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架空戦史・日輪の軌跡~~暁の水平線~~  作者: 駄猫提督
第一章:東亜太平洋戦争
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第百ニ十九話:漆黒の攻防

 流星攻撃隊を発艦させた日輪艦隊は同時に水雷戦隊を突撃させていた。

 第二戦隊の軽巡大淀(おおよど)以下駆逐艦8隻と第三戦隊の軽巡北上(きたがみ)以下駆逐艦3隻である。


 しかしその突撃は米艦隊のレーダーに捉えられ米駆逐戦隊によって阻まれる事となる。

 日米共に電探(レーダー)技術が発達した今、日輪お得意の水雷戦隊による夜戦は奇襲足り得なくなっていた。

 それどころかレーダー装備の駆逐艦を有する米艦隊の方が最早夜戦に適しているとさえ言える状態となっている。

 米駆逐艦隊も全ての艦にレーダーが搭載されている訳では無いが、日輪水雷戦隊の艦艇の中で電探(レーダー)が装備されているのは軽巡大淀(おおよど)のみであった。


 その様な状況下に在って流星攻撃隊より旗艦長門(ながと)に打電が入る。


 「一次攻撃隊より入電! 【敵巡洋艦三隻撃破確実、なれど敵艦隊未だ有力にて二次攻撃ノ要を認む】以上です!」


「……むう」


 長門(ながと)の主艦橋で一次攻撃隊の流星から打電を受け取った西村提督は顎に手を当てたまま唸る。


「お待ち下さい! 二次攻撃隊を出せば一時的とはいえ艦隊の艦載機が居なくなってしまいます! 相手は重巡程度、砲撃戦にて一気に蹴散らしてしまいましょう!」

「いや貴官こそ待て! その砲撃が振るわんから夜間航空攻撃を行っているのではないか! 閣下、ここは手堅く二次攻撃隊を出すべきですぞ!」

「だがそれでは地上部隊の航空支援に支障がーー」

「しかしここで伊勢と日向に損傷が出ては元も子もーー」


 侃々諤々(かんかんがくがく)と交わされる議論の中、西村提督は顎に手を当てた姿勢を崩さぬまま思考を巡らせていた。


 攻撃隊は敵艦隊への攻撃後、ナウラ飛行場へ着陸する手筈となっている。

 簡易的とは言えアングルドデッキを持つ伊勢と日向は帰還した流星を着艦させる事は可能であるが、全通甲板の空母と比べるとどうしても着艦の難易度は上がってしまう。

 加えて母艦が戦闘状態に在ればとても着艦作業など出来よう筈も無かった。


 そのため伊勢と日向の艦載機は発艦後、最寄りの陸上基地に着陸する事が予め定められている。

 だが問題は現海域からの最寄り(・・・)の飛行場であるナウラが約700km離れていると言う事だった。

 

 一度飛行場へ着陸した航空隊を明朝に母艦へと呼び戻すには、先ず艦隊の現在地を携えた連絡機をナウラへと送り、その連絡機が誘導機として航空隊を引き連れ母艦まで戻る必要が有る。

