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架空戦史・日輪の軌跡~~暁の水平線~~  作者: 駄猫提督
第一章:東亜太平洋戦争
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第百三十七話:キルバード撤退戦④

 闇夜の静寂を引き裂く閃光と轟音、キルバードの海原で日米艦隊が死力を尽くし命を削り合っている。

 放たれた照明弾の光の下、日米の駆逐艦が6,000mの距離で砲火を交え、爆ぜる外殻に怯む事無く射撃を敢行している。


 その12km後方より米打撃巡洋艦3隻の主砲が火を噴く。

 高性能な水上レーダーとリンクする主砲塔から放たれる砲弾は、この暗闇でも正確に日輪艦隊を捉えていた。


若潮わかしお被弾!! 後部主砲塔大破、なれど航行に支障無しっ!!」

初霜はつしもに至近弾!! 衝撃にて左舷より浸水の模様!!」


「敵の砲撃が正確になって来ましたな……」

「ああ、此方の動きに慣れて来たのだろう、矢張(やは)り電探射撃は侮れないな」


 飛び交う砲弾とそれによる水柱の飛沫を浴びる軽巡大淀(おおよど)、その艦橋で松田と参謀は天気の話しでもしているかの様な落ち着いた口調で降り注ぐ砲弾と水飛沫を眺めならがら話す。

 無論、圧倒的不利な状況で焦燥感に呑まれない為に敢えてそうしているのだろう。


 日輪艦隊も米駆逐艦に損傷(ダメージ)は与えているものの回避運動を優先しつつ攻撃している為、いまいち命中弾は得られていない。

 対して後方から悠然と狙い撃つ米打撃巡洋艦は徐々に正確な射撃を行う様になり、日輪艦隊は追い詰められつつあった。


 それでも日輪艦隊は回避行動を優先しつつ攻撃目標は駆逐艦へ定め、打撃巡洋艦には近づかない様にしていた。

 既に魚雷を撃ち尽くしている日輪艦隊が打撃巡洋艦を無力化するには砲撃しか手段が無いが、戦艦級の艦体を持つ打撃巡洋艦を駆逐艦と軽巡の砲火力で無力化する事は容易では無いと理解しているからだ。

 仮に突撃して打撃巡洋艦に致命的な打撃を与えられたとしても、日輪艦隊(こちら)も相当の被害を覚悟せねばならず、そうなれば残った米艦艇によって輸送船団が蹂躙される可能性が高くなる。

 

 故に松田戦隊司令は無謀な突撃は行わず、輸送船団が安全な海域へ離脱するまでの時間稼ぎとして回避に専念しつつ米艦隊をこの場所に釘付けにする事を選んだのである。


「敵駆逐艦の撃沈を確認!!」

子日(ねのひ)被弾、高潮たかしお大破っ!!」

「敵軽巡洋艦4隻、急速接近中っ!! 現在距離12,000!!」


「ーー輸送船団の離脱までどれ程掛かる?」

「最後尾の艦が安全圏に到達するまで後1時間ほど必要ですっ!!」


「一時間、長いですな……」

「ああ、だが全身全霊を賭し成さねばならない、例え我々が全滅する事になったとしてもだ」


 闇夜に対し圧倒的な優位性(アドバンテージ)を持つ敵を相手に1時間、それは無限とも感じられる苦難である事は疑いようも無いが、松田の双眸は聊かも怯んではおらず、静かな決意に満ちていた。


 だが、そんな松田の決意を嘲笑うかの様に大淀(おおよど)の背後を走る僚艦が爆ぜる。


「や、山雨やまさめに直撃弾、大破炎上……艦隊より脱落っ!!」


「……煙幕展開、蛇行幅を拡大しろ!!」


 爆炎に包まれ速度を落とす山雨(やまさめ)を慮りながらも、旗艦大淀(おおよど)の艦橋に立つ松田は努めて冷静に判断を下す。

 だが、その表情は苦渋に満ち険しい。


 そこに4隻の米軽巡洋艦が滑り込んで来る。

 

「左舷より敵軽巡4隻、雷撃注意っ!!」

「全艦取り舵!!」

 

 松田が叫ぶのと米軽巡4隻から魚雷が放たれるのは略同時であった。

 松田の指示によって迅速に取り舵を切った日輪艦隊であったが、大破炎上する山雨(やまさめ)と損傷し舵の効きが悪くなっていた高潮(たかしお)は後れを取った。 


 2艦は必死に耐雷掃射を行うが、山雨(やまさめ)が2本の魚雷を受け轟沈、高潮(たかしお)も魚雷1本を喰らい機関を損傷し艦隊より脱落し、その後撃沈される。


 日輪艦隊も僚艦の仇とばかりに米軽巡を集中攻撃し1隻を撃沈、1隻を損傷せしめるが、軽巡北上(きたがみ)が米軽巡の砲撃により大破し、その僚艦初春(はつはる)も前部主砲塔大破の被害を被った。

