第百三十八話:無力な守護者
1943年11月22日04:30 天候:快晴
戦艦武蔵が艦隊を離れた2日目の早朝、パヌアツ守備艦隊である第十三艦隊と第十四艦隊はサモラ・フィジア方面に展開する米艦隊を警戒し航空機と艦艇による哨戒を厳としていた。
警戒網東域(サモア方向)には第十三艦隊麾下の第六艦隊第八戦隊(第一高潜隊)が展開し、伊号302潜より発する指向性蒼子波通信の中継として、警戒網中域に重巡出雲と駆逐艦島風が展開している。
更に警戒網北域には第十三艦隊第三戦隊(米代隊)が、南域には鹵獲艦で構成される第十四艦隊が展開しており、サントコペア沖にて戦艦大和が全ての情報を統括している。
だが、この時既に米艦隊は南域反抗作戦である『オペレーション・カートホイール』を発動し、パヌアツに向けて進撃しており、日輪艦隊との衝突は時間の問題であった。
米艦隊はスプルーアンス提督率いる第51特務部隊を中核とした400隻規模の艦艇で構成される大艦隊である。
その第51特務部隊は本作戦の為に再編されており、その編成はヴェスヴィアス級打撃巡洋艦1隻、ボルチモア級重巡6隻、クリーブランド級軽巡8隻、フレッチャー級駆逐艦16隻、インディペンデンス級軽空母8隻、エセックス級正規空母2隻となっている。
スプルーアンス提督が旗艦として座乗するヴェスヴィアス級打撃巡洋艦はデモイン級によく似ているが、デモイン級より一回り大きい大型巡洋艦で、その全長は315m、全幅36m(デモインは294mx33m)となっており、全長だけならサウスダコタ級戦艦に匹敵している。
しかしデモイン級より大きな艦体を持つ割に主砲は28㎝三連装速射砲3基とデモイン級より1基減じられており、代わりに上部建造物が高く大きく造られていてレーダーやアンテナ類が所狭しと設置されている。
これはヴェスヴィアス級が空母機動艦隊の旗艦として設計されているからであり、単艦戦闘力より指揮統制能力を重視している為である。
その第51特務部隊の前方に展開するのはモンタナ級戦艦6隻を擁する第68任務部隊であり、戦艦モンタナを旗艦として座乗する『ガーロンド・S・メリル』海軍少将が指揮を執っている。
その編成は、モンタナ級戦艦6隻、ボルチモア級重巡8隻、クリーブランド級軽巡12隻、フレッチャー級駆逐艦18隻となっている。
モンタナ級戦艦は24in(61cm)三連装砲を4基備える米最新鋭戦艦であり、速力こそアイオワ級の55ktを下回る50ktしか出せないが、火力と装甲はアイオワ級を上回っており、純粋な戦艦としての完成度はアイオワ級を凌駕している。
その性能はカタログスペック上では日輪の紀伊型戦艦に勝るとも劣らないが、逆に言えばその程度と言う事でもあり、大和と真正面から撃ち合える程の性能は持っていない。
その力不足を補う為の秘策が、空母インディペンデンスの艦内で準備されていたのだが、南域攻略艦隊が最初に邂逅したのは日輪高速潜水艦であった。
低速時の隠密性能は他の追随を許さない日輪高速潜水艦だが、先にその存在を捕捉したのは米艦隊であった。
ハルゼーがヘッジホッグを用意していたように、スプルーアンスもまた日輪高速潜水艦に対抗する為の対潜哨戒機を用意していたのである。
静音航行をしている伊号200型と300型を聴音儀で発見する事は不可能に近く、航空機による視認も海面のコンディションや潜水艦の潜航深度が深ければ(概ね深度150m〜300m)発見は困難である。
だが、スプルーアンスの用意した対潜哨戒機が敵潜水艦の位置を割り出す手法は視認によるものでは無かった。
米対潜哨戒機は2基のプロペラ推進を備える20m級の大型機であり、その機体中央から筒状の物体が海面に投下される。
投下された物体は海中に沈む事なく海面で漂い、僅かな駆動音と共に上部外殻が開き、アンテナのような物が姿を現す。
直後、海中にアクティブソナーの探信音が響き渡る。
米対潜哨戒機が投下した物体の正体は、【投下式音波探信儀】であり、後の世では【ソノブイ】と呼ばれる兵装であった。
その投下式音波探信儀の探信音と共に哨戒機のソナーパネルに2つの輝点が表示される。
それは正に、海中に潜んでいた日輪潜水艦、伊203と204の姿を捉えたものであった。
突然発せられた探信音に驚いた日輪潜水艦は、自艦の位置が露呈した事を察し、急遽反転を行う。
