第四十四章「罵り」
第四十四章「罵り」
「おや、奇遇だね。まさかこっちに来るとは。」
セレトが放った魔術、投げつけられた闇の刃を光の盾で打ち消しながら、リリアーナは、セレトに声をかけてくる。
その表情は、セレトを強く見据えながら、されど依然として、聖女という高貴さ、優雅さをまとったものであった。
「ふん。」
だが、セレトは、そんなリリアーナを無視し、その場からの逃走経路を見極めると一気に逃走に入る。
どれぐらいの数かわからないが、リリアーナの周囲には、多数の部下達が控えている。
有象無象の雑兵ではない。
聖女と言われるリリアーナの直属の兵士達である。
対してこちらには、アリアナが一人。
個々の将の、多少の力の差等、多勢に無勢、大軍相手には、意味などないことを、セレトは重々承知していた。
「逃がすな!」
だが、そんなセレトの考えを嘲笑うかのように、リリアーナの声に反応した、彼女の部下達がセレトの行く手を阻む。
倒すか、それとも、迂回するか。
一瞬の思考の後、セレトは、目の前の兵士を倒すための魔術を放つ。
セレトの魔力の動きに気が付いたアリアナも、その動きに合わせて、同時に魔力を放つ。
セレトが放った、漆黒の多数の槍、アリアナが呼び出した数体のスケルトンが、一気に目の前の兵士達に襲い掛かる。
目の前にいる兵士の一団を全滅させることは難しいかもしれないが、セレトが逃げ切るための隙を生み出すには、十分な魔力のはずであった。
「レジスト!」
だが、目の前にいる兵士の一団のリーダー格の男が、一声叫ぶとともに生成された光の壁によって、セレトの魔力の槍は塞がれ、スケルトン達は、その壁に触れていく端から消滅をしていく。
リリアーナ直属の兵士達ということもあり、中途半端な攻撃を通すことは、早々簡単なことではないようであった。
さて、どうするかと兵士に囲まれたセレトが考え込んでいると、爆音と共に空中に光弾が打ち上げられる。
空に打ち上げられた光弾は、辺りを一瞬、明るく照らすと、その光景が嘘のようにあっという間に収束し、その光は、闇に飲み込まれていった。
「照明弾か?!」
セレトは、足を止め憎々しげに吐き出す。
「合図を飛ばしたよ。そう時間をかけずに、周囲の部隊がここに駆けつける。さあどうするかね?」
リリアーナは、そんなセレトをどこかに楽し気に見つめながら語りかけてくる。
その高慢な口調。不愉快な声色。そして追い込まれているという現況。
だが、この状況下でありながらも、セレトは、まだ笑みを浮かべる余裕があった。
そんな主の様子もあってか、部下であるアリアナも余裕を見せた表情で、こちらを見ている。
「それで?貴様は何を望むんだい?聖女様。」
そしてセレトは、皮肉を込めた口調でリリアーナに問いかける。
「貴方がそれを言う?セレト。恩義ある国を裏切り、そして今、これまで殺しあった相手の元に寝返ろうとしている。」
リリアーナは、淡々と、されど強い感情を抑えた声でセレトに語り掛けてくる。
その言葉に耳を傾けている時間が、自身を不利にするものと理解しながらも、セレトは、その言葉に耳を傾けてしまう。
それほどまでに、目の前の聖女、リリアーナが述べる言葉の底に込められた強い感情には、セレトを引き付ける何かが存在していた。
「貴方は、この国では特別な存在。だと思っていたのだけどね。買い被りだったのかしら。」
リリアーナの言葉は続く。
セレトは、その言葉を聞きながら、周囲の様子を確認する。
周囲から近づいてきているであろう他部隊の動きを考慮しても、左翼方面の守りが薄い模様である。
最も、リリアーナの目も、こちらを油断ならない表情で、こちらの動きを追っている。
いずれにせよ、何らかのリスクを負うことを前提に仕掛けるしかないであろう。
「その高い力を持ちながら、どこの派閥にも属さず、ただただ王家への忠誠心のみが真実という生き様、尊敬はしていたのだけどね。この国の腐った部分、派閥政治に、様々な陰謀。貴方は、そことは無縁だと信じていたのだけどね。」
リリアーナの言葉は、徐々に力強く、感情が入り混じったものへと変わっていく。
「面白い考えだね。まあ君の言う通り、この国は腐っているんだろうけどね。」
逃走経路を考えながら、セレトは、リリアーナに言葉を返す。
「だが貴方は、そこに堕ちた。この国への忠誠ではなく、国家を裏切ることとなった。この国の腐った部分に属することとなった。私は、それが我慢ならないんだ。」
リリアーナは、刀をこちらに向けながら、その刀身に魔力を込め、力強い言葉でぶつけてくる。
セレトは、その言葉を受け止めながら、仕掛けるタイミングを見極めようとする。
