幕間48
幕間48
「それで、聖女様の行方は分からないというわけか。」
グロックの、人を小馬鹿にした態度は、目の前にいるリリアーナの部隊の一人に向けられていた。
最も、目の前にいる兵士は、リリアーナ直属の親衛隊の隊長格の男性である。
一兵士あろうとも、単純な家柄、地位は、たかが傭兵団の団長上がりのグロック等よりは、圧倒的に上であり、本来であれば、このような屈辱に耐える必要などない身分である。
だが、そうでありながらもグロックの言葉を彼が耐えているのは、一つに、目の前にいるのは、グロックだけでなく、ロットという自身の直属の上司もいること。
そしてもう一つ、現在の状況、聖女リリアーナの行方不明という事態、その事が起きたその場に居ながら防ぐことができなかった責任を痛感しているからであろう。
「さて、我々は、どうするべきですかね。聖女様の件については、正直、関係がないといえば関係がないのだがね。」
グロックは、突き放すような態度を見せながら、近くにいるネーナに問いかけるように声をかける。
「あら。グロック。そうは言うけれど、あの人とリリアーナ様が一緒にいる可能性が高い以上、いずれにせよ私たちも関わらずを得ないでしょう。」
そんなグロックを窘めるようにネーナは言葉を返す。
最も、そのネーナも、リリアーナの救出自体には、懐疑的な反応を見せている。
「だが、いつまでもこうしているわけには行かないでしょう。奴が完全に姿を晦ます前に、少しでも早く動き出すべきでは?」
そんな二人に対する抗議の意も込めて、ロットは、強い口調で即時出発を主張する。
しかし、そんなロットを見つめ返す彼らの目は、どこか冷めきったものであった。
だが、そのことに対してロットは、反論の言葉を飲み込む。
元々この集まりは、今回の裏切り者達、その中でも特にセレトの始末を任された部隊である。
そのような状況であるが故、本来の任務と直接の関係がないリリアーナの件に重きを置かないことを咎められる状況ではなかった。
最も、それは建前であり、ロットにとって到底納得ができる話でなかった。。
ロットからすれば、自身の主であり、親しい友人ともいえるリリアーナの救出に重きを置きたいのが本音であったし、自身の追跡対象であるセレトが、リリアーナの行方に大きく関わっている以上、一秒でも早く動き出したいという強い思いがあった。
そのため、セレトの追撃部隊として収集をされた他のメンバーたちが見せている現在の態度、進め方に対する強い不満があったし、もしこれが王国からの直接の命令でなければ、メンバーを無視して、自身ですぐに打って出たいという本音もあった。
リリアーナがセレトと共に居なくなり、早数日。
だが、ネーナ達は、セレトを追うこともなく無駄に時間を消費していた。
そのことに対し問いかけようとも、未だに情報の収集を理由にここに留まり続けるネーナ達に対する怒りを感じながらも、王国上層部の意向に逆らってまで独断で動く気概をロットは持てなかった。
「既に手は打ってるよ。ロット様。もうすぐ情報が揃う。それから動くのが一番手間がないだろう。」
だから、自身の問いに、グロックがこのように投げやりに答えてきても、それ以上、強く言い返すことをロットはできず、その言葉を受け入れるしかできなかった。
最も、その眼には、不満がありありと出ていただろうが。
「おやおや。あんたは、納得ができないかい?だがな、俺たちの本来の任務を忘れてはいないのだろうか。」
グロックは、ロットに対し小馬鹿にした態度で言葉を続ける。
「グロック、口を慎みなさい。」
だがネーナが冷ややかな口調で、そんなグロックの言葉を止める。
「あーそうでしたな。いや、ロット様、少々口が過ぎましたな。」
グロックは、わざとらしい笑みを浮かべて、こちらに頭を下げてくる。
「ふん。だが貴公もわからないものだな。自身の主を裏切り、そして今から討とうという話であるのに嬉々として動いている。まあ傭兵の忠誠心等、所詮その程度の物か。」
そしてロットは、そんなグロックに対し皮肉を交えて問いかける。
最も、その問いに対する答えなど期待はしていなかったが。
「ほう。そちらの目にはそう映るか。まあ、そうだろうな。」
だが、グロックは、予想に反し、興味深げな態度でロットの問いに反応をする。
そのまま、さも可笑しそうに笑みを浮かべながら、口を開く。
「どうせだ。時間があるし、簡単に俺とあの方の関係を話してやるか。何、動き出せるまでの間の暇つぶしだ。」
そう笑いながら、グロックは、語り始めた。
「俺が、セレト卿と初めて会ったのは、敵同士だった。ある戦場で、雇い主様が率いている俺達の部隊と対峙していた部隊に、あの方がいたのさ。」
グロックは、当時を思い返すように目線を上に向ける。
「当時、俺は雇い主様に嫌われていてな。主戦場から外れた場所に予備の戦力として待機をしていたんだ。戦の方は、まあこちらの優勢で順調に進んでいたよ。俺は退屈だったがね。だが、あるタイミングでその流れがガラリと変わった。」
グロックは、そこで言葉を切り、当時を思い返しているのか、演出なのか、一度目を閉じ、一呼吸を付いた。
「セレト卿が本格的に動き出したのさ。その時まで優勢だったわが軍は、あの男が放つ呪術で一気に部隊が崩れた。だが、それ以上に俺の目に焼き付いている光景がある。」
グロックは、語気を強め言葉を続ける。
「それはな、他を圧倒する力でこちらの部隊を徹底的に、されど残忍に殺し続ける光景さ。あの時、俺は、こちらを圧倒するその力に見惚れたんだ。」
そうグロックは話し終えると、余韻に浸るように目を閉じた。
ロットは、そんなグロックの言葉の意味を考える。
いずれ、セレトと対峙するときに役に立つ情報があるのかもしれない。
「あの人を人と思わないような圧倒的な力。俺は、その力に恐怖をして一目散に逃げた。後ろじゃ、味方がどんどん倒されていたが、元々離れた場所に配置されていた幸運もあってか、俺は、何とか逃げ切れた。だがな、あの時感じた、圧倒的な力を目にして逃げるしかできなかった時のごちゃまぜの感情が俺を今でも苛むんだよ。」
そんなロットの様子も目に入っていないのか、グロックは強い口調で語り続ける。
「だからな、俺は一つ誓っているんだ。あの時無様に逃げた記憶に打ち勝つために、あの方を倒すってな。」
そして、最後の言葉を終えると、グロックは、話しているうちに興奮した肩の息を抑えながら、落ち着いた口調で、その思いを口にしていた。
ロットは、そんなグロックの言葉の中から、必要な情報を考えようと、思考の整理を始める。
「準備ができたようね。」
だが、そんなロットの思考は、ネーナの言葉によって中断させられる。
見ると、先程の集まりの時にも見えた、黒いローブの人物が、ネーナの後ろに控えていた。
「セレトの場所が分かったようね。向かうわよ。」
ネーナの言葉をロットは理解できず、一瞬怪訝な顔をする。
「単純な話だ。セレトの近くにこいつの分身体?というか身体の一つというべきか。まあそういう存在が近くにいる。それを通して、こちらはセレトの逃亡先がわかるというわけだ。」
そんなロットに対し、グロックが補足の説明を入れる。
「いずれにせよ、逃げた先に向かうしかないだろ。お前の隊長である聖女様もそこにいるかもしれないしな。」
そうグロックは、言いながら席を立つ。
「わかった」
ロットは、リリアーナの救出のため、その一歩を踏み込んだ。




