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架空戦史・日輪の軌跡~~暁の水平線~~  作者: 駄猫提督
第一章:東亜太平洋戦争
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第百ニ十話:刻限の風

 米第七機動艦隊


 空母エンタープライズ


「《負けて逃げ帰って来ただとぉっ!? 100機の最新鋭機がかっ!? 例の試作機はどうしたのだっ!!》」


 エンタープライズの艦橋にハルゼーの怒号が響き渡る、その原因は《(ダインスレイヴ)》の迎撃に向かったF4U(コルセア)部隊が多大な損害を出した末に敗走して帰って来たからであった。


「《は、はい、報告では魔剣(ダインスレイヴ)を5,6機撃破(事実は3機)したものの《XFAF-02・スプライト》は監督用の複座(リーダー)機を除き……全滅した様です……》」

「《ふん、キンメル肝入りの試作機が良いザマだなっ!! 直ぐに損失分の補充を要請しろっ!! 使えん試作機は寄越すなと付け加えてなっ!!》」

「《り、了解ですっ!!(サ、サーラジャッ!!)》」


 ハルゼーの怒号に部下達は強張った表情で迅速に行動を開始する、彼の横に立つ参謀達は第二次迎撃隊を如何するか聞きたいようだがハルゼーの怒りに歪んだ表情を見て誰も言葉を発する事が出来なかった。


 一方で僚機を全て失った白いF4U(コルセア)こと《XFAF-02・スプライト(複座機)》は母艦であるレキシントンⅡに無事着艦し、エレベーターに乗せられ格納庫(ハンガーデッキ)まで降りて来ていた。

 エレベータ脇で待っていた牽引車(トーイングカー)XFAF-02(スプライト)格納枠(ハンガースペース)まで牽引すると作業員達が素早くタラップを機体横に移動させ、程なくしてコクピットから若い男性パイロットと後部座席の女性搭乗員が降りて来る。

 

「《ようコール、散々な初陣だったみたいだな、他のウルキー共は全滅か?》」

「《まぁな、最初から無理だと分かってたさ、あんな情緒不安定なジャンキー共が真面に戦えるものかよ》」


 作業員にコールと呼ばれたパイロットがヘルメットを脱ぎながら吐き捨てる様な口調でそう言った。

 その後方から降りて来た女性搭乗員はコールの言葉に反応する事は無く無言のまま歩いて来る。


「《おっとぉ、そういや後ろにもウルキーが乗ってたんだったな、悪い悪い!》」


 コールは女性搭乗員を横目に肩を竦めながら謝罪の言葉を口にするが本心から謝罪している訳では無い事は態度と表情から明白である。


「《……別に気にしてない、彼等は死んで私は生き残った、それが全て》」


 女性搭乗員はヘルメットを取りながら抑揚も感情も無い声でそう言った、同時に流れ落ちる白銀色の頭髪と美しい水色の瞳をそなえる整った顔立ちが露わになるとコールは舌打ちをし、作業員は惚けた表情で口笛を吹く。


「《ウラキーノ少尉っ!!》」


 その時、ハンガーデッキに若い女性の声が響く、その声の主と思われる女性はコールと呼ばれたパイロットを睨み付けながらヒールの音を響かせ迫って来る。


「《えーと……んじゃ、俺はこれで!!》」

「《なっ!? おい、待てよギースっ!!》」


 拙い空気を感じ取ったギースと呼ばれた作業員はニヤけた表情で敬礼をし引き留めようとするコールの言葉を無視して逃げる様に走り去っていった。


「《ウラキーノ少尉、出撃したXFAF-02(スプライト)が全滅ってどういう事なのっ!? 納得出来る説明をして頂戴っ!!》」


 軍服とは違う企業の制服に身を包むブロンドヘアの若い女性は左手にバインダーを持ち右手を腰に当て細く長い足を交差しヒールの音を響かせコールを睨み付けながら言い放つ。


「《ちょ、ちょっと待ってくれよパプリトン技術主任殿、奴らが全滅したのは俺のせいじゃ無い、勝手に自滅したんだ!! コイツに聞いてくれれば分かるって!!》」


 パプリトンと呼ばれた女性技師の華麗な圧力に気圧されたコールは、狼狽した表情でわたわたと自己弁護を行い親指で女性搭乗員を指差す。


「《はぁ……。 エメルティア、簡潔に状況を説明して頂戴……》」


「《了解、最初にトーマス機が撃墜され精神的に不安定になった他の4機が恐慌状態のまま敵と交戦しガーベント機とアンナマリー機が正面衝突して爆散、それを見て注意散漫になっていたカルラス機が撃墜されて、更にそれを見たルバイン機が錯乱し単調な機動で離脱しようとした所を狙い撃ちされ撃墜、全滅、以上》」


