第百ニ十三話:戦闘狂《ウォーモンガー》
『《追手は!?》』
『《真っ直ぐこっちに来てる、相対速度約250ml(時速約400km)で接近中》』
『《な……真っ直ぐだとっ!? くそ、何で光学迷彩を見破れるっ!? 前に戦った時はここまで鋭いヤツは居なかっただろうっ!!》』
セヴェルグを捨て駒にXFAF-02の最大速度で魔剣から逃げるコールであったが、背後から猛追して来る中沢機の存在に狼狽し声を荒げている。
『《……最初に戦った時より彼女の圧力が強くなってる、私と接触した事による共鳴反応によって彼女の超感覚が覚醒した可能性が有る》』
『《はぁっ!? つまりお前の存在のせいで敵が強くなったって事か!? ざっけんなっ!!》』
感情も抑揚も無い口調で淡々と仮説を語るエメルティアにコールが激昂する。
仮に仮説が正しかったとしてもエメルティアが悪い訳では無いのだが、仲間を冷徹に捨て駒にする彼女のやり口が気に喰わないコールにとって怒りをぶつけられる理由が有れば何でも良いのであろう……。
『《あと1分後に敵機の射程に入る……不確定要素が強いから使わなかったけど、このままでは撃墜は必至。 だから超感覚同調システムを使う》』
『《は!? それは訓練飛行の時に使って俺が気を失いかけたやつだろ!! この状況でそんな危険なもの使われて堪るかよ!!》』
『《……貴方の能力では彼女の攻撃を凌ぐのは無理、嫌なら此方で強制減速して私だけ脱出する》』
『《……クソったれめっ!!》』
エメルティアの感情も抑揚も無い脅迫じみた発言にコールは吐き捨てる様に言葉を荒げる。
XFAF-02(複座機)の機体操作は実は後部座席の権限の方が強い、つまりこの機体の設計思想上操縦士の方が捨て駒と言う事なのだ……。
『《同胞や相棒を捨て駒にしてまで生き残りたいなら何故戦闘機のテストパイロットなんてやっている!? お前が貴重なウルキーだと言うなら、貴族令嬢宜しく聖女教団の施設にでも引き籠ってりゃ良かっただろうに!!》』
『《……私にも事情が有る、けれど貴方には関係ない事……。 貴方が今やるべき事は詮索では無く決断、やる?やらない?》』
余りにも身勝手なエメルティアの行動と言い分にコールが声を荒げて彼女を責め立てる。
それに対しエメルティアは僅かに眉を顰めたものの、相変わらずの感情も抑揚も無い口調でコールに選択を突き付けた。
『《…………っ!! くそ、さっさとやれっ!!》』
後方からの圧力にコールが苦渋の表情を浮かべた後、声を荒げ吐き捨てる様な口調で已む無く了承の意を伝えた。
コールの返答を聞いたエメルティアは無言のまま手前の機器を操作し超感覚同調なるシステムを起動する。
同時にコールのヘルメットから何らかの起動音が発せられ、突如コールが苦悶の表情で呻き始める。
『《うっ!? ぐぅう……あぁあああっ!! がぁ……あ……っ!!》』
呻くコールを気に掛ける様子も無くエメルティアは意識を集中するかの様に目を伏せ沈黙している。
『《うぅ……っ!! これは……っ!? 感じる……俺にも敵の気配が分かるぞっ!!》』
数秒後コールから呻き声が止み、自分にも敵の位置が分かると感嘆の声が上がる。
『《ヤツの攻撃が、来るっ!!》』
そう叫ぶが早いかコールが操縦桿とペダルを機敏に操作し機体を翻す。
次の瞬間、先程までコール機の在った位置に銃弾が通った。
『《ハ……ハハハッ!! これがウルキーの……お前等が視ている世界なのか、エメルティア!!》』
コールが先程までの不満と苦悶が嘘の様に歓喜の声を上げながら軽快に機体を駆り魔剣からの攻撃を連続で回避し続けている。
だが、その間もエメルティアは目を伏せたまま沈黙しコールの言葉にも反応はしなかった。
是こそが他のウルキア人やアルティーナと違い、エメルティアが複座機の後部座席に乗っている理由で有った。
彼女が超感覚を行使するには集中する必要が有り、操縦と並行して其れを行う事は非常に難しい。
故に操縦を他の者に任せ彼女が集中して超感覚を行使出来る様に設計されたのがこの複座仕様のXFAF-02と言う訳なのである。
