第百九話:絵に描いた兵器
1943年9月2日 後に東亜太平洋戦争と呼ばれる本戦争は9月に入っても膠着状態が続いていた。
日輪は米豪連合残党のゲリラ戦術に翻弄されニューカルドニアの平定に手間取り、コメリアはフィジアやサモラ、ミッドラン等の要所の防備を増強しつつ壊滅に等しい損害を受けた太平洋艦隊の再編に尽力していた。
連合艦隊司令長官山本五十八は、この好機を逃さず空母機動艦隊と大和と武蔵を基軸とした打撃艦隊を以ってフィジアを攻撃し、飛行場と基地施設を破壊するべしと主張した。
然しその主張は陸軍だけで無く身内である海軍上層部からも支持されなかった。
陸軍も海軍上層部も先ずはニューカルドニアの平定が優先で有り急務であるとしたのだ。
山本はこの機を逃せばフィジアとサモラは強固に防備されるばかりか再編された米艦隊の強力な支援を受けられる事になる、そうなる前に基地戦力を漸減すべしと主張した。
だが陸海上層部の見解は超戦艦大和と武蔵が有ればどんなに強化した基地でも艦砲で容易に破壊出来、集結した米艦隊も容易に蹴散らせると言うものであった、そして山本の危機感を杞憂と一蹴して来たのだった。
已む無く山本は連合艦隊司令長官の権限で何時でも動けるよう艦隊の配置転換だけでも行おうとサントコペアに可能な限りの艦隊を集結させようと画策したが、三城航空隊を擁する第一艦隊は南進以降手薄になっている事を不安視したトーラク基地司令の強い要望で防衛から外せず、第二艦隊は編成予定の伊勢型戦艦と最上型巡洋艦の改装が終わっておらず、珊瑚海に展開する第三艦隊の移動は航空支援不足と豪州本土からの侵攻を懸念する陸軍に反対され、第四艦隊は戦力的に論外、キルバード諸島に配属されたばかりの第五艦隊の移動は現地基地司令から猛抗議を受け、第六艦隊は潜水艦隊司令群であるから除外、ルングに展開する第七艦隊は再編途上で有る事を理由に栗田提督が難色(実質拒否)を示した……。
第八艦隊は航空機輸送任務を帯びており、キルバード諸島に展開する第九艦隊は第五艦隊と同じ理由で外せない、第十艦隊は工作艦明石や給糧艦間宮等が属する後方支援艦隊であるから戦えないし不用意に最前線への配備は出来ない。
軽空母群を擁する第十一艦隊はインドラ洋の拠点を護っている為外せず、第十二艦隊はマレッカ、リュンガ、セルガポール周辺の輸送と哨戒を担っているので是も外せない。
山本が強権を発動すれば第一,第三,第五,第七,第九艦隊に関する意見を握り潰す事は容易であったが、大和事件によって不評を買ってしまった手前それは得策とは言えず、結局サントコペアに移動できたのは新設された第十四艦隊のみであった。
第十四艦隊は重巡1,軽巡2,駆逐艦11で構成される水雷打撃艦隊であり、その編成は
独立旗艦:重巡近見
第一戦隊:軽巡普天間、駆逐艦明星、暁星、相星、凍星、天星、空星
第二戦隊:軽巡高城、駆逐艦初星、金星、銀星、白星、黒星
となっている。
この14隻は第三次珊瑚海海戦で鹵獲した米艦艇を改修した物であり、重巡近見は元ボルチモア級、軽巡普天間と高城は元クリーブランド級、駆逐艦は元フレッチャー級である。
武装はほぼ鹵獲時の物をそのまま使用しているが電探や通信設備、推進機等は日輪の物に換装されている、使い勝手にあまり関係しない推進機を換装したのは聴音探知時に味方の錯誤を防ぐ為である。
とまれ、この結果を以って山本はフィジア攻勢の好機を逸したと悟った、そして大和と武蔵が在れば負ける事は無いと過信し始めている上層部に対して危機感を募らせた……。
いや、現状は確かに大和と武蔵は無敵に近い、だが其れがこれからも続くとは限らない、日輪に造れた艦が何故超大国コメリアに造れないと思えるのか、大和と武蔵の性能を生かすならコメリアが対抗策を打ち出せていない今しか無いと何故分らないのか、そんな簡単な事が理解出来ていない上層部と、そしてそんな上層部を説得し切る事が出来なかった自分に対し山本は酷く落胆したのだった……。
そんな山本を乗せた一式陸攻が浜須賀海軍基地飛行場に着陸する。
