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架空戦史・日輪の軌跡~~暁の水平線~~  作者: 駄猫提督
第一章:東亜太平洋戦争
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第百三十六話:キルバード撤退戦③

 砲弾の雨降り注ぐ漆黒の海原を疾走する日輪タルワ囮艦隊、その第二艦隊第四戦隊の重巡高雄(たかお)と空巡三隈(みくま)の艦上は爆炎に包まれ闇夜を赤く染めながら海面を疾走している。


「当てるより避ける事に専念しろ!! 砲撃は当たれば僥倖程度に思えっ!!」


 自艦周辺に立ち上がる水柱の飛沫を浴びながらタルワ囮艦隊旗艦、駆逐艦霧雨(きりさめ)の艦橋で片桐提督が叫ぶ。

 米艦隊の追撃によって第二艦隊の高雄(たかお)三隈(みくま)が炎上、自艦隊も浜風(はまかぜ)巻雲(まきぐも)磯風(いそかぜ)が中破し徐々に追い詰められていた。

 しかし囮艦隊として米艦隊をタルワから引き離す事には成功している為、乗員達の士気は高く維持されている。


 だが此処で霧雨(きりさめ)の水上電探が米艦隊の動きの変化を捕捉する。


「ーーっ!! べ、米艦隊が反転していますっ!!」 

「くっ! 此方の意図に気付いたかっ!! 全艦反転、米艦隊をタルワに行かせるなっ!!」


 戦局は一変し突如攻守が反転した。

 だが其れは日輪艦隊が優勢になった訳では無く寧ろ逆であった。

 このままこの強力な米艦隊が輸送船団に襲い掛かれば、せっかく救助した基地守備隊の兵士達が海の藻屑と化すだろう。

 其れだけは断じて防がねばならないと日輪囮艦隊の艦艇は全速力で米艦隊を追撃する。


 その日輪艦隊の動きを鬱陶しく感じたターナーはモントゴメリーに足止めを命じるが、立場的には同格で有り且つ対立しているターナーの命令をモントゴメリーが素直に行く筈も無く、揉めに揉めた。

 そのせいで指揮が疎かになった所に、70ktの高速で追撃して来た霧雨(きりさめ)霧風(きりかぜ)の集中砲火を受けたモントゴメリー艦隊の駆逐艦が撃沈されてしまった。


 是を受け、モントゴメリーはターナーの命令を受け入れざる得なくなり、已む無く日輪艦隊の迎撃のため再び舵を切った。

 モントゴメリー艦隊の戦力は重巡8隻、軽巡4隻、駆逐艦11隻であり

 対する日輪艦隊の戦力は重巡1隻、空巡4隻、軽巡1隻、駆逐艦7隻である。


 数でも火力でも米艦隊の方が確実に有利である上に、日輪艦隊の半数は損傷している為、普通に考えれば絶望的な戦力差と言えた。

 それでも日輪艦隊は聊かも怯む事無く、旺盛な戦意を見せて格上の米艦隊に襲い掛かった。


 先ずは旋回中のモントゴメリー艦隊の中央に霧雨(きりさめ)霧風(きりかぜ)が最大戦速(70kt)で突撃を仕掛ける。

 重巡8隻が連なるその中央に速射砲を乱射する日輪駆逐艦が横切って来たのである。

 ほぼゼロ距離に近い状況で霧雨(きりさめ)霧風(きりかぜ)は無防備に艦首と艦橋を晒す米ボルチモア級重巡に砲安定装置で制御された15cm連装速射砲の砲弾をこれでもかと叩き込み、ついでにと言わんばかりに艦後部の60㎝連装対艦噴進砲からも試製対艦噴進弾を放った。

 非装甲部に複数の15cm砲弾を撃ち込まれただけでも堪らない所に、無誘導とは言えそれ故に炸薬量の多い噴進弾を叩き込まれたボルチモア級は艦首が大破し艦橋が吹き飛んだ。


 日輪艦隊にとっては惜しくも米艦隊にとっては幸いにも、その艦は旗艦ヴァルガースでは無かった為、隊列は乱れたものの大した混乱には陥る事無く程なくして米艦隊は態勢を立て直した。