感覚強化を受けていたとは言え、シャリアでも無い少年兵に出来る事がエメルティアに出来ないのは単に得手不得手の話である。
つまり優劣の話では無く分散集中型か一点集中型かと言う事だ。
仮にハルミラーゼが複座機に乗っていたとしてもエメルティア程の性能効率を発揮する事は不可能だっただろう。
アルティーナならどうなのかは現時点では分からないが……。
『《あと10秒で光学迷彩が切れる》』
『《は!! どうせヤツには通用しないだろう!! そして、俺達にも必要ないっ!!》』
コールが口角を上げて叫び、嬉々として機体を駆り照準を中沢機に合わせ射撃する。
中沢機は辛うじて躱すが動きの中に驚きが混じっている事をコールは感じた。
『回避も攻撃も反応速度が鋭い……! それだけの実力が有りながら仲間を見捨てて逃げたの? やっぱり嫌いだなぁ、そう言う卑怯者って!!』
『《ちぃっ!!》』
中沢が僅かに語尾を荒げ鋭利な機動で機体を翻し攻勢に転じるとコール機も驚異的な反応速度でそれを躱す。
だが機体性能の差によってコールが1攻撃すれば4の攻撃が返って来ると言う状況が続く。
『《ぐっ……機体性能が違い過ぎる、化け物めっ!!》』
現在コール機と中沢機は700km/h~900mk/hの速度域で格闘戦を行っているが、その速度域であっても剱の加速力と運動性能はXFAF-02を凌駕しており、加えて機銃の弾速や弾道性能も比較にならない性能差を見せ付けられている。
『やるね! これなら、どうかなぁっ!!』
中沢機が照準にコール機を捉え数発の射撃を行う。
コール機が驚異的な反応速度でそれを躱すより僅かに早く中沢機が偏差射撃を行った。
数分前にセヴェルグ機を撃墜した中沢必勝の策であった、が、コール機はそれもギリギリで機体を捩り左垂直尾翼に掠ったものの回避する事に成功する。
『今のも避けた!? すごいすごぉいっ!!』
『《ちぃっ!! 俺の動きが読まれているのかっ!!》』
コールの反応速度に感嘆の笑顔と歓喜の声を上げる中沢。
中沢の正確な偏差射撃に苦悶の表情で焦りの声を上げるコール。
正反対の反応を見せる二人が示す通り、戦いは終始中沢機が主導権を握っている。
最初は仲間を見捨てて逃げたコール機に嫌悪感を持っていた筈の中沢であったが、自分の攻撃を何度も躱すコール機に段々と好感を持ち始めている。
例え親姉弟の仇であっても戦闘を愉しめる相手には好感を持つ、故に彼女は戦闘狂と称(揶揄)されているのである……。
『《彼女は……戦いを愉しんでる……戦闘狂……》』
『《あんな化け物に……はぁはぁ……乗ってりゃ……はぁはぁ……さそがし楽し……ぐっ!! くそ……ハァハァ……頭が……》』
中沢機と接敵して数分間、エメルティアとのリンクによって驚異的な反応速度を発揮していたコールであったが、身の丈に合わない力の行使は彼の身体にとてつもない負荷を掛けていた。
ヘルメットの中のコールは苦悶の表情を浮かべ血管が浮き上がり鼻血を垂れ流している。
口呼吸で荒い息をしているコールの声は明らかに限界が近い事を示していた。
それを感じ取ったエメルティアは無表情のまま右手をブレーキレバーに、左手を脱出装置のカバーにかけた、今から彼女が何をしようとしているのかは明白であった、が……。
『《ぜぃぜぃ……エメルティア……ぜぃぜぃ……俺は今から奴に……ぜぃぜぃ……最後の吶喊を掛ける……俺が合図をしたら……ぜぃぜぃ……お前は脱出しろっ!!》』
突如コールから発せられたその言葉に、エメルティアは僅かに目を見開きレバーに触る手がピクリと反応する。
『《……貴方は如何する?》』
『《ぜぃぜぃ……ハハ……何だ? ぜぃぜぃ……お前が俺の心配か?》』
『《……別に》』
『《ハ……ぜぃぜぃ……俺だって……死ぬ気は無い……ぜぃぜぃ……奴に一矢報いたら……ぜぃぜぃ……脱出するさ……ぜぃぜぃ……行くぞっ!!》』
『《……了解》』
エメルティアの感情も抑揚も無い返答を聞いたコールはスロットルを最大に機体を一気に上昇させる。
そして到達点で機体を翻しロールさせ一瞬水平を維持すると『《今だ、脱出しろぉっ!!》』と苦しそうな声で叫ぶ。
