第百三十一話:音速の襲撃者
1943年11月24日04時45分
米空母レプライザルとシャングリラはアマベベ環礁近海にて新型攻撃機の発艦作業を行っていた。
この2隻の艦は就役したばかりであり習熟訓練の途中で有ったが、カルヴァニック作戦の為に急遽駆り出される事となった。
然しその任務は航空母艦としてでは無く、航空機輸送艦として陸上運用される航空機を運ぶと言う内容であった。
実際、今やっている新型攻撃機の発艦も覚束ない手つきで行っており、1機発艦させるのに10分以上の時間を要している。
爆弾も魚雷も機銃弾ですら搭載していないにも関わらず、である……。
これでは到底実戦では使い物にならないだろう。
しかしこの2艦の発艦の遅さはアマベベ飛行場の作業員達にとっては救いとなっていた。
滑走路の整備に仮設倉庫の設営、揚陸艦から荷揚げされた物資の仕分けと整理。
更に普通の弾薬より慎重且つ丁寧に取り扱う事を厳命された対魔王兵器を他の弾薬より離れた倉庫に運び込まなければならない。
そんな状況下で200機の航空機が引っ切りなしに着陸して来たらベテランの作業員でも流石にお手上げであろう。
可能な限り早急に出撃可能な状態にしたい現場司令官はヤキモキしているが、作業員達にとっては10分で2機の着陸作業で済む事は非常にありがたかった。
もっとも、整備員にとっては作業量は同じであるため、大した違いは無い様であるが。
「《くそ、また可変翼機かよ……》」
「《F4Uコルセアといい開発局の連中は整備性を軽視しやがる……》」
うんざりした表情の整備員達の眼前で羽を休める大型の可変翼機、彼等が手に持つ取扱説明書には〈A1-Skyraider〉と言う名称が記載されている。
その外観は我々の世界の米国の爆撃機〈B1-Lancer〉に酷似しているが、全長はランサーの半分程度の20m超である。
艦上攻撃機としては大型機と言えるだろう。
因みにスカイレイダーとは〈空の襲撃者〉即ち〈空賊〉の意である。
「《問題は機体の整備性だけじゃ無いぞ、誘爆率の高い爆弾に精密機器を組み込んでるコイツを120個取り付けなきゃいかんのだからな?》」
渋い表情を浮かべている2人の整備員の背後から、現場責任者と思われる壮年の男性が後方のトーイングカーを親指で示しシニカルな笑みを浮かべながら歩いて来る。
トーイングカーに牽引される台車の上には厳重に封印されたコンテナが積まれている。
それを見た2人の整備員は顔を見合わせ苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。
「《全員良いか、いつブル(ハルゼー)から出撃の電話が来るか分からん、その時『出来てません』などと言おうものなら、ブルの怒りに触れて司令も俺たちもアレイシャン列島送りだ! それが嫌ならケツを叩き合ってさぁ働けっ!!》」
現場責任者が発破を掛ける様に手を叩きながらそう言うと、その場の整備員達は一斉に「《了解です!!》」と発し敬礼する。
一方で護衛空母3隻を失った米第七艦隊司令ハルゼーは部隊の再編に追われながらも、日の出と同時に観測機を飛ばし魔王の位置特定を急いでいた。
「《スカイレイダーの配備状況はどうなっている?》」
「《ハッ! 現在30%との事です!》」
空母エンタープライズの艦橋で苛立ちを紛らわす様に荒く葉巻を吹かすハルゼーに問われた参謀は、緊張した面持ちで回答する。
「《ふん、可能ならレプライザルとシャングリラの実戦投入も考えていたが、ひよっこに毛が生えた程度では使い物にならんな》」
「《左様です、兵装の取り付けも未修で唯一可能な発艦作業も覚束ない様で……》」
ハルゼーは失った護衛空母3隻の穴を航空機輸送艦として随伴させていたレプライザルとシャングリラで補填させようと画策したが、2艦の練度は非常に低く整備員に至っては実弾の脱着すら行った事が無いと言う有様であった。
流石にそんな練度で実戦投入などすれば、最悪艦が吹き飛ぶ大事故を引き起こす可能性が有るため、已む無くその案は諦めるしか無かった。
一応ハロイにて待機していた予備戦力がキルバードに向けて出発はしているが、到着には早くとも3日は掛かる為、即戦力を欲するハルゼーの心中には決して小さくない焦燥感が生まれている。
「《スカイレイダーの出撃準備を急がせろ》」
