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架空戦史・日輪の軌跡~~暁の水平線~~  作者: 駄猫提督
第一章:東亜太平洋戦争
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第百十ニ話:キルバード沖海戦②

「右舷、敵駆逐艦、反転っ!! 雷撃体制に入っていますっ!!」

「さ、更に奥に2隻確認、雷撃注意ーーっ!!」


 妙高(みょうこう)の見張り員達が喉が張り裂けんばかりの声量で交互に叫ぶ。


 然も有ろう、眼前で米駆逐艦は反転し魚雷発射管を妙高(こちら)に向け、その奥には更に2隻の米駆逐艦が雷撃体制に入っている。


 この距離で魚雷を放たれては回避する事はまず不可能、まさに窮地であった。


 左舷ばかり注視していた妙高(みょうこう)足柄(あしがら)の水雷員達は慌てて右舷側の魚雷発射管を操作し米駆逐艦に向ける。

 右舷の高角砲と機銃も慌てて起動し射撃を開始するが、高角砲の攻撃は威嚇程度にしかなっておらず、機銃の対雷掃射も迫り来る魚雷に掠りもしていなかった。


 妙高(みょうこう)足柄(あしがら)は魚雷回避の為に艦が軋む程に急激な右旋回を行い魚雷発射管が海面に近づく、そんな状況下でも両艦の水雷長達は頃合い(タイミング)を見計らい、妙高(みょうこう)足柄(あしがら)から合わせて16本の魚雷が放たれる。


 ギリギリの射角で魚雷の投下に成功した妙高(みょうこう)の水雷員達は歓喜に湧く、が、次の瞬間彼等は歓喜の笑顔を湛えたまま被雷による巨大な水柱に呑まれてしまった……。

 同時に破孔から大量の海水が流れ込んだ妙高(みょうこう)は徐々に速度を落とし右に傾いて行く。


 妙高(みょうこう)足柄(あしがら)に魚雷を放った米駆逐艦3隻も至近距離による日巡洋艦からの雷撃を躱す事が出来ず、次々と被雷し艦が爆ぜ海底に没する。


 日輪艦隊との思わぬ遭遇で接近戦を余儀なくされた3隻の米駆逐艦はレーダーの改修を受けていないベンソン級(フレッチャー級の前級)で有った、その事がこの不幸な遭遇を引き起こしたのだろう。


 3隻の米駆逐艦(ベンソン)の魚雷が妙高(みょうこう)に多く集中した事により何とか被雷を免れた足柄(あしがら)は速力の落ちた妙高(みょうこう)を追い越し残る米駆逐艦(フレッチャー)3隻に向け主砲の一斉射撃を再開する。

 対する米駆逐艦(フレッチャー)3隻も大破した日輪重巡(みょうこう)に止めを刺すべく蛇行しながら足柄(あしがら)の砲撃を掻い潜り艦首を回頭させ雷撃のチャンスを狙う。

 

「絶対に妙高(みょうこう)をやらせるなぁっ!! 米帝の子鼠共を撃滅せよっ!!」


 足柄(あしがら)艦長が眼光鋭く声を張り上げ、その気迫に呼応する様に足柄(あしがら)の主砲が火を噴き轟音を轟かせる。


 だがその時、米駆逐艦が弾かれる様に三方に別れ夜陰に紛れ視界から消えていく。


「ちっ!! 散開したか、探照灯を照射して右の奴を追えっ!! 両舷雷撃戦用意! 航海長は残りニ隻の位置予測を急げっ!!」


 足柄(あしがら)艦長が舌打ちをしながら迅速に指示を出し艦を操る、が、暗闇の中で小回りの利く駆逐艦を捉える事は至難の業で有り追っている艦ですら何度も見失いそうになる。


 その時、足柄(あしがら)とは別方向から光が照射され米駆逐艦を照らす、それは右に大きく傾く満身創痍の妙高(みょうこう)からの探照灯照射であった。


 2本の魚雷を受けた妙高(みょうこう)は復原不可能な浸水に見舞われ速度が低下し傾斜によって砲撃が不可能となっている為、負傷した艦体(からだ)を圧して決死の覚悟で僚艦である足柄(あしがら)の援護に徹する。


 当然ながら探照灯の照射は自艦の位置を敵に知らせる行動であり標的になる可能性が非常に高くなる危険な行為であった。


 足柄(あしがら)は【援護の要無し離脱せよ】と打電を送るが妙高(みょうこう)は一歩も引かず照射を続けていた。


 正直、単艦で暗闇を縦横無尽に駆ける駆逐艦3隻の動きを捉えるのは厳しく足柄(あしがら)からすれば非常に助かる、然し同時に妙高(みょうこう)が非常に危険な状況になる為に焦りも生まれる事になった。