だが、それを含めて全ての情報はリアルタイムに旗艦ヴェスヴィアスに伝達されており、スプルーアンスの指示によって即座に攻撃機が発艦した。
如何に高速潜水艦とは言え、航空機の機動性に適う筈も無く、対潜哨戒機との連携によって正確な攻撃ポイントを抑えた米攻撃機による爆雷攻撃の前に、2隻の日輪高速潜水艦は敢えなく海の藻屑となった。
暫く後、定時連絡に応答が無い事で第一高潜隊旗艦、伊302潜が異変に気が付いた時には、高潜隊全艦が米対潜哨戒機の索敵圏内に捉えられていた。
伊203と204の末路を知らない第一高潜隊司令は、静音航行のまま限界深度である400mまで潜航し敵の出方を待つ事にした。
先程の探信音で自分達の大まかな位置が露呈していたとしても、敵駆逐艦が接近してくれば、全速力で退避すれば良い。
そう考えていた戦隊司令であったが、結果論で言えば、その判断は悪手であった。
伊302潜の聴音手が全神経を研ぎ澄まし米駆逐艦の駆動音を探る。
しかし聴音手の耳に入って来たのは多数の着水音であった。
それが攻撃機から投下された爆雷であると理解した聴音手が声を張り上げるのと、艦に衝撃が奔るのはほぼ同時であった。
「ぬぉおおおっ!? ば、爆雷攻撃だとぉっ!?」
「い、一体どこから!?」
「お、恐らくは航空機です、航空機からの爆雷攻撃ですっ!!」
伊302潜の戦闘指揮所は騒然となり、屈強な精神力を持つ筈の潜水艦乗り達の表情に焦りと緊張が走る。
「くっ!! 損害報告っ!!」
「左舷外殻破損、浸水発生っ!!」
「左舷方向より艦体破壊音を確認っ!! 僚艦が沈んでいますっ!!」
「ぬぅ……っ!! 全艦反転、後最大戦速で離脱せよっ!!」
今の攻撃で少なくとも1隻の伊号200型が犠牲となった。
戦隊司令は即座に転身を決め、声を張り上げ指示を出す。
しかし、米攻撃機は容赦なく爆雷を投下し、その衝撃波によって艦が軋み浸水が増してゆく。
だが艦が保っていればまだ幸運である、伊302潜の聴音艤からは連続して艦体破壊音が鳴り響いているからだ。
漆黒の海中を全速力で駆け抜ける事1時間、爆雷による衝撃波が無くなり、深海に静寂が戻る。
第一高潜隊旗艦である伊302潜は即座に狭域音波通信を使い、僚艦の点呼を行った。
結果、返信が有ったのは僅か2隻、伊202潜と207潜のみであった……。
その事実に戦隊司令は愕然とし暫し悲嘆に暮れるが、その後なんとか気を持ち直し潜望鏡深度へ浮上すると、第一高潜隊壊滅と米艦隊接近の報を通信中継艦である重巡出雲へと打電する。
それを受けた出雲は即座に艦隊旗艦大和に打電を送り、それを受けた艦隊司令部はパヌアツ守備艦隊全艦に第一戦闘配備を発令する。
この時、米対潜哨戒機1機が日輪軍基地航空隊の零戦に発見されて撃墜されていたのだが、その機は重巡出雲の姿を確認しており、母艦に打電した後であった。
緯度経度と共に【魔王発見】の文を添えて……。
その報告を受けて米艦隊は直ちに空母インディペンデンスの秘匿部隊であるホワイトピクシー隊に出撃命令を下す。
元々準備をしていたインディペンデンスの格納庫は更に慌しくなり、3機のXFAF01・シルフィードはウェポンベイを機体下部に設置された状態で複数の整備員によって調整を受けている。
それぞれの機体には、若干13歳の部隊長『アルティーナ・シオン』海軍少尉、20歳前後の女性パイロットである『アンリーゼ・フライシュマン』海軍曹長、十代後半の青年パイロットの『ホルト・カウフマン』海軍曹長が乗り込み、片眼鏡の様に左目だけを半透明の小型スクリーン(レンズ部)で覆う機器を装着し、タラップに立つ技術士官から何らかの取り扱い説明を受けている。
その前方には4機のF4U・コルセアが駐機しており、その傍らのデッキにはアルティーナ達の様子を眺める4名の男女が佇んでいる。
一番年長(と言っても20代半ばだが)と思われる伊達男風の白人男性は『トム・マーベリック』海軍少佐、彼等の所属するピクシーガーディアン隊(通称PG隊)の隊長である。
その横に斜に構えて立つリーゼントヘアの白人男性は『ジェリガン・メイス』海軍少尉、不満気にホワイトピクシー隊の駐機区画を睨んでいる。
デッキの手すりにもたれ掛かり心配そうにアルティーナを見ている20代のウルキア人の男女は、男性が『ディハイル・アルハーゲン』海軍准尉、女性が『メリエール・ベルスタイン』海軍准尉である。
ディハイルは寡黙な雰囲気を持つが、その身体は鍛え上げられている事が飛行服の外側からでも分かる。
