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架空戦史・日輪の軌跡~~暁の水平線~~  作者: 駄猫提督
第一章:東亜太平洋戦争
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第百ニ十七話:今際の一撃

 米戦艦メリーランドを撃沈した武蔵(むさし)で有ったが、米艦隊は戦意を喪失する事無く、そればかりかより苛烈に砲撃を敢行して来ている。


 武蔵(むさし)の周囲には砲弾の雨が降り注ぎ、数多の水柱と火花が武蔵(むさし)を包む。


「右舷三番二二号水上電探損傷っ!!」

「左舷副砲照準器大破っ!!」


「んなぁんだとぉっ!? 右舷の電探はともかく、なぁぜ左舷側の照準器が破損するのだ、理屈に合わんではないかっ!!?」  


「敵の砲弾は対空用の近接信管が搭載されているものと推測出来ます、それが本艦上部を掠め左舷側で起爆したのだと思われます」


「んなぁ……っ!?」


 誠士郎の説明に和田は顔歪め狼狽する、このまま全ての水上電探を失えば電探射撃が不可能となり、測距儀を失えば偏差射撃すら不可能となるのだから当然と言えば当然であろう。


 大和型戦艦の砲撃は基本的に二一号多機能電波探信儀(艦橋測距儀上部)と二二号水上電波探信儀(艦橋左右計6基・マスト中部2基)からの情報を射撃諸元とし、測距儀による目視情報を補足諸元としている。

 つまり昼戦であれ夜戦であれ、大和型戦艦の砲撃は電探を主軸として行われている。

 測距儀は電探の故障や蒼子乱流による電波(蒼子波)の不調時には主軸として使われるが人間を介する分、精密度と効率は電探射撃に劣るからである。

 そも測距儀は夜間の暗闇では非常に扱い難い、多少の暗視機能は付いているが何十kmも離れた標的に対しては命中は期待出来ないだろう。


 だからこそ、誠士郎は紀伊(きい)尾張(おわり)を盾にしてでも武蔵(むさし)の電子艤装を守ろうとしたのだ。


 その時、思案顔をしていた栗田が徐に声を上げる。


「戦術長、この艦には試製呂号魚雷が積まれているな? 何本有る?」


「呂号魚雷、ですか? 12本が搭載されていますが?」 


 その栗田の言葉に誠士郎は僅かに怪訝な表情を浮かべながら応える。

 現状、武蔵(むさし)は22kmも離れた敵と交戦中であり、魚雷を使う様な場面では無いからだ。


「……12本か、魚雷発射管の数と同じだな。 ならば発射管一番から十二番まで全てに呂号魚雷を装填させよ」


「えっ!? お言葉ですが、いくら呂号魚雷が高速でもこの距離からの命中はあまり期待出来ませんが?」


「構わん、まぐれ当たりでもすれば儲け物だ、外れたとしても敵を攪乱出来るかも知れんしな、それにどうせ曰く憑き(・・・・)の代物だ、丁度良い厄介払いになる」


 そう言って栗田は自嘲気味にほくそ笑む。


 ロ号魚雷や破轟弾の様な疑似水晶爆発を誘発させる事で破壊力を生み出す水晶兵器は強力な反面、取り扱いが非常に難しいと言う側面があった。 

 海軍省の情報統制で将官以下には知らされていないが、製造工程や保管、運搬時に爆発事故が何件か発生しており、直近でも夢島工廠の水晶兵器格納庫がロ号魚雷の暴発で跡形もなく消し飛ぶ被害が出ている。


 軍艦で有る以上、弾薬庫が誘爆する危険は常時付き纏うもので有るが、ロ号魚雷が誘爆した場合、大和型戦艦と言えど只では済まない事は明白であり、堅実な艦隊運用を重んじる栗田にとって其れは許容し難いものであった。 

