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架空戦史・日輪の軌跡~~暁の水平線~~  作者: 駄猫提督
第一章:東亜太平洋戦争
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第百十話:エレーナ・フォン・ノイマン

 1943年10月12日


 コメリア合衆国首都ジェラルドDCホワイトハウス


 格式高いホワイトハウスの一室、その中に設置されている会議机に座っているのは第33代コメリア合衆国大統領シルベスト・トルーマンと新任の国務長官ジェスリー・フルス・バーンズに陸軍准将レイズナー・リード・グローヴス他16名であった。


 彼等の表情は一様に沈んでおり室内には唯ならぬ空気が充満している。


「《……ともあれ、居なくなったものは仕方が無い、それで? オッペンハイマー抜きでアレ(・・)はいつ完成するのかね?》」

「《……そ、それが……オッペンハイマー博士抜きで空間連鎖凝縮制御装置を完成させるのは困難なようで、次席のボーア博士や他の技術者達も先行きは不透明である、と……》」


 トルーマン大統領が机に両肘を付き両手に顎を乗せた状態で眼光鋭く計画責任者であるグローヴス准将を睨み付け詰問する。

 それを受けたグローヴス准将は眼球を左右に泳がせ狼狽しながら額に汗を拭きあがらせ思考を巡らせるが、良い言い訳が見つからなかったのか諦めた表情でしどろもどろに現状を報告する。


 大統領を初めとするVIP達が態々集まっているのには米英加(コメリア、ブリタニアス、カナード)の合同国家プロジェクトであるマンハッタン計画に退っ引きならない問題が浮上しているからだった。


 一週間ほど前にマンハッタン計画の技術責任者であったオッペンハイマー博士が計画(プロジェクト)からの離脱を表明し、引き留めるグローヴス准将や他の技術者の説得も空しく去って行ったのだ。

 その理由は軍部がマンハッタン計画で開発中の新兵器を日輪本土やゲイルの支配地域の都市部に投下する本格的な計画を立てている事を知ってしまった為であった。


 このマンハッタン計画で開発されている新兵器の名は『蒼子核爆弾(フォトミック・ボム)』と呼称される大量破壊兵器で有り、それは蒼燐核水晶を意図的に破壊する事で水晶爆発を引き起こす、即ち蒼燐核水晶を爆弾の炸薬として利用する『核兵器』なのである。


 当初オッペンハイマーはゲイルが開発中とされる蒼子核兵器に対する抑止力として蒼燐核水晶フォトンコアクリスタルの兵器転用に渋々協力していた。

 それが抑止力では無く先制的に都市部に投下する計画が遂行中で有る事に抗議するも聞き入れられなかった為、コメリア政府に失望し去ってしまったのだった。


 問題なのは残されたプロジェクトメンバー達ではオッペンハイマーの代わりにはならなかったと言う事で有った。


「《誰か他に有力な科学者はおらんのかね?》」

「《オッペンハイマー博士と同等の科学者となると、テスラ博士かアインシュタイン博士くらいですが、テスラ博士は残念ながらお亡くなりになっており、アインシュタイン博士はオッペンハイマー博士と同じ理由で断られました……》」

「《……2億人以上も国民が居て、死者を含めて有力者がたったの3人しかおらんとはな……》」


 グローヴス准将の言葉にトルーマン大統領は眉を顰めて目を伏せ溜息を吐いた。


 蒼燐核水晶に対する学術は未だに黎明期で有り基礎理論すら確立されていない。

 蒼子核がどのような理論で無限のエネルギーを生み出しているか誰にも解明出来ておらず、蒼子学は基礎の部分を未知(ブラックボックス)としたまま人類文明に浸透した技術であった。


 そのため蒼子学に置ける物理法則は略理論物理学によって成立しており、故にその技術を牽引出来るのは数学的な仮定を以って未知の予測を正確に行える限られた天才のみと言う事になるのだった。


「《……多少の問題に目を瞑るならば、一人有力な人物が居ります》」


 重苦しい空気の中で発言したのはメッセンジャーとしてアルティーナの母親にクリスティーナの戦死を伝えた海軍人事管理局西海岸本部のケネス・セルミトン少佐(・・)であった。