「《はっ!》」
ハルゼーが葉巻を吹かしながら眉間に皺を寄せ低い声で言い放つと、参謀は緊張気味に敬礼をし足早に立ち去った、ハルゼーの苛立ちをアマベベの現場司令官に伝える為であろう。
そのハルゼーは葉巻を灰皿に擦り付けると何もない水平線を睨み付けていた。
◇ ◇ ◇
同日08:35
日輪第一艦隊旗艦空母赤城の戦闘指揮所では連合艦隊司令長官 山本五十八が眠れぬ夜を過ごし目の下に隈を作り疲れた表情で司令席に座っている。
山本が眠れなかったのは、第二高潜隊から連絡が入って来ないからであった。
予定通りなら昨夜の深夜0時前後には米機動艦隊に対し攻撃を敢行した筈である。
その戦果報告が待てど暮らせど入って来ない。
第二高潜隊は米駆逐艦の新兵器〈ヘッジホッグ〉によって全艦撃沈されてしまった為、連絡など来よう筈が無いのだが、それを現状の山本が知る由も無かった。
「長官、珈琲をどうぞ」
「ああ、ありがとう」
疲れた様子で目頭を押さえる山本に若い女性士官がコーヒーを差し出す。
山本は僅かに笑みを浮かべコーヒーを受け取ると一口含み味わいながら飲み込む。
若い女性士官は他の参謀達にもコーヒーを配ると、一礼して艦橋から立ち去った。
「うーむ、旨い!」
「やはり若い娘の淹れてくれた珈琲は格別ですなぁ」
「うむ、年嵩の女やむさい男の淹れた珈琲ではこうはいかんですからな!」
「「「がはははははは!!」」」
女性士官から手渡されたコーヒーを飲みながら下世話な会話をする参謀達、彼等には決して女性蔑視の意図は無く、正直な感想を言っているだけである。
これが現代日本のオフィスなら内部通報不可避だが、幸にして此処は1940年代の軍艦のCICなので問題は無い。
……いや、戦闘指揮所内の女性乗組員達は怪訝な表情を浮かべているので問題は有るかも知れない。
だが、その抑圧された女性達の不満が社会的に爆発するのは数十年後であり、煽りを喰らう男性陣は今はまだ生まれたばかりの世代であろう……。
閑話休題
現在日輪艦隊は第一艦隊と第七艦隊第三戦隊(空母戦隊)が索敵機と直掩機を飛ばしながら飛行甲板上では航空戦隊が何時でも飛び立てる準備をしている。
タルワ島では日米両地上部隊が激突しており、地上部隊からの航空支援要請及び米航空隊の襲来に即座に対応出来る様にしているのである。
若し昨夜の内に第二高潜隊が米機動部隊の殲滅に成功していれば米航空隊の戦力は微弱であると期待されたが、赤城の電探員より米航空隊の大部隊がタルワに接近中との報を受け山本は第二高潜隊が敗れた事を悟り歯噛みする。
一方で日輪第二艦隊は、ナウラから戻って来た流星隊を収容している状態であり出撃体制は全く整っておらず、空巡による索敵と対潜警戒を主に行っていた。
その第二艦隊の近くには第九艦隊及び第七艦隊の旗艦戦隊と第一第二戦隊が展開し同様に索敵と対潜警戒に従事している。
しかし第七艦隊は昨夜の戦闘に置いて戦艦武蔵の電探類の八割が損傷乃至大破、第一戦隊の吾妻型重巡4隻も軽微とは言えない手傷を負い、第二戦隊に至っては駆逐艦高波が戦没、清波が大破脱落しており、その他の艦艇も軒並み小破判定の損傷を受けていた。
第九艦隊は駆逐艦浜風が中破し巻雲が小破判定の損傷を受け魚雷も殆ど撃ち尽くしていたが、最新鋭駆逐艦である霧雨と霧風に搭載されている新型の対空電探と音探を駆使し連合艦隊の目となり耳となっている。
その霧雨と霧風の対空電探が60機ほどの米編隊の接近を探知する。
霧雨と霧風の艦長は艦隊司令に対して試製改三型艦対空誘導噴進弾の使用を具申したが、第九艦隊司令の片桐中将は一発15億円(現代換算)の噴進弾を使う事を躊躇した。
霧雨と霧風には各20発つづ試製改三型艦対空誘導噴進弾が搭載されているが、艦隊司令部からは絶体絶命の状況以外では極力使わない様にと言い含められていたからだ。
しかし艦隊の安全には代えられないと試製改三型艦対空誘導噴進弾の使用を決意した片桐提督が発射命令を出そうとした直後、第七艦隊の戦艦武蔵より【敵機は武蔵の破號弾にて殲滅する、手出し無用】と打電が入る。
その数秒後、武蔵の5基15門の主砲塔が軽快に旋回し砲身が空高く掲げられ、そして轟音と共に一斉に火を噴く。
次の瞬間、米航空隊の進路方向に雷鳴の如き轟音と眩い閃光が奔った。