 

 足柄(あしがら)は前方を蛇行しながら進む米駆逐艦に照準を定め前部3基6門の主砲を一斉射する。

 これは前部3基の主砲が前方射撃可能な三段背負式で設置されているからこそ可能な砲撃であった。


 足柄(あしがら)の放った砲弾は米駆逐艦の至近距離に着弾し水柱を立ち上げる。

 米駆逐艦も砲弾と水柱を掻い潜りながら必死に艦尾主砲で応戦している。


 暫しの間、砲撃の応酬がされるが、米駆逐艦の艦尾が爆ぜ軍配は足柄(あしがら)に上がる。


 被弾によって艦尾が燃え上がり著しく速度の低下した米駆逐艦、そこに右舷を向けた足柄(あしがら)の5基10門の主砲が一斉に火を噴き米駆逐艦を粉砕した。


「先ずは一隻! 残り二隻も一気に片付けるぞっ!!」


 足柄(あしがら)の艦長が覇気良く声を張り上げ眼光鋭く妙高(みょうこう)の探照灯に照らされた獲物を睨み付ける。


 二隻の米駆逐艦は真っ直ぐ妙高(みょうこう)に向かって突撃している、レーダーなど見ずとも向こう(みょうこう)から位置を知らせているので迷いは無かった。


 足柄(あしがら)から砲撃が開始されると米駆逐艦は蛇行を始めるが、針路は変わらず徐々に妙高(みょうこう)へと迫り間も無く魚雷必中距離に入ろうとしていた。


 この時、妙高(みょうこう)艦内では必死に浸水を食い止め左舷への注水を極限まで行う事で転覆を免れていたが、その為に速度は著しく低下し駆逐艦の追撃から逃れられる状態では無かった。


 そんな満身創痍の妙高(みょうこう)足柄(あしがら)の砲撃を掻い潜って来た米駆逐艦の一隻が迫り横腹を晒す、米水雷長が照準を妙高(みょうこう)に合わせた次の瞬間、米駆逐艦が爆ぜ魚雷発射管が宙を舞い艦が折れると漆黒の水底に没して行く。


 妙高(みょうこう)足柄(あしがら)の乗組員達は歓喜に沸くが、そこにもう一隻の米駆逐艦が滑り込んで来た。

 足柄(あしがら)はその駆逐艦に主砲と高角砲の照準を定め砲撃を開始する、その砲撃を蛇行しながら掻い潜り妙高(みょうこう)に横腹を晒す米駆逐艦。

 僚艦の最後を知る米水雷長は決死の表情で魚雷発射管の照準を日輪重巡(みょうこう)に合わせ、発射指示を叫ぶ、がその瞬間に米駆逐艦は爆ぜる。


 爆炎が漆黒の海原を照らし、米駆逐艦の無残に折れ沈む姿が妙高(みょうこう)足柄(あしがら)から見て取れ、日輪兵達は大歓喜に包まれていた。


 その次の瞬間、妙高(みょうこう)から4本の巨大な水柱が立ち上がる、突然の出来事、歓喜からの絶望、米駆逐艦は爆沈する直前に魚雷を発射していた、そして米駆逐艦の爆沈の光で迫り来る魚雷に気付くのが遅れてしまったのだ……。


 妙高(みょうこう)の見張り員が魚雷に気付いた時には、もはや衝撃に備える猶予すら無く無防備に4本もの魚雷を左舷に受けた。


 妙高(みょうこう)の艦体は3つに砕け、鈍い金属音を響かせ漆黒の水面を爆炎で照らしながら海底(うなそこ)に没して行った……。


 その様子を暫し愕然と見ていた足柄(あしがら)艦長であったが、やがて強く歯噛みした後、怒気を孕んだ声で旗艦戦隊との合流を指示した。


 ・


 一方その頃、敵本隊に突入していた日輪第五艦隊第三戦隊は窮地に立たされていた、飛来した友軍機による吊光弾投下により敵の姿を視認出来た日輪艦隊で有ったが、敵の規模が戦隊司令の予測を大きく超えていた為である。


