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架空戦史・日輪の軌跡~~暁の水平線~~  作者: 駄猫提督
第一章:東亜太平洋戦争
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第百三十四話:キルバード撤退戦①

 日輪艦隊が夜戦の編成をしていた同時刻の米第七機動艦隊。

 空母エンタープライズの艦橋で魔王(サタン)撃退の報を受けたハルゼーは葉巻を吹かしながら微妙な表情を浮かべていた。

 魔王(サタン)を撃退出来た事は、ハルゼーにとっても米国にとっても大きな一歩であるが、その対価が余りにも大き過ぎたからである。


 魔王(サタン)撃沈出来た(・・・・・)と言うなら納得出来るし歓喜もしたであろう。

 しかし魔王(サタン)は傷付きながらも健在で在り、陸空軍に無理を通して編成させたB29-D<デビルバスター>は半数近くが撃墜されてしまっていた。


 また、ハルゼーの部下の中には魔王(サタン)の敗走が珊瑚海の時の様な欺瞞であるのではないかと疑心暗鬼に陥る者もいた。

 ハルゼーはその疑念を一蹴したが、将官の中には不安を払拭できない者も少なく無く、エンタープライズの艦橋は勝利に歓喜するでも無く微妙な空気が漂っている。


「《魔王(サタン)が手傷を負った事は間違いない、珊瑚海の時とは違い要衝であるキルバードの防衛を放棄してまで我々を誘引する必要性は無いからな》」


「《はい、しかし将官だけでなく下士官にまで魔王(サタン)の欺瞞を疑う者が居る様で……》」


 日の落ちかけた水平線を睨みながら葉巻を片手に語るハルゼー、その言葉に参謀が眉をへの字に下げながら艦内の状況を報告する。

 それを受けハルゼーは歯噛みするも特に何を言うでも無かった。

 彼自身、あの時の事はトラウマに近い状態となっており、将兵の不安も理解出来るからである。


「《……ともかく夜襲を厳に警戒しろ、連中(ジャップ)は地上の守備隊(なかま)を助けに必ず夜に仕掛けて来る、一匹たりとも逃さず殲滅してやるのだ!!》」


 いつもの高笑いとは違い低く怒気の籠ったその声に参謀は緊張した面持ちで返事と敬礼をし、全艦に通達を行う為にその場を足早に立ち去った。


 そのハルゼーの警戒は正しく、日輪艦隊は日没と共にキルバードを目指し行動を開始していた。


 ・


 ・


 一方、闇に紛れ単縦陣を成し漆黒の海原を突き進む日輪艦隊。

 艦内の灯火は最小限、赤色灯が通路を朧げに染め、緊張と沈黙が空気を支配している。

 乗組員達はそれぞれの持ち場に張り付き、耳を澄ませて緊張と共に命令を待つ。

 艦隊の先頭を征くのは最新鋭駆逐艦である霧雨型の一番艦霧雨(きりさめ)である。 


 長良型軽巡洋艦と同等の全長とそれを超える全幅を有する霧雨型は排水量で軽巡である長良型を超えている。

 更に高雄型重巡洋艦の如き巨大な艦橋と、その後部にそびえる複雑な電探構造物は我々の世界のイージス艦を彷彿とさせる。

 その最新型電探(レーダー)を駆使し周囲40km四方を索敵する霧雨(きりさめ)と姉妹艦霧風(きりかぜ)だが、艦内外の見張り所には訓練された夜間見張り員を配置しており、慢心する事無く目を皿の様に任務に従事していた。

 これは電探(レーダー)には映らないかも知れない痕跡を見逃さない為である。


 その時、電探員の身体が反応を示す。


「報告、電探に敵艦と思しき波形を捕捉致しました、数は20以上、方位2.2.5、距離42,000! 速度緩慢にして西へ直進中であります!」


 最新の電探表示板(レーダーパネル)に表示される大小複数の輝点を見ながら報告する電探員の声は、抑制された熱を宿している。

 