 故に、多少無理の有る理屈を付けてでも、体よくロ号魚雷を破棄しようとしている様である……。


「……了解しました、只、現在の射角ですと紀伊(きい)尾張(おわり)に当たってしまう可能性が有りますので、少し前に出る必要があるかと」


「ふむ、そうだな。 艦長!」


「は、はっ! し、針路そのまま、速力を第四戦速(40kt)に増速せよっ!!」


 栗田の一声で和田はパブロフの犬よろしく反応し声を張り上げる。

 その声に従い戦艦武蔵(むさし)は速度を上げ紀伊(きい)尾張(おわり)よりやや前面に突出する。 


「魚雷発射管、一番から十二番まで呂号魚雷を装填、射角方位2.2.5、発射指揮は水雷長に一任する!!」


 誠士郎が指示を出すと武蔵(むさし)の艦底に備えられる魚雷発射砲塔内では慎重に呂号魚雷が発射管に運ばれていく。

 そして軽快な駆動音と共に4基の魚雷発射砲塔は発射口を右舷斜め前方へと向ける。 

 

 そして4基12門の発射管から一斉に呂号魚雷が放たれた。

 12本の呂号魚雷は海中に光跡を発しながら200ktの速度で米艦隊に迫る。


「《ほ、報告っ!! 左舷、距離22,000より多数の魚雷が急速接近、速力は……推定200ktですっ!!》」


「《ぬぅ……っ!? 200ktの高速魚雷……悪魔の槍(デーモンフォーク)か……っ!!》」


「《あ、(デ、)悪魔の槍(デーモンフォーク)っ!? す、直ぐに回避をーー》」


「《ーー慌てるなっ!! 如何に高速魚雷と言えどあの距離からそうそう当たるものではない、それに悪魔の槍(デーモンフォーク)は夜の水面(みなも)によく光る、冷静に進路を見極めれば射線に入っていたとて容易に避けられる!》」


 声高らかにそう言い放つオルデンドルフで有ったが、その表情には若干の緊張の色が見て取れた。

 且つてインディスベンセイブル海峡で座乗艦(インディアナ)を木っ端微塵にされた恐怖はオルデンドルフの心に刻み込まれている様だ。


 だがオルデンドルフの言葉通りロ号魚雷(デーモンフォーク)は暗き海中から光を発しながら駛走(しそう)して来ており、その殆どが命中コースから外れていた。

 命中が危惧される進路に在る物も冷静に対処すれば回避する事は難しくは無い。


 数分後、凶悪な火力を秘めた呂号魚雷は漆黒の水面に不気味な光を放ちながら次々と米戦艦の脇をすり抜けて行く。

 その様子を見張り員達は恐々とした表情で凝視していたが、その高速ゆえに通り過ぎるのもあっと言う間であった。

 彼方に遠去かる悪魔の槍(デーモンフォーク)の光を見送り、ほっと息を吐く見張り員達。

 だが次の瞬間、超音速で飛来した砲弾によってコロラドの三番主砲塔が爆ぜた。


「《ぬぅっ!!? 被害報告っ!! ダメコン急げっ!!》」


 艦は激しい衝撃と共に大きく揺動し、コロラド艦長は取手を掴み身体と帽子を支えながら声を張り上げる。

 武蔵(サタン)の放った主砲弾は鋭い音を立てコロラドの三番主砲防盾を貫通し砲塔後部で起爆、轟音と共に爆炎が吹き上がり三番砲塔はその威力に耐え切れず、砲塔右舷もろとも爆ぜた。