「《ほう? それは誰だね?》」

「《はい、キンメル長官直属の科学者で、現在はテスラ博士から引き継いだレインボープランの統括責任者であるエレーナ・フォン・ノイマン博士です》」 


「《ふむ、レインボープラン……テスラ博士の開発した装置を用いたステレス技術の実験だったな、それで問題とは?》」

「《はい、彼女は人格……倫理観に多少の問題が有ります、今現在も収容所の日系人を使った人体実験を準備している様で……》」

「《じ、人体実験だとっ!?》」 


 セルミトンの発した『人体実験』と言う言葉(ワード)に冷静なトルーマンも思わず声を張り上げ目を見開いて驚き周囲の者達にも動揺の声が広がる。


「《勿論、ヒドゥラーゲイルの様に収容された者達に強制的な実験をしている訳では無く、法に則った本人同意の契約の下行われている実験ではありますが……》」


 セルミトンの言う『法に則った契約』とは、強制収容所に居る日系人達の家族の安全を餌に迫ったものであり、強要に近い物である事をこの場に居る者達は何となく察している。

 発言したセルミトン本人も流石に苦しいかと思っていたのだが……。


「《法の手順を踏んでいるなら何に問題も有りませんな、本人同意の証明が出来るならメディアに嗅ぎ付けられても『献身的な愛国者達』と言うフレーズで押し切れるでしょう》」


 何の葛藤も無くそう発言したのは国務長官のバーンズであった。


「《ええ、ええ! 寧ろ、合理的な判断の出来る人物ならプロジェクトリーダーに相応しいでしょう、オッペンハイマー博士の様に罪悪感から偽善心を拗らせる事も無いでしょうからな!》」


 歪んだ笑みを浮かべ立ち上がり力説するのはマンハッタン計画責任者のグローヴス准将である。


 その他の者達もエレーナの倫理観を問題視する者は居らず、寧ろその性質を肯定的に捉える発言をするばかりであった。

  

 様々な人権問題を抱えるコメリアでは『暗黙の了解』の下に白人以外の人権が軽視される事は往々にして有り、政府行政機関内でも法的な不備が無いなら何の問題も無いと考える者は多い。

 勿論一般国民を含めたコメリア全体でそう考える者が大多数かは分からないが、大量破壊兵器を都市部に落とす事を本気で考えている者達にとっては些末な事なのだろう。


 少なくともこの場の合衆国要人達は人権問題を棚上げしオッペンハイマーの後任(候補)が見つかった事に安堵するばかりであった。


「《宜しい、ではグローヴス准将、キンメル元帥に話を通した上でノイマン博士に本件を打診、了承を得られれば速やかに(人配を)実行してくれたまえ、以上で会議を終了とする!》」

 

 そのトルーマン大統領の言葉で全ては決した、グローヴス准将はその場で敬礼し速やかに退室して行く。

 その他の者達もやっと難題から解放されたと安堵し歓談しながら退室して行った。


 後に残ったのはトルーマン大統領とバーンズ国務長官だけであった。


「《それで? 共和党を初めとする野党の連中は抑えられそうかね?》」

「《……非常に厳しい状況と言わざるを得ませんな、海軍はミッドラン以前と以降で連敗し陸軍もルングを取り返され米豪分断を阻止できぬ体たらく、止めはネクサスヨークやジェラルドDCでの失態ですからな、野党だけで無く民主党内にも講和派が台頭しつつ有る様です……》」


 トルーマンは会議机に座ったまま葉巻に火を付け不機嫌そうな表情をバーンズに向けて問う。

 それに対しバーンズは神妙な表情で現状を語る。


 開戦から連戦連敗し、ミッドランで漸く反撃の兆しが見え始めた時に今度はガーナカタルで大敗しルングを取り返され。

 そこから様々な作戦を展開するも、その事如くが失敗し米豪が事実上分断され、遂には首都への空襲を許してしまうと言う大失態を犯してしまった。

 これでは講和派が台頭するのも当然で有り、だからこそトルーマンには起死回生の一打が必要で有った。

 

