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架空戦史・日輪の軌跡~~暁の水平線~~  作者: 駄猫提督
第一章:東亜太平洋戦争
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第百ニ十六話:魔王の一撃

 米艦隊が僚艦の悲惨な最期に戦慄している一方で、日輪艦隊、特に戦艦武蔵(むさし)の艦橋は歓喜に沸いていた。

 然も有ろう、今まで武蔵(むさし)の挙げた戦果は姉妹艦大和(やまと)との共同戦果のみであった。

 それが今、単独で米戦艦を撃沈せしめたのである。


「おおおおおおっ!! 素晴らしいっ!! ご覧になられましたか閣下!! これが、この戦艦武蔵(むさし)の力ですぞっ!!」


 武蔵艦長の和田は座席から立ち上がり初の単独戦果に歓喜……と言うより狂喜乱舞している。


「そうだな……。 聞きしに勝る素晴らしい打撃力だ」


 栗田は和田を一瞥する事も無く冷静な口調でそう言った、だがその口角は僅かに上がっており、鋭い眼光を放つ目も僅かに弧を描いている。

 そも武蔵(むさし)の第七艦隊への編入を熱望したのは栗田である、その活躍が嬉しく無い筈が無かった。


 その後も武蔵(むさし)の5基15門の64㎝砲は大気を震わせる轟音と共に砲弾を放ち続け、必死に距離を取ろうとする米B戦隊の周辺に巨大な水柱を立ち上げる。

 だがその時、武蔵(むさし)の右舷副砲基部から爆炎が立ち上がる。


「右舷副砲基部に命中弾、周囲に火災発生!!」

「な、なにぃっ!? は、破損個所はっ!? 損害は有るのかっ!? 報告は如何なっているっ!?」

「現在確認中ですっ!!」

「そのくらいさっさとやれ、この愚図がっ!!」


 突然の被弾報告に和田は分かり易く狼狽え、報告が遅いと通信員を責め立てる。

 だがたった今被弾した箇所の詳細報告など上がって来ない事の方が殆どであり、そも其れは通信員の責任ではない。

 この和田の理不尽な態度は武蔵(むさし)では常態化しており、部下達も諦めた様に溜め息を吐きながら従っている。


「如何した艦長、何を無為に喚いている? この不沈戦艦武蔵(むさし)は如何なる砲雷撃も恐るるに足らずと息巻き単艦突撃を進言して来た貴様は何処に行ってしまったのだ?」


「ぐ……ぬぅ……っ!」


 場の空気を悪くするだけの和田の横暴な態度に、流石に見兼ねた栗田が不快さを隠さず怪訝な視線を向けながら嫌味な言葉で和田を制する。

 その栗田の言葉にぐぅの音しか出ない和田は歯噛みしながら押し黙るしか無かった。 


「米戦艦隊、まもなく前部主砲の射角外」

「ふむ、もう一隻くらいは仕留めておきたかったが仕方が無い。 進路そのまま、同航の米戦艦に照準を変更せよ」


 米B戦隊が主砲3基の射角から外れると栗田は早々に照準を米A戦隊に切り替える。

 米A戦隊もB戦隊が射線から外れると同時に砲撃を再開した為、武蔵(むさし)とコロラド級3隻は同時に砲火を交える事になった。

 また米B戦隊は武蔵(むさし)からの照準が外れた事を確認すると、その場でUターンしA戦隊に追従を開始する。

 これによって米艦隊は再び単縦陣で展開する事になり米標準型戦艦6隻も砲撃に加わった。


 このとき日米両艦隊の距離は22,000の同航となり米艦隊は圧倒的な手数で日輪艦隊の周囲に砲弾の雨を降らしているが、武蔵の弾が一発でも当たれば致命傷となりかねない米艦隊としては命中弾が得られない事に焦燥感を募らせていた。