 呆れた表情で頭を押さえるパプリトンから状況説明を要求されたエメルティアと呼ばれる女性搭乗員は抑揚の無い喋り口で淡々と全滅の経緯を説明する。


「《……なるほどね、やはりジャパニア人には光学迷彩を見破る個体が居るとみてまず間違いないわね……。 それと、同調薬投与による精神への影響は許容を越えているみたいね……。 けれどシャリア以下のウルキア人でプロセッサオーブと同調するにはクオリアブーストは必須だし……。 これ以上貴重な機体を失う訳にはいかないから、エレーナ博士に判断を仰ぐしか……》」


 エメルティアから報告を聞いたパプリトンはブツブツと呟きながらバインダーのファイルに何かを書き込み思案顔で視線を泳がせる。


 その時、艦内にアラートが鳴り響き次いで艦内放送により戦闘機部隊に出撃命令が下された事が報じられた。

 たちまちハンガーデッキは慌しくなり、パプリトンと同じ制服を着た男性が駆け寄って来る。


「《主任、ハルゼー司令より第二次迎撃隊の出撃が下令されました、スプリガン隊にも出撃要請が出されていますが如何致しましょう?》」


「《再出撃ですって? 実戦データは欲しいけれど、予備機は後3機しか無いし……。 パイロットも先の5名と比べるとコンディションも練度も劣るのよね……》」


「《おいおい待ってくれ、残りの3人てあのガキどもだろう? 発着艦すら覚束ないアイツ等を連れて行くくらいなら俺だけで出撃した方がまだマシだぞ!?》」


「《……分かっているわよ、これ以上の損失は避けたいし、貴重なシャリアであるエメルティアを失う訳にはいかないわ……。 命令では無く要請なら、パイロットの不調と機体整備を理由に断って頂戴》」


 パプリトンは部下とコールの言葉に僅かな迷いを見せるが、エメルティアに視線を向けると出撃拒否を決断する。


 通常、艦隊司令が麾下に在る部隊に “ 要請 “ を出す事などは有り得ない、つまりコール・ウラキーノ少尉率いる “ スプリガン隊 “ がハルゼーの麾下では無い事を表している。

 

 彼等スプリガン隊は第七機動艦隊に所属はしているものの、キンメルの直轄部隊である為、命令系統が艦隊司令であるハルゼーを飛び越えている特殊なポジションに在る部隊であった。

 更に、出撃の可否を判断するのが民間企業であるチャンプ・ヴォートから出向して来ているリーニャ・パプリトン技術主任と言う事も有り、かなり歪な指揮命令系統の下に運用されている。

 だが、そのパプリトンですらTCSの根幹であるプロセッサオーブに関しては完全なブラックボックス状態で有り、その部分に問題が発生した場合はエレーナ・フォン・ノイマンの判断を仰がねばならないと言う歪の極み状態となっている……。


 そんな歪な集団であるスプリガン隊を尻目にレキシントンⅡのハンガーデッキでは作業員が慌しく動き回り、次々と最新鋭機であるF4U(コルセア)がエレベーターで飛行甲板に上げられて行く。


 ・


 ・


 一方、零空隊はキルバード上空を直掩していたF6F(ヘルキャット)を血祭りに上げながらXFAF-02(かまいたち)を警戒しつつ島周辺に展開する米艦艇の位置情報を日輪艦隊に送り続けていたが、依然として米空母の所在は不明のままであった。


 しかし零空も残弾数や操縦士の体調を考えるとこのままキルバード上空に留まり続ける事は現実的では無く、再度迎撃に上がって来たF4U(コルセア)編隊を撃退した後、一度ナウラに帰投する為にその任務を第一艦隊と第七艦隊の艦載機に引き継ぐ事となった。


『結局あれから鎌鼬(かまいたち)は現れなかったねぇ、僕らとしては助かったけどさ』


『ああ、恐らくだがアレ(・・)(つるぎ)と同様に数を揃えるのが難しい機体なのかも知れんな』


『そうあって欲しいものだ、アレ(・・)に大挙されては我々でも凌ぎ切れん……』


『ですよねぇ……あんなのが群がってドーンと来たら流石の私でも尻尾を巻いて逃げますよぉ……』


 ナウラへの帰路、周囲を警戒しつつ千葉が零した言葉に宮本、佐々木、中沢が各々の思いを口にする。


『……隊長は、大丈夫でしょうか……。 まさかあの隊長がやられる何て……』


 無線から聞こえて来る沈痛な声は柳生隊二番機であり現在隊長代行をしている小野飛行准尉のものであった。


 その彼の言葉に誰も応えない、いや応えられなかった……。


 垣間見えた鮮血に染まる風防と無線から流れた苦悶に満ちた柳生の声、それをして安易に大丈夫だと言える者はこの場には居なかった。


 一見何事も無く飛行している様に見える(つるぎ)の機体には多数の銃痕が有り、これが零戦であれば間違いなく撃墜されていたであろう機も多く、銃弾の位置が少しずれていれば自分が柳生の様になっていたかも知れない状況で有ったのだ。


『……柳生の安否は基地に戻れば直ぐに分かる、今は我々全員が無事に帰還する事だけ考えろ』 


 その宮本の言葉に全員が覇気は無く、だが力の籠った声で応える。


 ・


 同時刻、連合艦隊総旗艦空母赤城(あかぎ)


