第百十八話:不吉の兆し
1943年11月23日08時45分
キルバード諸島から東に700km、トーラクの2000km南東に位置する直径6×4kmの大きさを有する島ナウラ、中規模の飛行場が整備されキルバードの後方支援基地として機能するこの島の西50km海域に日輪帝国艦隊が集結しつつあった。
三城航空隊(赤城、天城、葛城)を擁する第一艦隊の航空母艦赤城には連合艦隊司令長官山本 五十八が座乗しており、そのマストには高々と司令長官旗が掲げられている。
これは連合艦隊総旗艦を示すものであり、戦艦以外が総旗艦になったのは(一時的なものを除いて)これが初の事例となる。
その第一艦隊の陣容は
司令長官:山本 五十八(海軍大将) 艦隊司令:志摩 英作(海軍中将) 副司令:伊藤 誠司(海軍中将)
旗艦戦隊:空母赤城、天城、葛城
第一戦隊:重巡伊吹、磐手、磐木、生駒
第ニ戦隊:軽巡四万十、駆逐艦新月、若月、霜月、冬月、春月、宵月、夏月、満月
第三戦隊:軽巡吉野、駆逐艦春雲、雨雲、八重雲、冬雲、雪雲、霜風、沖津風、朝東風
となっている。
その後方には第二艦隊が錨を降ろしており、独立旗艦である戦艦長門の左側背に伊勢、右側背に日向が停泊している。
インドラ洋の戦いの後、損傷の修理に伴い大改装を受けた三艦は、旧式然としていたマスト型艦橋を塔型艦橋に換装しており、伊勢と日向は機関の改装によって最大速力45ktを発揮可能となっている。
長門は電探や通信設備が最新の物に一新されており、旗艦としての性能が格段に向上しているが、武装は従来の物に据え置かれ照準装置などが更新されるに留まっていた。
また長門の艦橋は以前のマスト型の形状から可能な限り逸脱しない設計が成されており、艦容そのものに大きな違和感を覚えないよう配慮した設計が成されている。
これは長年に渡る国民人気を考慮した結果と思われた。
そんな長門とは対照的に、伊勢と日向の艦容は大きく変貌していた。
巨大な艦橋が三番主砲塔の位置に覆い被さる様に建造され、その分だけ前方に移動しており舷側砲郭(副砲)は全て撤去され代わりに片舷3基両舷6基の八連噴進砲が搭載されている。
更に変貌を遂げているのは艦後部であり、主砲3基を全て撤去し、そこに飛行甲板が備え付けられていた。
艦体の半分近くを占める全長150m、最大幅64mの飛行甲板は左右に張り出しており更に発着艦を斜めの角度(アングルドデッキ)で行う事によって最新鋭攻撃機である流星の運用も可能な航空戦艦として生まれ変わっていた。
その航空戦艦伊勢改型の性能は
全長324m、艦体幅64m(エレベーターの付き出し除く)速力45kt、最大装甲厚450㎜集中防御、主砲:46㎝連装砲2基、副砲:八連噴進砲6基、艦載機数18機(搭載機種により増減)、露店駐機:8機、航空機運用設備:三式特型舷側昇降機2基、三式電磁射出装置2基
となっている。
その更に後方に停泊しているのは重巡高雄率いる最上型巡洋艦4隻、なのだが最上型4隻も艦後部に飛行甲板が備わっており、航空機の運用が可能な航空巡洋艦に生まれ変わっていた。
とは言え伊勢型航空戦艦とは違いその飛行甲板はアングルドデッキでは無く従来の長方形型で有り、全長も100m以下となっている、そのため運用出来る航空機は垂直離着陸機か水上機のみとなっているが、発艦だけで有れば九七式攻撃機の運用も不可能では無い。
そんな最上改型には11機の『瑞雲乙一型観測機』が搭載されている。
この瑞雲乙一型は八航戦大和隊の瑞雲甲一型(瑞雲零型改)の性能を削り生産性を向上させた機体であるが、最大速度は甲一型と同程度を維持しているものの加速性能や(垂直離着陸装置を利用した)運動性能が著しく低下しており到底戦闘機としての使用に耐え得る物では無かった為に観測機として運用されている。
その第二艦隊の陣容は