 徐々に戦力を削られて行く日輪艦隊であったが、圧倒的不利な状況にも拘らず今だ士気は高く保たれていた。


 寧ろ焦燥感に苛まれていたのは優勢な筈のターナーの方であった。


「《ええい、粗悪なレーダーしか持たん旧式艦に何を手こずっているのかっ!! モントゴメリーは如何した!! あの程度の敵の殲滅に何時までかかっておるのだっ!!》」 


 圧倒的な砲火力とレーダーの優位性を持っていながら、今だに敵を殲滅出来ていない事に気位の高いターナーは苛立ちを隠す事無く喚き立てている。

 更に目障りな雑魚を押し付けたモントゴメリーからは未だに殲滅完了の報告が上がって来ていない。

 ターナーは自らの体たらくを棚に上げ、今だ合流する気配の無いモントゴメリーを扱き下ろす。


 その時、旗艦デモインの通信手が血相を変えて叫んだ。


「《なっ!? 嘘だろ……あ! ほ、報告っ!! 今、モントゴメリー艦隊の巡洋艦より連絡が入りまして、艦隊が……戦闘に敗れ潰走しているとの事ですっ!!》」


「《……は? 何だって?》」


 通信手の報告にターナーは肩を竦め聞き返す、その言葉には驚きも焦りも含まれていない。

 ただ、呆れと困惑が滲んでいた。


「《……艦隊旗艦ヴァルガースが撃沈されモントゴメリー提督が、戦死されたと……。 その混乱の隙を日輪艦隊に突かれ潰走に至った、と……》」


 その通信手の神妙な言葉で、ターナーはようやく事態を理解したかの様に真顔となり、やがて焦りに顔を歪める。


「《馬鹿なっ!! ボルチモア級重巡8隻を主軸とする重巡洋艦隊だぞっ!? 何を如何したら旗艦撃沈のうえ潰走などと言う事になるんだっ!!》」


 モントゴメリーに任せた日輪艦隊は重巡5隻に駆逐艦7隻程度の戦力で、その内新型艦は2隻程度、後の艦はレーダーもまともに装備していない旧式艦だった筈だ。

 重巡の数も駆逐艦の数もモントゴメリー艦隊が勝り、レーダーの面でも圧倒的優勢だった。

 それで何故負ける? 

 何故旗艦が撃沈されるなどと言う事態になるんだ!?


 突然の信じられない報告に、ターナーの頭は完全に混乱していた。

 そして、モントゴメリー艦隊が潰走したと言う事は、それをやってのけた日輪艦隊が此方に向かっている可能性が高い事に思い至る。


「《くそっ!! モントゴメリー艦隊の生き残りに我々に合流するよう指示を出せっ!! レーダー員は敵増援に警戒しろ、レーダーパネルから目を離すなっ!!》」


 ターナーは内心の焦りを必死に隠すように声を張り上げ指示を出す。

 如何に最新鋭の打撃巡洋艦3隻を擁するとは言え、重巡8隻を主軸としていたモントゴメリー艦隊が潰走させられたのである。

 決して侮る事は出来ないし、その余裕も無かった。


「《報告! 方位0.7.5(東北東)より敵と思しき波形を観測、数は7、速力45ktで接近中っ!!》」 

「《くっ……。 モントゴメリーの残存艦は如何なっているっ!?》」

「《そ、それが……重巡は4隻が残存しておりますが2隻が大破、もう2隻も中破炎上、軽巡の残存は1隻のみで大破炎上中、駆逐艦は4隻が残存していますが1隻が大破、残り3隻も損傷が激しく離脱中であると……》」

「《ぐぅ……っ!! 一隻もまともな艦が無いと言うのかっ!!》」


 レーダ員からの報告にターナーは歯噛みし、ワナワナと打ち震えながら声を張り上げ力の限り拳を机に向けて振り下ろす。

 

 程なくして片桐艦隊(タルワ囮艦隊)が有効射程範囲に到着する、が、米重巡デモインのレーダー員が報告した通り、その数は僅か7隻であった。

 先頭を征くのは旗艦霧雨(きりさめ)、その後方より単縦陣で続くのは僚艦霧風(きりかぜ)雪風ゆきかぜ時雨しぐれ……。

 少し遅れて重巡高雄(たかお)、空巡最上(もがみ)熊野くまのが続く。


 しかし霧雨(きりさめ)霧風(きりかぜ)は数カ所に被弾損傷しており、高雄(たかお)も二番主砲塔が大破し右舷も損傷している。

 最上(もがみ)は炎上跡が痛々しく残っており、その後方を征く熊野(くまの)も無傷では無かった。


 片桐艦隊はモントゴメリー艦隊との戦いで空巡三隈(みくま)鈴谷(すずや)、駆逐艦浜風(はまかぜ)巻雲(まきぐも)を喪失していた。

 更に軽巡川内(せんだい)と駆逐艦磯風(いそかぜ)は大破し、磯風に至っては兵装が全損した為、川内(せんだい)と共に沈没艦の乗員の救助を行っている。


 そんな状況の中でも駆逐艦雪風(ゆきかぜ)時雨(しぐれ)は無傷であり、空巡熊野(くまの)の損傷は軽微であった、そして被弾跡の痛々しい霧雨型2隻も速力と火力は未だ現在であった。 