「艦種は特定出来るか?」


 片桐提督は眉をわずかに動かし、声を潜め発言する。


「断定はまだですが、中型艦10乃至12、小型艦10以上の波形を捕捉しています」


 報告を受けた片桐は窓の外、夜の海をじっと見た。

 星々は雲に隠れ、海は闇と一体となっている。


「ふむ、全艦左舷砲雷戦用意、取り舵15、速度そのまま、各自無電沈黙を厳守せよ」


「はっ」


 片桐提督の指示に参謀が小さく声を発し各所に指示を出す。

 艦内では沈黙の中にも確かな連携を以って乗組員たちが声を荒げる事なく己が使命を全うする。


「さて艦長、気付かれず何処まで近づけるかな?」

 

 片桐は静かに息を吐き、横に立つ艦長に囁く。


「かの殴り込み作戦の様に夜の闇が味方してくれれば良いのですがね」


 艦長が苦笑しながら言う。

 それを受けて片桐もまた僅かに口角を上げた。


 ” 殴り込み作戦 ”

 第一次ソロン海海戦の別名であり、後世まで日輪海軍史に輝く名海戦である。


 だが、今現在の状況は第一次ソロン海海戦の時とは一変している。

 寧ろあの海戦が皮切りになったと言っても良いだろう。


 そう、電探(レーダー)電探(レーダー)射撃の存在である。

 電探(レーダー)の普及と電探(レーダー)射撃の精度向上によって、事実上、日輪海軍の誇る野戦は意味を成さなくなって来ている。


 当然、片桐提督も霧雨艦長もそれは把握しているため、昔を懐かしむ様に苦笑しているのだ。


「敵艦隊との距離38,000、挙動に変化無し。 我が方の存在、未だ未確認と見受けられーー待って下さい、更に敵艦と思しき波形を捕捉! 数は約20、方位2.3.0、距離42,000! 大型艦の波形を確認!」


「ぬぅ……我が方は水雷戦隊を中心とした13隻、敵は大型艦を含む40隻以上ですか、厳しい戦いになりそうですな」


「うむ、だが敵の全てを撃沈する必要は無い、全ての敵を我々の下に引き付ければ良いだけだ、そう考えれば聊か楽に思えるだろう?」


 普通に考えれば絶望的な戦力差に、片桐提督は聊かも臆する事無く不敵な笑みを浮かべそう言い切った。

 無論、それは生還は困難であると覚悟を決めている故でもあった。


 そして其れは艦長以下、乗組員達も同じであり皆が精悍な顔つきで片桐の言葉に同調する。


 やがて敵艦隊との距離が30,000を切ろうとしたその時、電探員が反応する。


「ーー敵前衛艦隊に動き有り! 進路を我が方に向け、速力20ktで接近中!!」


「この距離まで我等に気付かんか、敵も旧式艦が混ざっていると見える」

「まぁ、我が方も他所様の事を言えた物では有りませんがね……」


 片桐の言葉に参謀が苦笑しながら言った言葉は実際的を射ていた。

 タルワ囮艦隊で真面な水上電探を装備しているのは霧雨(きりさめ)霧風(きりかぜ)、そして第二艦隊の再編中に改装を受けた重巡高雄(たかお)のみであった。

 最上型空巡4隻は航空管制の為の対空電探が新設されているが其の性能は限定的で有り、水上電探に至っては据え置きとなっている。


「敵速30に増速、距離27,000っ!!」

「え? て、敵艦隊より入電有りっ!!」

「ふむ? 読み上げろ」

「は、はい! 【我は第38任務部隊旗艦ヴァルガース、貴艦隊の所属艦名を明らかにされたし】以上です!」

「ふむ、律儀な事だな、では是を返答としよう。 左舷砲撃戦、撃ち方(うちぃかぁた)始めぇっ!!」


 返答と称した片桐の号令で霧雨(きりさめ)霧風(きりかぜ)の主砲が軽快な駆動音と共に旋回し射撃を開始する。

 霧雨型の主砲である15㎝連装汎用速射砲は1分間に120発の砲弾を発射する事が可能であり、砲身冷却装置によって途切れる事なく射撃を継続出来る。

 更に電探(レーダー)射撃装置と砲安定装置をも備え、この時代に於ける最先端技術を詰め込んだ近代砲であった。


 その最先端の近代砲から放たれる無数の砲弾は、迫る米艦隊の鼻先へと撃ち込まれ其の足を鈍らせた。

 だが、その他の日輪艦艇には敵の姿が見えていない為に砲撃に参加出来ず、米艦隊に決定的な損害を与えるには至らなかった。

 

