第五十四話:第三次珊瑚海海戦⑤~〜因縁と怨嗟
米航空機は疎らに飛びながら大和の左舷を覆う様に展開しF4Fヘルキャット戦闘機30機、TBFアベンジャー攻撃機70機が4つの編隊に別れ横に広がり猛然と襲い掛かる。
「敵機、広範囲に展開し急速接近中!」
「くっ! 艦長、敵機が散開しています、これでは破號弾の効果が見込めません……っ!」
「ふむ、第三次ソロン海海戦と前(第二次)珊瑚海海戦での教訓を生かしたか、三式弾と言う手も有るが、ここは航空機の発艦を優先する、主砲撃ち方止め!」
「了解です、主砲撃ち方止めぇっ!!」
正宗の号令でリー艦隊を射撃していた大和の主砲は沈黙し武蔵と出雲が継続する、因みに正宗の発した破號弾とは旧名称試製三式弾の事で有り東郷の発した三式弾は試製三式弾とは全く別物の対空弾である。
試製三式弾は正式採用(量産)するのが困難で有ると判断され特殊砲弾へ区分が変更となり名称が破號弾に変更された。
・
一方大和の航空機格納庫では整備員、作業員、搭乗員が忙しなく動き覇気の良い声と作業音が雑多に響いている。
「動力ヨシ! 増槽ヨシ! 弾倉ヨシ! 発動機ヨシ! 一番機行けます!」
「よし一番機を昇降機へ! 二番機はまだかっ!」
「間も無く完了します!」
「よし、急げ、敵機は直ぐ近くまで来ているぞ!!」
所狭しと動き回る人と重機の喧騒を逃れる様に1機の銀翼の戦闘機、瑞雲が昇降機に乗せられ迫り上がって行く。
その瑞雲は3m程の高さを持つ人型重機、鉄人によって射出装置まで移動させられ、射出装置本体の昇降機構によって持ち上げられるとレールに固定され、後方を向いていた射出装置が前方斜め前まで旋回する。
当然この間も米艦隊からの砲撃は続いているため飛行甲板上に存在する機体も人員も命の危険に晒されている。
『現在本艦速力30ノット、南西の風やや強い、射出角右40°進路良好、発艦どうぞ!』
「了解した、八航戦大和隊一番機毛利、出るぞ!」
航空管制の発艦許可を受け毛利機が推進機の出力を上げ甲板作業員に合図を出す、其れを受け甲板作業員が旗を振り射出装置操作員がレバーを引くと毛利機が一気に押し出され蒼空へと舞い上がる。
続いて二番機である上杉機も同じ手順で射出されるが既に敵機は肉眼での目視距離に迫っている。
その時、大和の副砲と武蔵の四連装対空噴進砲から一斉に20㎝三式弾と一式対空噴進弾が発射される。
弾速の違いから先に大和の放った20㎝三式弾が米軍機に到達し炸裂、遅れて武蔵の一式対空噴進弾も到達し炸裂する。
この時米軍機は20㎝三式弾の弾幕には勇敢に突っ込んで行ったが目に見えて迫って来る一式対空噴進弾には怯んだのか先陣を切っていた戦闘機が回避行動を取ると爆撃体勢に入っていた後続の攻撃機も慌てて回避行動を取る。
「敵さんビビってるぞ! 今の内に上げろ上げろ!!」
その様子を大和の飛行甲板から見ていた作業員が声を張り上げせり上がって来る昇降機に向かって大きく手招きをする。
それで早くなる訳では無いが、無事飛行甲板には三番機の織田、続いて四番機の斎藤が上がり素早く射出される。
『毛利より各機へ、優先目標は攻撃機だ、味方の射線に入らないよう注意しろ!!』
『 『 『了解!!』 』 』
毛利の指示に空に上がった隊員達が覇気良く応え、蒼空を銀翼で切り裂きながら敵機に向かって突っ込んで行く。
大和の飛行甲板上では五番機の立花が射出装置に設置され6番機の徳川がせり上がって来た所であった。
その時、五番主砲塔直上で米軍の対空弾が炸裂し飛行甲板上に散弾が降り注ぐ、その一つが徳川機を牽引していた鉄人に直撃し搭乗員は鉄人内部で肉塊と化した……。
甲板作業員も数名が重軽傷を負い2名が犠牲となった、内一名は上半身が吹き飛び飛行甲板を血肉で赤く染めた……。
更に昇降中であった徳川機も推進機が損傷してしまう……。
「桧垣! 高濱ぁ!? くそ、くそぉおおおお!!」
「救護班! 救護班を呼べぇ!!」
