第百ニ十五話:魔王Vs旧式戦艦
魔王を迎撃するべくオルデンドルフは自艦隊を単縦陣で展開させ、モントゴメリー艦隊には真っ直ぐ自分へ向かって来るよう指示を出し、後方に展開していたターナー艦隊(打撃巡3 重巡5 軽巡6 駆逐12)には魔王の後方に展開しているであろう日輪揚陸部隊の索敵と撃滅を命じた。
オルデンドルフの読み通り、日輪上陸部隊を乗せた輸送船団は夜陰に紛れタルワ環礁南西の海岸を目指しており、その護衛には戦艦長門率いる日輪第二艦隊が随伴していた。
同じく輸送船団の護衛を行う日輪第七艦隊空母分隊(第三、第四、第五戦隊)は危険分散の為に輸送船団からは離れた位置に展開している。
一方で日輪第七艦隊主力は旗艦戦隊(戦艦武蔵、紀伊、尾張)を先頭に同第一戦隊(重巡吾妻、浅間、日高、春日)と同第二戦隊(軽巡六角、駆逐艦巻波、高波、清波、玉波、涼波、早波)が単縦陣で追従している。
その第七艦隊の前方には第九艦隊が展開しており、敗走するモントゴメリー艦隊を追撃していた。
「あの逃げ方、どうも誘われている気がするな……第九艦隊に速度を落として距離を取る様伝えろ」
武蔵の主艦橋で司令席に座す栗田提督は冷静な口調で米艦隊の動きを訝しみ第九艦隊に敵との距離を取る様指示を出す。
その時、電探表示板を凝視していた電探手の表情が強張り、緊張した様子で口を開く。
「電探手より報告!! 逃亡中の敵艦隊の後方より新たな艦影を捕捉!! 大型艦10乃至11隻が此方に向かって来ていますっ!!」
「ほう? 向こうからも我々は捕捉出来ている筈だ、それでも向かって来る大型艦……戦艦か」
電探手の報告を聞いた栗田は眼光鋭く漆黒の海原を睨み付け、凄みの籠った声で言葉を放つ。
「おおっ!! 戦艦が此方に向かって来るとは何たる僥倖!! 閣下、この不沈戦艦武蔵なれば如何なる砲雷撃も恐るるに足りません、最大戦速で単艦突撃を敢行し米戦艦部隊を蹂躙してやりましょうぞ!!」
米戦艦が此方に向かって来ている、和田艦長は我が意を得たりとばかりにほくそ笑むと武蔵の単艦突撃を進言した。
そんな和田の慢心し切った表情を後目に見る柴村誠士郎は怪訝な表情を浮かべ口を開く。
「……艦長、油断は禁物です。 米軍とて馬鹿では有りません、何らかの対策を講じている可能性を考慮し警戒しておいた方が良いでしょう」
「……チッ! 柴村戦術長、貴官はまだ若い。 慎重なのも宜しいが敵の力を過大評価しては勝機を逃す事になるものだぞ?」
誠士郎に自分の考えを油断と指摘され、舌打ちし醜く顔を歪めた和田であったが、平京柴村本家の御曹司である誠士郎に強く出る事は出来ず、顔を引き攣らせながら言葉を選んで苦言を呈するに留めた。
これが誠士郎では無く他の士官であったなら罵詈雑言が和田の口から飛び出していた事だろう。
「敵の陣形は単縦陣か、速力そのまま全艦面舵15、左舷砲撃戦用意っ!!」
剣呑な雰囲気の和田と誠士郎に一瞥もくれる事無く語気鋭く艦隊に指示を出す栗田提督。
その指示に第七艦隊の艦艇は機敏に応え、隊列を崩す事無く進路を変えながら一斉に砲身を左に旋回させて行く。
自分の意見を完全に無視された形となった和田は栗田に聞こえぬよう舌打ちをし歯噛みした。
「電探手より報告!! 逃亡中の敵艦隊が反転、戦艦部隊に追従を始めましたっ!!」
「ふん、まぁ当然そう来るだろうな……。 第一第二戦隊は第九艦隊と共に米巡洋艦隊を叩けっ!! 我々は反航戦にて米戦艦部隊を迎え撃つ!!」