 その破片が四方に飛び散り宙を舞い炎と煙が空を覆った。

 艦内は地獄絵図の様相を呈し緊急警報が鳴り響く。


 艦橋(ブリッジ)から「《三番砲塔、応答せよ!応答せよ!》」と何度も呼び掛けるが、返答は無かった。


「《三番主砲塔、応答無しっ!!》」

「《応急班より報告! 三番主砲塔及び艦体右舷後方大破、上層で火災、下層で浸水発生っ!!》」

「《救護班から報告! 右舷後方区画死傷者多数被害甚大! 三番主砲塔に生存者無しっ!!》」


「《くっ! 本艦(コロラド)の主砲防盾を容易く貫通するとは……化け物めっ!!》」


「《ふん、寧ろその化け物の一撃を受けて生きていられる事を神に感謝するべきだろうな》」


 狼狽するコロラド艦長に対しオルデンドルフが毅然とした姿勢と態度で鼻を鳴らす。

 実際、武蔵(サタン)の砲弾が命中していたのが艦体や主砲基部(バーベット)付近で有れば艦が裂け弾薬庫が誘爆してメリーランドと同じ運命を辿っていただろう。

 砲弾が主砲塔上部に当たり、後部で起爆した事がコロラドが一撃轟沈を免れた要因で有り不幸中の幸いと言える。

 主砲1基を失い火災と浸水に見舞われたコロラド艦内はその対応に追われ各部要員が慌しく忙殺され、その中に在って砲撃手は攻撃の手を緩める事は無く死力を尽くし武蔵(サタン)に向けて砲弾を投射し続けている。

 

 その渾身の砲弾は武蔵(むさし)の周囲で爆ぜ、着実に武蔵(むさし)の艤装に損害(ダメージ)を与えていた。


 僚艦を盾にしても、奇を(てら)い魚雷を放っても米戦艦は動じる事無く一心不乱に武蔵(むさし)を狙って来る。

 こうなると一秒でも早く米戦艦を撃沈するより方法が無い。

 沈む心配が無く、米艦隊より圧倒的有利で有る筈の武蔵(むさし)の艦橋内は焦燥感に苛まれていた。


 事現状に及び、栗田はいっそ武蔵(むさし)を単艦突撃させようかと考え始めていた。

 最初に和田が提案し、自身が却下した戦法である。


 だがそれは碌に周囲を見れず、あまり性能の宜しく無い音探しか持たない紀伊(きい)尾張(おわり)をこの暗闇の海原に放置するに他ならない。


 この時、栗田の脳裏には ”撤退” の二文字も浮かんでいた。 


 だが次の瞬間、ウェストバージニアの放った主砲弾が武蔵(むさし)の艦橋直上で炸裂し火花と共に構造物の破片が四散する。

 艦橋内部にも激しい振動が伝わり艦橋要員達に同様がはしる。


「なぁななな何だぁあああっ!!?」


「艦橋直上に炸裂弾! 二一号多機能電探および一三号対空電探使用不能っ!!」


「んなぁっ!? た、多機能電探がやられただとぉっ!?」


 和田が表情を歪め分かり易く狼狽する。

 然も有ろう、艦橋上部に設置される二一号多機能電波探信儀は最も探知範囲が広く出力性能も高い上に水上、対空、航行電探を兼ねる万能電探(マルチレーダー)で有ったからだ。


 艦橋右舷に装備されていた3基の二二号水上電探は既に破壊されており復旧の目途は立たず、残っているのは左舷側の3基とマスト中部の2基のみである上、艦橋左舷の3基は現状逆側であるため使用出来ない。

 つまりマストに設置されている2基が破壊されると武蔵(むさし)は夜間の目を失う事となる、その心理的負荷は精神薄弱たる和田にはきつかったようだ……。


 そんな追い詰められた状況の中、栗田提督のこめかみから冷や汗が滴り落ちる。

 ”突撃”か”撤退”か……。

 

 突撃すれば米戦艦部隊を殲滅する事は容易いだろう、然し若し紀伊(きい)尾張(おわり)が駆逐艦や潜水艦の攻撃に晒された場合、単艦で電探射撃を行えず音探(ソナー)の性能もあまり宜しくない両艦は無防備に攻撃を受ける事になりかねない。

 艦隊司令として其の危険(リスク)は容認出来るものでは無かった。

 