 その起死回生を可能とするのが他でも無く核兵器である。


 共和党にしても講和派にしても、流石に圧倒的優位性(アドバンテージ)を持ちながら講和を主張する事は出来無い。


 逆に言えば核兵器を完成させ、コメリアの絶対的な優位性を示す事が出来れば野党も講和派も世論も黙らせる事が出来る。


 トルーマンがルーズベルトから引き継いた負の遺産(負け続きの実績)を清算するには最早この一手に賭けるしか無かったのである……。


 ・


 ・


 ・


 コメリア合衆国カルホルニア州モハーブ砂漠マザナー強制収容所


 ソルディエゴから北北西170kmに存在するサンアンゼルスから北に300km、そこに日系人が収監されるマザナー強制収容所が存在する。


 実に2万人の日系人が収監されるマザナー強制収容所は高さ5mの有刺鉄線付きのフェンスに囲まれた敷地内に粗悪なバラック小屋が所狭しと建てられている。

 そのバラック小屋の中には日系人達が文字通り詰め込まれており、同性の家族同士は極力同じ小屋に入れられたが男女は分けられ、プライバシーなどは微塵も存在しない環境だった。

 食事も粗末な物が最低限の量支給されるだけであり、自由も厳しく制限され収監される日系人達は死人のように蹲る者が殆どとなっていた。


 無論、最初の内は抵抗する者も多かったが、その度に食事のグレードと量が減らされ施設内での自由も制限されて行き、次第に反抗する気力すら無くなって行った……。


 そんな時、彼らに僅かな希望が(もたら)された、米海軍主導のとある実験に協力すれば施設内の待遇に便宜を図ると言って来た科学者がいたのだ。


 劣悪な環境(ゲイルの収容所ほど劣悪では無かったが)での生活に限界を感じていた日系人達は是に飛びついた、その殆どは家族の為に……。


 最初は1000人程が船に乗せられ、目に見えない航空機の場所を当てる実験だった、それが終わった後、約束通り供給される食料の質が少し改善され、農耕地の開拓も許された。


 そのすぐ後に、また別の実験協力の募集が行われた、しかもその募集に応じた者とその家族には住環境の良い施設への転居が約束された。


 実験の内容には危険が伴う事が示唆されていたが、それでも家族の為にと志願した日系人は800人にも及んだ。


 その中から第一陣として選ばれた100名の日系人達は現在、マザナー強制収容所から西8kmに設営された『キャンプ・ノイマン』と称される研究施設に移送されている。


 そのキャンプ・ノイマンに併設される整地しただけの簡素な飛行場に1機のプロペラ機が着陸する、そのプロペラ機からは海軍人事管理局西海岸本部のケネス・セルミトン少佐とその部下2名が降り立ち、連絡を受け待っていた研究所職員に出迎えられる。


