第百ニ十一話:強制出撃
1943年11月23日15時45分
日輪艦隊は艦載機と零空隊を総動員し米空母を索敵するが、その所在は依然として不明のままであった。
その為、第一第二第七艦隊の流星には爆弾が装備され米上陸部隊への空爆が準備されており、連合艦隊司令部も零空隊が米迎撃機編隊を二度に渡って撃退していた事から攻撃隊に対する米戦闘機の脅威は少ないと考え始めていた。
司令部内の空気がほぼ米上陸部隊への空爆に傾いていた15時55分、零空隊の八咫烏より米機動艦隊発見の報が発せられた。
「米空母が見つかったのかっ!?」
「位置は何処だ? 海図を持って来いっ!!」
米空母の発見を諦めかけ、方針が米上陸部隊への空爆に決まったと思い込んでいた連合艦隊司令部は俄かに慌しくなった。
「八咫烏からの報告ではこの位置になります!!」
「……遠いな、直線距離で1000kmは離れている……」
キルバード周辺の海図が戦闘指揮所に固定設置されている鋼鉄製の大テーブルの上に広げられ、日輪艦隊の現在地を元に定規とコンパスで距離が測られる。
「これは……無理ですな、完全に攻撃隊の行動範囲外です。 流星でさえ航続距離ギリギリで帰路が日没となり非常に危険です、ここは米空母は諦め米上陸部隊への空爆を実行するべきで有ると愚考します」
「何を言っておるかっ!! 折角見つけた米空母を見逃すのなど以の外であるっ!! 見敵必戦っ!! 此処は無理を通してでも米空母を仕留めるべきであるっ!!」
海図を見た参謀の一人が距離的に米空母への攻撃は無理が有ると判断した、だがその隣に立っていたもう一人の参謀『角田 英治』が机を叩きながら米空母への攻撃を熱弁する。
「その無理が通らないと言っておるのですよ、物理的にっ!! 閣下は攻撃隊を動力切れで海に墜とすおつもりかっ!?」
「そんなつもりは毛頭無いっ!! 航続距離がギリギリなら全速力で母艦が迎えに行けば良いだけであるっ!!」
「そ、そんな無茶苦茶な……っ!?」
「無茶な物かっ!! 儂はこの戦法で現に戦果を挙げておるっ!!」
米空母攻撃を熱望する角田の発言に呆れた様な表情を浮かべるもう一人の参謀、確かに発艦後に最大艦隊速度である45kt(時速約83km)で日輪艦隊が米空母に近づけば航続距離の問題は理論上は片が付く。
だがそれは敵に発見される危険が跳ね上がり、対潜警戒も疎かになると言う事でも有る。
更にそこまでしても航空隊の帰還は日没後になる為、着艦作業が非常に危険である事は変わらない。
だが1942年6月まで空母龍驤を旗艦とする支援航空戦隊の司令を務めていた角田は、実際に上記の戦法によって米英艦隊の撃破に成功している。
この時には敵に見つかる危険を顧みず夜間に誘導灯を点灯させ艦載機を収容した逸話も残している。
尤も、この様な無茶な行動を取り続けた結果、現在は艦隊参謀の座に就かされているのだが……。
「長官、ご判断を……」
「……見敵必戦、闘将と呼び声高い覚田中将らしい言葉だね……。 けど流石に其れは危険が高過ぎて承認出来ない戦法だよ、流石にね……。 僕としても米空母を沈めて置きたい気持ちは同じだけど、此処は手堅く行こうと思うよ」
「ぬ……むぅ……」
「それでは?」
「うん、航空隊は全力を以って米上陸部隊を空爆、零空隊はキルバード上空の航空優勢を確保、但し八咫烏は触接(偵察)を継続、以上」
この山本の決断によって参謀と士官達は各々の職務を全うせんと弾かれる様に行動を開始する。
角田も不満気では有るものの、無言で敬礼した後行動を開始した。
「さて、と……。 そろそろ第二高潜隊との定時通信の時間だね、現在地はどの辺だろう?」
「予定通りであれば、タルワから南東300km、タベットアイア島付近に展開している筈です……米空母との距離は約300kmと言った所ですな、狙わせますか?」
「狙わせない理由が有るかい?」
「いいえ、微塵も」
周囲に殆ど人が居なくなった司令席で山本と志摩が悪い笑みを浮かべ、志摩が控えていた部下に目配せすると、その部下は機敏に敬礼をし長距離指向通信機へと歩いて行った。
志摩の指示した通信はナウルを経由し定時通信の為に潜望鏡深度に浮上する伊号301潜に伝えられる。
この通信を受けた伊号301潜は潜望鏡と通信アンテナを収納すると、静かに僚艦である伊号200型潜水艦8隻の待つ深度まで潜航し、境域音波通信で指令を全艦に伝える。
そして息を殺す様に静音航行を開始し、330km先に展開する米空母部隊に向けて針路を取った。