 士気も未だ衰えておらず、寧ろ友軍の危機を救わんとする使命感に燃え、旺盛な戦意を見せている。


 片桐艦隊と松田艦隊は応戦しながらも密に連絡を取り合い、第二艦隊第四戦隊(高雄隊)を原隊に復帰させ米駆逐艦隊を挟撃せんと動いた。


 その日輪艦隊の動きをレーダーによって把握していたターナーであったが、デモイン級打撃巡洋艦3隻を動かす事はせず、後方からのレーダー射撃に専念する方針を崩さなかった。

 それは重巡8隻を擁していたモントゴメリー艦隊を壊滅させた敵の性能を警戒しての事であった。 

 一瞬、主砲の照準を増援(かたぎり)艦隊に向けようかとも考えたが、今までの射撃諸元を棄てるのは愚策かと思い直す。

 また、下手に手を出して増援(かたぎり)艦隊の敵視(ヘイト)自分達(デモイン)に向く事を嫌った。


 そんなターナーの思惑もあり、片桐艦隊の駆逐艦4隻(霧雨(きりさめ)霧風(きりかぜ)雪風(ゆきかぜ)時雨(しぐれ))は比較的自由に動く事が出来た。

 結果論で言えば、それがターナーの失策だった。


 先ずは、と米軽巡3隻を標的と定めた片桐艦隊は、霧雨(きりさめ)霧風(きりかぜ)が最大戦速(70kt)で迫り、その速度のまま距離8,000で主砲と対艦噴進砲を乱射する。

 その様な砲撃など本来なら揺れによって当たる筈も無いのだが、電探射撃装置と砲安定装置で制御される霧雨型2隻の砲撃は極めて命中制度が高く、米軽巡3隻は瞬く間に爆炎に包まれた。

 その爆炎を目印に雪風(ゆきかぜ)時雨(しぐれ)も滑り込み、米軽巡に追撃を掛けトドメを刺していく。


 この戦法は精密な水上電探(レーダー)電探(レーダー)射撃能力を持つ艦に対しては非常に危険な戦法であり、実際霧雨(きりさめ)霧風(きりかぜ)が受けた損傷はボルチモア級のレーダー射撃によるものであった。  

 しかし、それらの性能を持たない艦に対しては非常に効果的である事は、米軽巡3隻を撃破した事で証明している。


 また、戦力に重巡3隻(内2隻は()だが)が加わった(戻った)松田艦隊も攻勢に転じ、米駆逐艦1隻を撃沈、1隻を大破に追い込んでいた。

 此処で大淀(おおよど)がデモイン級からの砲撃を受け後部格納庫が大破するが、格納庫は艦隊司令部に改装されており航空機は搭載されておらず、司令部要員は艦橋と戦闘指揮所に配置されていた為、人的被害は軽微であった。


 松田、片桐両艦隊はそのまま米駆逐艦隊を挟撃し1隻を撃沈、2隻を大破させた。

 日輪側も山雨(やまさめ)夏雨なつさめが被弾するが航行に支障は無く、そのまま攻撃に参加し続けた。


 その状況にターナーは暫し逡巡するが、更にもう1隻の駆逐艦が撃沈された時点で海域からの離脱を決断する。

 このまま戦っても負ける気はしないが、相応の損害は覚悟しなくてはならない事は想像に難くない。

 若しデモイン級を失う事にでもなればハルゼーからどんな叱責を受けるか分かったモノではないだろう。

 尤も現時点で(けしか)けた友軍艦隊は壊滅し、重巡2隻と軽巡駆逐艦を多数失っているのであるから、既に手遅れであろうが……。


 とまれ、海域から離脱を図る米艦隊を日輪艦隊が追撃する事は無く、最後の輸送船の速度に合わせて日輪艦隊も海域より離脱した。

 それによりタルワ撤退戦は輸送船の損害無しと言う、撤退作戦としては大成功を納める形となった。


 だだ、マキリ方面はアイオワ級戦艦3隻を主軸とする打撃艦隊とマキリ囮艦隊が鉢合わせ、艦隊と輸送船団に相当数の損害が出てしまっていた。


 マキリ囮艦隊である第七艦隊第四、第五戦隊は駆逐艦早霜(はやしも)山月(やまづき)が、マキリ護衛艦隊である第一艦隊第三戦隊は駆逐艦天雲(あまぐも)朝東風(あさごち)が犠牲となり、その他の艦艇も満身創痍でナウラに到達し、出迎えた軍関係者を愕然とさせた。


 とまれ、艦艇に多数の犠牲を出しながらも、作戦の総評としては成功といって差し支えない内容となった。

 だが、それによって中部太平洋の要衝であるキルバードは完全にコメリア軍の手に落ちた事を意味していた。

 今後コメリア軍はキルバードを足掛かりにマーセル諸島やトーラクの攻略に乗り出して来る事は間違いなく、日輪海軍は早急なる奪還作戦を求められる事になる。


 しかし、この時既に南太平洋域にもコメリアの反撃の火の手は上がっていたのであった……。


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