山本がタラップから降りると一人の高級将校が笑顔で出迎えて来る、山本も笑顔で挨拶を交わすその人物は浜須賀鎮守府司令官『古賀 峯和』海軍中将で有った。
古賀は大艦巨砲主義論者ではあったものの、航空機主兵論にも一定の理解を示し山本や井上、米内などと個人的にも親しくしている。
開戦前は対米英条約協調派の1人であり、海軍軍縮会議の際は海軍省先任副官を務め条約締結に尽力した穏健派である。
山本と古賀は久方ぶりの再開に笑顔で歓談しながら滑走路に乗り入れた車に乗り込み浜須賀鎮守府に向かった。
程なくして到着した浜須賀鎮守府のロビーには多くの軍関係者が集まっている、その中には大きな笑い声が耳に障る九嶺鎮守府司令の豊田中将や大和の電算室で日和の調整に携わっていた第六技研の技術中尉である山崎、同第六技研副所長の木手、第一技研の技術将校に艦政本部の次長と海軍省の海軍次官に陸軍省の幹部まで居る、そして何故か宮内庁と外務省の高官までもが出張って来ていた。
「……何時から浜須賀鎮守府は伏魔殿になったんだい? 早くも赤城に帰りたくなったんだけど良いかな?」
「ははは、御冗談を、我が家が伏魔殿になった私の事を見捨てるおつもりで?」
ロビーに入った途端、引き攣った笑みを浮かべながら言葉を零す山本に古賀は紳士的な笑みを崩さぬまま逃すかとばかりに釘を刺す発言をするが、勿論どちらの言葉も半分冗談である
「……この後合流する迎技術団との兼ね合いが有るから外務省関係者が居るのは分かるんだけど、何故宮内庁の人間まで居るんだろうね?」
「今回の新兵器性能試験が陛下の勅書に関係しているからですな……」
「ああ……ウルキア人保護を示された陛下の詔に対するゲイルとの外交問題か、成程それで外務省と宮内庁が一緒に居る訳だねぇ……」
現在、先日の日輪帝国が強行したウルキア人保護に対してゲイル側は日輪帝国の行いをグロースゲイル第三帝国の資源に対する接収であるとし、加えて死刑囚を勝手に開放するのはゲイルの国法に対する冒涜で有ると非難して来ていた。
それに対して日輪は当然の人道的配慮に基づく行動であり国際的に何ら問題は無く、件のウルキア人死刑囚達はインドラ洋に置ける軍事協力の見返りで有るから当然の権利として対価の受領を行っただけで有り、受領した人的資源をどう扱うかは日輪の自由であると回答した。
日輪帝国にウルキア人を処分させる思惑で有った黒十字党親衛隊長官のヒムラーはこの回答に納得せず、ウルキア人死刑囚は誘導兵器の部品として脳のみを提供する予定で有ったとして、脳は進呈するが胴体の部分は返却するよう通達して来た。
当然、その様な要求を受け入れる訳にはいかない日輪政府は、苦肉の策として第六技研が開発中であった誘導技術を用いた兵器を提供されたウルキア人の脳波を用いる事によって完成した兵器と偽り、その性能試験を迎技術団の前で実演する事になったのであった。
つまり今回ゲイルに供与されたウルキア人の能力を日輪の技術と組み合わせる事によって日輪の誘導兵器技術が完成した、と言う事にしウルキア人の身体を部品とするゲイルの技術よりも容易な方法で誘導技術を確立した事を示す、と言う事である。
それにより日輪の誘導技術には生きたままのウルキア人が必要であり以ってウルキア人殺害は日輪の国益の損失であると訴えている訳である。
無論そんな都合の良い話をゲイル側が信じる筈は無いが、ゲイル側の『提供するのは脳だけ』『死刑囚の勝手な開放はゲイル国法への冒涜』と言う2つの主張を否定するには十分で有った。
提供するのが脳だけでは、より容易な方法を確立した日輪の技術に対して軍事協力の見返りにはならなくなるし、国法への冒涜と言われても死刑囚を連れて来たのはゲイル側の勝手な判断で有り生きたままのウルキア人が必要な日輪側には何の関係も無い事だからである。
要はゲイル側の持って来た技術資材で使えるのが生きたままのウルキア人だけだから受け取るのは生きたままのウルキア人だけですよ、と言う事なのだ。