「《て、提督、もう少し距離を取った方が良いのでは?》」 

「《無駄だ、多少距離を取った所で大して変わらん、このまま撃ち続けろ》」


 魔王(むさし)から放たれた砲弾が立ち上げる水柱の巨大さと精密さに及び腰となった参謀の1人が気弱な進言をするが、オルデンドルフは冷静な口調でそれを一蹴する。


 実際1〜2km離れた所で魔王(むさし)の砲撃が命中したら一溜まりも無いのは同じで有るし被弾率も気休め程度しか変わらないだろう。


 弾道計算をやり直さなければならない事を考えると進路変更が得策では無い事は明らかである。


 だが ”一撃轟沈(一発当たれば終わり)” と言う無慈悲な現実に及び腰になる参謀の憂いも人としては当然の感情であろう。


 その後も砲撃の応酬を繰り返す日米艦隊であったが、再び武蔵(むさし)から爆炎が立ち上がり激しく燃え上がる。

 更に武蔵(むさし)の周囲に至近弾が降り注ぐ。

 先程の逃げ撃ちによるマグレ当たりでは無い、精密な射撃である証左であった。 


「《報告、B戦隊が命中弾と至近弾を出した模様!!》」

「《おおっ!!》」

「《ふむ、先を越されたか……。 だが漸くだ、B戦隊に主砲対空弾で砲撃するよう命じろ! A戦隊(われわれ)も負けてはならん、撃って撃って撃ちまくれっ!!》」


 杖を床に突き立て響き渡る金属音と共にオルデンドルフが眼光鋭く覇気の籠った声を張り上げる。 

 その声に呼応しコロラドの艦橋は俄かに活気付き皆が機敏に動き出す。 


 米艦隊は今まで通常弾(榴弾)で攻撃を行なっていた。

 貫徹出来なければ大した威力を発揮出来ない徹甲弾では魔王(サタン)には無意味で有り、通常弾の方が炸薬量が多く火災を発生させられる分、有効だと思われたからだ。

 最初から主砲対空弾を使用しなかったのは単に弾数が少ないからである。 


 戦艦の主目的は敵戦艦の撃沈であって対空戦闘では無いのだから当然と言えば当然で有ろう。

 だから命中が期待出来るまでは弾数の多い通常弾を使用していたのである。


「《報告、艦隊司令部より主砲対空弾使用の下令有り!!》」


「《うむ、了解した。 戦隊旗艦(カリフォルニア)よりB戦隊全艦へ、砲弾を対空弾へ換装し、弾種差異諸元入力の後VT信管の感度最大で砲撃を再開せよ!!》」


 戦艦カリフォルニアより命令が下されると6隻の米標準戦艦の45㎝砲塔内では急いで弾種変更作業が行われ、主砲射撃指揮所では諸元修正を行っていた。

 これは通常弾と対空弾では重量が違う為、そのままでは同じ方位と仰角で射撃しても弾着点は変わってしまうからである。

 その為、その差異分を計算して諸元入力する必要が有るのだ。

 

 そうして準備を終えた60門以上の45㎝砲が次々と火を噴き、装填された対空弾を魔王(サタン)向けて放って行く。


 次の瞬間、魔王(サタン)の周囲に無数と思える水柱と共に複数の閃光が奔る。



「こ、今度は何だぁっ!?」

「この衝撃は……珊瑚海で受けたのと同じ、対空弾で艤装を狙って来ています!!」

「んなぁっ!? 馬鹿の一つ覚えがぁああっ!!」

「それでも、今以って有効な攻撃です……っ!!」


 相変わらず無為に喚く和田を尻目に誠士郎が口惜しそうに歯噛みする。

 第三次珊瑚海海戦で露呈した唯一の弱点を未だ克服するに至っておらず、有効な対策も確立されていないからだ。

 尤も、本来戦艦が対空弾を受ける事など想定する筈も無く、電探や測距儀などに防御を施せば肝心の探知能力が落ち本末転倒となる。

 それでも防げと言うなら飛んで来る弾を着弾前に撃ち落とすか、装甲の内側から探知可能な電探や測距儀または電子艤装に干渉しない装甲を開発するしか無いだろう……。


「右舷、副砲測距儀1基損傷っ!!」

「四番主砲塔測距儀被弾っ!!」

「ぬ……ぐぅっ!! な、何とかしろぉっ!!」


 次々と上がって来る被害報告に和田は頭を抱えて喚く事しか出来ない。

 是には栗田だけでは無く、周囲の参謀達も呆れ果てた表情を浮かべている。


「……っ! 武蔵戦術長より栗田司令に意見具申致します、紀伊(きい)尾張(おわり)を……本艦右舷に展開させて頂けないでしょうか!」


「ぬぉ!?」

「……何だと? 武蔵(むさし)可愛さに紀伊(きい)尾張(おわり)を盾に使えと言っているのか?」


 突如立ち上がり栗田に向かって真剣な表情で意見具申する誠士郎、その言葉に素っ頓狂な声を上げる和田を完全に無視し栗田が誠士郎を睨み付ける。


「現状、大和型戦艦は浮沈艦と言って差し支えありませんが電探や測距儀を失ってしまえば只の浮き砲台と化します、そして紀伊(きい)尾張(おわり)では米艦隊の電探射撃に対抗出来ません。 以って米艦隊を夜戦で撃滅する為には本艦の電子艤装を死守する必要が有ると愚考致します!」


