第百十九話:鎌鼬の猛攻
キルバードに向け進撃中の日輪艦隊、先頭を征くのは超戦艦武蔵率いる第七艦隊、その左右に第九艦隊が展開し対潜警戒を行う。
第七艦隊の後方には第一艦隊が展開し赤城、天城、葛城の飛行甲板上では多数の航空機が発艦準備中であり、更に後方の第二艦隊は空巡4隻から瑞雲乙一型が発艦し周囲の警戒と索敵を行っている。
現在日輪艦隊は先行する零空(第零航空戦隊)からの情報を待っている状態であった。
零空には敵戦闘機の排除と米空母部隊の索敵が下令されており剱が高度8,000mで、八咫烏が高度16,000mから電探による索敵を行なっている。
『八咫烏より剱隊各機へ、方位0.4.5距離120kmにて敵航空部隊を捕捉、数は約100機と推定、警戒されたし!!』
剱の対空電探の探知距離は100kmだが、同じ電探を積んでいる筈の八咫烏の探知距離は150kmに及ぶ。
これは八咫烏の観測装置によって電探の性能が最大限に活かされた結果であった。
『了解した。 各機八咫烏からの位置情報を共有、接敵に備えろ!!』
宮本の指示に各隊の隊長が覇気良く応え、自機の電探表示板に敵機と思しき輝点が表示されている事を確認する。
八咫烏が探知した敵機の位置情報は八咫烏式通信装置によって各機に共有される。
しかし現状はその通信装置を介さなければならず、剱間では共有が出来無い為、まだ不完全なシステムと言えるだろう。
『さぁて、それじゃあ此の新しい飛行服の性能が如何程の物か、試させて貰おうかな!!』
『うぅん……。 この飛行服、前のよりピチピチで着心地は良くないんですよねぇ……』
敵を発見した事で千葉が少し興奮気味に息巻く、しかし中沢は新しい飛行服にまだ馴染めていないらしかった。
零空搭乗員に新しく支給された飛行服は所謂【対Gスーツ】であり、操縦に関する駆動域には配慮された作りになっているが、それ以外は対Gスーツの機能性を重視しており着心地など当然二の次であった。
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『十一時下方に敵編隊を視認!! 見敵必滅、上方から横腹を突ける好機ぞっ!!』
『ああ、この好機を逃す手は無いな、全機吶喊、俺に続けっ!!』
敵編隊を視認した柳生からの報告に口角を上げた宮本は言うが速いか機体を翻し敵に向けて猛然と急降下を始める。
宮本率いる零空隊は米編隊の死角である左側背上方から一気に距離を詰める。
100機近い灰色の戦闘機、宮本は即座に米国の最新鋭戦闘機F4Uだと認識した。
が、編隊の中に6機の白いF4Uが混じっている事に気が付く。
その白いF4Uは若干形状が他の機体とは異なり外殻には蒼い六角形の模様も見て取れ、宮本は目を見開く。
『アレは……!? 《鎌鼬》かっ!?』
ニューカルドニア上空で交戦したXFAF01とは若干形状が異なるが、宮本はアレが《鎌鼬》と同類の機体であると感じ取っていた。
その時、米編隊が一斉に散開を始める。
『ちっ!! 感付かれたか、《鎌鼬》が6機ほど混じっている、奴等から先にーー』
宮本が早口で叫ぶが、その時白いF4Uの機体表面がブレてゆき六角形の模様が僅かに光る。
そして景色に溶け込む様にその姿が消えてしまった。
『ちぃっ!! 全周囲警戒っ!!』
『け、警戒と言っても……っ!!』
宮本は思わず警戒と叫ぶが、見えない相手からの攻撃など警戒のしようが無く、零空隊の隊員達に動揺が走る。
『本当に消えちゃった!?』
眼前で敵機が消える様を目撃した中沢は目を丸くして驚愕する。
ニューカルドニア上空の戦闘に参加していなかった中沢(と佐々木)は基地に帰還した後に恒例の反省会において宮本達から消える戦闘機について聞いてはいた。
その時も驚きはしたが、直にその眼で見る驚きは数倍のものとなった。
『視覚に頼るな、直感で敵機の気配を感じ取れぃっ!!』
『はいーーえっ!?』
『気配を……感じ取る!?』
柳生の指示に部下の隊員達は困惑する、確かにニューカルドニア上空で宮本達隊長格の3人は姿の見えないXFAF01に攻撃を当てていたが、それは常人が簡単に成せる事では無い……。
『うあぁあああっ!!』
その時、1機の剱の機体下部から火花が飛び散り無線から叫び声が上がる。
『ち、千葉隊四番機被弾っ!! 胴体下部に被弾するも損傷軽微にて飛行に支障無しっ!!』
被弾した機体の操縦士が即座に被害報告を上げる、が、それを皮切りに次々と同様の報告が上がって来る。
更に当然の事ながら通常のF4Uも攻撃に加わってくる為、零空は防戦一方となってしまった。