その言葉にピクリと反応したエメルティアは一瞬だけ僅かな戸惑いが見えた気がするが、一気に脱出レバーを引き緊急脱出した。
『《ぐぅうううぉおおおおおおおおおおっ!!》』
当然コクピット内の気圧は一気に低下し、その変化は残ったコールに襲い掛かる。
我々の世界のこの時代とは比べ物にならない性能の与圧服を装着しているとは言え、所詮1940年代の技術で作られたものであり限界はあった。
故にコールはその負荷に抵抗するかの如く咆哮しながら一気に急降下をして中沢機に迫る。
『《うぉおおおおおおおおおお墜ちろぉダインスレイヴゥうううううううっっ!!》』
『あはっ! 突撃して来るのぉ? 良いよぉドーンと付き合ってあげるぅっ!!』
上空からの落下速度を乗せて超音速で向かって来るコール機に向けて中沢機も機首を上げて一気に加速する。
超音速衝撃波を纏いながら相対するコール機と中沢機、互いに機銃を乱射した刹那、両機は超音速のまま擦れ違う。
『《くそ……化け物め……ごふっ!!》』
口から大量の吐血をし、ヘルメット内を鮮血で満たすコールの右わき腹付近は無残に吹き飛んでおりどう見ても致命傷で有った。
コクピット内部もコールの血と臓物の一部が巻き散り凄惨な状態となっている。
「《あーあ、やってらんねーぜ……まったく》」
最後の力でヘルメットを脱ぎ捨て、諦めた様な……だが少し清々しさを感じられる表情を浮かべるコールは、そのまま海面へ激突し爆散した……。
『貴方を卑怯者と罵った事に訂正と謝罪を……』
中沢はその結末を上空で旋回しながら見届け、彼が墜ちた海面に向かって真剣な表情で敬礼をした。
『此方の損害は……主翼付け根と機動補助装置付近に被弾、かな? でもこれ位なら直ぐに自己修復出来る……よね?』
自身の機体状態を疑問形で確認する中沢だが、これは剱が最高軍事機密に該当する機体で有るが為に、搭乗員と言えども詳細な概要は知らされていないので仕方ない面もある。
『さてっと、アイツどうしよ? 後々の事を考えるなら殺っといた方が良いんだろうけど……』
機体の被弾状況の確認を終え、ふと言葉を零した中沢の視線の先にはパラシュートで空中を彷徨うエメルティアの姿が有った。
まるで昆虫の生殺与奪に悩む様な中沢の殺気を感じ取ったエメルティアの表情は相変わらずの無感情に見える、がヘルメットの奥の瞳には僅かな緊張が見て取れる。
若しここで中沢がエメルティアを撃ち殺したとしても戦争犯罪にはならない(我々の世界でもジュネーブ条約に脱出したパイロットの要項が追記されたのは1977年)が、道義的な問題は有る。
ジュネーブ条約に置いてはパラシュートで脱出するパイロットは無防備な状態で有り従って非戦闘員であるとされる。
つまり反撃の出来ない非戦闘員を殺害する事は戦争犯罪(殺人)に該当すると言う解釈で有り、条約に記載されていないこの時代に置いても、道義的見地に置いて同様の解釈をする者は非常に多い。
そして中沢も、その道義的見地を持つ一人でも有る。
彼女は戦闘狂では有っても殺人狂と言う訳では無いからだ。
然し今回の場合はその限りとは言えない。
エメルティアの能力は敵としては非常に厄介なもので有る為、合理的な判断をするならば殺しておくべきなのは間違い無い。
中沢はゆっくりと旋回し機首をエメルティアへと向け、照準を彼女のパラシュートに合わせる。
身体を直接狙わずとも、この高度ならばパラシュートを撃ち抜けばまず助からないからである。
それを見たエメルティアは自分の命運が尽きた事を悟り、諦めた様に目を閉じた。
《彼への謝罪に今回は見逃してあげる。 相棒の覚悟に感謝しなさい》
突如エメルティアの脳内に響く聞こえる筈の無い中沢の声。
同時に彼女の横を中沢機が加速しながら一気に通り過ぎ瞬く間に見えなくなった。
『《……今のは魔剣のパイロットの、声? ……コールに、感謝する? 私にそんな資格は無い……》』
蒼空に一人取り残され感情も抑揚も無く呟く様に独り言ちるエメルティア。
そんな彼女の視線はコール機が墜落した海面に向けられ、その瞳には僅かな悲しみの色が表れていた……。