・
一方で位置が特定されている事を知る由も無い米空母部隊ではハルゼーが荒れに荒れていた。
零空隊の迎撃に出したF4U部隊がまたも敗走して帰って来たからである……。
尤もこの攻撃によって零空隊も少なからず手傷を負い、弾丸を消耗させた事で一時的な撤退に追い込んだと言えなくも無いが……。
「《最新鋭機である筈のF4Uで1機も撃墜出来ないとはどう言う事だぁーーっ!? F6Fに至っては弾を当てる事すら出来ず撃墜されていると言うでは無いかぁーーっ!! 一体どうなっているのだぁーーっ!?》」
空母エンタープライズの艦橋にハルゼーの怒号が響き渡る、最早それは聞き慣れ見慣れた光景であった。
ハルゼーと顔を合わせなければならない参謀や将兵は神妙な顔をしているが、ハルゼーから顔の見えない艦橋要員は皆辟易とした表情をしている……。
何故、と聞かれても日輪軍機の性能が自軍機の性能を凌駕しているからに決まっている。
だが当然そんな事はハルゼーとて分かっており、そんな正論を吐こうものならどうなるかは古参の参謀や将兵達はよく分かっている為、皆神妙な表情で無言を通しているのだ。
兎に角ストレスを吐き出すだけ吐き出させ、少し頭が冷えた所で次の指示を仰ぐなり上申を行う。
それが空母エンタープライズに置けるハルゼーの取り扱い方法となっている……。
これを遵守しない者が居るとしたら、それは手違いで取り扱い説明を受けていない新参者か無謀な馬鹿かのどちらかで有ろう……。
「《あの、私の分析によると魔剣は速度でコルセアより250mi/h(400km/h)も勝り、防御性能は1,5倍から2倍、火力に至っては2倍から3倍もの差が……ってあれ? 皆で私を睨んで、どうしました?》」
無謀な馬鹿が居た、皆がその情報士官をそういう目で見ている。
彼はこの作戦立案直前に配属された情報士官であるが、ハルゼーの取り扱い説明は受けている筈である。
この艦に配属される者に一番最初に伝えられるのがハルゼーの取り扱い説明であり、参謀達は間違いなく彼に最重要機密事項として伝えてある。
つまりこの情報士官は手違いで取り扱い説明を受けていない新参者では無く、情報士官のくせに情報を読み解く能力の無い無知で無謀な馬鹿なのだと断じる他無いのであった……。
周囲の者達が情報士官からジリジリと距離を取り始めた直後、ギ・ギ・ギと言う擬音が聞こえて来そうな動きでハルゼーの首が動き、怒りに歪んで真っ赤になった顔面を無知な情報士官に向け地響きが聞こえて来そうな歩みで彼に迫り来る……。
「《え? あの……っ!?》」
「《そぉんなぁ事ぉわぁ……貴様如きに言われんでも分かっとるわぁあああああああっ!!!!!》」
「《ひぃぎゃぁあああああああああああああっ!!!!》」
胸ぐらを掴まれ眼前でハルゼーの怒号と大量の唾を浴びた情報士官の顔は恐怖に歪み、手を放された瞬間床に尻餅を付き顔面蒼白のままガクガクと立ち損ねた仔鹿の様に震えている……。
「《なぁぜだぁっ!!? なぜ極東の黄色い猿如きに此処までしてやられるっ!!? コメリアわっ!! 合衆国わっ!! いつから低レベルな技術後進国に成り下がってしまっていたのだぁあああああああああああっ!!!!》」
艦橋内に絶叫に近い……いや正に喉が張り裂けんばかりのハルゼーの絶叫が響き渡る。
その場の将兵の誰もが『お前のせいだぞ』という責め立てる様な視線を情報士官に向けて睨み付けていた。
「《ほ、報告しますっ!! に、日輪航空隊の大編隊をキルバード上空にて捕捉っ!! し、進行方向から狙いは地上部隊であると推測されますっ!!》」
過去最悪の荒れた艦橋内の空気に通信手は少し上ずった声で上申する、この状況で明らかに悪い情報を伝えなければならない通信手は気の毒なくらい汗をかきながら恐る恐るハルゼーの反応を窺っている。
「《ーーーーーーーーっ!! 直ちに迎撃機を上げろぉっ!! F4Uも、F6Fも、キンメル子飼いの連中も全てをだぁっ!!》」
報告を聞いた途端ハルゼーの頭部に浮き上がる血管の量が一気に増したのが周囲からでも見て取れる、次の瞬間ハルゼーから怒号交じりの命令が響き渡る、それは直掩機を除いた格納庫内の全ての戦闘機を迎撃に向かわせる全力出撃の命令で有った。
「《す、全ての戦闘機を出撃……っ!?》」
「《し、しかし閣下、それでは全体の運用に支障が……先ずは一次迎撃隊をーー》」