艦隊司令:西村 洋治(海軍中将) 第一戦隊司令:松田 秋将 (海軍中将)
独立旗艦:戦艦長門
第一戦隊:空戦伊勢、日向
第二戦隊:軽巡大淀、駆逐艦山雨、秋雨、夏雨、早雨、高潮、秋潮、春潮、若潮
第三戦隊:軽巡北上、駆逐艦初春、初霜、子日
第四戦隊:重巡高雄、空巡最上、熊野、鈴谷、三隈
となっている。
その横に並行する様に停泊しているのは第九艦隊で有った、先の戦いで艦隊の3割が損傷乃至戦没し司令部要員の殆どを失った同艦隊は混乱の中、片桐中将の指揮の下なんとか再編されていた。
その陣容は
艦隊司令:片桐 吉辰(海軍中将)
独立旗艦:軽巡川内
第一戦隊:駆逐艦雪風、浜風、巻雲、磯風、時雨
第二戦隊:霧雨、霧風
となっている。
戦列に時雨が居るのは第五艦隊が解体されたからで有り、トーラクで工作艦明石によって泊地修理中の重巡摩耶と駆逐艦夕立も書類上は第九艦隊に編入されている。
更に最新鋭の防空駆逐艦である霧雨型2隻も戦列に加わっている。
因みに第九艦隊の損傷艦である軽巡神通と駆逐艦天津風、時津風、長波、浦風もトーラクで修理待ち状態となっている。
そして、真打登場と言わんばかりに威風堂々と最後に合流して来たのは栗田提督率いる第七艦隊であった。
その陣容は
艦隊司令:栗田 幸吉(海軍中将)
旗艦戦隊:戦艦武蔵、紀伊、尾張
第一戦隊:重巡吾妻、浅間、日高、春日
第ニ戦隊:軽巡六角、駆逐艦巻波、高波、清波、玉波、涼波、早波
第三戦隊:空母昇龍、伏龍、軽空母白鷹、紅鷹、蒼鷹、瑞鷹
第四戦隊: 軽巡能代、駆逐艦早霜、朝霜、秋霜、浜波
第五戦隊:軽巡鈴鹿、駆逐艦大月、山月、浦月、葉月、青雲、紅雲
となっている。
航空兵力に置いては米機動部隊に対し6割程度に留まっているが、第零航空戦隊の零式制空戦闘機剱25機がナウラに進出している事から、連合艦隊司令部の試算では航空戦に置いて日輪が有利と見ている。
更に艦隊戦力に置いては戦艦武蔵の存在も有る事から、連合艦隊司令部には若干楽観的な雰囲気が漂っていた。
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連合艦隊総旗艦・空母赤城
同艦内司令長官執務室
「やれやれ、厭な雰囲気だよねぇ、皆が皆八刀神博士の造った兵器に依存してる、大和型戦艦や剱が在れば負けは無いと思い込んでいる、本当に厭になるよ……」
「確かに、この楽観的な空気は頂けませんな、然し戦力的にはそうなるのも仕方ないかと、大和型戦艦と剱には確固たる実績が有りますからな」
山本が自身の執務机で頬杖を突きながらゲンナリとした表情で現状に不満を漏らすと横に立っている志摩提督が苦笑しながら大和型戦艦と剱を擁護する。
「うん、まぁ……それは分かっているんだけどねぇ、彼を持ち上げる風潮がどうも、ねぇ……」
「はは……長官の景光嫌いは相変わらずですな、私は直に会った事が無いので何とも言えませんが……」
仏頂面の山本に志摩は苦笑しながら無難な返答をする、正直志摩は救国の英雄と称される八刀神 景光を敵に回したくは無いと考えており、山本の景光嫌いに巻き込まれる事は迷惑以外の何ものでも無かった。
この場に伊藤中将が居れば良い緩衝材になってくれたのだろうが、彼は艦隊副司令兼連合艦隊副長官として空母天城に乗艦している。
「まぁ、この状況で愚痴を言っても仕様が無いね、栗田君(第七艦隊)も来た事だし出発しようか」
山本はゆっくりと重い腰を上げ柔らかな物腰でそう言った……。
連合艦隊司令長官の下令の下、全艦が一斉に抜錨し前進を開始する、目指すは米艦隊に侵攻される中部太平洋の要衝キルバード諸島の救援と奪還である。
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一方で猛将ハルゼー率いる米キルバード攻略艦隊の侵攻は御世辞にも快進撃とは言えなかった。