「6番機損傷! 6番機損傷!! 昇降機降ろせぇー-っ!!」
「お、俺の腕……俺の腕どこだ……俺の腕ぇ……」
「ごふっがはっ! お、俺はいい……! 5番機を発艦させろぉ……いそ……げ……!」
「ー-っ!! 了解した! 射出装置回せぇ!!」
一瞬で地獄と化した飛行甲板上では駆け付けた救護班員が重傷者を担架に乗せて艦内に運んで行く、一方で飛行甲板に残った作業員達は決死の覚悟で立花機の発艦作業を継続している。
「くっ! 甲板の人達が……っ!!」
「こ、ここからではどうにも出来ないですよ立花准尉……。 ぎ、犠牲になった彼等の為にも早く発艦して敵機を撃墜せしめましょう……。 そ、それが何よりの供養ですよ……」
眼下の惨状に強い憤りを感じている蒼士の後ろから弱気な口調で最もらしい発言をするのは島津の代わりに配属され立花機の副操縦士を務める『羽柴 藤四郎』一飛曹であった。
「それは……分かりますが、でもー-」
『ー-航空管制から立花機へ、現在本艦速力30ノット、南の風やや強い、射出角右40° 周囲の安全が確保出来ません、直ちに発艦して下さい!』
「ー-! ……了解! 八航戦大和隊五番機立花、行きます!!」
蒼士の言葉を藤崎航空管制員の無線が遮る、蒼士は憤りを隠せないままに藤崎の指示に従い推進機の出力を上げ合図を出す、それを受け負傷した甲板作業員がよろめきながらも必死に旗を振ると立花機が一気に前に押し出され蒼空に向かって飛び立つやいなや僚機と交戦中のF6Fを撃墜し隊と合流する。
『ー-立花か、徳川は如何した?』
『はい、砲撃で機体を損傷し格納庫に戻りましたが徳川さん達には怪我は無いようです』
『くっ! 只でさえ多勢に無勢なのに……!』
『そうか、後20分もすれば援軍が来る筈だ、それまで何としても持ち堪えるぞ!』
『 『 『 『了解!!』 』 』 』
立花が上空に上がると既に毛利達は激しい戦闘を繰り広げていた、その激戦の最中に上がって来ない徳川機を気に掛けたのはやはり隊長である毛利であった。
立花が手短に要点を報告すると不満気に言葉をこぼしたのは斎藤であるが、最終的には毛利の鼓舞に全員が覇気良く応え鋭利な空戦機動を取りながら敵に立ち向かって行く。
多数のF6Fの攻撃を掻い潜り次々と米攻撃機を墜としていく大和航空隊で有ったが、そこに白と黒のカラーリングが施された4機の機体が飛来して来る。
それは第51特務部隊所属のエルスト・イェーグ率いるハウンド・ドッグ隊で有った。
『《おいおいおい、たった5機のジーク相手に何やってんだぁ雌猫の連中はよぉ!!》』
『《……いや待て、あれは零戦じゃ無いぞ、噂の瑞雲だ!》』
ガラの悪い口調で吐き捨てる様にノイシュが宣うが日輪軍機を凝視した後ライルがそれを訂正する。
『《ー-っ!? ポールだと!? あいつ等……あの機体……! ブラッゲルもどきが居るのかっ!?》』
瑞雲のコードネームを聞き瑞雲の機影を確認すると怨嗟の篭った眼で睨み激高するのはジェリガン・メイスであった、彼にとっては戦友の仇で有り自身の自尊心を深く傷付けられた相手であるからその反応は当然と言える。
『ちっ! マジか、灰色のお仲間が4機も来やがった!』
大和航空隊側もハウンド・ドッグ隊に気付き織田が忌々し気に吐き捨てる。
『あの機体……武田さんを墜とした奴じゃ無い……そもそも機種が違う?』
立花が手足を機敏に動かし機体を鋭利に操りながら一人言ちる、観察眼の優れている者で有れば機動の癖で有る程度は搭乗者を見分けられる、クリスや立花の様に独特の空戦機動を持つ搭乗員であれば特に……。
『《ーーっ!? あの空戦機動……っ! 見つけたぞ、ブラッゲルもどき!!》』
『《ー-っ!? 突出するなジェリガン! ーーええい、ノイシュ支援してやれ! ライルは私に付いて来い!!》』
『《ー-っ!? 了解!(ちっ! 何で俺がこんな奴のお守りを……!)》』