 探照灯では一部しか確認出来ていなかった米艦隊の全容は重巡10隻、軽巡4隻、駆逐艦10隻以上と言うものであった。


 義憤に駆られ無防備に突入した日輪第五艦隊第三戦隊は、その大艦隊の集中攻撃を受け雷撃戦どころでは無くなっていた。


「駆逐艦狭霧(さぎり)沈没っ!! 浦波(うらなみ)航行不能っ!!」 


「ぐぅ……っ! 後退だ、後退しろっ!!」


 駆逐艦2隻を失った事で第三戦隊司令は雷撃を断念し後退を決断、駆逐艦時雨(しぐれ)涼風(すずかぜ)を指揮下に加え旗艦戦隊と合流する。


 この時点で第一戦隊と第二戦隊は事実上消滅し旗艦戦隊と第三戦隊に合流していた、その編成は


 旗艦戦隊:重巡青葉(あおば)衣笠きぬがさ足柄あしがら

 

 第三戦隊:軽巡多摩(たま)、駆逐艦敷波(しきなみ)磯波いそなみ時雨しぐれ涼風すずかぜ


 となっている。


 近藤提督は一瞬だけ第九艦隊が敵を撃滅し救援に駆け付けてくれないかと期待したが、第九艦隊からの報告を考えれば希望的観測が過ぎるなと自嘲する。


 そこに『噂をすれば影がさす』とばかりに第九艦隊より打電が入る。


【我が方被害甚大にて艦隊総じて海域より転進を決断す、第五も我に続かれたし】


 その打電を聞いた近藤提督は目を伏せ思考を巡らせた後、重苦しい表情で口を開いた。


「第五艦隊全艦及びタルワ基地司令部に打電【此処に於いて我が艦隊が壊滅するは米帝を利するのみ、以って機を待つべく転進せんとす】……以上を送れ」


 この近藤提督の決断によって日輪艦隊の敗走が決定する。

 もっとも、この戦力差で援軍も無く徹底抗戦を選んだとて結果は同じ事であっただろう。


 日輪第五艦隊は米主力艦隊より逃れる為に北に針路を取った。

 先程米駆逐艦6隻を撃沈した事から北側は手薄だと判断したのである。 


 だが米艦隊は日輪艦隊を見逃す気は皆無であった。

 レーダーによって日輪艦隊の位置を正確に把握していた米駆逐艦は第九艦隊を包囲していた艦隊の一部を第五艦隊を挟撃する為に移動させていた。


 その艦隊が撤退を決断した第五艦隊の進路を塞いで来たのである。 

 その戦力は重巡4隻、軽巡6隻に駆逐艦8隻であった。


「方位0.6.7(東北東)からも敵艦接近っ!!」

「敵主力、2.4.7(西南西)にも展開を確認、退路を塞がれましたっ!!」

「どうやら、見逃す気は無いようだな……」

「その様で……如何なさいますか?」


 四方を敵に囲まれた第五艦隊、近藤の観念した様な呟きに青葉(あおば)艦長は務めて冷静な表情で指示を仰ぐ。


「ふん、道が塞がれているなら切り開くしかあるまい……。 針路そのまま、全艦最大戦速で突撃っ!! 一点突破し包囲網に孔を穿つのだ!!」


 近藤提督は鼻を鳴らすと覇気良く声を張り上げ全艦突撃を指示する。


 それを受けた第五艦隊全艦は機関が裂けんばかりに速度を上げて突貫を開始する。


 その中で頭一つ抜けて先頭に踊り出たのは重巡足柄(あしがら)であった。


「米帝の形骸なる有象無象共に【飢えた狼】の底力を見せつけてやれぇっ!!」


 足柄(あしがら)艦長が(やまいぬ)の如く歯を剥き出しに咆哮し足柄(あしがら)の前部主砲塔が一斉に火を噴いた。


 前方の敵に砲撃しながら全速力で突撃する日輪艦隊、それを遮る様に左舷側を晒し展開する米艦隊。


 突出した為に集中砲火を受ける足柄(あしがら)だが、砲撃の水柱の飛沫を被りながらも果敢に砲撃を敢行し米重巡に命中弾を与える。


 そこへ雷撃を行おうと足柄(あしがら)の正面で横腹を晒す米駆逐艦が姿を現す。

 米駆逐艦長は足柄(あしがら)が左右どちらかに舵を切るとふんで、どちらでも魚雷を命中出来るように部下に指示を出す。


 然し足柄(あしがら)は進路を変える事無く真っ直ぐに突っ込んで来ていた。