 それでも艦橋を失ったボルチモア級は脱落し、日輪新型駆逐艦の存在は絶対優勢と高を括っていた米兵達を震撼させる事となった。

 

 ここで日輪艦隊は照明弾を放ち、水雷戦隊が捨身の突撃を敢行する。


 

 一方でタルワ囮艦隊より【米主力艦隊反転ス】の打電を受けた松田戦隊司令は、待機していたタルワ西上陸地点(タルワ増援隊乗船)の輸送船団に第一艦隊の下まで自力で移動するよう命令した。

 事前に撤退に向けて準備をしていたタルワ西の増援部隊は、速やかな乗船が行えたため何時でも出発できる状態で有ったが、護衛も無く輸送船団だけで移動させるのは危険と判断されタルワ守備隊の乗船が完了するまで待機状態が続いていた。


 本来であれば、第二艦隊第三戦隊(北上隊)がタルワ西の輸送船団の護衛として配置されていたのであるが、タルワ守備隊の撤収が遅れている事を知った増援隊の師団長が、より危険度の高いタルワ守備隊への護衛強化を懇願して来たため、急遽北上隊もタルワ基地南の護衛に合流していたのであった。

 

「報告! 片桐艦隊からの打電によりますと、此方に接近中の米艦隊は電探射撃を有する大型巡洋艦3隻、重巡2隻、軽巡5隻、駆逐艦12隻の規模との事ですっ!!」


 通信員が強張った表情と裏返りそうになる声を必死に抑え、伝え聞いた情報を松田戦隊司令に届ける。


「……出来るなら即座に転進したい戦力差ですな」


「ああ、だが我らの背後には護るべき同胞が居る、断じて退く訳にはいかんよ」


「はっ! 何処までもお供致しますっ!!」


 米ターナー艦隊の打撃巡洋艦3隻、重巡2隻、軽巡5隻、駆逐艦12隻の戦力に対し、日輪護衛艦隊は軽巡2隻、駆逐艦11隻のみである。

 単純な数と火力でも日輪側が圧倒的に劣っているが、夜戦に於いては電探の有無の方が厄介な問題と言えた。


 松田は満員となった輸送艦から第一艦隊の下へ移動するよう命じ、護衛艦隊には敵に向け前進を下令した。

 先頭を征くのは唯一水上電探を備える軽巡大淀(おおよど)、その後を麾下の駆逐艦と北上隊が単縦陣で続く。


「報告っ! 敵艦隊と思しき波形を確認っ!! 距離28,000、方位6.7.5(東北東) 速力50ktで接近中!!」

「敵は既に我々を補足している筈だ、気を抜くな! 速度そのまま艦隊面舵15、全艦左舷砲雷撃戦用意っ!!」


 松田がそう指示を出した次の瞬間、周囲に複数の水柱が立ち上がる。


「弾着確認!! 砲撃を受けていますっ!!」

「よもや臆する者などおるまい!! 方位6.7.5距離27,000に照明弾放てっ!!」


 松田の機敏な指示に部下達も即座に応え艦を動かす。

 全艦の主砲塔が暗闇の中旋回し、そして一斉に射撃する。

 次の瞬間、彼方27,000m先に閃光が放たれ、漆黒の海原を突き進む米艦隊の姿を露わにした。


「左舷砲撃戦、撃ち方始めぇっ!!」


 松田戦隊司令の号令の下、日輪艦隊の主砲が一斉に火を噴き放たれた砲弾が彼方27,000m先の米艦隊に降り注ぐ。

 その砲弾の雨を掻い潜り米駆逐艦が日輪艦隊に肉薄せんと突撃して来る。

 米艦隊の損耗を厭わない動きは、日輪艦隊の背後に展開しているであろう輸送船団の殲滅を優先したいターナー提督の意図を反映していた。

 目の前の日輪艦隊(えもの)だけでも十分なのだが、陸上戦力を満載した輸送船を殲滅出来れば陸軍への貸し(・・)となり、キング司令長官の覚えも良く昇進も早まるだろうと打算があったからである。