立花機の機動を見て宿敵であると確信したジェリガンが編隊を離れ突出する、隊長のエルストが一旦はそれをを諫めようとするが即座に諦めノイシュに支援を指示し自身はライルを補佐に付け隊長機らしい瑞雲に照準を定め攻撃を仕掛ける。
『くっ! こいつ等は俺と立花で引き受ける、お前達は攻撃機を墜とせ!』
『 『 『了解!!』 』 』
『いけるな立花?』
『勿論です!』
敵機の攻撃を躱しながら無線で指示を出す毛利、その指示と問い掛けに全員が覇気の良い声で応答する。
『あ、あの機体ー-っ!? た、立花准尉、あいつは以前オイラの……私の搭乗していた零式偵察機をたった1機で僚機を含めて3機あっという間に撃墜した機体と同型です! それを2機同時に相手取るなんて無謀です!!』
『……知ってますよ、あれの同系機に仲間を墜とされ、僕も撃墜されて貴方の前任は片腕を失ったんですから……』
『ー-っ!?』
以前のトラウマからかF4Uの姿を見た羽柴が青い顔で弱音を吐くが立花の発言を聞き更に顔面蒼白となり絶句する。
『大丈夫ですよ、こいつ等はあいつ程じゃないから』
『ー-ふぎゅ!?』
アッサリとそう言い切った立花はそれを証明するかの様に機体を捻りジェリガンとノイシュの連携攻撃を難なく躱して見せるが、急激なGの掛かった羽柴は踏み潰されたカエルの様な声を発する。
『《んだぁー-!? 今のを躱しただとぉーー!?》』
『《だから侮るなと言っただろう!》』
『《……ちっ!》』
攻撃を躱されたノイシュは柄悪く叫び苦言を呈したジェリガンに舌打ちする。
そんなやり取りをしつつもジェリガンとノイシュは決して注意力を切ってはいなかった、にも関わらず次の瞬間、立花機を見失った。
『《ああん!? 消えただぁーー??》』
『《背後……いや、下かっ!?》』
そう叫んだジェリガンの感は正しかった、反射的に軌道を変えた次の瞬間、ジェリガン機の居た位置に下からの射撃が通る。
『《こんの……くそ日輪がぁあああ!!》』
すかさずノイシュが咆哮しながら援護に入り立花機に向け射撃するが再度難無く躱される。
『《くそったれ!! コイツ下にもバーニアが付いてやがる、軌道が読めねぇ!!》』
『《ちぃーーっ! こいつの30㎜機関砲なら当たれば墜とせる、当たりさえすればっ!!》』
F4Uは間違い無く性能において瑞雲を上回っている、故にジェリガンは焦燥感に駆られていた……。
2機がかりで機体性能のハンデを以ってしても立花蒼士に及ばない事実に対して……。
その時立花は自分同様コルセア2機に追撃されている毛利機に目をやると、被弾こそしていないものの、歴戦の戦闘機乗りの駆る最新鋭機に対して防戦一方となっていた。
次の瞬間立花は弧を描くと一気に速度を上げジェリガン達を引き離しにかかる。
『《馬鹿がぁ!! 速度はこっちが上なんだよぉ!!》』
『《ノイシュ、奴は何かを仕掛ける気だ気を付けろ!!》』
『毛利隊長!!』
『ー-っ!?』
ノイシュが歪んだ笑みを浮かべ立花機を追撃しジェリガンがそれに対し危機感を感じる、同時に無線から立花の声を聴いた毛利は即座に操縦桿を捻り機体をロールさせ速度を上げた。
『《無駄だジャップ、今度こそ墜とす!!》』
『《ー-っ!? 待てライル!!》』
軌道を変え速度を上げた毛利機をライル機も速度を上げて追撃する、後方からエルストが叫ぶが毛利機を照準に捉えつつ有ったライルは気が付いていない。
その時、毛利機と立花機が互いの腹に抱えた増槽を擦る程の距離で擦れ違い、その風圧で弾かれる様に機体の軌道が変わる。
『《くそがぁあああっ!!》』
『《うわぁああああああ!!!》』
次の瞬間、危険を察知していたエルストとジェリガンは何とか回避行動を取れたが獲物に集中していたノイシュとライルは避け切れず正面衝突し機体が爆散した。
『《ライル! ノイシュ!!》』
『《隊長、上だぁああ!!》』
その光景に愕然とするエルストで有ったがジェリガンの叫びにぐるりと視界を上空に回す、そこには自機に銃口を向ける日輪軍機の機影が有った。