「《……は? 嘘だろ? お、おいおいおいおいおい!? ま、待て、止めろぉおおおおおーーーっ!!》」


 米駆逐艦長の悲鳴に違い叫び、同時に響き渡る激しい衝突音とそして破砕音、米駆逐艦は無惨に折れ砕けあっと言う間に海の藻屑となった。


 更に足柄(あしがら)は左右の至近距離に展開していた米駆逐2隻を砲撃で仕留めながら進路を妨げる米重巡に向けて突き進む。


「《あ、あの狂犬を止めろっ!! 撃て、撃てぇーーっ!!》」


 米戦隊司令は白兵戦さながらの戦い方で迫り来る日輪重巡(あしがら)に戦慄し叫ぶ。


 米重巡4隻と軽巡6隻は足柄(あしがら)に集中砲火を浴びせるが、その砲撃を掻い潜り被弾しながも突進を続ける足柄(あしがら)は爆炎に包まれながら左右前方に魚雷を放ち行き掛けの駄賃とばかりに米軽巡2隻を撃沈しながら突き進む。


「《ちくしょう!(ジーザス!) 何て奴だっ!!》」

「はははははっ!! 飢えた狼と称されし足柄(あしがら)の勇姿、音に聞き目にも見よっ!!」


 足柄(あしがら)艦長が目を見開き歯を剥き出しに口角を上げ咆哮する、米重巡との距離は数百(メートル)にまで迫っており、それ故に米艦自慢のレーダー射撃は意味を成さなくなっていた。

 目視で撃った方が早いからで有るが、だがそれは近代軍艦の戦い方では無く常識として有り得ない事であった。


「《し、正気かっ!? 帆走船の時代じゃ無いんだぞっ!!》」


 米艦長の叫びは当然であろう、この距離では装甲など何の役にも立たない、戦術も何も無く非常に単純(シンプル)な捨身の殴り合いになるのだ。 

 真面な神経を持つ軍艦乗りなら、こんな自殺行為に等しい行動など取る筈が無いのだが、眼前の日輪巡洋艦はそんな常識などお構い無しに突っ込んで来ていた……。


「測距など必要無い! 目に付く敵を狙って撃てぇっ!!」


 足柄(あしがら)艦長がそう叫ぶと一番主砲は右舷前方、二番主砲は左舷前方、三番主砲が正面の敵を狙い四番主砲と五番主砲は左右に旋回し各砲塔が各個判断で別方向に射撃を開始する、統制も観測も無く、只目の前の敵に向け直に砲弾を叩き込む、それは軍艦では無く戦車の戦い方で有った……。


 だがこの在り得ない近距離での戦闘では足柄(あしがら)の戦法が功を奏する、足柄(あしがら)が放った砲弾は次々と米重巡に命中し彼方此方で爆炎が立ち上がる。


 対する米重巡は近接戦闘に対応し切れておらず各砲塔が砲術長からの指示を待つ間に被害が拡大していった。

 巡洋艦とは15km以遠からの砲撃を想定して造られており、戦術もそれに合わせて構築されている、数百(メートル)での戦闘など考えられておらず、当然対応する戦術も確立されていない、その為に米重巡部隊は混乱に陥り後手に回ってしまった。

 だがそこで比較的冷静に対応出来たのは米駆逐艦群であった、駆逐艦はその性質上、比較的近距離での戦闘も視野に入れた造りと戦術を持っており(それでも数百(メートル)は有り得ないが……)巡洋艦よりは幾分か冷静に対処出来たのだ。


 だが駆逐艦最大の武器である魚雷を使う事は躊躇われた、射線状には多くの友軍艦がおり、その状態で魚雷を放つと最悪味方への誤射(フレンドリーファイア)を引き起こしてしまうからだ。


 その為、米駆逐艦隊は一斉に砲撃を浴びせて来たのである。


 足柄(あしがら)も米駆逐艦に対して高角砲で応戦する。

 魚雷は撃ち尽くしており主砲は重巡と軽巡相手に使用している為、対空弾しか撃て無い高角砲しか無かった。


 米駆逐艦の砲撃は至近距離と言う事も有り次々と足柄(あしがら)に命中し少なくない損傷を与えていく。


 この距離でも駆逐艦の15cm砲では足柄(あしがら)重要防御区画(バイタルパート)を撃ち抜く事は叶わないが、非装甲部は貫徹され足柄(あしがら)の艦内の至る所で火災が発生する。