 ただ、この時点ではターナーは日輪軍が増援を送り込んでいる(・・・・・・・・・・)と認識しており、撤退作戦だとは思ってもいなかった。


「駆逐艦と思しき艦影12,我が方に急速接近っ!!」

「積極攻勢に出たか、何としても輸送船団を襲いたいと見える……。 全艦、主砲照準を敵駆逐艦に変更し迎撃せよ!!」


 松田は即座に脅威判定を米駆逐艦隊へと移し、単縦陣で列を成す日輪艦隊は猛然と突撃して来る米駆逐艦へ一斉に砲撃を浴びせた。

 米駆逐艦隊の周辺に無数の水柱が立ち上がり、1隻、2隻と爆炎が立ち上がる。

 それでも米駆逐艦隊は使命を全うせんと果敢に日輪艦隊へと肉薄し、距離8,000で一斉に艦を翻し始める。


「雷撃注意っ!!」 

 

 米駆逐艦隊の動きを察知した夜間見張り員が声の限り叫ぶ。

 次の瞬間、横腹を晒した米駆逐艦一隻の魚雷発射管に砲弾が直撃し、巨大な爆炎と共に艦が折れる。

 その爆炎が照らす黒い水面には数十の不気味な光が日輪艦隊へと這い寄っている。


「魚雷接近、魚雷接近っ!!」

「全艦取り舵三十度即時転舵! 雷撃の間隙を縫え!」

 