厳密に言えば米艦隊は日輪艦隊を撃滅し快進撃と言って良かったのだが、いかんせん上陸した海兵隊と陸軍の侵攻が思いの外難航しているのである。
「《ええいっ!! 上陸部隊は一体何をやっとるのだっ!?》」
「《そ、それが……日輪軍の構築した砲陣地と地下陣地が思いの外頑強で手こずっている様で……》」
「《あれだけ上陸前に空爆と砲撃を食らわせてやったのに砲陣地を潰し切れていなかったと言うのかっ!!》」
「《は、はい……どうやら日輪軍の砲陣地はフォトン粒子を混ぜ込んだコンクリートで構築されているらしく、空爆や戦艦の通常弾では破壊し切れない頑強さを発揮している様です……》」
「《ぬぅ……っ!! もたもたしていたら日輪軍の増援がやって来るぞっ!! 上陸部隊に多少の犠牲は覚悟してでも早急に飛行場を確保する様に伝えろっ!!》」
ハルゼーからは明らかな焦りの表情が見て取れた、彼の中では一日二日もあればキルバードの主要島を全て制圧出来ると考えていた。
しかし現状は、小規模な島の制圧には成功しているものの、マキリやタルワと言った砲陣地や地下陣地の構築された主要島では半分程度しか制圧出来ていなかった。
これでは日輪艦隊の主力がやって来た時に上陸部隊は無防備な状態で攻撃に晒される事になってしまう。
無論、1,000機から成る航空機動部隊によって掩護はするが、1,000機全てを上陸部隊の援護に当てる訳にはいかず敵と交戦中の無防備な陸上部隊の全てを守り切る事は現実的に不可能であった。
「《オルデンドルフの戦艦部隊に徹甲弾で日輪軍の砲陣地を攻撃させろっ!! 撃って撃って撃ちまくればまぐれ当たりくらいするだろうっ!!》」
「《りょ、了解です!!》」
航空機の爆弾や戦艦の通常弾(榴弾)で破壊出来なければ徹甲弾を物量任せに投射する、猛牛と称されるハルゼーらしい大雑把な指示だが、結果論で言えば大した効果は得られなかった。
日輪軍が構築した砲陣地の厚みは薄い箇所でも2mは有り、厚い所では4mに達する、如何に戦艦の徹甲弾とは言えその厚みのフォトンコンクリート(後にエルドクリート等と呼ばれる建材となるが、この時点では名称は存在していない)を貫徹する事は適わず、貫徹し内部で炸裂する事を前提とした徹甲弾では砲陣地に大したダメージを与える事は出来なかったのである。
砲陣地が普通のセメントコンクリートであったり、砲撃したのが大和型戦艦で有れば或いは破壊出来たのであろうが、コメリア艦隊の砲火力ではヤケ気味に砲撃指示を出したアイオワ級戦艦でも効果は殆ど無かったのであった……。
こうなると上陸部隊の歩兵が突撃し直に制圧するしか方法は無いのだが、当然日輪軍は激しい抵抗を見せ米上陸部隊の損耗は増して行った。
ハルゼーの苛立ちが頂点に達しかけていたその時、さらに追い打ちを掛ける事態が発生する。
「《報告っ!! 西方より高速飛行物体急速接近っ!! 音速を越えていますっ!!》」
「《ぬぅっ!! まさか魔剣かっ!? 数はっ!?》」
「《そ、それが……早過ぎて正確には……っ!! 20機以上と推定されますっ!!》」
「《ええい忌々しいっ!! F4U部隊と……例の機体も全て上げて迎撃させろっ!! 近くに日輪の空母が展開している筈だ、索敵し探し出せっ!!》」
ハルゼーは苛立ちを隠す事無く荒々しい口調で指示を出して行く、それを受けた部下達は敬礼した後、弾かれる様に動き出す。
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一方、米艦隊のレーダーに捕捉された日輪海軍第零航空戦隊は時速1000kmでタルワ上空に向けて飛行していた。
編隊の総機数は26機、その銀翼の中に在って先頭を征く1機だけは濃い灰色をしている。
