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架空戦史・日輪の軌跡~~暁の水平線~~  作者: 駄猫提督
第一章:東亜太平洋戦争
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第百三十話:ヘッジホッグ

 米空母エンタープライズの艦橋(ブリッジ)、そこでは今ハルゼー司令が激昂し声が枯れんばかりに叫んでいた。

 参謀や艦橋要員達はただ嵐が過ぎ去るのを待つかの様に神妙な面持ちで黙している。


 ハルゼーの怒りの原因は当然ながらターナー艦隊の敗走とオルデンドルフ艦隊の壊滅であった。


「《やはり魔王(サタン)だっ!! 奴を始末せん事にはどんなに策を労そうとも簡単に盤面をひっくり返されるっ!!!」


 怒りと共に足を床に叩きつけるハルゼー、顔は憤死しそうなほど紅潮し荒い息は野生の猛牛そのものであった。


「《参謀長、ハロイ司令部には連絡は入れたのだろうなっ!?》」

「《は、はいっ!! 勿論です司令!! 暗号文で【魔王(サタン)キルバードに在り】と送っておりますっ!!》」


 猛牛の形相で睨まれた参謀は恐怖で引き攣りながらもビシッと敬礼しながら答える。


「《……レプライザルとシャングリラは後方支援艦隊と合流しているな?》」

「《は、はいっ!! し、しかし……その……》」


 少し冷静さを取り戻したハルゼーに問われ、参謀長は言い淀む。

 ハルゼーの口から出た『レプライザル』と『シャングリラ』とは就役したばかりのエセックス級空母の事であり、その2隻の艦には対魔王用兵器(・・・・・・)運用出来る新型機(・・・・・・・・)が積み込まれている。

 だが問題は、その新兵器が急激なGに弱く、空母のカタパルト射出には耐えられない事であった。


 しかしハルゼーの当初の思惑では問題無い筈だった。

 そう、ハルゼーの思惑通りなら既にタルワやマキリを占領し、同島の2000m級滑走路を使える筈であったからだ。

 だが当然ながら今現在、何一つハルゼーの思惑通りには進んでいない。


 だから参謀長は言い淀んだ、折角落ち着きを取り戻しつつあるハルゼーに、再度燃料を投下する様な発言をしたく無かったのである……。


「《ふん、今占領している飛行場で最も滑走路が長いのはどこだ?》」

「《え? あっ! 少々お待ちください!!》」


 参謀長が言い淀んだ理由を察したハルゼーが鼻を鳴らしながら他の滑走路について問うて来た。

 即座に答える知識と情報を持っていなかった参謀長は慌てて部下と共に海図を広げて指でなぞる。


「《アマベベ…… アマベベ環礁の滑走路が1500m級です!!》」


「《1500mか……ロケットブースターを使えばイケる、か?》」


 海図を指差したまま引き攣った笑顔で答える参謀長、それを受けたハルゼーは思案顔で独り言ちる。

 大分冷静になって来た様子のハルゼーに艦橋に居る者達はほっと肩を撫で下ろした。


 その時、遠くから複数の爆発音が聞こえて来た。


「《な、何ごとだっ!?》」


「《せ、潜水艦からの雷撃ですっ!! 軽巡ツーソン とジュノー、駆逐艦サーヴィン、護衛空母マカッサル・ストレイトとビスマーク・シー及びマーカス・アイランドが被雷っ!!》」


「《何だとぉっ!! ソナーマンは何をしていたぁーーーーっ!!! 細心の注意を払えと言って置いただろうがぁあああああーーーっ!!!》」


 突然の凶報に再びハルゼーの怒りが再燃し周囲の者達に口角泡を飛ばしながら怒鳴り散らす。


「《そ、それが……直前まで潜水艦の気配は無く、突然魚雷の発射音と推進音が聞こえて来たと……》」


「《ぐ、ぎ、ぎ……全艦速力最大回避運動を取れっ!! 駆逐艦は直ちに日輪潜水艦を血祭りに上げろっ!!》」


 ハルゼーの怒号と共に米艦隊の動きが一斉に活発となる。

 空母は一斉にジグザク走行に入り重巡と軽巡は空母の周辺を警戒する。

 駆逐艦は周囲に広がり探信儀(アクティブソナー)搭載艦は一斉に探信音(ピンガー)を放ち日輪潜水艦の索敵を行った。


 海中に潜む日輪潜水艦からも当然その探信音(ピンガー)は感知される。


「敵水上艦から探信音!!」

「ちっ!! 流石は米機動艦隊だ、行動が早いな」


 日輪第二高潜隊旗艦、伊号301潜の指令室で米艦隊の動向に同艦艦長が舌打ちする。

 その後方に立つ戦隊司令が思案顔で口を開いた。

 