「私を殺そうとしたことも、本当は、そこまで恨んでいないんだ。もし君が国家への忠誠のために、動いているのであれば、それも仕方ないと受け入れられはずなんだ。」
淡々としながらも、リリアーナの言葉は、徐々に強くなっていく。
「ほう。それなら見逃してほしいものだな。」
セレトは、そんなリリアーナの言葉に対し、軽い調子で言葉を返す。
右翼方面が、若干、敵の囲みが薄いように思えたが、恐らくあちらの方角から先程の照明弾を見た増援部隊が向かってきているのであろう。
それを承知で進むべきか否か。
いずれにせよ、完全に包囲されるまで、そう余裕はなかった。
「だが、貴様は、ただ自身の私利欲のためだけに動いていた!あの老害の利益のために、祖国を裏切った!そして、今、完全な敵へとなろうとしている!」
セレトの言葉を無視したリリアーナの言葉は、もはや強い感情をむき出しにした叫びであった。
「だから、私は、貴方を許す気はない。」
リリアーナ、冷たく言い切る。
同時に、彼女の腕が魔力によって光をまとい始める。
その動きに呼応し、セレトも術式を呟き始める
「ここで朽ちろ!セレト!」
リリアーナの絶叫に合わせ、彼女の部下達が一斉にこちらに襲い掛かる。
同時にリリアーナが振った腕から、大量の光の矢がセレトに向かった放たれる。
「はっ!お前如きに討たれる筋合いはない!」
それに呼応し、セレトは魔力を開放する。
同時に、周囲に黒煙が展開され、リリアーナが放った光の矢を打ち消していく。
「先の戦いのように、逃がしはしない!やれアリアナ!」
同時に、後ろに控えていた、アリアナに声をかける。
「はい!死ね!ゴミどもが!」
その言葉に反応し、アリアナが込めた魔力を展開する。
同時に、リリアーナ達の足元に、丸い影が現れる。
その穴のような影に、敵が気づくか気づかないうちに、影より黒い四本指の腕が大量に生み出され、一気にリリアーナ達に襲い掛かった。
「うわあ!」
「くそ!なんだこいつらは?」
「助けてくれえ!」
「まて、統制を乱すな!」
急な奇襲によって、リリアーナ達の部下は、一気に混乱に陥る。
その様子を見ながら、セレトは、次の一手を手早く放つ。
「ほらよ!」
セレトが腕を振るうと、展開された黒煙が一気に広がり始め、そのまま混乱しているリリアーナ達に襲い掛かる。
混乱をしている中、黒煙に飲み込まれたリリアーナの兵士達は、一気に身体に毒が回り倒れていく。
セレトの魔力が込められた特殊な黒煙は、吸い込んだ者達の身体を一気に麻痺させ、その動きを封じていく。
「全員、体勢を立て直せ!光の壁を張れば、十分に対処はできる!」
そんな状況でありながらも、将であるリリアーナは大声で指示を出し、その言葉通りに自身の魔力で防護壁を張り、セレトとアリアナの放った魔力を弾き飛ばす。
同時に、その言葉が届いた彼女の部下達も、急ぎ防護壁を展開し、セレト達の攻撃を防いでいく。
最も、その反応が遅れた者達は、セレト達の呪術によって一気に動きを封じられ、すでにリリアーナの部隊は、半壊の状態に陥っていた。
「くそ!逃すな!」
聖女とは思えない口汚さで、リリアーナは指示を飛ばす。
「誰が逃げるって?」
そしてセレトは、そんなリリアーナに皮肉を飛ばしながら、一気に彼女との距離を詰める。
「?!セレト卿!」
黒煙の中から飛び出し、一気に刀を構えてこちらに向かってくるセレトに気が付いたリリアーナが、武器を構えて迎撃の体制をとる。
「行きがけの駄賃だ!このまま死んでくれ!」
そんなリリアーナに、セレトは、一気に刀を振るい襲い掛かる。
ガキン!
二人の武器がぶつかり、鍔迫り合いへと移行する。
「これ以上好きにはさせない。」
リリアーナは、強い言葉でセレトの刀を受け止めながら、その眼に強い力を込めて、セレトを睨みつける。
「あぁそうかい!」
セレトも、睨み返しながら、鍔迫り合いを続ける刀に魔力を込める。
そして、セレトに魔力を込められた彼の愛刀は、鍔迫り合いを続けているリリアーナの刀を徐々に浸食をしながら、使い手の命を奪うとする。
だが、リリアーナの光の魔力が、そんなセレトの闇の魔力を包み込み、その力を封じようとしてくる。
「俺もな、お前がすごい嫌いだったよ!」
吐き捨てるようなセレトの言葉と共に、込められる魔力のレベルが一段階上がる。
同時に、リリアーナの光の魔力が弾かれ、同時にセレトの刀から飛び出した、大量の闇の刃が一気に聖女に襲い掛かった。
「このまま死にやがれ!」
口汚い、セレトの言葉と共に、リリアーナの白い体に、鎧を貫通したセレトの漆黒の刃が沈み込んでいった。
第四十五章へ続く