 セルミトン少佐は挨拶もそこそこに研究員の乗って来たオープン型の小型四輪駆動車に乗り込み研究施設まで移動する事になった。

 そうして10分程で到着した研究施設はプレハブ小屋を繋ぎ合わせた様な外観をしており明らかに急造の仮設建築物と言った外観であった。


「《ようこそキャンプ・ノイマンヘ、博士は現在中央研究ブロックで実験を行っておりますので先ずは管制室にご案内致します》」


 施設内に入ると同行していた研究員がセルミトンに向き直り両手を広げて歓迎の意を表す、そうして笑顔で施設内の案内を始める。


 外観はプレハブ小屋を繋ぎ合わせた様な形をしていたが、内部は広く狭苦しさは感じず壁の断熱もしっかりしている様で空調がしっかりと効いており快適であった。


 研究員は施設内を大まかに案内しながら電子機器類の詰まった部屋にセルミトンを案内した。

 管制室と呼ばれるその部屋は四方がガラス張りで周囲の子部屋の中を観測出来るようになっている。

 中央には管制機器と思われる機械類が集約されて設置されており、その中央に周囲の小部屋を見渡しながら指示を出しているエレーナの姿が見て取れた。


 エレーナの見ている小部屋は10室ほど存在し、全て同じ様な造りで部屋の真ん中には頑丈そうな固定椅子が一つ設置されている。

 その椅子には手足を椅子に固定された人間が座っており、頭には目元まで覆う奇妙なヘルメットが装着されている。

 そのヘルメットは明らかに何らかの実験機材で有り、被験者達は非常に緊張している様子が伝わって来る。


「《一番から十番まで試験ブース準備完了!》」

「《くふふ♪ それでは【クオリアブースト】試験を開始しましょう♪》」 

「《了解です(イェスマム)野良猫(ストレイキャット)小隊発進しました!》」


 弾む様な声で試験開始を宣言するエレーナ、管制室中央に佇むエレーナは嫋やかな笑みを浮かべ被験者達を見据え、周囲の研究者達は状況を固唾を飲んで見守っている。


 数分の後、何名かの被験者達が何かに気付いた様な反応を示し出す。


『《北……側……北東から何かが高速で……接近して来るっ!?》』

『《来る……来てる……方向は分からない、けど凄い速さでこっちに来てるっ!!》』

『《北北東、距離124mi(マイル)(約200km)より速度約180mi(時速約300km)で接近して来る! 数は4!》』 


 各ブース内で声を張り上げ何らかの情報を報告する被験者達、それを受けた研究者達は興奮気味にガッツポーズを取るなどしている事から、どうやら実験は成功した様であった。


 その後もエレーナの指示で野良猫(ストレイキャット)小隊と呼ばれた航空隊は進路や速度を変えるなどした様であるが、被験者達は(個人差は有る様だが)その位置と速度を言い当てていた様であった。


 だがここでバイタルモニターを監視していた研究者の顔色が変わる。


「《被験者NO-3、NO-4、NO-6、NO-8、バイタルサイン・レッド!! 血圧、脈拍共に危険域まで上昇中、脳圧も限界値ですっ!!》」

「《いかんっ!! クオリアブーストシステム緊急停止っ!! メディックっ!!》」


 先程迄の明るい雰囲気から一転、所内は騒然となり医療班がブース内に飛び込み異常が出た被験者達に救命措置を施す。

 だが懸命の救命措置も空しく、被験者4名の死亡が確認された……。


「《あらぁ……同調薬の配合が悪かったのかしら? それともマイクロプロセッサによる脳波コントロールの問題? まぁ失敗は成功の母、次に繋げて行きましょう♪》」


 騒然とする周囲を他所にエレーナは被験者の死を意に介する様子も無く嫋やかな仕草と笑顔で近くの研究者達を励ます。

 その倫理観の欠如したエレーナの行動に周囲の研究者達の表情は強張り引き攣っている。


「《どうやら実験は失敗したようですなノイマン博士?》」


 このタイミングで放置されていたセルミトン少佐がエレーナに話しかける、被験者に4名もの死者が出ている状況での行動は彼の倫理観的には憚られたものの、大統領の勅命をこれ以上後回しにする訳にも行かず已む無く行動したのである。


「《いいえ? 実験は成功しましてよ?》」

「《は? いやだが多数の死者が……》」

「《はい♪ 被験者が四名死亡しただけ(・・・・・・)です、実験自体は大成功ですわ♪》」

「《ーーーーっ!》」


 そう言って花の咲いた様な美しい笑顔を浮かべるエレーナにセルミトンは戦慄した。


 自らが主導した実験で被験者に4名もの死者が出ている、その状況で花の咲いた様な笑顔をたたえ弾むような声で大成功だと宣える倫理観を持つ人物……。


 自分は今からその人物に大量破壊兵器の研究を依頼せねばならない……。


 テスラ繋がりで彼女とは面識が有った。


 多少(・・)倫理観に問題が有るとは思っていた。


 しかし、まさかここまで(・・・・・・・)とは思っていなかった……。


 これではまるきり狂科学者マッドサイエンティスト……いやサイコパス(・・・・・)では無いか……。


 ホワイトハウスに人事関連のオブザーバーとして抜擢され、新大統領(トルーマン)の覚えめでたく有りたかったが為に口にしたエレーナ・フォン・ノイマンの名……。


 その名を口にした事を、口にしてしまった事を、ケネス・セルミトン海軍少佐は今更ながらに後悔し始めていた……。

  

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