「《ーー馬鹿か貴様わっ!! そうやって遂次投入した結果があのザマだろうがっ!! 何としても魔剣を叩き墜とし制空権を取り戻さねば地上部隊も艦隊も全てが日輪に蹂躙されると分からんのかっ!! 性能で勝てぬと言うならば数の暴力で磨り潰す、その花の咲いた頭でも理解出来たならさっさと行動しろぉっ!!》」
「「「《り、了解ですっ!!》」」」
ハルゼーの怒号で部下達が弾かれる様に散って行き、ハルゼー艦隊の全空母の格納庫が慌しく動き出す。
ハルゼー艦隊は魔剣を警戒し戦闘機の比重を多く編成していた、そのため現在出撃可能な戦闘機を全て集めると実に340機を超える大編隊となる。
だがその大編隊が本当に一丸となって飛び立てる訳では無く、結局は編隊を分ける事になるだろう。
だが今回の出撃ではその間隔が非常に短いと言う特徴があった、通常の運用では一次編隊の戦果を見極め(或いは判断の余力持って)間隔を開けて二次編隊が出撃するのが定石となっている。
この定石は間隔を空ける事で発着艦時の安全性を確保し動力と弾薬を無駄なく運用する上では非常に効率的であった、だが然し其れは戦力の遂次投入に他ならない。
そして戦力の遂次投入は味方の損耗率(生存率)を考えた場合は愚策となる。
そのためハルゼーは二次三次編隊に待機時間を取らず順次発艦を下令したのだ。
但し参謀が危惧した通り、この戦法だと発着艦時に非常に高度で繊細な管制と運用が必要となり、最悪の場合撃墜損耗より事故損耗が上回る事態も想定される危険な戦法である事は事実なので有った。
====空母レキシントンⅡ格納庫====
「《おいリーニャ、俺達に出撃命令ってどう言う事だよ!? あのガキ共じゃ機体を無駄に失うだけだって分かんねーのかっ!!》」
F4U部隊が慌しく出撃準備を行う中、呼び出しを受けたスプリガン隊のリーダーであるコール・ウラキーノ少尉がXFAF-02の技術主任であるリーニャ・パプリトンに詰め寄って来る。
「《分かっているわよ、けれど仕方が無いの……。 艦隊司令直々の強制出撃命令とあっては、ね?》」
そう言うとリーニャは企業の制服を着た技術者の中に一人立つ丸メガネの少し恰幅の良い高級将校を横目で見る。
「《参謀少将のアルファン・ハボンだ、スプリガン隊がキンメル長官直属の部隊である事は承知しているが事態は深刻でね、戦わないガラクタを飾って置く余裕は無くなったのだよ》」
そう言うとハボンと名乗った将校は手を後ろに組んだまま高圧的な態度で口角を吊り上げる。
本来高級将校が格納庫にまで降りて来る事はまず無いのだが、ハボンが態々格納庫まで来たのは、リーニャが頑なに出撃を拒否し通信では埒が明かなかった為である。
「《ーーっ!! リーニャ!!》」
「《私だって……っ!! ……けれど仕方ないのよ、艦隊司令が強権を行使して来たの、後で長官から艦隊司令に対して抗議なり責任追及なり有ると思うけど、今は従うしか無いの……っ!!》」
コールがリーニャに抗議するがリーニャもまた悔しそうに眉を顰め苦渋の言葉を吐き出した。
通信機からの強制出撃命令を拒否し、高圧的な態度で詰め寄って来たハボンにもスプリガン隊が出撃できる状況に無い事は必死に説明したのだが、強制出撃が覆る事は無く使えない部隊なら強制退艦させると脅しを受け折れざる得なかったのである。
そうこうしている内に呼び出しを受けたエメルティアと、その背後から3名のウルキア人の少年少女が走って来ていた。
そしてエメルティアは淡々と、3名の少年少女達は緊張した面持ちで横並びに整列し、目の前の明らかに階級の高そうなハボンに敬礼する。
「《ふん、立場を理解したなら結構、速やかに出撃し貴様等が討ち逃した魔剣を墜として来たまえ、刺し違えてでも、な?》」
ハボンは鼻を鳴らしながらそう言うと、スプリガン隊を横目に嘲笑し立ち去って行った。
「《……こうなっては仕方ないわね、エイシュマット、ハルミラーゼ、セヴェルグの3名は同調薬投与後速やかに搭乗し調整を受けて、ウラキーノ少尉とエメルティアはエイシュ達の感覚増強調整終了後いつでも発進出来る様に準備をお願い》」
「《ーーチッ!! 了解だ!!》」
不本意ながらも迅速にプロとしての仕事を熟すリーニャ、その指示を受けたコールは舌打ちをしながらも同じくプロとして迅速に行動を開始した。
そして不安そうに椅子に座るまだ幼さすら残る3人の少年少女達の首筋に注射器の針が差し込まれ、技術者達が慎重に薬剤を投与していく。
その光景を横目に見るコールは眉を顰め舌打ちをしながら愛機へと乗り込んで行った。




