第百十六話:島民と白人
1943年11月20日08時30分 天候快晴
パヌアツ・エスピサント島サントコペア基地
山々や森の中に熱帯雨林が生い茂る自然豊かな南の島の一端、その平野部にはエルディウム鋼板の滑走路とレンガ造りの司令部にプレハブ仕立ての格納庫とバラック仕立ての兵舎が立ち並ぶ。
外縁部は有刺鉄線付きのフェンスで囲われ200m毎に設置された監視塔によって厳重に警戒されている。
更に飛行場や司令部等、重要施設を中心に数十基の高射砲と機銃が設置され、それ等は巨大な対空電探網と連動しサントコペア上空に睨みを効かせている。
嘗てはコメリア合衆国の基地で有ったサントコペアは日輪帝国の一大拠点へと整備されていた。
そんなサントコペア基地の西側には日輪海軍によって町が建設中であり、その町の名はウェスコペア(現地語で西のコペアの意)と呼ばれている。
町の中心を三車線ほどの整地された道路が東西に貫き、道路から熱帯雨林を望む北側は工業関係の施設が建てられ、海岸の広がる南側には住居と歓楽街が形成されつつ有った。
既に何軒かの店舗(茶屋や酒場や食堂等)は開店しており、基地要員や休暇で上陸を許された艦乗り達の憩いの場として機能している。
歓楽街予定地にはまだまだ空き地が目立ち建ち並ぶ建物も殆どが木造建築だが、日輪本土からやって来たに大工や建築職人達の手によってレンガや石造りの建物も着々と建設され、それ等は軍病院や映画館などとして開業する予定となっているらしい。
ウェスコペアには建築関係や商業農業関係などの日輪人800名と2200名の現地人作業員や従業員が居住している。
その現地人労働者や日輪人労働者に対しては労働の対価として軍票(占領地などで発行する疑似通貨)が支払われている。
日輪軍の労働者に対する待遇はそれまでの統治国であった仏国に比べ非常に良く、整備されつつ有るインフラによって流通する品物も良質で豊富で有る事から、周辺の島からも多くのパヌアツ人がウェスコペアに集まっていた。
そんなウィスコペアで営業している海沿いの茶屋に4人の若い海軍士官達が集まって談笑している、それは海軍士官学校の同期である八刀神 正宗、戸高 竜成、柴村 誠士郎、班目 喜一の4人であった。
「ーーそんな事も有ったな、懐かしいぜ! あーそう言えば話は変わるけどよ、武蔵と信濃の艦娘ってどんな感じの娘なんだ? 大和のは日和ちゃんつって何か好奇心旺盛で天真爛漫って感じ何だけどよ、な? 八刀神?」
氷の入ったグラスの南国風ジュースを飲み干しながら戸高がそんな事を言い出す。
因みに『艦娘』とは、大和、武蔵、信濃の乗員達によって日和たち艦体維持管制装置(照式端末)の投影体に付けられた総称である……。
無論、正式名称では無く俗称だが……。
「……広瀬が余計な事ばかり教えるからな、そろそろ釘を刺して置くべきか……」
グラスの氷を揺らしながらそう言う正宗の声は怒気こもっており冗談を言っている訳では無い事が分かる、今頃広瀬は背筋に悪寒が走っているかも知れない……。
「あはは……武蔵の照式端末…… 艦娘は武姫と言う名称なんだけど、殆ど表には現れなくて、偶に話す限り性格は事務的と言うか無機質、かな? ……まぁ、和田艦長の方針で乗員と会話をする機会が殆ど無いからだと思うけどね」
正宗の態度に苦笑しながら柴村が武蔵の照式端末について語る。
「同じ仕様の筈の端末でかなり違いが出ている様ですね、信濃の艦娘は何と言うか、凛々しい女侍、でしょうか……。 多分に柴村艦長の影響を受けているようで……」
斑目が肩をすくめながら言うと柴村(誠士郎)が姉である雛菊の性格を思い出し眉をへの字にして苦笑する。
「ふむ、やはり大和は自由にさせ過ぎた様だな、帰ったら少し引き締めねば……」
柴村と斑目の話を聞きながらジュースを飲み干した正宗はグラスを掴む手に力を込めつつそう言った、その目は ” 輝き不備 ” を指摘されんばかりに瞳の光が失われ据わっている……。
今度は日和に不具合が起っているかも知れない……。
「別に良いんじゃねーか? 乗員の悩み相談とかもしてくれててさ、老若男女問わず大人気なんだぜ?」
「……軍艦の管理端末に悩み相談をする軍人が有るか? これは艦長に意見具申して全体を引き締めた方が良さそうだな」
戸高は軽い口調で日和を擁護したつもりだったが、戸高の口にした内容に正宗は頭を押さえながら呆れている。
「あはは、八刀神は本当に真面目だねぇ」
「八刀神君はそう言う人です」
「堅物だよな!」
「お前達……」
柴村達の軽口に正宗は半目で不満を表すが、このやり取りは士官学校時代からの通例なので問題は無い。