鼻を鳴らし眼光鋭く言い放つ栗田、その時、米戦艦部隊(オルデンドルフ艦隊)が二つに割れ始めた。
面舵を取りつつ日輪艦隊の左舷に回ったのは戦艦コロラド、メリーランド、ウェストバージニアの3隻であり、残りの8隻は右舷側に展開しつつあった。
是により、日輪戦艦武蔵、紀伊、尾張の3隻は左右に挟撃されつつ在る状況であったが、日輪戦艦3隻は進路を変える事も砲身を旋回させる事も無く、そのまま突入を敢行する。
「《全艦砲撃開始っ!!》」
「全艦撃ち方始めぇっ!!」
日米両艦隊の提督がほぼ同時に砲撃開始を下令すると、総勢14隻の巨大戦艦の主砲が一斉に火を噴いた。
連続して大気を震わせる砲声が鳴り響く。
刹那、両艦隊の周辺に多数の巨大な水柱が立ち上がる。
距離28,000mで放たれた砲弾に至近弾は無く、両陣営の戦艦は慌ただしく次弾を装填して行く。
更に伊吹型重巡4隻(吾妻、浅間、日高、春日)を擁する第一戦隊と軽巡六角率いる第二戦隊も反転して来たモントゴメリー艦隊と再び相対し砲火を交え、第九艦隊は遊撃隊として第一第二戦隊を援護しつつ武蔵隊(第七艦隊旗艦戦隊)を狙う駆逐艦を牽制していた。
漆黒の海原で日米共に果敢に砲戦を繰り広げているが、この砲戦に置いて不利なのは日輪艦隊の方であった。
夜間でも昼間とほぼ同等の命中弾を期待出来る電探射撃装置、この場に置いてそれを搭載している日輪艦は戦艦武蔵と第九艦隊の駆逐艦霧雨と霧風の3隻のみだからである。
電探射撃装置を持たない紀伊と尾張は武蔵の射撃電探で観測した諸元を元に射撃を行ってはいるが、蒼粒子光線式射撃情報送受信装置を用いた相互情報共有による統一射撃とは異なり、通信手同士のやり取りによる情報伝達を元にしている為、効率と正確性は格段に落ちる。
故に日輪戦艦隊は実質武蔵1隻で戦っているのと変わらない状態であった。
加えて紀伊と尾張には砲安定装置も装備されていない為、30ktを超える速度では命中弾を期待出来ず、完全に武蔵の足を引っ張っている状態となっている……。
その状況に歯噛みし苛立ちを露わにしているのは艦長の和田であった。
武蔵の性能であれば単艦で高速戦闘に持ち込んだ方が戦果を期待出来るのは間違い無いが、然しそれでは最大45ktしか出せない紀伊と尾張が置き去りとなり、電探射撃を持たないニ艦は遠距離から一方的に攻撃を受けるか若しくは駆逐艦に肉薄され被雷する可能性が有る。
和田は何度も栗田に単艦突撃を進言しているのだが、栗田は武蔵が艦隊旗艦である事を理由に和田の進言を却下していた。
確かに艦隊司令を乗せた艦が僚艦を置き去りに単艦突撃は用兵の常識として有り得ないだろう、大和とて僚艦を他の艦隊に預けての突撃であったのだ。
当初、第七艦隊への転属を命じられた和田は歓喜していた。
第十三艦隊では大和が存在する限り艦隊旗艦の栄誉は巡って来ない。
戦功も大和と二分されてしまう。
だが第七艦隊で在れば艦隊旗艦であり唯一の大和型戦艦である。
かのインディスベンセイブル海峡の大和の如く単艦突撃で戦果を挙げれば、東郷の様に昇進も金鵄勲章も夢では無い。
そんな皮算用に心躍らせた和田であったが、現実は厳しかった。
艦隊旗艦となった事で、当然の如く栗田中将を筆頭に艦隊司令部の参謀達が乗り込んで来た。
是によって、和田の《艦内最高士官》の座は奪われ今までの様な明から様な横暴な態度は取れなくなった。
それは出世の為と何とか我慢していたが、自分の為に戦功を挙げたい和田にとって武蔵が艦隊旗艦となる事で身動きが取れなくなる事は想定外であった。