「……ふむ、一理有るか」


 誠士郎の意見具申に栗田は思考を巡らせた後、その言葉に理解を示した。

 そしてすぐさま紀伊(きい)尾張(おわり)武蔵(むさし)の右舷3,000mに展開させるよう指示を出す。


 この日輪艦隊の動きに米艦隊は警戒を増した。

 魔王級(サタンクラス)の可能性が有る日輪戦艦2隻が距離を詰めて来たのだから一撃轟沈を恐れる米艦隊が警戒するのは当然であろう。

 だがその中に在ってオルデンドルフは冷静で有った、大和型(サタンクラス)武蔵(むさし)1隻だと見抜いていたからである。


 オルデンドルフは元々この様な慧眼を持ち状況判断に秀でた人物であった。

 それがガーナカタルや珊瑚海であの様な醜態を晒したのは、白人至上主義による偏見とそれに連なる非常に高いエリート意識が彼の精神を濁らせていたからであった。


 だが蛮族と見下していた日輪人に完膚なきまでに敗れ打ちのめされ、悶職(本人的に)に追いやられた事でエリート意識もへし折られた。

 その結果自虐的思考に陥っていたが、そうなって改めて魔王(サタン)と対峙した結果、余計な偏見(フィルター)を取り除いた状態で物事を見据えられ、彼自身の本来の能力を発揮できる様になったのであった。

 

「《浮き足立つなっ!! 魔王(サタン)は奥の1隻のみだ、惑う事無く奴のみを狙い続けろっ!!》」


「《りょ、了解ですっ!!(サ、サーラジャッ!!)》」


 床を穿つ金属音と共に覇気鋭く腹に響くオルデンドルフの檄によって乗員達が気勢を取り戻す。

 しかし武蔵(むさし)の電探射撃装置頼りの砲撃とは言え19,000mからの射撃は徐々に正確性を増して行き、B艦隊の周辺に至近弾を降らせていく。


 だが米艦隊は怯む事無く魔王(サタン)への砲撃を敢行し、僅かづつだが確実に武蔵(むさし)の電子艤装を削っていた。 


 海戦は陸戦と違い盾役(タンク)が物理的に攻撃を受け止める事は難しい、故に挑発行為(ハラスメント)を行い其の存在感によって攻撃の指向を向けさせるのが海戦に置ける盾役、即ち ”被害担当艦” の役目なのである 。

 しかし、その特性上相手(てき)が挑発に乗って来なければ無意味な行為となる。

 尤も挑発行為(ハラスメント)自体が敵へ損害を与え、心理的圧迫にはなるので全くの無駄と言う事では無いが。


「ふむ、乗って来んか……敵の司令官は冷静沈着な人物の様だな」


 前面に出した紀伊(きい)尾張(おわり)を無視して執拗に武蔵(むさし)への攻撃を続けて来る米艦隊に対し、栗田は眉間に皺を寄せ怪訝な表情をしているものの、敵の司令官(オルデンドルフ)に対して敬意を感じてもいた。

 然しだからこそ、此処で確実に仕留めなければならないとも感じている。


 その時、紀伊(きい)尾張(おわり)の砲撃に晒されていた米標準戦艦の内1隻から爆炎が立ち上がる。


「《ペンシルベニア被弾っ!!》」

「《……損害は?》」

「《左舷上部の被害甚大、なれど航行には支障無し、戦闘継続も条件付きで可能な模様です!!》」

「《ふむ、やはり軽い(・・)な》」


 通信員から被弾した僚艦の状態を聞いたオルデンドルフが呟いた。

 そのオルデンドルフの言葉通りテネシーとミシシッピの被害と比べればペンシルベニアの受けた攻撃は明らかに軽い(・・)事が窺える。


 参謀達の間でも前面の2隻は魔王級(サタンクラス)では無いと思え始めたのか安堵の表情を浮かべている者もいた。


 だが紀伊型戦艦からの砲撃を受けた米戦艦ペンシルベニアは左舷中央が激しく炎上しており応急班が懸命の消火活動と救助活動を行っている。

 旧式然としていた砲郭を取り除き代わりに装備された近代型の副砲は4基の内2基が吹き飛び、最新鋭戦艦と見間違うほどに再構築された上部建造物は無残に抉れ赤く燃え盛る炎と黒煙に包まれた地獄の窯と化していた。