「げ、何でアンタが此処に居るのよ!」
突如茶屋の入口から聞こえて来る女性の怪訝そうな声に正宗達が振り向くと、其処には航空管制の藤崎 小鳥が不機嫌そうな表情で戸高を睨んでいた。
彼女の両隣には艦橋通信員の如月 明日香と資機材管理班主任の吉野 美奈子の姿も有り二人は戸高を睨み付け憤る藤崎を宥めている。
「んぉ? おー小鳥ちゃんに明日香ちゃんに美奈子ちゃん、奇遇だなぁ!!」
不機嫌そうに自分を睨んでいる藤崎にヘラっと笑いながら声を掛ける戸高、当然藤崎の表情は更に不機嫌なものとなる。
その横では倉庫の幽霊騒ぎで戸高と正宗に助けられた吉野が恩人と友人の板挟みになり困惑し、如月は「名前……呼ばれた!」と何故か頰を赤らめている……。
「俺達はもう行くからゆっくりすると良い、ほらさっさと立て戸高ーー」
「ーーちょっ!? やと……首根っこ引っ張るなって! 俺は猫じゃなーー小鳥ちゃんに明日香ちゃんに美奈子ちゃん、またね~♪」
この状況に僅かな溜息を吐いた正宗は立ち上がると同時に戸高の首根っこを捕まえて出口に向かう、戸高はあたふたと文句を言いながらも女性陣の横を通る時にはへらっと笑顔を浮かべ手を振りながら正宗に引き摺られて行った。
「あはは、騒がしくてごめんね、ここの南国ジュースとても美味しいからオススメだよ、じゃあね!」
引き摺られる戸高の後を追いながら柴村が女性陣に向かって爽やかな笑顔でそう言うと、藤崎は礼儀正しく敬礼しながらお礼を言った。
藤崎は基本的に戸高以外の者には礼儀正しい、無論それは戸高に原因が有るのは言うまでも無い……。
「あぁ〜せっかく女子とお茶出来る絶好の好機だったのによぉ〜」
「何が好機だ、お前が居たら彼女等がくつろげ無いだろう……」
「あの気の強そうな娘には蛇蝎の如く嫌われてたからねぇ……」
「戸高君の日頃の行いを考えれば当然ですね」
「……酷くね?」
次々と友人達の口から出る辛辣な言葉に流石の戸高も萎れた表情で正宗達を恨めしそうに睨む。
「お、あのパヌアツ人の娘、可愛いじゃねーか! 声掛けようぜーーぐぇっ!?」
「島民に迷惑を掛けるな、帝国海軍の恥になるだろう……」
矢張り戸高は戸高だった様で、先程までのやり取りが無かったかの如く鼻の下を伸ばしながら島民の女性に近づこうとする。
それは当然、正宗が戸高の襟首を掴む事で阻止したが……。
その後、正宗達は他愛の無い会話をしながら当ても無く歩き、大通りに出て来た。
大通りの三車線ほどの道路の軒には木製の簡素な電信柱が立ち並び、張られた電線を辿ると基地から延びているのが分かる。
その電線はウィスコペアから3.5km(基地からは4.5km)西に有るルーガンピルと言う町まで延びており、基地内の発電所から電力が供給されている。
ルーガンピルは元々は島民が細々と漁業を生業としながら暮らす集落で有ったが、50年ほど前にパヌアツが英仏に共同統治されると仏国人入植者がルーガンピル北を切り開き農場と工場の運営を始めた、その労働力として島民達は奴隷同然に使役されていたのである。
しかし日輪軍によってエスピサント島が統治されると島民への低賃金による搾取が禁じられ、また職業選択の自由も許された結果、大半の仏国人入植者の農場と工場は人手が足りなくなり経営が先行き不透明となっていた。
その為、仏国人入植者の多くは生活の為に渋々日輪の統治を受け入れオストラニアや本国に売る為に溜め込んでいた農作物を切り崩す様に軍に納めたり日輪関係の仕事に就き支払われる軍票で生活する日々を過ごしている。
当然、今までの様に贅沢な南国生活の出来なくなった仏国人は日輪の統治を快く思っておらず、そもそも気位が高く不遜な態度の者が多い為に、島民や日輪人と様々な衝突を起こしていた。
「ーーおい止せ、落ち着け!!」
「こら止めろ!! これ以上騒ぐなら……って、くそ! 兵隊を呼ぶぞって仏語で何て言うんだ!?」
大通りの脇にルーガンピル方面から来たと思われるボンネットバスが止まっており、その横では数人の島民男性と白人男性が言い争いをしている、その争いをバスの運転手と車掌と思われる日輪人男性達が間に入って必死に止めようとしているが言葉が通じず困り果てている様子であった。
島民男性は4名で男性達の後ろにはグズっている10歳位の少女とその少女を守る様に白人男性を睨み付けている15歳位の少年が居る。
対する白人男性は3名で、彼等の後ろには侮蔑の視線を島民に向けている十代後半と思われる白人女性が立っていた。
「おいおい穏やかじゃねーな、子供も居るみてーだし止めねーと!!」
「そうだな、行くぞ」
「了解だよ」