 つまり、今攻撃隊を出撃させると明日の夜明けから数時間は第二艦隊から一機の攻撃機も出す事が出来ない状態となるのである。


 だが、レーダー射撃を持っている米艦隊に対し、日輪艦隊の砲撃が振るわないのも事実であった。

 いくら照明弾を展開させても機動力の高い米巡洋艦は直ぐに範囲外に移動してしまう。

 瑞雲や副砲も力を尽くして照明弾を展開させているが、常に此方の位置を把握出来るレーダー射撃とは勝負にならないのだ。


 であれば、ここは夜間航空攻撃が手堅い手段では有るだろう。

 しかし、先程は意表を突いて戦果を挙げられたが、敵も馬鹿では無い。

 次も上手く行くとは限らず下手をしたら貴重な流星を無為に失う危険(リスク)を伴う。


 砲声が鳴り響き水柱が立ち上がる中、西村提督は思考の迷路に陥っていた。


 その時、轟音と共に長門(ながと)の二番主砲から爆炎が立ち上がる。

 敵巡洋艦の主砲弾が主砲正面防盾に直撃したのである。


 だが、長門(ながと)の主砲防盾は51㎝砲を優に耐え得る防御力を有している。

 如何に最新型の主砲で有ろうが巡洋艦の28㎝砲では到底抜く事は出来なかった。


 しかしこの攻撃によって西村提督は思考の迷路から目が覚めた。

 米巡洋艦の砲撃は戦艦の重要区画(バイタルパート)を抜く事は適わないが、非装甲部は別である。


 若し今の砲撃が伊勢(いせ)日向(ひゅうが)の飛行甲板に命中したら……。  

 出し惜しみをしている場合では無い、西村提督はそう考え至る。


「……二次攻撃隊を、発艦させよ!」


 その西村提督の言葉で砲弾飛び交う中での発艦作業が開始される。

 先ずは最上型空巡の飛行甲板に吊光弾を腹に抱えた瑞雲が上げられ、鉄人によって指向性射出装置(カタパルト)(たもと)へと牽引されて行く。

 そして機体の真下の飛行甲板の一部がせり上がり瑞雲を射出装置(カタパルト)の高さへと押し上げる。


『現在速力20kt、南の風やや強し、進路良好、最上八号、出撃を許可します!』

『了解した、最上八号出撃()るっ!!』


 明かり一つ灯らない中、甲板作業員が手旗を振ると射出装置(カタパルト)に乗せられた瑞雲が一気に前へと押し出され漆黒の空へと射出される。

 だが次の瞬間、最上八号操縦士の眼前に一瞬にして別の機体の姿が迫って来た。


『危ないっ!!?』

『うぉっ!?』


 間一髪、最上八号はギリギリで僚機との接触を回避した。

 最上八号と接触しかけたのは先に発艦した三隈七号であった。

 視界の劣悪な状況下での発艦にはこの様な危険(リスク)を伴うのである。

 更にそれは飛行中にも起こり得る事で有り、操縦士達は極度の緊張を強いられる。


 瑞雲隊の発艦から僅かに遅れて伊勢(いせ)日向(ひゅうが)からも流星攻撃隊が次々と発艦していた。


 だが米艦隊は既に照明弾の範囲から逃れかけており、副砲から放たれる照明弾では的確な位置への弾着は難しく瑞雲からの吊光弾が待たれた。


 是に伴い米艦隊上空で弾着観測を続けていた一次観測隊の瑞雲は退避を始め、交代とばかりに二次観測隊の瑞雲が突入する。


 上空から高度を落とし吊光弾投下の頃合い(タイミング)を計る瑞雲隊。

 高度を落とし有効射程に入って来た瑞雲を迎撃する為に米艦隊の対空砲火が撃ち上がる。

 先の航空雷撃で重巡3隻を失った米艦隊であったが、その対空砲火の手数は明らかに一次観測隊が受けたものより苛烈になっていた。


『被弾したっ! 駄目だ高度がーーうわぁあああっ!!』

『ぐぅっ! せめて吊光弾の投下を……ぎぁあっ!!』

『臆するなぁ!! 突っ込めぇええええええっ!!』

 

 少なく無い犠牲を出しながらも果敢に吊光弾を投下する二次観測隊の瑞雲。

 次の瞬間、複数の閃光と共に再び米巡洋艦隊の姿が闇夜に浮かびあがった。


『前方に敵艦隊を視認っ!!』

『良し、次は我々の番だ!! 二次攻撃隊、全機吶喊っ!!』


 隊長機の号令と共に速度を上げ米艦隊に急接近する日輪攻撃隊、だがその時、艦隊前衛に展開していた米駆逐艦から煙が上がり日輪攻撃隊の視界を遮る。


『なっ!? 煙幕だとぉっ!?』 

『怯むなっ!! あの位置から奥までは煙は届かん! 突破するぞっ!!』

  