 同艦橋直下、戦闘指揮所 


『だから、何度言えば分かるのだっ!! このままではキルバード守備隊が全滅してしまう!! 今直ぐに全力で航空支援を行うべきなのだっ!!』  

「……」

『なればこそ、米空母の居場所を最優先に補足し撃滅すべきだっ!! そうすれば爆撃機隊は何の憂いも無く空爆を実行出来るだろうっ!!』

「……」

『だから、それでは遅いと言っているのだっ!! 今こうしている間にも基地守備隊は窮地に立たされているんだぞっ!!』

 

 喧々諤々(けんけんがくかく)と戦闘指揮所の通信機から響いて来る声は第七艦隊司令の栗田中将と第二艦隊司令の西村中将の声で有った。


 栗田は米空母部隊を優先して叩く事を主張し、それに対し西村は基地守備隊への航空支援を優先するよう主張している。


 その二人の声に挟まれる山本は渋い表情で腕を組み無言で司令席に座している。


 栗田の主張を取れば艦載機の損耗は避けられ、米機動艦隊の位置を割り出せれば最大火力で攻勢に出る事が出来るが、その間にも基地守備隊の損害は拡大し最悪基地が陥落する恐れがあった。


 西村の主張を取れば基地守備隊の強力な支援となるが米迎撃隊によって艦載機の損耗は避けられず、米空母部隊を発見した場合の打撃力は間違いなく低下する。


 基地守備隊の支援を優先するか、米空母部隊の撃滅を優先するか、山本は難しい決断を迫られていた。


「……零空隊が戻って来るのにどれくらい掛かるかな?」

「はい、特に問題が起きなければ一時間程だと思われます」

「ふむ……」


 志摩の返答に懐中時計を取り出し確認する山本、時計の針は12時58分を指している。


「……双方の主張はよく分かるし何方も理に適っている、だから僕からの折衷案として後3時間、索敵機を総動員し米空母を発見出来れば全力出撃で是を撃滅する、発見出来無ければ米上陸部隊への空爆を実行する、是でどうかな?」


 山本は諭す様な柔らかな口調でそう言った。


 3時間、頑強な砲陣地(トーチカ)で守られる主要島の守備隊なら何とか持ち堪えられる時間であり、米空母の発見を断念するには十分な時間であり、米上陸部隊への爆撃で有れば出撃した攻撃隊の帰還がギリギリ日没に間に合う時間であった。


 栗田も基地守備隊を見殺しにしたい訳では無く、西村も米空母撃沈を軽視している訳でも無い。

 二人とも山本の提示した折衷案に納得し承諾した為、直ちに可能な限りの偵察機が日輪艦隊より放たれる。


 その連合艦隊司令部の方針はナウラに帰還したばかりの零空隊にも即座に伝えられ、補給と修理を受けた(つるぎ)は再びキルバードに向けて再出撃する事となった。


 (つるぎ)の操縦士達は補給と修理の間の僅かな時間を休息として再出撃と言う過酷な状況であったが、柳生が命に別状はなく全治三ヶ月と聞かされた事から安堵し、意気揚々と飛び立って行った。


 この時、日輪艦隊はナウラの北東400km、タルワから西北西380kmの海域に展開していたが、実は米空母部隊は日輪艦隊からタルワを挟んだ直線距離1000km海域に展開していた。

 この事は日米両艦隊とも今だ知る由も無く、現時点に置いては日米の最新鋭攻撃機を以ってしても往復が困難な位置関係にあった。


 刻限は三時間、零空隊を始めとする日輪軍機は広大な蒼海の先に米空母の姿を求め風を切り裂き突き進む。


 ~~登場兵器解説~~


◆XFAF-02試作戦闘攻撃機・スプライト


 最大速度:1180km/h   

 加速性能:12秒(0キロ~最大速到達時間) 

 防御性能:C 

 搭乗員:1名 

 武装:30mm機関砲×2 / 250㌔爆弾

 動力:PWR2800-8XWエンジン

 推進機:双発・PWR3200PS-1フォトンスラスター

 航続距離:2600km+1000km(バッテリータンク)


 特性:艦上運用可 / エアスラスターシステム / TCシステム / 光学迷彩


 概要:レインボー計画によってF4U・コルセアをベースに開発された機体、ある程度の量産性を確保する為に動力を通常エンジンに換装しているが、それによるエネルギーの有限化と最大速力の低下以外は概ねXFAF-01・シルフィードと同等の性能を有している。

 その為に光学迷彩外殻カモフラージュ・シェルの被弾に対する脆弱性や演算球(プロセッサ・オーブ)の制御難度もそのまま引き継いでおり、シャリア以外のパイロットでは特殊なヘルメットの着用と薬剤投与による感覚拡張(クオリアブースト)が必須である点はXFAF-01と変わらない。

 また、光学迷彩も5分毎に3分のインターバルを必要とする仕様は変わらないが、通常動力である故に実質再使用は不可能となっている。

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