「だが米駆逐艦とはまだ距離が有るのだろう? 先程の雷撃は巡洋艦に当たってしまい空母を余り仕留められなかった、もう一撃お見舞いしてやろうじゃないか」

「お待ち下さい司令、我々は既に敵に見つかっています、直ちに離脱行動に入るべきです!!」


「艦長、潜水艦乗りとして慎重さは大事だが、好機を逃さぬ判断力もまた重要だぞ? 米駆逐艦が我々の頭上に来る前に魚雷を放ち全力で離脱する、高潜隊ならそれが可能な筈だ、違うかね?」

「そ、それは……」


 再攻撃を考える戦隊司令に艦長は即時離脱を進言するが逆に戦隊司令に諭されてしまった。

 通常、駆逐艦の対潜攻撃は先ず駆逐艦本体が敵潜水艦の直上まで移動し、艦尾から爆雷を投下する。

 並の潜水艦の速度で有れば駆逐艦の速度と機動性の前に容易く追い付かれてしまうが、駆逐艦と同程度の速力を発揮可能な高速潜水艦である伊号300型と200型であれば敵駆逐艦の爆雷範囲に捉われる前に離脱する事が可能であった。


 故に戦隊司令の判断は正しいと言わざる得なかった、この時点に置いては……。


「敵水上艦、距離約8,000、速力60kt前後で更に接近中!」


「くそ、急ぎ発射管一番から六番まで魚雷装填、順次注水を開始せよ!」


 急速に接近して来る米駆逐艦と思しき水上艦に警戒しながらも戦隊司令の命令通り攻勢に出る伊301潜の艦長は嫌な予感を覚えながらも指示に従うしか無かった。

 果たして艦長の嫌な予感は当たり、米駆逐艦は第二高潜隊の潜む海中より8,000m近く離れた海上から艦の前方に設置された4つの鉄の箱のような兵器の蓋を開放していた。

 中には45度ほどの角度で24本の弾体が収められている。


 次の瞬間、連続する砲声が一斉に鳴り響き、同時に鉄の箱から勢いよく無数の弾体が投射され、それは第二高潜隊の潜む海中に放物線を描きながら向かって行く。


「何だ、この音は!?」


 伊301潜の聴音手が疑問に声を上げた次の瞬間、米駆逐艦の放った弾体が次々と海面に弾着し、同時にスクリューが起動すると一気に第二高潜隊の潜む深度に沈降していく。


「これはーーっ!? 爆雷!? いや魚雷かーー」


 聴音手が狼狽しながら声を上げた次の瞬間、凄まじい衝撃と共に轟音が響き渡る。


「な、何事だ!?」

「魚雷か爆雷による攻撃と思われますっ!!」


「か、艦体破壊音を確認!! 味方が沈んでいますっ!!」


「馬鹿なっ!! 敵はまだ8kmも離れている筈だ!! 一体どうやってーー」

「司令、今はそれより離脱です! 回頭許可をっ!!」


 突然の攻撃を受け司令部の誰もが狼狽する。

 その中でいち早く冷静さを取り戻した艦長が戦隊司令に向けて叫ぶ。


「あ、ああ、そうだな! 戦隊旗艦より全艦に伝達、針路2.2.5へ回頭し戦域を離脱せよ! 味方同士の衝突を避ける為に境域探信音の使用を許可する!!」

  

 戦隊司令の命令が下った直後、日輪潜水艦は探信音を発しながら一斉に回頭を始める。

 そこに再び米駆逐艦の放った弾体が降って来る。


 最初の爆発に連動し誘爆する爆雷の水中衝撃波は回頭中の日輪潜水艦に襲い掛かり外殻を無慈悲に破損させる。

 

「右舷後方より浸水発生っ!!」

「第二サブタンク損傷っ!! 圧搾空気が抜けていますっ!!」


「ちっ! 空気弁閉鎖っ!! 浸水箇所に応急班を向かわせろ、何としても浸水を食い止めるんだっ!!」


「何故だ、敵艦は8km先に居た筈だ一体何がどうやって……っ! まさか砲撃でも受けていると言うのかっ!!」


 伊301潜の艦内は警報が鳴り響き警告灯が点滅し乗員は対応に忙殺されていた。

 そんな中で艦隊司令が茫然とした表情で零した ” 砲撃 ” と言う言葉は果たして的を射ていた。


 米駆逐艦が使用した兵器の名は ” ヘッジホッグ ” と言い、艦の前方から対潜弾を投射する ” 迫撃砲 ” であった。


 ヘッジホッグは、構造としては陸戦兵器である迫撃砲を24連装に配した発射装置に推進爆雷の弾体を搭載する。

 発射装置から放たれた弾体は約8,000mの射程を有し目標の周囲にばら撒かれ、着水と同時に爆発可能状態となり推進モーターが起動し真下に向かって沈降し10m~20m以内に金属反応、接触反応、または一定以上の衝撃を感知すると起爆する。