そのため艦隊の安全を第一に考える思想の栗田は彼にとって相容れない存在となっていたのである。
もっとも、和田は自分が戦功を挙げられるなら僚艦が沈もうが大破しょうがどうでも良い、と言う思考なので相容れる人間など居よう筈も無いのだが……。
閑話休題
日米戦艦隊は反航戦で撃ち合うも互いに命中弾は出せず、射角を維持する為に旋回を始めていた。
日輪戦艦隊はコロラド級3隻と同航戦を行う為に90度の面舵を切り、米戦艦隊はコロラド率いるA戦隊が取り舵を切りコメリア標準型戦艦8隻で構成されるB戦隊が面舵を切っていた。
これによりB戦隊は同航する日輪戦艦隊とA戦隊に反航で挟まれる形となってしまった。
このとき日輪戦艦隊と米A戦隊の距離は22000mであり、米B戦隊と日輪戦艦隊との距離は12000mであった。
流石に魔王とその距離で撃ち合うのは拙いと焦った米B戦隊は急速に取り舵を切り魔王から距離を取ろうとした。
だが時既に遅く、米B戦隊は魔王から13000mほど距離を取った所で日輪戦艦隊の砲撃に曝されてしまう。
日輪戦艦隊としても(この時点では)正体不明の戦艦群が(紀伊と尾張の)想定交戦距離を大きく超えて来る事は脅威であり、攻撃目標を米B戦隊に切り替えたのである。
「《初撃で至近弾だとっ!? 拙いぞ、もっと早く距離をーー》」
眼前に立ち上がる巨大な水柱を見たB艦隊司令は青ざめた表情で艦隊を退避させようとした、が、次の瞬間B戦隊旗艦である戦艦テネシーの艦体が爆ぜた。
魔王の第二射の砲弾がテネシーの対45㎝装甲を易々と撃ち貫き、艦中枢で炸裂したのだ。
命中したのはたった一発であったにも関わらずテネシーの戦闘力は完全に失われ、浸水を止める事が出来ず後に横転し爆沈する事になる。
「《テネシー被弾っ!! 大破脱落の模様っ!!》」
A戦隊旗艦でありオルデンドルフ艦隊旗艦でもある戦艦コロラドの艦橋で通信手が叫び声に近い悲痛な声で報告する。
この時点ではまだ沈んではいなかったが、テネシーが致命傷を受けた事は皆察していた。
「《慌てるな、B戦隊旗艦はカリフォルニアが引き継ぎ、砲撃しつつ後退するよう指示を出せ》」
魔王の攻撃力を改めて思い知らされ恐怖に騒めき浮き足立つコロラドの艦橋、そこに杖を床に突き立てる音が響くと一気に静まり返る。
そしてオルデンドルフが眼光鋭く落ち着いた、だが威圧感の有る口調で指示を出した。
「《りょ、了解ですっ!!》」
それを受けた部下達は冷静さを取り戻し機敏に行動を開始する。
「《アイオワ級を容易く屠ったあの火力、旧式艦では一溜まりも無い、か……》」
「《はい? 閣下、今なんと?》」
オルデンドルフの口からふいに出た呟きは各所への指示を出す声に搔き消され隣の副官にすら聞き取れず聞き返された。
「《……いや、日輪軍は矢張り侮れんと思ってな》」
「《ええ、全くです……。 誰が東洋の蛮族などと宣ったのか、そう言う連中に前線で奴らと戦って貰いたいですよ……》」
「《…………まぁ、そうだな……》」
副官の言葉にバツが悪そうに応えるオルデンドルフ。
然も有ろう彼自身も数ヵ月前までは日輪人を猿、蛮族と蔑視していた人間で有ったからだ。
偉大なる合衆国、優良種たる白人種……。
それ等が造り駆る軍艦が黄色い猿の乗る泥船如きに負ける筈が無い、と……。
そう見下し、慢心し、驕り高ぶった結果が、今日の自分のこの姿、である……。
その事実に自嘲気味に笑うオルデンドルフを副官は訝しむが、彼は僅かに頭を振った後真顔となり漆黒の海原の先に潜む魔王を見据える。