「《ぬぉっ!? やはりジャップかっ!! 取り舵45、全艦砲撃を開始しろっ!!》」


 敵味方識別の為に不明艦(アンノウン)に向けて打電した直後、自艦隊の鼻先に砲弾の返答を受けた米艦隊司令モントゴメリーは怒りの籠った声で麾下の艦艇に砲撃命令を下令する。

 その命令に従いボルチモア級重巡8隻、クリーブランド級軽巡4隻、フレッチャー級駆逐艦12隻が一斉に左に舵を切りながら主砲を闇に潜む日輪艦隊へと向け射撃を開始した。

 更にモントゴメリー艦隊の後方に展開していたデモイン級打撃巡洋艦を擁するターナー艦隊も事態に気付き動き出す。


 日米両艦隊はレーダー射撃装置を持たない艦の為に互いに照明弾を打ち上げ撃ち合う事となる。

 日輪艦隊の目的は米艦隊の誘引であるが、手を抜いた攻撃では囮である事を見抜かれる危険性が有る為、その攻撃は全力を以って行われた。


「《ええい、モントゴメリーは何をやっておるのかっ!! これではサヴァ島沖海戦の二の舞ではないか、忌々しい糞猿(ファッキンジャップ)どもにこれ以上好き勝手させるなぁっ!! 駆逐戦隊をモントゴメリーの前に出せっ!! デモイン級3隻とボルチモア級2隻は相対距離を維持したままレーダー射撃でジャップを仕留めろっ!!》」


 ターナー艦隊旗艦、打撃巡洋艦デモイン号の艦橋では、艦隊司令である『エルモンド・C・ターナー』海軍少将が苛立ちを隠す事も無く激昂しながら指示を出していた。

 彼の艦隊の駆逐戦隊(軽巡5隻、駆逐艦12隻)は前衛に展開していたモントゴメリー艦隊を押し退ける様な形で前面に進出し、日輪艦隊への追撃を開始する。


 このターナーの勝手な行動にモントゴメリー提督は抗議するが、ターナーは敵を射程に収めて於きながら日輪艦隊の先制攻撃を許した事を指摘し、更にモントゴメリー艦隊を無能呼ばわりし嘲笑したのであった。

 交戦規定通りの行動を無能呼ばわりされたモントゴメリーは当然激怒し、ターナーに負けじと艦隊速力を上げて日輪艦隊を追撃する。

 

 この米艦隊の動きは日輪艦隊にとって好都合であり、時折り攻勢を感じさせる行動を取り挑発した。

 これによりタルワ囮艦隊は輸送船団の揚陸予定地点から米艦隊を大きく引き離す事に成功する。

 この時、ターナーもモントゴメリーも日輪艦隊の動きに不審な点を感じていたものの、互いへの対抗心が邪魔をして退く事が出来なかった。


 ・


 一方、輸送船団の護衛である第二艦隊第二第三戦隊はタルワ囮艦隊の作った隙を頃合い良く突き、松田司令の指揮の下、タルワ環礁への突入を開始していた。

 輸送船団の揚陸予定地点は二ヵ所有り、増援として送り込まれた陸軍第73師団と海軍陸戦隊(タルワ援隊)の部隊が陣地を構築しているタルワ環礁最西端とタルワ守備隊が立て籠もるタルワ基地から南の外れである。


 増援隊の救出には第二艦隊第三戦隊(軽巡北上(きたがみ)、駆逐艦初春(はつはる)初霜はつしも子日ねのひ)が輸送船10隻を伴い向かった、増援隊とは作戦概要の連絡は付いているので問題無く遂行できると思われる。 