 即ち1発でも起爆すると、その爆発によって生じた水中衝撃波によって残りの弾体も信管が作動し、投射した弾体全てが誘爆する事となる。 

 このため、通常の対潜爆雷に比べて1発当たりの炸薬量は小さいが、目標となった潜水艦は投射した弾体の炸裂に包まれる事となり、回避行動を取る事も適わず撃沈される事となる。


 従来の対潜兵器である爆雷投射装置は、艦尾に装備するため艦の後方にしか投下出来ないため「目標の水中位置を推測した後、目標の上方に移動して爆雷を投下する」と言う方式しか取れなかったが、ヘッジホッグは艦の前方に発射機を装備する事により前方に対潜弾を投射可能であり、それは即ち目標をソナーなどで発見した後、高速で航行しながら即時対潜攻撃が可能となったと言う事に他ならない。


 それは従来の鈍足な潜水艦もさることながら、高速潜水艦である伊200型や300型にとっても悪夢の対潜兵器となった……。


 ハルゼー麾下の駆逐艦は艦前方にヘッジホッグを4基搭載している、即ち一隻当たり96発の推進爆雷を投射出来ると言う事である。

 搭載してある96発を全て撃ち尽くした場合、人力による再装填も可能では有るが、安全のため速力を20kt以下にする必要が有る上に全ての再装填を終えるのに最低でも30分以上は掛かってしまう、それは追撃中の再装填は不可能と言う事であった。

 そのため米駆逐艦はヘッジホッグを1基づつ起動し日輪潜水艦の位置を確認しながら4回に分けて攻撃する方針を取っていた。


 その第三射が今放たれ三度8,000m前方の海面が爆ぜる。


「前部甲板及び艦橋(セイル)破損! 指向性蒼子波通信装置及び境域音波通信使用不能!!」

「浸水拡大! これ以上浸水すると浮上出来無くなりますっ!!」


「こ、このままでは水圧で浸水して沈みます、浮上するべきではっ!?」

「ならんっ!! 浮上すれば速度も落ち且つ敵に鹵獲される危険が有るっ!! 大日輪帝国海軍軍人として、其れだけは絶対にならんっ!!」


 沈む一歩手前の状況に狼狽した参謀が発した浮上と言う言葉に、艦隊司令が激怒し叫ぶ。

 水上艦の形状に近い伊号100型であれば水中速力より水上速力の方が早いが、200型以降では水中速力の方が早い(例外はあるが)

 故に若し浮上すれば搭乗員は助かるだろうが、米駆逐艦に追い付かれ発見されれば最悪軍事機密の塊である潜水艦が敵に鹵獲されてしまう事となる。


 如何に昨今、日輪陸海軍に置いて玉砕精神が否定されつつあるとはいえ、艦の鹵獲だけは許容出来ない事であった。


「ーー第四波、弾着っ!!」


 その聴音手の報告に全員が彼に視線を向け、そして眉間に皺を寄せながら隣の戦友と目線を合わせる。


 死を覚悟した艦内では「大日輪帝国海軍万歳!!」「神皇陛下万歳!!」等の勇ましい叫び声や「お母さん……っ!」「嫌だぁ、死にたくないっ!」等の悲観に暮れる声も漏れていた。


 数秒の後、伊301潜は激しい衝撃と共に破砕音が響き渡り、艦内に一気に海水が流れ込んで来る。

 人々の怒号と悲鳴が響き渡り、息絶える様に艦内全ての照明が消える……。


 そして米駆逐艦のソナーパネルから、日輪潜水艦の輝点が消え去った……。


「《艦体破壊音を確認、推進音は確認出来ず、繰り返す推進音は確認出来ずっ!!》」

「《うぉおおおおおおおおおおおっ!!》」

「《イヤッハァアアアアッ!!》」


 力の籠ったソナーマンの報告に、艦橋は歓喜に包まれる。

 その報告は即座にハルゼーの元にも送られ、彼は久方ぶりの完勝に高笑いが止まらなかったと言う。


 明けて1943年11月24日04時45分


 アマベベ環礁の飛行場では米兵達が慌しく作業を行っていた。

 揚陸艦から陸揚げされた異様に厳重なコンテナを慎重に仮設倉庫に搬入し、何処からともなく飛来して来る大型攻撃機が滑走路に着陸していく。


 それはハルゼーによる対魔王(アンチサタン)の秘策で有った。




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