第百三十二話:超空雷撃隊
「敵機急速接近っ!!」
「直掩機と救援機は何をやっておるのかぁっ!!」
「どちらも、全滅です……っ!!」
「んなぁっ!?」
日輪軍機を蹴散らし武蔵に迫る米攻撃機、その現状に和田艦長は愕然と目を見開き狼狽える。
「ーー多連装対空噴進砲全弾発射!! 後、各銃座弾幕展開!!」
狼狽する和田に変わり対空防御の指示を出したのは誠士郎であった。
艦長権限を無視した越権行為では有るのだが、和田を含め誰もそれを咎める者は居なかった。
そもそも栗田から対空防御の指示はとっくに出ており他の艦は弾幕を展開している、高速で突っ込んで来る敵機に狼狽え艦長から迎撃指示が出ていなかった武蔵が単艦で出遅れていたのだ。
僚艦に遅れながらも武蔵の上部建造物両舷に備わる多連装対空噴進砲から対空噴進弾が発射され、直後各銃座が弾幕を展開する。
ただ対空噴進弾は無誘導弾であるため、威嚇程度の効果しか無く実際の迎撃は機銃座に任された。
しかし超音速で飛来する米攻撃機に対し、弾幕ですら最早気休めにしかならなかった。
「敵機直上っ!!」
「んなぁっ!?」
弾幕を難なく潜り抜けた米攻撃機は武蔵直上で可変翼を広げ機体を安定させる。
「《今だ、爆弾投下!!》」
「《了解!!》」
操縦士の声に後部座席の火器管制官が機敏に応え、投下レバーを力の限り引き切る。
刹那、米攻撃機に搭載されていた歪な形をした爆弾が機体から切り離され、慣性と重力に従って落下していく。
「《爆弾操作開始》」
その言葉と共に後部座席の火器管制官が座席のモニターで爆弾の軌道を操作し始める。
日輪軍の晴嵐が使用した誘導兵器に比べれば誘導性能は格段に低いが、発想は同じリモート誘導である。
爆弾は軌道を修正しながら武蔵へと迫る、その次の瞬間、武蔵直上数十メートルで爆弾が空中分解し、6つに分かれた弾体が武蔵に直撃すると凄まじい炎が一気に燃え上がった。
更にその集束爆弾は次々と投下され武蔵の甲板や上部建造物は正に火の海となる。
「んなぁあああ……何だぁこれわぁああああっ!!」
「す、凄まじい炎が甲板全体に広がっていますっ!!」
「な、なら早く消火せんかぁあああああっ!!」
「だ、駄目ですっ!! 只の炎では無い様で……火の勢いが止まりませんっ!!」
「んなぁあああああっ!!?」
突然の炎に和田は完全に狼狽し喚き散らす事しか出来ていない、しかし栗田や誠士郎も解決策を見出せないでいた。
先ず水や消火剤での消火が殆ど効果を出せず、勢いも全く衰えない。
まるで燃料タンクにでも火が付いた様な火災が広がっているのである。
然しこの世界の軍艦には燃料タンクなど存在せず、その対処方法を習得している者は少ない。
そも、398mの武蔵を覆う程の炎など、人の手だけで消火する事など不可能であった。
「各銃座及び砲座より退去許可要請及び救援要請多数っ!!」
「艦外配置員、死傷者多数っ!!」
「んなぁ……な……な……」
「艦長、御指示をっ!! 」
「な……な……な……」
「くっ! 艦外作業者は艦内に非難! 機銃座及び噴進砲座は放棄!! 鉄人による消火、救出作業は可能かっ!?」
この攻撃で被害を被ったのは艦外作業員や機銃、噴進砲員達であった。
一刻を争う状況で愕然と固まる和田に、痺れを切らした誠士郎が指揮を取り始めた。
「だ、駄目ですっ!! 鉄人の耐熱温度を越えています、あと周囲の酸素が足りず搭乗者が窒息しますっ!!」
「……くそっ!!」
消火も出来ず救出も出来ない、つまりそれは銃座から動けない機銃要員達の生存は絶望的と言う事になる、誠士郎は端正な顔を苦悶に歪め椅子の肘掛けを殴りつけた。