しかし破號弾を警戒していた米航空隊には大した損害は与えられておらず、慌てた武蔵は第二射、第三射を放つ。
だが結局、破號弾で仕留められた敵機は10機程度で有り、その殆どが護衛のヘルキャット戦闘機であった。
武蔵の破號弾は第三射で弾切れを起こしており、第九艦隊は武蔵より緊急回線で試製改三型艦対空誘導噴進弾を全弾放つよう要請を受ける。
是を受けて片桐提督は舌打ちしながら発射命令を出すが、この時既に敵機は試製改三型艦対空誘導噴進弾の適正距離より近すぎる位置まで接近しており、発射した誘導噴進弾の着弾より先に、敵機の雷撃と爆撃を許してしまう結果となった……。
是により戦艦紀伊と尾張が敵機の爆撃と雷撃を受け、紀伊が爆弾3発と右舷に魚雷2本を受け、尾張も艦橋付近に爆弾1発を喰らい、右舷に3本の魚雷を被雷する被害を被ってしまった。
敵機は試製改三型艦対空誘導噴進弾によって壊滅はさせられたが、戦術的には日輪側の失策による敗北となった。
最初から霧雨と霧風に任せて置けば良かったのだが、少しでも功績を求める和田艦長と危険な水晶兵器を消費して置きたい栗田提督の思惑が重なった結果の末路と言えた。
とは言え、大和型の陰に隠れているとは言え紀伊型戦艦もまた日輪帝国海軍の誇る新鋭戦艦であり、魚雷の2,3本で戦えなくなる様な艦ではない。
即座に応急班の手によって消火作業と排水作業が行われ最小限の区画放棄で復原を行った。
然し、超戦艦武蔵は電探をほぼ潰され、紀伊と尾張も手痛い損害を被ったと言う事実は【大和無敵神話】で浮き足立っていた将兵達の士気を叩きのめすには十分だった。
それによって第七艦隊の将兵の間では陰鬱な空気と艦隊上層部への不信感が充満しつつあった。
とまれ、敵機の襲来によって艦隊の位置が特定されている事は間違いないため、各艦隊司令(栗田、西村、片桐)は現在の海域より後退する事を決定する。
だが同日12:50、駆逐艦霧雨と霧風の対空電探が高速で飛来して来る200機規模の敵航空編隊を補足する。
栗田提督は即座に第一艦隊の旗艦赤城と第七艦隊第三戦隊の旗艦昇龍に救援要請の打電を打つが、折悪く日輪機動部隊の航空隊は陸上部隊の支援に出撃しており即座に救援に送れるのは零戦五型10機だけとの回答であった。
そうなると自力で何とかするしか無いが、第二艦隊には戦闘機は配備されておらず、最上型空巡の瑞雲乙型は敵戦闘機と真面に戦える性能は無い。
第九艦隊には航空機搭載艦は無く、第七艦隊で航空機を搭載しているのは戦艦武蔵に紀伊と尾張、吾妻型重巡4隻と軽巡六角であるが、武蔵の瑞雲甲型以外は、最上型の搭載機と同じ瑞雲乙型であり、つまり真面な戦力になるのは武蔵航空隊の6機だけであった。
日輪艦隊から見て敵編隊の前衛は約80機、恐らくはF4Uコルセアと見られ日輪側は数も性能も圧倒的に劣っている。
「ふん、羽根が動くだけの玩具など何するものぞっ!! 我らが瑞雲の運動性能を以って翻弄してやるのだっ!!」
圧倒的に不利なこの状況でも隊長の朝倉は不遜な態度を崩さず部下に檄を飛ばす。
直後、朝倉機はカタパルトより射出され、多勢に無勢の蒼空へと舞い上がる。
次の瞬間、一緒に射出された僚機が爆ぜ、力無く海面に墜落し爆散した。
「んなぁっ!?」
驚愕する朝倉機も攻撃を受けるが、すんでの所で回避する事に成功する。
だが後から上がって来た僚機と瑞雲乙型はコルセアの運動性能と数の暴力によって次々と撃墜されていった。
そこへ救援の零戦隊が飛来して来るが、瑞雲より性能も練度も劣る零式五型は呆気なくコルセアの餌食となってしまう。
「こ、こいつ等、数と機体性能だけじゃ無いっ!! 精鋭部隊だっ!!」
朝倉が戦慄しながら叫んだ次の瞬間、機体に激しい衝撃が奔り操縦席が鮮血に染まる。
白煙を吹き出し力無く落下して行く朝倉機の横を見た事もない形状の航空機が衝撃波を纏いながら擦り抜けて行った。
「ごふっ!! あれは……敵の……新型……攻撃機か……くそ……音速を……超えているだと……瑞雲では……数も性能も……足り……」
それが朝倉の最後の言葉となった、朝倉機は吸い込まれる様に海面に激突し水柱と共に爆散する。
直掩機を全て失い無防備となった日輪艦隊に米新型攻撃機<スカイレイダー>が躍り掛かる。
スカイレイダーは対空砲火を潜り抜けると主翼を広げ、腹に抱えた新型爆弾の照準を戦艦武蔵へと向けた。