 松田の指示によって日輪艦隊各艦はその場で一斉に左に転舵を始める。


「対雷掃射、撃ち方始めぇっ!!」


 迫り来る魚雷に艦首を向けた日輪艦隊は一斉に海面に向けて機銃掃射を行う、気休めだがやらないよりはマシと言う判断である。

 だが、その間も日輪艦隊は米駆逐艦の近距離射撃と後方から悠然と行われる米巡洋艦からの電探射撃に晒されている。


 幸いにも距離25,000から行われる米巡洋艦の電探射撃は至近弾になってはおらず、回避行動を取りつつ行われている米駆逐艦隊の近距離射撃も命中弾には程遠かった。

 然し其れは日輪艦隊も同様であり、数と質量で勝る米艦隊に今だ駆逐艦1隻の損害しか与えられていないのである。


 80ktの速度で海面を奔る数十本の魚雷の不気味な光が日輪艦隊の目と鼻の先へと到達する、此処から僅かでも操舵を誤れば一巻の終わりとなるだろう。

 艦長と操舵手そして見張り員は、全神経を迫り来る不気味な光に向け艦を操舵する。

 敵艦からの砲撃による水柱と水飛沫の妨害を受けながら、日輪艦隊は一本、二本と魚雷を躱して行く。


 只でさえ数も火力も劣っている、こんな所で一隻とて沈む訳にはいかない、自分達の背後には死地から生還した同胞が乗る船が在るのだ。

 その思いが軍艦乗り達を奮い立たせ、無数とも思える不気味な光に立ち向かわせている。


「魚雷全弾回避成功っ!! 損耗艦無し、損耗艦無しっ!!」


 通信員が感涙を押し殺し声を張り上げ報告すると、松田は大きく息を吐き、参謀達も胸をなでおろした。


 だが、気を緩める事は出来無い、敵駆逐艦にはまだ魚雷が残っている可能性が有るし、奥には電探射撃が可能な重巡と大型巡洋艦も控えているからである。


 しかし結論を言うと米駆逐艦への警戒は杞憂であった。

 米艦隊がタルワ囮艦隊と接敵した際、ターナー艦隊の駆逐艦隊はモントゴメリー艦隊を押し退け日輪艦隊を追撃した。

 その際、搭載魚雷の半数を放出しており、先程の雷撃で米駆逐艦隊は全ての魚雷を使い切っていたのである。


 とは言え砲火力は未だ健在であるし、デモイン級打撃巡洋艦とボルチモア級重巡洋艦の存在もある。

 また、米軽巡5隻の魚雷は未だ半数が残っているので、魚雷の脅威が全く無いと言う訳ではなかった。


 日輪艦隊は杞憂である米駆逐艦の雷撃を警戒しつつ反撃を行い、単縦陣を維持し弧を描きながら米艦隊主力と米駆逐艦隊の間へと突入する。

 これは米主力艦隊がこの場を駆逐艦隊に任せて日輪輸送船団の下へ進撃しようするのを阻止する為の行動であった。


 だが其れは、よく言えば敵艦隊の分断であるが、悪く言えば挟撃されると言う事でもある。

 目的が敵の漸減、撃滅で有れば駆逐艦隊を各個撃破した後、主力艦隊を追撃するのが定石で有ろう。

 しかし松田に課せられた使命は敵の撃滅では無く、輸送船団の護衛であり、その護衛対象を囮に使う事は断じて許容できる事では無かった。


 故に松田は米主力の進撃を阻止するべく、挟撃される事を覚悟の上で敵艦隊の間に割って入る針路を執ったのである。

 

「敵主力、艦隊右舷二時方向、距離8,000!!」

「照明弾放て、右舷雷撃戦用意っ!!」


 大淀(おおよど)から放たれた照明弾によって、再び米艦隊の姿が閃光の下に晒される。

 日輪艦隊は左舷で米駆逐艦隊を相手に砲撃戦を行いつつ、右舷の米主力艦隊に魚雷発射管を向け松田の号令を待っていた。


「……全艦、魚雷放てっ!!」


 松田の号令を受け、各艦の水雷長が発射角度を調整し今まさに魚雷を放たんとした次の瞬間、砲撃による複数の水柱と共に、駆逐艦秋潮(あきしお)が爆ぜた。


「全艦魚雷発射!! 目標到達まで3分15秒!!」

秋潮(あきしお)被弾!! 機関損傷、艦隊より脱落っ!!」

「ーー敵主力より距離を取る、最大戦速、取り舵15、秋潮(あきしお)は速やかに戦域より離脱せよっ!!」


 松田戦隊司令が眼光鋭く声を張り上げ指示を出し、艦隊は機敏に応えていく。

 そんな中で速力の落ちた秋潮(あきしお)は艦隊から離れて行き、暗闇の中に消えて行った。

 秋潮(あきしお)はこの後、集中砲火を受け撃沈される事になる……。


 数分後、米重巡2隻と米軽巡1隻から巨大な水柱が複数上がり、日輪軍の放った照明弾の光の下、爆炎と共に艦が砕け仄暗く光刺す海底へと没して行った。

 だが、最新のレーダーとソナーを備えたデモイン級打撃巡洋艦3隻はギリギリで魚雷を躱す事に成功していた。

 

 しかし僚艦3隻を失ったターナーは激高し全艦に日輪艦隊の撃滅を命じる。

 レーダー射撃能力を有するデモイン級を狙って接近して来る日輪艦隊の動きを事前に察知していたターナーであったが、当初は雷撃距離に接近される前にレーダー射撃で撃滅出来ると高を括っていた。

 しかし、米艦隊側の射撃タイミングを把握しているかのような艦隊運動を見せる日輪艦隊にデモイン級とボルチモア級は命中弾を与える事が出来ず雷撃を許す結果となってしまった。

 其れは艦隊司令として、松田の方が一枚上手であったと言える。


 その事実にターナーは歯噛みし、自身に屈辱を与えた松田への恨みで激高し撃滅を指示したのである。

 結果として日輪輸送船団は助かったが、護衛艦隊は窮地に陥る事となる。

 戦力的には米艦隊が有利で有り、ターナーは人格に問題は有れど、軍人としては比較的優秀な部類に入る。

 同じ失敗を繰り返す事はせず、日輪艦隊と一定の距離を取りレーダー射撃を以って徐々に追い詰める戦法に切り替えて来た。


 既に魚雷を撃ち尽くし、戦力的に劣る日輪艦隊は徐々に追い詰められていく事となる……。


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