「鉄人が耐えられない炎、蒼燐焼夷弾か……」
「それも、自燃性能に特化させた物の様で、それを戦艦に向けて使用するとは……」
燃え盛る炎を見据えながら栗田がぼそりと言葉を零し、それに隣の参謀が応える。
日輪軍も焼夷弾の開発は陸海軍で行っているため栗田達にも知識は有った、しかし本来焼夷弾は地上施設の焼き討ちに使用する兵器で有り軍艦に向けて使う等と言う発想は日輪軍には無かった。
軍艦の外部には延焼を引き起こす可燃物は微細であり、鉄の塊を燃やした所で大した効果は得られないと考えていたからだ。
しかし、その常識を覆して来たのが自燃性能を特化させ、かつ物量で火災範囲と火力を向上させる事を前提とした蒼燐焼夷弾であった。
つまり装甲を貫けないなら、中の人間を窒息乃至蒸し焼きにすれば良い、と言う発想の兵器である。
だがハルゼーは蒼燐焼夷弾単体では魔王を倒すに至らないと考えていた。
その考えは正しく、大和型戦艦の相転移装甲は燃え盛る業火をものともせず、艦内にいた乗組員達への被害は皆無であった。
相転移装甲で護られていない噴進砲塔や艦外との出入口付近に居た者はその限りでは無かったが……。
とまれ、派手に燃え上がっている割には武蔵への艦体被害は大したものでは無かった。
問題が有るとすれば視界不良と火災の粒子乱流による電探の不備、何より対空防御が出来なくなった事で有ろう。
武蔵が十分に火達磨になった事を確認した米攻撃機は、その牙を紀伊と尾張、そして伊勢と日向に最上型空巡へと向ける。
米攻撃機は徹底的に日輪艦隊の対空防御力を削ぎ落しに掛かっている様に見えた。
そしてそれは、それこそがハルゼーの対魔王への布石で有った。
「戦艦紀伊、尾張炎上っ!! 吾妻型重巡にも被害が出ていますっ!!」
「第二艦隊、伊勢と日向及び最上型空巡も炎上中っ!!」
「連合艦隊司令部に零空派遣の要請をしてくれ!! 此方の状況を詳細に伝えるんだっ!!」
「駆逐艦霧雨より入電!! 方位2.2.5(1時方向)及び1.1.2(4時方向)より敵大型航空機編隊接近っ!!」
「同じく駆逐艦霧風より入電!! 方位0.9.0(3時方向)より敵艦隊急速接近中っ!!」
「くっ……観測班は接近中の大型機と敵艦隊への警戒を厳と成せ!! ……艦隊は分かるけど、大型航空機の投入だって? 米軍の司令官は何を企んでいるんだい?」
次々と送られてくる情報に、本来その役目を全うしなくてはならない和田艦長は茫然自失としたままであった。
そのため誠士郎は艦長に変わり的確に指示を出し、そして顔すら知らない敵将に問い掛ける様に独り言ちる。
この時、米攻撃機の放つ蒼燐焼夷弾によって主力艦が火達磨状態となっている日輪艦隊は統制すら取り辛い状況となっており、焼夷弾の被害を受けていない駆逐艦等の小型艦艇が文字通り目と成り耳と成り観測情報を主力艦に伝えていた。
だが当然、その様なやり方では対応は後手に回ってしまい、米航空編隊は隊列が崩れ炎上する日輪艦隊を眼下に捉えていた。
「拙い流れだな、米軍に翻弄されている……」
栗田は眉間に皺を寄せ独り言ちるが、艦橋要員は各部からの対応に追われ誰も気付かなかった。
「敵機視認! 接近中の編隊は……B29ですっ!!」
「なっ!? B29だって!?」
「か、艦隊に絨毯爆撃でもする気かっ!?」
接近して来る敵大型機の正体は超空の要塞、ゴーイングB29戦略爆撃機であった。
だが戦略爆撃機とは前線から離れた敵国の地上施設を破壊する為の物であり敵部隊が展開している最前線に投入するものでは無い。