 隊長機が気勢を上げ煙幕に突っ込むと僚機も次々と後に続く、隊長機の言った通り亜音速の流星は瞬く間に煙幕を突破した。

 だが、日輪軍機の進行方向を探知した米艦隊は進路を変え魚雷の必中角から逃れていた。


『まだ、だぁああああっ!!』 


 流星隊は力任せに操縦桿を捻り機体を傾け進路を変えようとする。


『ぐぅっ!! ぬぅうううううっ!!』


 急激なGが搭乗員を襲い機体の軋む音が響く。

 その時、進路変更の為に機体を横に倒し最大の被弾面積(・・・・・・・)を晒した流星に猛烈な対空砲火が襲い掛かって来た。


『ぐぁっ!!』

『ぎゃっ!!』


 数機の流星の機体表面が弾け白煙と共に錐揉みしながら落下する。


『くーーそがぁあああああああっ!!』


 隊長機も被弾し、白煙を噴きながらも機首を米大型巡洋艦に向け必死に機体を安定させようとする。


『今だ、投下ぁあああああっ!!』


 操縦士が力の限り叫ぶと、後部座席の搭乗員が投下レバーを引く。

 切り離された魚雷が海面を駛走(しそう)するのを見届けた隊長機は、そのまま力尽きる様に海面に激突し爆散した。


 数秒の後、米艦艇から水柱が立ち上がった、だがその数は僅か3本に止まった……。

 その被雷によってアトランタ級軽巡1隻が大破航行不能(後横転沈没)となり重巡1隻が中破、デモイン級三番艦ニューポートニューズが一時砲撃不能(後復旧)の被害を被った。


「《ええい! 忌々しいジャップのハエ共め、防空巡洋艦であるアトランタ級でも抑え切れんのかっ!!》」

「《司令、如何致しましょう? 第三波の危険も有りますが、そのままでは日輪(ジャップ)の揚陸を阻止出来ません……》」

「《ああ、その通りだ……。 多少の危険を顧みず攻勢を仕掛けるべきか、だがハエを放って来た奥の大型艦2隻が気になる、本当に空母なのか?》」 


 ターナー提督がレーダー表示板(モニター)の輝点を睨みながら歯噛みする。

 奥の2隻が空母なら脅威は手前の戦艦1隻のみだ、接近し攻勢を仕掛け一気に撃滅する事も不可能では無い。

 だがもし、奥の2隻が戦艦(クラス)であれば無駄な危険(リスク)を負う羽目になる。

 とは言え、このまま時間を掛ければ日輪増援部隊の上陸を許してしまう事になる。


 ターナー提督のこめかみからは嫌な汗が滴っていた。


 一方の西村提督も航空攻撃の戦果が芳しくない事に歯噛みしていた、第二艦隊の主目的は上陸部隊の護衛と援護で有るが、今後の戦局を考えると航空機運用の出来る伊勢型や最上型を危険に晒したくはないと言うのが本音で有った。