 ここで米重巡1隻が足柄(あしがら)の砲撃で爆沈するが、味方駆逐艦の援護を受けて落ち着きを取り戻した米重巡艦隊も反撃を開始し足柄(あしがら)の装甲や砲塔が爆ぜる。


「一番、五番主砲塔大破っ!!」

「五番主砲弾薬庫で火災発生っ!!」

「右舷より浸水っ!!」

「機関室に被弾、出力6割に低下っ!!」

「後方より敵艦隊接近!!」


 集中砲火を受ける足柄(あしがら)の艦体は爆炎に包まれ右への傾斜が増してゆく、速力も低下し後方からは追い付いて来た米主力艦隊が迫って来ていた。


「ふん、まだだ! この程度で足柄(あしがら)は沈まんよっ!! 右舷被弾区画の隔壁閉鎖、左舷と五番弾薬庫に注水、各砲塔は各個判断で砲撃を継ーーぐぁあっ!!!」

「ぐぅっ! か、艦長!!」 

「構うなぁっ!! 最後の一門まで撃って撃って撃ちまくれぇええええっ!!」


 米駆逐艦の放った砲弾が足柄(あしがら)の艦橋に命中し艦長以下数名が負傷する、しかし足柄(あしがら)艦長は怯む事無く血塗れになりながらも咆哮する。

 砲は減り続け装甲はめくれ上がり甲板は炎と煙に包まれる、艦の至る所で金属の軋む音と破砕音が響き渡り足柄(あしがら)の動きは目に見えて鈍くなっていく。


 それでも足柄(あしがら)は戦う事を止めず、米駆逐艦2隻を爆沈させ米重巡1隻を沈黙させた、だが最後まで残っていた二番主砲塔が米重巡の砲撃で撃ち抜かれ沈黙すると、足柄(あしがら)艦長は総員退艦を命じた、だが艦長自身は重傷を負い動けず、艦橋に残る事を選んだ……。


「ごほっげはっ!! くく、足柄よ……飢えは満たされたか? 俺は……満足……だ」


 足柄(あしがら)は後方の米主力艦隊からの集中砲撃を受け艦尾から沈んで行き艦首が天を仰ぐ、誰も居なくなった砲塔内部で装填準備中の砲弾が重力に従って落下し、その内の一発の信管が起爆する、その爆発は周囲の砲弾を巻き込み足柄(あしがら)の艦体が裂け、周囲に破片をばら撒きながら艦が折れ砕けた。


 足柄(あしがら)の艦体が砕け引き千切れる音は咆哮の如く闇夜に響き渡り、飢えた狼と称された勇姿を黒き海底(うなぞこ)に没して行った……。



 

  ~~登場兵器紹介~~


妙高(みょうこう)型重巡洋艦

 全長250 (メートル) 全幅25 (メートル) 最大速力60 kt(ノット) 

 側舷装甲:20㎜~160㎜複合装甲(最大厚防御区画50%)

 水平装甲:10㎜~100㎜複合装甲(最大厚防御区画60%)

 武装:28㎝連装砲5基 / 12㎝連装高角砲4基 / 九二式四連装80㎝魚雷発射管4基 / 28㎜三連装機銃18基 / 九七式水上偵察機1機

 主機関:ロ号艦本八五式蒼燐蓄力炉4基


 概要:ワシントン海軍軍縮条約で主力艦(戦艦)の数に制限をかけられた日輪海軍が苦肉の策として立案した【漸減作戦】を軸に建造した戦隊型重巡洋艦、それが妙高(みょうこう)型である。


 この時代の武装と装甲を犠牲に居住性と航続性を重視して建造された欧州の巡洋艦とは真逆の思想で、居住性と航続性を犠牲にして重武装と重装甲を実現している。


 これは遠方の植民地への派遣を最重要視する英巡洋艦と、比較的近場にしか植民地を持たず漸減作戦に置いて主力艦の代替をしなければならない日輪巡洋艦の運用事情が異なる為であった。


 しかし1937年の英国女王エリザベート2世戴冠記念観艦式に招待された妙高(みょうこう)型三番艦である足柄(あしがら)を見た英国軍高官の一人が『まるで飢えた狼の様な(ふね)だ』と発言する。


 これは先述の建艦思想の違いによって欧州の巡洋艦は軽武装軽装甲で有るが為に重武装の日輪巡洋艦に対して暗に『詰め込み過ぎ』と皮肉を漏らしたのだとされる。


 だが英国軍高官の表情から彼我の性能差を実感した危機感から思わず口から出た皮肉であると見抜いた日輪軍高官は不敵に笑いながら足柄(あしがら)の二つ名を【飢えた狼】とする事を伝え、その英国高官の笑顔が引き攣ったと言う逸話が残る。


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