『《バカなー-!? いつの間にー-》』
そのエルストの言葉が終わらぬ内に機銃の射撃音が響き機体表面に銃痕が走る、次の瞬間内部機構の一部が爆ぜその爆圧で飛び散った部品がエルストの身体を抉りコクピットを鮮血で染める。
『《隊長!? 脱出しろ!! イェーグ隊長!!》』
ジェリガンが必死に呼び掛けるが応答は無くエルスト機はそのまま海面に激突する……。
『《ー-っ!! ……またか……またやりやがったなブラッゲルもどきがぁああああああっ!!!》』
沸々と湧き上がる憎悪に語気を強め激昂したジェリガンは猛然と立花に襲い掛かり射撃を浴びせる、が立花はその攻撃を難なく躱し反撃を行う、しかし今度はジェリガンがその攻撃をギリギリながら躱す。
『ふ……ぎぃ……! じゅ、准尉、もう……少し機体を……安定……ふごぁっ!!』
鋭利で不規則な機動を取る立花機の機内では羽柴が目を回し吐かない様にするのに必死になっていたが立花はお構い無しに機体を操りジェリガン機を追撃している。
『立花、挟み撃ちにー-くっ! F6Fか……っ!!』
毛利が立花の援護をしようとするが、そこにジェリガンの窮地を見かねたヘルキャット6機が参戦し2機が毛利機へ、4機が立花機へ向かって行く。
『じゅ、准尉! 来てます、グラウマンが4機こっちに来てますよ!!』
『分かってます、けど同じ重量級機体でも瑞雲の変則機動を以ってすればー-』
そう言葉を発しつつ立花は擦れ違い様に1機を撃墜、その直後に下部推進機を使い急激なインメルマンターンを決め加速し旋回中のもう1機を撃墜した。
『《なんてこった!! F6Fが一瞬で2機墜とされちまった、何なんだあのジャップは!!》』
『《どけぇ!! お前らじゃソイツは落とせねーんだよ!!》』
立花の力に慄くF6Fパイロット達、そんなF6Fを掻き分ける様にジェリガン機が突っ込んで来る。
『うわぁあああ!! さっきの白黒がまた来たぁーーっ!!』
『仲間の敵討ちのつもりかな? けど、それは僕らだって同じなんだよっ!!』
立花は猛然と攻め寄る米軍機を睨みながら声を上げ、ジェリガンからの射撃を機体をロールさせ回避しながら八航戦では『燕返し』と呼ばれる下部噴進機を使った急激な反転を駆使し瞬く間にジェリガン機の背後を取る。
『《ちぃっ! コルセアだってそのくらい!!》』
負けじとジェリガン機もエアスラスターを使い機体をよじり立花機の射撃を紙一重で避け弧を描き反転する。
『《今度はこっちの番だ、喰らえーー》』
『甘いよっ!!』
立花機とジェリガン機は正面から撃ち合いながら互いの機体が高速で擦れ違う、次の瞬間ジェリガン機の胴体右部から白い煙が噴き出す。
『《ぐぅっ!! 不味い……!》』
立花機からの攻撃を受けたジェリガンは即座に自身が窮地に立たされた事を悟る。
ダメージを受けた事では無い、いやダメージを受けた事も不味いがそれ以上に今の状況が不味いと悟ったのだ。
立花蒼士はその操縦技術と機体特性で即座に反転して来るだろう、その速度は恐らく自分よりも早い、そう考えたジェリガンは咄嗟に機体を下に捻りスライスバック(水平飛行からマイナス45度(135度)バンクし、そのまま斜めに下方宙返りする空戦機動)を行いインメルマンターンで高度の上昇する立花機を下部から狙い撃とうとしていた。
しかしジェリガンが機体を捻った時には既に立花機の機首はジェリガン機に向けられていた……。
『《なにぃ!?》』
『遅いよ!』
立花機はインメルマンターンでは無く、その逆の空戦機動スプリットS(水平飛行中から180度ロールし背面になり、そのまま下方向への逆宙返りで水平に戻る)によりバンク中のジェリガン機の上部平面を照準に捉えていたのだ。
次の瞬間、射撃音と共にジェリガン機の機体表面に銃痕が走り右推進機が爆ぜると其の爆風で右垂直尾翼と水平尾翼が砕け落ち制御を失ったジェリガン機は錐揉みしながら海面へと墜落して行った……。