だがその眼に狂気は感じられず、まるで憑き物が落ちた様に冷静で精悍な顔つきであった。
「《ニミッツ参謀総長には感謝しないといけないと、そう思っただけだ》」
そのオルデンドルフの言葉に副官は「《はい、ニミッツ参謀総長は人格者ですからね、私も尊敬しております!》」と笑顔を見せた。
「《報告、レーダーリンクシステムによる諸元計算を完了しました、主砲いつでも撃てます!!》」
「《うむ、砲撃を再開しろ》」
日米共に針路を変え相対距離も変化したため観測班は現在地からの諸元計算を行っていた。
それがようやく終わったと報告を受けたオルデンドルフは眼光鋭く落ち着いた口調で砲撃開始を下令する。
その命令の下、コロラド級3隻の主砲塔が重苦しい駆動音と共に旋回し、レーダーリンクシステムからの諸元を元に砲身の照準を調整する。
そして各艦の4基8門、合計12基24門の50㎝砲が一斉に火を噴いた。
放たれた砲弾は僅かな放物線を描きながら超音速で日輪戦艦に迫り、そして周囲の海面に巨大な水柱を立ち上げる。
「《弾着、命中弾無し!!》」
「《次弾装填急げっ!!》」
「《敵艦、発砲っ!!》」
互いに砲火を交える日米艦隊。
米艦隊は先頭の日輪戦艦を狙い、日輪艦隊は必至に距離を取る米B戦隊に照準を定めていた。
「《レーダーに映る3隻の艦影、まさか3隻とも魔王級……などと言う事は……》」
「《ふむ、魔王が最低2隻存在する事は確認されているが……少なくともこの海域に居るのは1隻だけだろう》」
「《……何故お分かりに?》」
「《無論、感だよ。 先頭の艦以外からはプレッシャーを感じぬからな、間違いは無い》」
「《か、感……プレッシャー、ですか……》」
米艦隊はレーダーに映る3隻の艦影のどれが魔王かは分かっておらず、副官は3隻とも魔王級で有る場合を想定し青ざめていた。
だがオルデンドルフは魔王はこの場に1隻しか居ないと断言する。
副官はその言葉を訝しむが、実際オルデンドルフの言葉は真実である。
「《報告っ!! 間も無くB戦隊が距離5mi(約8000m)でインターポジションに突入!!》」
「《むぅ、標的から13.5mi程離れているとは言えFF(誤射)が怖いですな……》」
「《……ふむ、已むを得んか。 諸元演算を維持したまま一時砲撃停止!》」
「《ーーっ!? ほ、報告、ミシシッピが被弾っ!!》」
「「《ーーっ!!》」」
現在米A戦隊は距離22000mの同航で日輪艦隊を砲撃しており、米B戦隊は距離14000の反航で後退しながら日輪艦隊と砲火を交えていた。
そして米B戦隊が日輪艦隊と米A艦隊のインターポジションに到達しつつあったその時、戦艦ミシシッピが2発の命中弾を受け轟音と共に漆黒の海原を紅く染めた。
閃光が暗闇を引き裂き、その後に続く爆発音が腹の底に響く。
巨大な艦影が、燃え盛る炎を背負ってゆっくりと傾き始めた。
その姿は暗闇に飲み込まれるかの様であり凄絶な終焉を告げていた。
次の瞬間、炎に包まれたミシシッピの艦体が大爆発を起こし艦が3つに砕ける。
海面には飛散した物資が赤黒い光を発し揺らめきながら漂い、その中で暗い水面に反射する炎の光が投げ出された兵士らの顔を時折浮かび上がらせる。
希望を求めて泳ぐ者、藁をもつかむ思いで浮遊物にしがみ付く者、そのすべてが夜の静寂と対照をなすかのように鮮烈だった。
その地獄の様な光景をA戦隊の見張り員達は僅か8000mの距離で見せ付けられその場で固まっていた……。
 