そのため突然のB29の登場に日輪海軍は困惑した。
一方で高高度より日輪艦隊の姿を視認している米B29編隊は破號弾を警戒し広範囲に展開しながら一気に高度を下げて行く。
その全長76mの巨鳥の腹には直径2m超、全長約20mの黒い物体が抱えられている。
その様子は駆逐艦霧雨の高感度望遠カメラにて確認され、即座に武蔵へと伝えられた。
それを聞いた誠士郎は直感的に危険を感じ、操舵手に蛇行する様指示を出した。
やがて炎に視界を遮られた武蔵の窓からも、超空より舞い降りて来る巨鳥の姿が視認された。
「まさか、そんな……けどあの機動は……戦略爆撃機で、雷撃するつもりなのかっ!?」
誠士郎が思考を巡らせ、自身の中の常識と目の前の現実をぶつけ、そう結論付けた。
B29の腹に抱えられたものは巨大な魚雷であり、本艦に対して雷撃を敢行せんとしているのだと。
果たしてその結論は正解であった。
本大戦以前、航空機で戦艦を撃沈する事は不可能だと言うのが常識であった、それは当時の航空機の性能では戦艦を撃沈し得る攻撃力を持った魚雷は搭載出来無かったからだ。
しかし日輪軍による翠玉湾攻撃とマルー沖海戦の結果はその常識を覆えしたのだ。
それを可能としたのは航空機の大型化とそれに伴う積載重量の増加によるものであった。
では、再び現行の航空機による攻撃では歯が立たない艦船が出現した場合は如何すれば良いか?
その答えへの道筋は一つでは無く様々な方法が有るだろう、その中でハルゼーが選んだのは非常に彼らしい単純な答えであった。
即ち、巨大な魚雷を作り、巨大な航空機に運ばせ魔王にぶつける、と言うものである。
そんなハルゼーの単純な答えを体現したのが、220cm対魔王魚雷であり、それを運用する為の専用の機体こそゴーイングB29-D<デビルバスター>であった。
B29-D<デビルバスター>の総数は80機、武蔵の1時方向と4時方向より広範囲に展開しながら急速に高度を下げつつ接近していた。
このとき第二、第七艦隊の巡洋艦や駆逐艦は東側から接近中の米艦隊の対応に追われ、武蔵の対空防御は魚雷を撃ち尽くした第九艦隊の8隻が担っているが、その防衛力は明らかに足りていなかった。
もし霧雨型の対空誘導弾が残っていれば違ったのであろうが……。
そんな状況下で遂にB29-D<デビルバスター>が牙を剝く。
巨大な機体が海面擦れ擦れを飛行し腹に抱える巨大な魚雷を次々と切り離す。
大の大人が立ったまま乗れる大きさの巨大な魚雷は激しい水飛沫と共に水中で推進機を起動させ、80tkの速力で獲物に群がる魚群の如く武蔵目掛け海中を駛走する。
「ひ、左舷より多数の魚雷接近っ!!」
「んなぁ……い、いや! この艦に魚雷は効かん! お、恐れる事は微塵もなぁいっ!!」
「ーー駄目です! 緊急回避、急いでっ!!」
迫る魚雷に声が裏返りながらも虚勢を張る和田、その彼の意見は即座に部下である筈の誠士郎によって拒否され緊急回避が指示された。
誠士郎の指示によって武蔵は側面噴進機を駆使し回避機動を取り始める。
1本、2本、巨大な魚影が武蔵の両舷を擦り抜けて行く。
だが次の瞬間、武蔵の左舷中央付近より凄まじく巨大な水柱が立ち上がる。
「うわぁああああああっ!!」
「きゃぁああああああっ!!」
「んなぁぁあああああっ!?」
それは誰もが武蔵に乗艦して以降、初めて経験する振動であった。
武蔵は今なお炎上する甲板に大量の水飛沫を浴びながら揺動する。
「ひ、左舷喫水線下外殻損傷っ!!」
「なっ!? 980mm相転移装甲が破られたと言うのかっ!! 浸水は!?」