「行きましょう」
その様子を見て戸高が争いを止めるべくバスに向かって走り出し正宗達もそれに続く。
「はーいはいはい、ストップストップ! はい離れて離れて!」
戸高達は颯爽と間に割って入り、半ば力ずくで島民男性達と白人男性達を引き離す。
最初はいきなり現れた戸高達を睨み付けた島民男性と白人男性達で有ったが、明らかに士官であろう軍服が目に入った瞬間僅かに怯み押し黙る。
が、すぐに気勢を取り戻した白人男性達が戸高達に向かって大声で喚き立て島民達も声を張り上げ何かを訴えて掛けて来た。
「ちょ……っ!? たんまたんま!! こいつ等、仏語じゃねーか!? 俺、英語しか分んねーぞっ!!」
日輪海軍の士官候補生は英語が必修で有る為、海軍士官は軍事用語と日常会話程度の英語は話せる、然し仏語となると話せる者は殆どいなかった。
「《静粛にっ!! 我々は大日輪帝国海軍の将校だ!! これ以上騒ぎ立てるなら公務執行妨害で逮捕しなければならなくなる!! 落ち着いて我々の指示に従ってほしい!!》」
突如大通りに澄み渡る声の仏語が響き渡りその場の全員の動きが金縛りにでもあったが如く一斉に止まる。
その声の主は柴村であった。
喧々囂々なる場を澄み渡る一言で制した柴村は運転手達から話を聞き出した。
要約すると島民の集団の後から乗って来た白人達が、席に座っていた島民の少女に席を明け渡すよう強要したらしい。
島民の少女は足が悪いため座っていたいと願い出たが、白人男性は聞く耳を持たず、半ば力ずくで少女を席から引き摺り下ろし、白人女性を席に座らせた。
それを見咎めた他の島民達と白人男性達はバスの運行中も怒鳴り合いを続け目的地に着いた後も車外で争い続けていた、と言う事だった。
「《私達は白人だ、何故小汚いパヌアツ人が抜け抜けと座り、我等が立たねばならんのだっ!?》」
「《そうとも!! 薄汚い黒人共は床にでも座っていれば良いのだ!!》」
「《全く以ってその通り、どうせこいつ等は最初から黒いのだ、床に座って汚れたとて分かるまいよ!!》」
そう言うと仏国人らしき白人達は島民達を見下した視線で見据えながらケラケラと笑う。
「あー……こいつ等殴って良いか?」
「……拙いな、止める気が起きん」
「仏国人って、もっと優雅で気品の有る人達だと思ってましたが……」
言葉は分からないが仏国人達の傲慢不遜な態度で発言内容を察した戸高と正宗までもが仏国人に対して堪忍袋の緒が切れ掛かっている……。
礼節に長けた斑目も仏国人の振る舞いには失望を禁じ得ないようだった。
「《なるほど、貴方達の言い分は分かった、ではこれからは白人専用車両を用意すると約束しよう、それでどうだい?》」
「《おお、話が分かるではないか!!》」
「《うむうむ、是非ともそうしてくれたまえ!!》」
「《そもそも白人足る我々が下賎な原住民と同じ車に乗る事自体おかしかったのだ、あいつ等は馬車か徒歩で十分だろう》」
「……何言ってっか分かんねーけど絶対碌な事言ってねー気がする……」
「実際、何て言ってるんですか?」
「うーん、知らない方が良いかなぁ……。 知ったら戸高は元より八刀神も抜刀しそうだから……」
「……否定は出来んな」
「《ち、ちょっと待ってくれ、まさか俺達に歩いて此処まで来いって言うのかっ!?》」
戸高達の呆れ顔を尻目に、島民の男性が柴村の発言に狼狽し食って掛かる。
どうやらボンネットバスを白人専用にされると思ったようだ。
「《いや、そうでは無く島民用のバスとは別に白人専用のバスを運行すると言う事だよ》」
「《そ、そうか、それなら……まぁ……》」
島民の男性は白人優遇の柴村の判断に思う所は有ったものの、白人と分けられる事は自分達の為にもなると思い不満を呑み込んだ。
「《当然、バスの内装も原住民共とは変えてくれるのよね? このバスの質素な事と言ったら、私の美的センスが耐えられないわ!!》」
今まで島民を睨むだけであった仏国人女性が高慢な態度と口調で言い放って来る。
「《うむ、最低限革張りの羽毛入りシートでなくてはな!》」
「《車内もマホガニーを使ったシックな内装でなければいかん!!》」
「《何せ我々は芸術の国フランジアス人だからな!!》」
「「「《ワハハハハハハハッ!!》」」」
女性に釣られた男性陣も各々好き放題の要望を要求する。
「《ああ、承った、我が平京柴村本家の威信に掛けて約束するよ、何せ片道50票もの運賃を支払って貰う事になるんだからね?》」
柴村はそれはもう清々しい笑顔でそう言った。
「「「《ワハハハハハハ……は?》」」」
それを聞いた白人達の笑顔は一瞬で凍り付く事になる……。




