術員の話に耳を傾けていた。
音探には如何にも根暗そうな細身の青年が座っており、電探席2つも二十歳前後の青年が座り説明を受けている。
正宗は戦術長席に座り、席の周りに在る様々な機器の説明を受ける、通信席では戸高に声を掛けられ怯えていた少女と、戸高を睨み付けた少女が座っており、おっとりとした女性は立ったまま技術員の説明を熱心に聞いていた。
東郷と十柄も自分の席に座り、分厚い説明書を見ながら技術員の説明を受けている。
そして04:00、大和が鎮座しているドックに大量の海水の注入が始まった。
大和を中心に見るとその注水速度はゆっくりに見えるが、25mプールが瞬時に溢れる程の水量が流し込まれている。
やがて大和の艦体がゆっくりと固定具から離れ浮揚するとドック内の作業員から歓声が沸き上がる、無論艦体完成段階で浮揚試験はしているのだが、完成した後に浮いているのを見るのは造船作業員にとってはまた格別なのである。
その間、艦内作業員は速やかに艦内チェックを行い不具合の有無を確認していく。
そして水量が規定値に達すると、外に光が漏れない様にドック内の照明は最低限に抑えられ薄暗くなり、海側の200 m級の遮蔽扉がゆっくりと横にスライドしていく様子が大和の艦橋から確認出来た、やがて遮蔽壁が完全に開くと薄暗い九嶺湾が視界に入る。
現在九嶺市内全域に戒厳令が敷かれており、四時半と言う時間も相まって静かである。
「艦長、九嶺海軍工廠管理部より出渠許可が下りました!」
「お、同じく……く、九嶺鎮守府……か、艦隊司令部からも出港許可が……お、下りました!」
外部からの通信内容を速やかに報告するのは17歳の勝気な少女『藤崎 小鳥』と同じく17歳の気弱な少女『如月 明日香』である、藤崎は迷いの無いハッキリとした口調で報告するが、如月は声こそ出ているが如何にも歯切れが悪い。
「よし、各部確認作業の進捗は?」
「各部確認作業異常個所の報告無し!」
「じ、人的……お、及び……し、自然的異常の報告も有りません!」
東郷の問い掛けに藤崎は迅速的確に、如月はやや戸惑いながら報告する。
「うむ……機関、動力接続!」
「了解です、艦橋より機関室へ、動力接続!」
『おおっしゃぁっ!! 待ってましたぁ!!』
東郷の指示を藤崎が機関室へ伝えると通信機から機関長と思われる男の声が音割れをしながら響き、藤崎は思わず通信機を外して睨み付ける……。
その機関室では筋骨逞しく声の大きい機関長、『滝沢 軍平』が喜々とした表情で自身の腕程の大きさのレバーを思い切り引き下ろしていた、其れと同時に巨大なラグビーボールの様な機械から生えてる筒状の構造物の一部が回転を始める。
この巨大なラグビーボールの様な機械こそ、戦艦大和の主機関『ロ号艦本零式甲型蒼燐核動力炉』であり、その動力を安定させ艦全体に伝える為に筒状の構造物『弾み車』が存在する。
この『弾み車』が接続解除された状態だと艦内機器は蓄電機(電気バッテリー)のみで稼働し、推進機などは動力不足で稼働しないが、立体竜骨機構や相転移装甲等への動力供給は立体竜骨構造と一体化している蒼燐核動力炉から直に行われており常に動力が通っている。
「か、各部動力伝達を確認、ぜ、全部署よりの報告を確認、い、異常報告有りません!」
「うむ、では行こうか、進路そのまま、両舷微速!」
「進路そのまま、両舷微速、ヨーソロー!」
操舵席に座っている戸高が東郷の指示を復唱しながら席の左側に在るレバーを停止から微速側へと倒す、すると艦尾4基のロケットノズルが僅かに光を噴射し、艦全体が僅かに振動する。
そして全長398 m、排水量16万tの巨体がゆっくりと前へと進み出したのである、これに薄暗い中から更に歓声が上がる、世界最強最大の戦艦の門出にしては余りにも寂しい竣工式となったが戦時下の秘密兵器で有る以上仕方ない事である。
大和は薄暗い九嶺の海を四州南西部の海軍拠点、宿根泊地へ向けてゆっくりと波をかき分け進んで行く、その速度は僅か10ノット程度であった。
16万tの巨体が湾内で何十ノットも出せば津波が起こってしまう為、瀬戸内海では大型艦船の20ノット以上での航行は原則禁止となっている。
無論緊急に出撃しなければならない時はこの限りでは無く、沿岸部の住民や小型船舶に警告を発した後、全力航行が許可される場合もあるが、日輪帝国海軍の歴史の中でその許可が下りたのは1923年の帝都消失事件の一回のみである。
当時の長門型戦艦の全力航行ですら沿岸部や小型船舶にかなりの被害が出たと有る為、もし大和が全速力で航行した場合の損害は計り知れないものとなるだろう……。
やがて蒼海が暁に照らされると大和がその全容を露わにする、鋭く突き出た艦首から流れる様に艦体が広がり一番主砲手前で並行する、一番主砲の手前には甲板と同化して分かり難いが『四連装噴進弾垂直発射装置』が20基設置されている、そこから世界最大の64㎝砲を搭載する一番砲塔、二番砲塔とそして回転式砲塔が背負い式で配置されている、甲板は二番主砲付近から傾斜が付いており、艦橋手前で水平に戻る。
艦橋は突出した戦闘指揮所の上に主艦橋、戦闘指揮所、防空指揮所が備えられ、紀伊型戦艦よりも先進的な形状となっている。
また後部艦橋は前艦橋と一体化し構造物としては一つの建物となっておりマストは前艦橋と後艦橋の間(後艦橋寄り)に備えられている。
その建造物の両脇には、副砲である20㎝連装汎用砲が両舷12基(片舷6基)雛壇式で設置されており対艦、対空両用の砲として大和を護っている、但し対空の主戦力は30基の35㎜三連装速射機関砲であり、副砲はあくまで遠距離攻撃用である。
そして艦橋後部からは四番主砲塔と五番主砲塔が背部に向けて背負い式で配置されており、その砲身の先には運動場やヘリポートにも使えそうな開けた甲板が広がるが、実は此処にも『四連装噴進弾垂直発射装置』が10基隠されている。
その開けた甲板の後部両端には指向型航空機カタパルトが1基づつ設置されており、艦尾と甲板に6~8m程の高低差が有り、甲板後部端中央には航空機用昇降機が見て取れる。
艦体を全体的に見ると流れる様な流線型で構築されており甲板から両舷には僅かに傾斜が掛かっている、紀伊型まで採用されていた木張が廃止された為、大和の甲板は灰色一色となっていて先程の開けた甲板を持つ艦尾付近の形状は紀伊型戦艦を踏襲しており両舷に内火艇発着口を備えている。
眩しい真夏の朝日に照らされた大和は速力を15ノットに上げて一路、四州は宿根港に向けて進路を取るのであった。