 問題は松田司令率いる第二艦隊第二戦隊(軽巡大淀(おおよど)、駆逐艦山雨(やまさめ)秋雨あきさめ夏雨なつさめ早雨はやさめ高潮たかしお秋潮あきしお春潮はるしお若潮わかしお)と同戦隊が伴う15隻の輸送船が目指すタルワ基地南への接近で有った。

 現在当海域を哨戒する米艦艇は囮艦隊によって引き剥がされているので敵艦から砲撃を受ける心配は無かったが、問題は地上の砲郭(トーチカ)から敵と誤認されて攻撃されないかと言う事であった。


 タルワ撤退作戦の概要はナウラ基地や増援部隊より暗号電文でタルワ守備隊まで送られている。

 問題はその電文をタルワ守備隊が受け取っているのかが不明瞭だと言う点である……。

 若し電文が伝わっていない状態で輸送船団が近づけば、タルワ守備隊はそれを敵と認識して攻撃して来る可能性が高い。


 その為、先ずは伝令を乗せた短艇を先に上陸させ、タルワ守備隊と意思疎通を図る必要があった。

 

 作戦本部と連絡の付く増援隊から事前にタルワ基地へ伝令を送れるなら貴重な時間を浪費せずとも良かったのだが、増援隊の陣地とタルワ基地の間には25,000の米上陸部隊が陣地を形成している。

 タルワ島はL字を逆にしたような形状をしている細い地形である為、米軍陣地を突破して伝令を送る事は物理的に不可能であった。


 短艇は音を立てない様に静かにそして速やかに海岸へと接近していく、この地点でタルワ守備隊に発見されれば敵と誤認され攻撃されるし、そうなれば最悪米軍側にも作戦が露呈してしまう、その事を理解する短艇の乗組員達は慎重にオールを漕いでいく。


 無事に海岸に辿り着いた短艇からは3名の伝令が降り立ち、仲間に見送られながら静かに基地方向へと進み始める。

 先頭の兵は日輪国旗を掲げ慎重に進む、米兵に見つかれば即攻撃されるだろうが、味方に誤射されるよりはマシで有ろうと言う判断だ。

 真ん中の兵は背中に大荷物を背負っている、彼は通信兵で有り背負っているのは指向性蒼子波通信装置である。

 殿の兵は銃を構えて周囲を警戒しながら先の二人に追従している。

 通信兵は時折指向性短距離通信にてタルワ基地に呼び掛けるが応答は無かった。


 その時、林の陰から物音が聞こえた、伝令達は反射的に身を屈めるが大きな日輪国旗がその行動を無意味にしていた。


「そこの3名、武器を捨て両手を上げて地面に伏せろ!」


 突如、林の陰から聞こえる男性の声と複数人の足音、放たれた言葉が日輪語である事に安堵しつつも伝令兵達は速やかに言葉に従い武器を捨て地面に伏す、が国旗だけは伏した体勢でも倒さぬよう必死に掲げている。


「……日の丸に敬意を持っているなら本物の日輪人か、何者だ?」


「はっ! 自分は大日輪帝国海軍第二艦隊第二戦隊旗艦、大淀陸戦隊所属の芦田二郎上等海兵であります! 松田戦隊司令からの伝令として参りました!」


 その芦田上等海兵の言葉に林に潜む者達が姿を現す、そこには日輪帝国陸軍の軍服に身を包んだ精悍な顔つきの日輪兵4名が立っていた。


「……松田閣下の伝令、つまり救助部隊が来たと言う事か」

「ーー! 左様であります! 作戦は伝わっていたのでありますね!」


 陸軍兵士の言葉に国旗を手に持つ芦田上等海兵の表情がパアっと明るくなるが、陸軍兵士の表情は反比例して曇っていった。

 その空気を察した芦田上等海兵の笑顔も曇り、後ろの二人も不穏な空気に顔を見合わせている。


「あの……?」


「ああ、うむ……。 その件に関して何だが、現在司令部内で意見が真っ二つに割れているのだ……。 つまりだな、撤退派と……玉砕派(・・・)にな……」


 バツが悪そうに発せられた陸軍兵士の言葉に芦田達の表情が一気に引き攣る、これは非常に拙い事態であると、一兵卒に過ぎない彼等にも理解出来たからだ……。


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