『ちぃっ!! そこかぁっ!!』
乱戦となる中、宮本は直感で攻撃を行うが、宮本の放った弾丸は空を切る。
見えない為に側からは何も無い所に攻撃した様に見えるが、白いF4Uの操縦士は見えない筈の自分に的確に銃口を向けて来る宮本機に戦慄していた。
とは言え宮本も完全に敵の位置を把握出来ている訳では無く、強い気配を感じ取った時に何となくその敵の位置が分かる、と言うものであった。
無論、それは常人に成せる業では無く、同じ様な事が出来るのは隊長格の5名だけであり、その中でも優劣は有った。
その ” 感じ取る力 ” が最も強かったのは中沢であった、が、感じ取った気配に対して正確に照準を向けられる技術が一番優れていたのは矢張り連隊長の宮本だった。
『発砲炎と噴射光を確認すれば大凡の敵さんの位置は分かるけど……それで弾を当てるって言うのはかなり難しいかなぁ……』
飄々とした口調で短い射撃を繰り返す千葉の弾は空を切ってはいるが、どれも白いF4Uの至近距離を掠めており白いF4Uの操縦士はかなり焦っている。
千葉は感じ取る力は宮本や中沢より劣っているものの、垣間見える発砲炎と噴射光から敵機の機動を予測する術には長けていた。
彼は発砲炎と僅かな噴射光だけで敵の位置を割り出す事を簡単な事の様に言っているが、それ自体がかなりの離れ業である事を理解していない様である……。
『《鎌鼬》は各隊長機が相手をしろ、その他の機はF4Uを狙えっ!!』
乱戦の中で宮本は、先ず敵の数を確実に減らす事を選んだ。
どの道隊長格以下の隊員では白いコルセアを照準に捉える事は出来無いのだから当然の判断であろう。
とは言え、姿の見えない敵がいつ自分を狙って来るかも知れない状況で冷静さを保つのは至難の業であった。
特に剱の操縦士は殆どが十代から二十代の若者である。
適性や技能がいくら高かろうと精神面の未熟さは追い詰められる乱戦に置いて顕著に表れていた。
剱の相転移外殻は米戦闘機が搭載する中で最強クラスである30㎜機関砲でも胴体部(操縦席を含む)を貫通する事は難しい。
だが翼は構造上胴体部程の防御力は備えておらず何度も攻撃を受けると飛行に支障を来す、何より操縦席の風防を撃ち抜かれれば一撃死も有り得るのだ。
その姿を捉える事も出来ぬ間に身体を切り刻まれる、正に伝承に伝え聞く物の怪《鎌鼬》にでも襲われたような恐怖心が精神的に未熟な剱操縦士達に纏わり付いていた。
『うわぁっ!! さ、佐々木隊三番機主翼に被弾!! そ、操舵に若干の支障有りっ!!』
『無理はするな、退がれ!!』
『ま、まだやれますっ!!』
『隊則を忘れたか? 戻れっ!!』
佐々木は継戦を望む部下に強い口調で言い放つ。
零空隊の隊員は隊則として自身の名誉より機体を無事帰還させる事を優先させるよう厳命されている。
これは日輪兵は概ね武士道に則り死を恐れず戦う事を誉れ美徳とする者が未だに多く居るからだ。
その美徳に従い名誉の戦死をされては貴重な機体を喪失するばかりか最悪鹵獲される危険も有り、何より替えの効き難い操縦士を失う事にもなる。
故に剱の操縦士は少しの損傷でも後退する事が義務付けられているのである。
『ぐぁっ!! ち、千葉隊二番機被弾っ!! 昇降舵損傷により後退しますっ!!』
『ええいっ!! こそこそと小癪なぁっ!!』
徐々に損耗が増して行く僚機達、それに痺れを切らした柳生が激昂しつつリボルバーカノンを乱射する。
その弾の殆どは蒼空の彼方に消えていくが、次の瞬間銃弾が何も無い筈の空間に着弾し其処から白煙が吹き出す。
程なくして白煙周辺の空間が歪み、F4Uに似た白い機体がその姿を顕にした。
『漸く捉えたかぁっ!! 墜ちろぉっ!!』
姿の露わとなった白い米戦闘機は白煙を纏いながら必死に身を捩り離脱しようとする、が、近接戦闘で剱から逃れられる筈も無く咆哮する柳生からとどめの一撃を食らい敢え無く爆散する。
『先ずは一機っ!!』
『おお、柳生に続くぞっ!!』
柳生が誇らしげに声を張り上げると、それに宮本達が呼応し無線から歓声が挙がる。
他の隊員達も気勢を持ち直し我も我もと積極的な攻勢に出て次々とF4Uを撃墜していった。
『《ト、トーマスがやられたっ!?》』
『《落ち着け!! マグレ当たりだ!!》』
『《ち、違う……っ!! アイツには俺達が見えてるんだ!! アイツを今直ぐ殺さないと、俺達が殺されるっ!!》』
『《い、嫌よ、死にたく無いっ!! 皆でアイツを殺さないとぉっ!!》』
『《そ、そうだ!! 殺せ……殺す!! 殺す殺す殺す殺す殺すぅうううっ!!》』