メリエールはディハイルとは真逆で、細身でしなやかに鍛えられた身体が飛行服の隙間から垣間見えている。
「《あの女、まぁたアルティ達に妙な物押し付けてくれちゃって、艦から居なくなっても余計な事しかないよね全く!》」
「《ああ、俺達が代わってやれれば良いんだが、ホルとアン以下の【クオリア値】では過剰投薬しても【T.C.S】は起動しないからな……》」
ぷりぷりと頬を膨らませとある人物の愚痴を吐き出すメリエール、それにディハイルが冷静な口調で言葉を紡ぐ。
そのディハイルが口にした【クオリア値】とは、ウルキア人や一部の日輪人に備わるとされている超能的な力を、とある人物である天才女性科学者『エレーナ・フォン・ノイマン』が数値化したものであり、目下コメリアの秘匿兵器【テスラ・コイル・システム(通称T.C.S)】を安定起動させるのに必要な能力である。
同じウルキア人でもクオリア値には先天的な差が有り、例外はあるが頭髪が白銀色に近い程、高いクオリア値を持つとされている。
その証左として、灰色の頭髪であるディハイルとメリエールはどの様な処置をしてもT.C.Sを起動できず、ややくすんだ銀髪のアンリーゼとホルトは投薬によって起動が可能である。
そしてウルキア人の間で特別な存在とされ【シャリア】と呼ばれる者は、輝く白銀色の頭髪と宝石の様な水色の瞳を持ち様々な奇跡を起こせると信じられている。
それが何処までが真実かは不明だが、少なくとも白銀色の頭髪と宝石の様な水色の瞳を持つアルティーナは投薬をせずともアンリーゼとホルトを大きく超えるクオリア値を表している。
「《間も無くピクシー隊の最終調整が完了する、PG隊もスタンバイしてくれ!!》」
「《了解だ! さぁ、仕事の時間だ、PG隊行くぞ!》」
「《はいはい、ジャンキーのお守りとお姫様のエスコートだろ? 楽な仕事で有り難いねぇ……》」
「《ちょっとジェリガン、アンタいい加減その口の悪さ直しなねっ?》」
「《ふっ、死んでも直りそうに無いがな》」
整備長からの要請を受け、マーベリックが快活に声を張り上げると、他の隊員も各々言葉を零しながら素早く愛機まで移動し乗り込む。
PG隊の機体はすぐさまエレベーターまで運ばれ、トーイングカーによってカタパルトまで移動すると飛行甲板要員によって最終チェックが行われGOサインが出る。
航空管制と飛行甲板要員の発艦許可を確認したPG隊は、次々とカタパルト射出され朝日の眩しい蒼空へと舞い上がる。
その後暫く上空で待機し、ピクシー隊と合流するとPG隊がダイヤモンド(菱型)陣形でピクシー隊を守るように囲み、ピクシーはデルタ(三角)陣形を成し標的である魔王の座標に向けて飛び立って行った。
『《インディペンデンスコントロールよりホワイトピクシー隊各機へ、コンディションに問題は無いか?》』
「《こちらピクシー1,問題有りません》」
「《こぉちらピクシー2ぅっ!! 絶好調ぉだぜぇええええひゃははははははぁっ!!》」
「《ピクシー3も問題無いわぁっ!! 今度こそ、今度こそ手柄を挙げて昇進よぉおおおおおおっ!!》」
「《ホル、アン、落ち着いて!?》」
『《……検討を祈る》』
インディペンデンスの航空管制がホワイトピクシー隊の状態確認をして来るが、アルティーナ以外の2人は正常とは言い難い状態であった。
これは【クオリアブースト】と称する装着によって名の通りクオリア値を人為的に上昇させる薬剤を投与した結果である。
この状態だと感情のが昂ぶり、また抑制が効き難くなる為、とても問題無いとは言えない状態となる。
それでも現状、投薬無しにT.C.Sの根幹たる【演算球】を起動出来るのはアルティーナのみである為、ある程度の問題には妥協しなければならないのだ。
「《間もなく敵索敵圏内だな、3人とも戦果を挙げるより生きて帰って来いよ!》」
「《マーベリック隊長……ピクシー1、了解です!!》」
アルティーナの元気な声が通信機に響くと、ホワイトピクシー隊の3機は編隊から離脱し、一気に加速すると瞬く間に視界から消えていった。
ステレス性能の無いコルセアでは奇襲にならない為、この先はシルフィードを駆るホワイトピクシー隊に任せるしか無い。
隊名に妖精の守護者と冠して於ながら、危険な任務に随伴する事すら出来ない無力さと不甲斐なさを噛み締め、マーベリック達は機体を翻すのであった。