その先導する濃い灰色の機体は複座機で機体形状は剱に酷似しているが、機首部分がカナード翼と一体化する様に膨らんでおり機体下部も剱とは異なる形状をしている。
この機体は剱を雛型として開発された偵察と観測に特化した機体であり、名を『零式制空観測機・八咫烏』と言う。
単独の強行偵察や剱の先導を行う為に開発された機体であり、機動補助装置を削除し格闘性能を犠牲に剱では対空電探を流用していた航法装置を拡充、其れに対応した航法電探を増設している。
その為格闘戦には向いていないが、速力で若干劣るものの火力は剱と略同等である為、一撃離脱戦法で有れば高い空戦能力を発揮する事も可能となっている。
『もうじきタルワ上空、つまり敵制空権内だ。 総員気を引き締め直し接敵に備えろ!!』
『了解だ、何時でも問題無い』
『見敵必滅、我等が眼前の敵は既に墜ちたも同然よ!!』
『了解です!! 敵を見付けたらどぉーんとやっちゃいましょう!!』
『アハハ! 僕等に出会す敵さんに今から同情しちゃうよ~』
連隊長である宮本からの無線に各隊の隊長である佐々木、柳生、中沢、千葉が其々応える。
『それでは我が機は高空に上がり観測任務に移ります、皆様御武運をっ!!』
そう言うと八咫烏は隊から離れ一気に上空へと上昇して行き、あっと言う間に見えなくなった。
『あ~でもさぁ、NCで出会した例の ” 鎌鼬 ” との再会は勘弁して欲しいよねぇ……』
『あぁ……』
『ぬぅっ!!』
『どぉーんと行けない卑怯な奴ぅ……』
『……アレか……』
千葉の発言に佐々木、柳生、中沢、宮本が微妙な反応をする。
彼らが警戒する ” 鎌鼬 ” とはT・C・Sを搭載するXFAF01戦闘攻撃機《シルフィード》の事で有るが、彼等の反応を見る通りシルフィードの ” 見えない攻撃 ” に対する対応策が全く確立されていないのである……。
そうして悪い予感は当たる、と言う事を彼等はこの後思い知る事となるのであった……。
~~登場兵器解説~~
◆零式制空観測機・八咫烏
全長:21m 全幅:16m
最大速度:1380km/h
加速性能:10秒(0km~最大速到達時間)
防御性能:A
搭乗員:2名
武装:九九式三十粍回転式薬室機関砲×2
動力:YG-1型三式複合動力炉
推進機:双発・YG-0型零式蒼燐噴進機
航続距離:最高速4000km 巡航速無限(乙型)
特性:陸上運用機 / 八咫烏式観測装置 / 八咫烏式通信装置 / 空対空四号電探 / 三式航法電探 / 四号航空航法装置 / 三式相転移外殻
概要:零式制空戦闘機・剱乙型をベースに開発された複座の強襲偵察及び観測機であり、主に剱の先導を行う事を前提として設計されている。
観測装置や航法電探を増設した為に機体形状がやや膨らみ重量も増した為、最大速力は剱甲乙に比べて100km/hほど低下しているが、先導を必要とする移動時に最大速度を出す事は略無いため問題視はされていない。
開発経緯としては剱自体にもある程度の航法装置は装備されているものの、航法電探を対空電探で流用する等その性能は限定的で有った。
その為に過去、一時行方不明の部隊が出るなど希少な剱とその搭乗員の喪失に繋がりかねない事案が発生した為、先導機を付ける案が出たが速力と航続距離の折り合いを付けられる機体が存在しなかった。
そこで、剱と同等の航行性能を有する先導機として、剱の機体を流用した本機が設計された。
本機は観測能力と航行能力に特化する為に機動補助装置を搭載していない為、その運動性能は空力性能に依存する。
故に剱の様な格闘戦闘は出来ないが、米戦闘機や紫電改の様な一撃離脱戦法を取れば剱に劣らぬ戦闘力を発揮する事も不可能では無い。
但し前述した通り、本来戦闘機には必要ない装備を詰め込んでいる事から機体重量は重く、回避性能は剱に大きく劣る為、戦闘は極力避ける事が推奨されている。