『《全員で一斉に掛かれば……魔剣だって墜とせる筈だぁあああ!!》』
白いF4Uの操縦士達はかなり情緒不安定な様子で喚きその照準を一斉に柳生機に向ける。
『ーーっ!! 柳生さん、気を付けて!! 敵が一斉にどーんと来そうっ!!』
姿の見えぬ敵機の殺気を逸早く察知したのは中沢であった、彼女は即座に柳生に警告を発する。
が、ほぼ同時に複数の射撃音が響き渡り、柳生機の機体に複数の銃痕が一斉に奔る。
『ぐぁはっ!!』
刹那、柳生機の風防が鮮血に染まった……。
『柳生っ!!』
『柳生さんっ!?』
『隊長ぉおおおっ!!』
宮本と中沢、そして隊員達の悲痛な叫び声が無線に響く。
『ぐぅっ!! 不覚を取った……だが、俺は……大丈夫だ……っ!!』
無線からは息絶え絶えの柳生の声が聞こえて来るが、とても大丈夫には思えなかった……。
『やってくれたなっ!!』
『これ以上はやらせんっ!!』
柳生を気遣う宮本と中沢を横目に千葉と佐々木は素早く柳生機の援護に向かう。
宮本と中沢も向かってはいたが距離が千葉と佐々木より離れていた。
『《やった!! やったぞ!! トドメは俺がーー》』
『《ア、アハハハハッ!! ピクシー隊が敗走した魔剣を墜とせば昇進も夢じゃーー》』
次の瞬間、何も無い空中で突如爆発が起こり四方に白い機体の破片が飛び散った。
『《な、何だ!? 何が起こった!?》』
『《……ガーベントとアンナマリーが正面衝突して爆散した……》』
『《何だとっ!? お前らは見えなくとも位置を感じ取れるんじゃ無かったのかっ!?》』
状況が掴めず狼狽しているのは6機の白いF4Uの中の1機の操縦士であるが、彼の乗る機体だけ他の5機と違い複座であった。
その複座機の操縦士は後部座席の搭乗員を問い詰めている。
『《……それは正常な精神状態だったらの話し……あんな不安定な状態で正常な感覚を求めるのは無理が有る……》』
後部座席の搭乗員は声から年若い女性の様であるが、感情の抑揚が全く無い口調で淡々と応えている。
『《くそっ!! やっぱりあんなジャンキー共を戦闘機のパイロットにする何ざ無理が有ったんだよ、エレーナとか言う女学者は何を考えてんだっ!!》』
『《……》』
複座機のパイロットは憤りを隠す事無く機内で声を張り上げる。
だが同乗している女性搭乗員は全く反応を示さず、後部座席に備わっているモニターに視線を落としていた。
『《……カルラスとルバインの脳波がかなり乱れて……あ、カルラス機が撃墜された……》』
『《な、何だとっ!?》』
後部座席の女性の言葉に複座機のパイロットが僚機の方向に視線を向けると、千葉機の攻撃で白いF4Uが1機爆散していた。
『《うわぁあああああっ!! カルラスがやられたぁっ!! 次は俺の番かぁあああ!? 嫌だぁああああっ!!》』
『《ちっ!! ルバイン落ち着け!! 単純な機動を取るな、常に方向を変えてーー》』
『《ーールバイン機も撃墜された、この機の光学迷彩も後30秒で切れる……》』
『《んなっ!? そ、それを早く言えっ!! り、離脱するぞっ!!》』
全ての僚機を失った複座機、そこに光学迷彩も切れると言われたパイロットは慌てて機体を翻し一目散に離脱して行った……。
『……鎌鼬の気配、消えましたね。 F4U部隊も撤退する様です、ドーンと追撃しちゃいますか?』
白いF4U最後の1機が離脱した事を感知した中沢が宮本に問う、ただその目は御預けを食らった犬の様に爛々と輝いており、本心では今直ぐ追撃したい事は丸分かりであった……。
『ふむ……』
宮本は電探表示板に視線を落とし思案する。
表示板には八咫烏からリアルタイムで送られて来ているタルワ島周辺の探知情報が表示されていた。
そこには多数の艦艇と思しき輝点が点在するが、位置的に其れ等が目標の空母部隊では無い事は分かっていた。
現在零空からの離脱機は4機、佐々木隊、千葉隊から1機づつ。
そして柳生隊は隊長機である柳生が負傷し、その護衛に柳生隊四番機が付いてナウラ島に戻っている。
また先程の戦闘で残弾が半分を切っている機体も有り、撤退して行ったF4Uは60機程度は残っている。
若し《鎌鼬》がまだ数機残っていれば、今度こそ撃墜される機が出てもおかしくは無い。
正直零空隊の隊則に照らし合わせれば撤収も視野に入る状況であった。
『追撃は無しだ、このまま上空に展開し米機動艦隊の索敵を継続、視認可能な敵機が接近すれば是を迎撃、鎌鼬で有れば全速で離脱する。 以上を徹底し行動してくれ』
その宮本の命令にその場の全員が覇気良く応える、中沢とその部下達は少し不満気ではあったが……。