 しかし、艦載機を使い切ってしまった以上、目の前の敵を撃滅する為には損害を覚悟して不利な夜間砲撃を敢行しなければならないだろう。

 敵の主力が巡洋艦級とは言え、砲撃戦をすれば飛行甲板に被害が出る可能性は高い、そうなれば最低でも本作戦中は航空支援が出来なくなる。


「第七艦隊に援護要請を出せっ!!」

「《オルデンドルフ艦隊に救援要請を出せっ!!》」


 二人の提督は奇しくも同時に叫んだ。


「《ーーっ!? だ、だめです、オルデンドルフ艦隊と通信が繋がりませんっ!!》」


「《なにぃ!? ど、どう言う事だっ!?》」


 ターナー提督は僅かに狼狽し声を張り上げる。

 この時既にオルデンドルフ艦隊は壊滅し、生き残った2隻の戦艦も乗組員総出で救助活動を行っていた為に通信の不備が発生していたのである。


 対する日輪第二艦隊は応戦しつつも積極的な攻勢には転じず米艦隊の出方を窺う様な行動を取り始める。

 この日輪艦隊の動きにターナー提督は嫌な予感を感じていた。


「《日輪艦隊(ジャップ)の動きが変わった? 時間稼ぎ……何かを待っている? 連絡のつかないオルデンドルフ艦隊……まさかっ!?》」


 ターナー提督がぶつぶつと独り言ちながら思考を巡らせハッと目を見開いたその時、通信兵が叫ぶ。


「《報告っ!! 艦隊後方より所属不明(アンノウン)の大型艦3隻が急速接近っ!!》」


「《オ、オルデンドルフ艦隊では……?》」


「《3隻ともが通信機を損傷しているとでも? あれは日輪軍(ジャップ)だ、このままでは挟撃されるぞ……っ!!》」


 ターナーは最悪の予感が的中した事を悟り苦悶の表情で歯噛みする。

 いや、現時点ではまだ最悪とは言えない、本当の最悪とは接近して来る敵艦が……魔王(サタン)で有る事だろう。

 そうで無い事を祈りながらターナーは全艦に反転指示を出すが、果たして接近していたのはターナーにとって最悪の悪夢、魔王(サタン)その(ふね)であった……。



「11時方向、距離27,000に艦影多数!」

「第二艦隊の座標と照合した結果、前方の艦影は敵である可能性が高いと思われます!!」

「ふむ……」


 オルデンドルフ艦隊との戦いの後、第七艦隊旗艦戦隊(武蔵(むさし)紀伊きい尾張おわり)は第二艦隊との合流を果たす為に移動中、其の第二艦隊から援護要請を受けた。

 現在武蔵(むさし)電探表示板(レーダーモニター)には艦隊左斜め前方に複数の輝点が表示されており、敵味方識別の為に第二艦隊から援護要請と共に送られて来た座標と照合した結果、前方の輝点は敵艦隊である可能性が大と判定された。


「前方の艦影を敵と断定する、全艦左舷砲撃戦撃ち方始めっ!!」

「よーそろ! 左舷砲撃戦、撃ちぃ(かぁた)始めぇっ!!」


 栗田提督の号令の下、日輪第七艦隊旗艦戦隊の戦艦3隻の主砲と副砲が一斉に火を噴いた。

 轟音と共に漆黒の海原が震え衝撃波と共に放たれた砲弾が彼方27,000m先の米艦隊に向け飛翔する。


 その砲弾は命中こそしなかったが、立ち上げた巨大な水柱はターナーを震え上がらせるには十分であった。


「《魔王(サタン)だ……っ!! オルデンドルフはアレ(・・)にやられたのだっ!! 勝てる訳が無い、現時点を以って全ての命令を破棄する、全艦本海域を全力離脱せよっ!!》」


 只でさえ拮抗している戦力を持つ日輪第二艦隊に、更に武蔵(まおう)まで加わり挟撃されたら一溜りも無い。

 ターナーは即座に絶望的な状況に陥った事を悟り全力離脱を選択する。

 即ち形振り構わず脱兎の如く逃げろ、と言う事であるが、電探を持たない艦は衝突の危険もある選択でもあった。

 その事を理解していないターナーでは無かったが、それを押しても今直ぐ迅速にこの場から逃げる事が重要だと判断したのである。


 果たしてそれは賢明で有った。


 ターナー艦隊は巨大な水柱に追い立てられながらも、無秩序に散開して離脱を試みた事により殆ど損害を出す事無く海域からの離脱に成功する。

 しかし日輪軍増援のタルワ上陸阻止は言うまでも無く失敗に終わりコメリアに傾いていた天秤(せんきょく)が再び揺らぐ事となった。

 

 この報告をキルバード攻略艦隊旗艦であるエンタープライズ艦橋(ブリッジ)で受けたハルゼーは怒髪天を衝かんばかりに激怒した。

 そのハルゼー率いる空母群の海中から日輪高速潜水艦隊が忍び寄っている事に、この時は誰も気付いてはいなかった……。


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