 その惨状は武蔵(サタン)同様、紀伊と尾張(サタンもどき)もまた楽観視して良い相手ではない事を雄弁に物語っている。


 だが一撃轟沈(一発当たれば終わり)では無かったと言う事実は果敢に戦う兵達を更に勇気付ける結果となった。

 無論、いつ魔王からの砲撃(無慈悲な一撃)を受けるか分からないと言う恐怖は残っているが、傷付きながらも果敢に戦い続けるペンシルベニアの姿は、兵士達の合衆国海軍軍人としての誇りを奮い立たせたのであった。

 

 然し次の瞬間、凄まじい轟音と共に戦艦メリーランドが爆ぜた。


 爆発の光が夜空を赤く染め、装甲が裂け火花が四方に飛び散る。

 艦体は激しく揺れ、乗組員たちの叫び声が混乱の中に響き渡った。

 海水が裂けた艦体から怒涛のように流れ込み、傷付いた巨体はその重みに耐えきれず引き千切れる金属音と共に海中に没して行く。

 最後に見えたのは、艦尾に掲げられた星条旗が波間に消える瞬間だった……。


「《メ、メリーランドが……っ!?》」

「《ビッグセブンと讃えられた偉大な(ふね)も、魔王の一撃の前ではこうもあっけなく沈むと言うのか……っ!》」


 英国のネルソン級、日輪のナガト級、それらと轡を並べるコロラド級……。

 世界ビッグセブンと称されし大戦艦(バトルシップ)……。

 圧倒的な存在感によって海軍休日時代を支え永く米海軍の象徴であり続けた、その抑止力によって国威を示し続けた偉大な軍艦……。

 その一角であったメリーランドがたった一撃で只の鉄屑(スクラップ)と化した様は、水兵から提督に至るまで全てのコメリア海軍軍人にとって余りにも衝撃的な絶望であった……。


 巨大な水柱がコロラドの艦体を揺るがす度に軋む金属音が、まるでコロラドが恐怖に叫んでいるかのように響く。

 薄暗い光に照らされた士官達の顔には恐怖が滲み、動揺の影が計器の反射に揺らめいていた。

 魔王の起こす水柱に覆われ、その轟音が鼓膜を刺す。

 士官達は、まるで逃げ場のない水の檻に閉じ込められた様な感覚に陥り始めていた……。


 その時、床を穿つ鉄杖の音が艦橋内に鳴り響き、オルデンドルフの声が全ての混乱を切り裂いた。


「《臆するなっ!! 如何に奴の砲撃が強大であろうとも奴は此処で無力化せねばならんっ!! その手段が我々には有る、いや我々にしか出来んっ!! 合衆国の勝利でこの戦争を終わらせる為に、我々が死力を尽くし奴を沈黙させねばならんのだっ!! ここで怯めば我々は歴史の露と消えるっ!! だが、今ここで立ち上り立ち向かうのならば、我々の名は永遠に刻まれるだろうっ!! 撃てっ! 撃ち続けろっ!! 奴の全ての眼を潰し、奴が浮かぶ鉄桶となるまで撃ち続けるのだっ!!》」


 艦橋内に響き渡るオルデンドルフの声は震える士官達の魂を揺り動かした。

 全員の視線が彼に集中し、その一言一言が兵士達の胸に突き刺さった。

 絶望の中で灯ったその言葉の火種が、やがて炎となって彼らの決意を燃え上がらせる。


「《砲術担当、次弾を装填しろ! 全力で撃ち返すぞっ!!》」


 コロラドの艦長が吼えるように命じた。

 士官達は躊躇いを捨て、各々の持ち場で奮闘し始めた。

 手が震えるのはもう恐怖からではない、士気を纏い、彼らの動きは精密さを増し、連携が再び命を宿した。


 魔王の砲撃が更に激しさを増す中、米艦隊はそれを押し返すかの様に応戦する。

 艦内での士官達の叫びは、嵐の中の灯台の光のように兵士達を導いて行く。

 

 その瞬間、彼らは只の兵士では無かった。

 一人一人が歴史を刻む英雄であり、魔王に挑む勇者であった。




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