「今の所は確認出来ておりません、内殻緩衝機構が機能しているようです!」
「左舷より更に魚雷接近!!」
「み、右舷からも魚雷接近!!」
「くっ! 針路そのまま最大戦速!!」
四方より迫り来る魚雷に囲まれる武蔵、舵取りでは避けられないと悟った誠士郎は速力で魚雷から逃れようとする。
然し次の瞬間、武蔵の両舷より凄まじく巨大な水柱が連続して立ち上がった。
魚雷の破壊メカニズムとは、炸裂により発生した衝撃波によりバブルパルスが発生しバブルジェットとして最も近場の物体(艦体の外殻)に何度も叩き付けられる。
その威力は我々の世界に於ける一般的な53.3cm魚雷で5万気圧の3000℃を超えるガスが一瞬にして発生し秒速7.6kmの衝撃波となって襲いかかって来る。
当然、蒼燐炸薬を使用するこの世界の魚雷の破壊エネルギーはその比では無く、220cm対魔王魚雷の威力など我々の世界と比べる事すらナンセンスと言えるだろう
その強大な破壊エネルギーの前に、無敵を誇っていた大和型戦艦の装甲が遂に打ち砕かれたのである。
「左舷中央喫水線下外殻破砕っ!! 浸水発生っ!!!」
「んぁああああああっ!! ど、どどどど如何言うことだぁああっ!? この艦には魚雷は効かないのでは無かったのかぁあ!! 景光、あの青二才め!! 騙したなぁああああっ!!」
「艦長!! いい加減に冷静になって下さい!! 人に手によって造られた物は何れ人の手によって壊される、自明の理でしょう!!」
「う……ぬぁ……」
艦の於かれる状況に喚く事しかしない和田を、遂に誠士郎が一喝する。
和田も自覚は有ったのか気まずそうに視線を泳がせ口ごもる。
その時、武蔵の右舷後方数kmから轟音と共に爆炎が立ち上がった。
「い、今の爆発音は何だぁっ!?」
「く、駆逐艦霧風より入電! 尾張が……尾張が轟沈っ!? お、尾張が、沈みましたっ!!」
「なっ!?」
通信員の動揺した声が艦橋に響くと、その内容に誰もが驚愕した。
然も有ろう、戦いの果ての撃沈ならまだ分かる、だが轟沈とは瞬く間に成す術無く沈むと言う事である。
即ち大和型に劣るとはいえ、大日輪帝国の技術の結晶たる紀伊型戦艦が一撃で沈んだと言うのである、信じられないのも無理からぬ事であった。
戦艦尾張の最後は、駆逐艦霧風が目撃していた。
その霧風の観測員の話によると武蔵の回避した対魔王魚雷の一本が運悪く尾張の左舷二番主砲塔直下に被雷、その一撃で既に艦が砕け折れていたが、更に追い打ちを掛ける様に弾薬庫が誘爆し大爆発を起こしてしまったと言う事であった。
「米国も水晶兵器の開発に成功したと言う事か……」
栗田が重苦しい声で発言すると参謀達の表情が強張る。
尾張は弾薬庫が誘爆する前に既に艦が折れていたと言う、つまり誘爆が無くとも尾張は沈んでいたと言う事になる。
この武蔵にも積まれていた呂号魚雷とて弾薬庫の誘爆無しに一撃で紀伊型戦艦を撃沈せしめる事は不可能であった。
つまり米軍の使って来た大型魚雷の破壊力は呂号魚雷を優に超えると言う事になるのだ。
だが武蔵の艦橋要員達には思い悩む時間も無かった、B29-D<デビルバスター>が放つ対魔王魚雷が次々と迫って来ているからだ。
「く、栗田司令……」
参謀達と、そして和田までもが栗田を縋る様な眼で見て訴えかける。
「……これ以上艦隊を危険に晒し武蔵を失う訳にはいかん。 是非に及ばず……全艦隊全艦、速やかに転進せよ」
栗田提督が重苦しい表情と声で ” 転進 ” 即ち ” 撤退 ” を指示した。
それは前線の崩壊を意味し、この戦いに於ける日輪軍の敗北が濃厚となった瞬間であった……。