 だが撤退すれば後方に展開中の第二艦隊と輸送船団が米戦艦隊の攻撃に晒される事になる。

 そうなれば上陸は失敗し、最悪キルバードが陥落する事になりかねない。


 思考を巡らせ栗田の出した結論は……。


「…………」


 ……無言、つまり ”突撃” でも ”撤退” でも無く ”現状維持” であった……。

 

 退くも行くも出来ないならこの場に留まり全ての電探が潰される前に敵を全て撃沈する、結局の所それしかないと覚悟を決めたのである。


 だが当然、その選択にも危険(リスク)は有る、敵を撃滅する前に全ての電探と測距儀を失えば結局紀伊(きい)尾張(おわり)は無防備となり、更に武蔵(むさし)の継戦も不可能となるため日輪海軍は最大戦力を失う事となる。


 そうなれば数の暴力に訴える米軍の進撃を阻む事は極めて難しいと言わざる得ないだろう。


 栗田は武蔵(むさし)の使い方を誤った、と感じていた。

 いや、伝え聞く武蔵(むさし)の性能を過信し過ぎたのかも知れない。

 米最新鋭戦艦を壊滅させ、砲弾も魚雷も効かない浮沈戦艦を艦隊に迎え慢心していた。

 この艦1隻で米艦隊の全てを相手取ったとて勝てる、と。

 間違っていた、完全な失策だった。

 武蔵を艦隊旗艦とせず、自身は紀伊(きい)に乗艦したまま周囲を水雷戦隊に護らせ武蔵(むさし)を単艦で運用するべきであったのだ。

 紀伊(きい)尾張(おわり)と言う足手纏い(・・・・)を付けるべきでは無かったのだ。


 そう後悔し、自責の念に駆られる栗田であったが、全ては後の祭りであった。


 米戦艦隊は圧倒的な手数で武蔵(むさし)に砲弾を投射し続ける。

 VT信管を内蔵する其の砲弾は命中コースに無くとも近くを掠めるだけで起爆し、唯一脆弱な光学電子艤装を破壊していく。


 だが日輪艦隊とてやられてばかりでは無かった。


 紀伊(きい)尾張(おわり)の砲撃によって米戦艦ネバダを撃沈し、損傷していたペンシルベニアも再び被弾した事で戦闘力を喪失し大破脱落していた。


 そして武蔵(むさし)の砲弾も戦艦ウェストバージニアを射線に捉える。


 次の瞬間、砲弾はウェストバージニアの艦中央部に命中し装甲を泥の様に容易く貫いた。

 灼熱の爆炎が艦内を駆け巡り、多くの乗組員達が一瞬で消し炭と化し悲鳴の如き金属音が鳴り響き艦が引き千切れて行く。


 艦長と乗組員達は最後まで艦を守ろうと必死で行動するが、その甲斐も無くウェストバージニアの艦体は2つに折れ砕け漆黒の海底(うなぞこ)へと没して行った。 


 だが米艦隊は怯む事無く撃ち続け、武蔵(むさし)の周囲に水柱と火花を立ち上げる。


 互いに一歩も引かぬ攻防はその後も続くが、徐々に形勢は日輪側に傾いて行った。

 アイダホが紀伊(きい)によって撃沈され、カリフォルニアも尾張(おわり)の砲撃によって大破脱落する。


 これによって遂に日輪艦隊と同数となった米艦隊の敗北は決定的となった。


 その状況に和田は勝利を確信し顔を歪めてほくそ笑み、栗田も僅かに安堵の表情を浮かべた。

 そして武蔵(むさし)の放った砲弾がコロラドの装甲を貫き、その艦体が爆ぜるのと略同時に武蔵(むさし)のマストも爆ぜた。


 コロラドの艦体は爆炎に包まれ二つに砕け、武蔵(むさし)のマストも火花が爆ぜる。

 それはコロラドが今際(いまわ)(きわ)に放った執念の一撃であった。


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