勿論その主張を押し通すには今から行われる実演性能試験でゲイルの誘導技術を否定出来るだけの性能を日輪側が示さなければいけない訳では有るが……。
その明暗を決するべく山本を含めた日輪視察団と迎技術団は鎮守府の埠頭で合流し視察船(元旅客船)に乗り込んだ、そして皇京湾出入り口で護衛の海防艦と新型の大型駆逐艦と思しき艦と合流した後、夢島群島から南東50kmの海域まで移動する。
その海域には既に第四艦隊(練習巡洋艦鹿島、香取、峯風型駆逐艦6隻、空母鳳翔)が周辺の安全確保の為に展開していた。
そして護衛の海防艦に随伴して来ていた大型の駆逐艦1隻のみが視察船団から離れ洋上に展開する。
『是より試製改三型艦対空誘導噴進弾の実演性能試験を開始します、手前に展開して居りますのは我が大日輪帝国海軍の誇る最新鋭の霧雨型駆逐艦の一番艦霧雨であります、全長182m、全幅22m、最大速力70kt、武装は15㎝連装汎用速射砲2基 、60㎝連装対艦噴進砲2基 、八連装噴進砲4基、30㎜多銃身機関砲12基 、そして本試験で使用する噴進弾垂直発射装置70基を備えております、標的は夢島飛行場より飛来する零戦五型60機となっており上空と海上から8機の航空機と6隻の艦艇から撮影も行っております、大日輪帝国海軍艦政本部第六技研の技術の結晶を存分に御視察下さいませ!』
船内放送で山崎の声が響くと皆の注目が最新鋭駆逐艦霧雨に集まる、霧雨は駆逐艦にしては幅広な形状の艦体に高雄型重巡洋艦を思わせる巨大な艦橋と独自の電探構造物を持ち、その全長と排水量は長良型軽巡洋艦を上回っている。
武装配置は艦橋前方に15㎝連装汎用速射砲2基を背負い式で備え、艦橋建造物後方に60㎝連装対艦噴進砲2基を背負い式で備えている、艦橋構造物左右には八連装噴進砲2基(計4基)と30㎜多銃身機関砲12基 が設置され、そして噴進弾垂直発射装置が一番主砲塔の正面(艦前部)に40基と60㎝連装対艦噴進砲の正面(艦後部)に30基備わっている。
その駆逐艦霧雨を山本と古賀が視察船の甲板から双眼鏡で眺めている。
「ふむ、あれが霧雨型駆逐艦か、然し噴進弾垂直発射装置を搭載している艦なら秋月型駆逐艦で良かったのではないかな?」
「はい、私も秋月型を手配するつもりだったのですが、第六技研側から霧雨を使う様、強い要望が有りまして……」
「……その心は?」
「発射装置が30基しかない秋月型より70基有る霧雨の方が迎技術団に対する見栄えが良いから、と……」
「やれやれ、(試製改三型艦対空誘導噴進弾の)一発当たりの単価を知るのが怖いねぇ……」
「はは……」
その山本の言葉に古賀は乾いた笑いで返すしか無かった、実際この性能試験で使われる費用はかなり膨大な額になっているからである……。
試製改三型艦対空誘導噴進弾は誘導弾としては既に完成された性能を持っており、改ニ型と改一型を含めれば実は42年の半ばには形になっていた、それが今だに実用化されていない理由は本兵器の誘導装置に天照や日和の電脳の技術を転用した簡易型電脳が搭載されている事で、その為に一発辺りの単価が現代の日本円で15億円程となっているからであった……。
これは剱に搭載される二式空対空噴進弾が2000万、大和に搭載されていた試製一式対空誘導噴進弾が3億である事から試製改三型艦対空誘導噴進弾の単価が如何に(悪い意味で)破格で有るかが分かるだろう。
その(悪い意味で)破格の試製改三型艦対空誘導噴進弾を迎技術団への見栄えの為に70発(約一千億円)も使用すると言うのである、山本が遠い目をし古賀が渇いた笑いを発したのも当然であった……。
だがウルキア人保護は神皇の詔で有るから、それを成す為の必要経費と言われれば誰も否とは言えなかったと言うのが実情となる……。
そんな日輪視察団を迎技術団に随伴して来ているSS隊員達は忌々し気な視線で睨み付け、迎技術団の技術者達の雰囲気も重苦しく護衛の国防軍の将兵も緊張感が漂いかなりピリ付いた空気が充満している。
そんな中で奮闘しているのは日外務公使と迎遣日特使達で有り、海軍次官や木手と迎技術者達を引き合わせ半ば無理やり歓談の場を設けて険悪化している日迎の距離を何とか保もとうと必死であった。
そんな中、ついに実演性能試験が開始された。
視察船の頭上を最大速力の零戦五型20機が曲芸飛行を披露しながら通過し場を盛り上げる。
これは別に遊び心と言う訳では無く零戦五型の機動力と運動性能を見せ付け、高速機動の戦闘機に対空兵器を命中させる事が如何に難題であるかを示す目的で有った。
零戦隊は20機づつ3部隊に別れ標的である駆逐艦霧雨を三方向より強襲する構図を取る。
対する霧雨はその零戦隊の動きを最新の対空電探で早期に感知し秋月型より高度な火器管制電探の照準内に捕捉する。
次の瞬間、前後甲板の垂直噴進弾発射装置のハッチが一斉に開き、そこから次々と試製改三型艦対空誘導噴進弾が白煙を噴き出しながら飛び出していく。
そうして蒼空に飛び出た70発の試製改三型艦対空誘導噴進弾は白煙の糸を軌跡に残しながら進路を三方向に別れ超音速で零戦に向かって加速する。
刹那、複数の破裂音が蒼空に響き、十数機の零戦の機体が黄色い発光塗料に塗れる、これは演習弾仕様の試製改三型艦対空誘導噴進弾に被弾した事を表すもので有り、つまり撃墜判定を意味する。
一瞬で十数機の零戦が落ちた事で日輪視察団からは感嘆の声が挙がるが、試製改三型艦対空誘導噴進弾の真骨頂はここからであった。
正面から急接近した試製改三型艦対空誘導噴進弾を見事に回避した四十数機の零戦であったが、ほっとする暇も無く背後からUターンして来た試製改三型艦対空誘導噴進弾に追われる事になる。
零戦の操縦士達は自身の技術を駆使して振り切ろうと急旋回や急降下を行うが、試製改三型艦対空誘導噴進弾は執拗に喰らい付き次々と零戦の濃緑色の機体が黄色い発光塗料で染まっていく。
結果、60機の零戦隊は僅か3機を残しほぼ全滅してしまった、ウルキア人保護の観点から見れば僥倖であるが彼等零戦隊の隊員達には本試験がウルキア人の命運に関わる事は伝えられていない、つまり全力で挑んだ結果であるから発光塗料塗れの機内は通夜のようになっていた。
この結果に木手や山崎達第六技研の関係者は歓喜に沸くが山本や試製一式誘導弾の性能向上に難航している第一技研の技術者達は何とも言えない微妙な表情をしていた……。
だが其れよりも強張り血の気の退いた表情を浮かべているのは迎技術団の技術者達とSS隊員達であった。
本来、対空誘導弾の標的は艦を撃沈可能な脅威である攻撃機だが、今回の試験ではより撃墜が難しい戦闘機が使用され其れを容易に撃墜した、それも運動性能に定評のある零戦を、である。
これは試製改三型艦対空誘導噴進弾が非常に高度な追尾性能を有している事を証明している。
何より迎技術者が驚いたのが、殆ど攻撃が重複していなかった事である。
普通数十の標的を同時に攻撃すれば人間の判断力で有っても同じ標的を狙ってしまう事は往々にしてある、それは人間の脳を部品としているゲイルの誘導兵器も同様である。
然し試製改三型艦対空誘導噴進弾は各誘導弾の狙いが重複する事無く、迷いなく個別の標的を狙っていた、これは火器管制電探によるものなのか試製改三型艦対空誘導噴進弾の情報共有性能なのかは分からないが迎国の水準すら凌駕する驚異的な技術力で有る事だけは確かであった。
この結果を見せ付けられた迎技術者達は愕然としSS隊員達も絶句していた。
この後、報告を受けた迎本国はウルキア人の返還要求を取り下げ、迎技術団には早々に帰国命令が出される事になるのであった。
然し試製改三型艦対空誘導噴進弾は費用対効果や量産性の問題から正式採用には非常に高い壁が有るのが実情で有り、実用性の有る迎国の誘導技術に興味を示した日輪陸海軍将校もまた少数ではあるが存在していた……。
結局の所、高価すぎて使えない兵器など絵に描いた餅とさほど変わらず、絵に描いた餅より多少の毒が有れど食える餅の方が良い、と考える者がいるのは戦争と言う現実を思えば仕方が無い事かも知れない……。




