第四十三章「黒い追撃」
第四十三章「黒い追撃」
「追ってはこないようですね。」
脱出路である、トンネルを歩きながらアリアナがセレトに恐る恐る声をかけてくる。
魔女と恐れられ、凡そ恐怖という物と無縁なはずの彼女の声色に、どこか恐怖という物が感じられるのは、きっと追手の存在のせいではないだろう。
それは、自身の主君である、セレトのどこかおかしい様子に気が付いたからであろう。
現状、セレトが目指しているのは、俗に共和国地帯と言われている、小国が乱立しているエリアであった。
多数の都市国家の集合体である、共和国は、周辺国家への対抗から、軍事面においては協力をしあっているが、その一方において国家間において必要以上の交流が行われておらず、多種多様な人種が常時入り混じっているエリア。
潜む場所を間違えなければ、十分に再起のための時間を稼げるであろう。
だが、そのようなことは、王国の追手達も重々承知のこと。
追手にばれている潜伏先への逃亡程、リスクが高い選択肢もないであろう。
そして、セレトが逃げる可能性が高いエリアである以上、その道中における守りは、決してやわなものではないであろう。
既に、謎のアサシンに追われているのである。
この追手が、より強力になることも、十分に理解はしていた。
最も既に道は共和国方面を舵を切って動き始めている。
ここから今更進路の変更等を行い、余計な時間を使っている暇はなかった。
それゆえセレトは、共和国へ向かって全力で移動を開始する。
だが、それは同時に今共にいる部下、アリアナについても早急な判断を下す必要があるということであった。
グロックと違い、確かに囚われて衰弱をしており、先の襲撃でもアリアナは狙われていた。
また、隠れ家にいる間も、セレトを売り渡そうと思えば、いくらでも方法があるにもかかわらず、彼女がそのような動きを取った形跡はなかった。
だが、そのような状況でも、セレトは、アリアナを信じることはできなかった。
既に腹心であったグロックに裏切られているのである。
それに、アリアナが、グロック達と同じ組織に属していないだけの可能性もある。
彼女は、彼女の考えで、セレトに牙をむく可能性は十分にあった。
最も、アリアナがセレトに忠誠を誓い続けている可能性も十分にあった。
もしそうであるなら、ここで彼女を処分するということは、ただでさえ少ない自身の戦力を余分につながることに他ならなかった。
いや、今更考えたところで遅いか。
いずれにせよ、今は、追手をまき、逃げ切ることだけが重要であった。
「っ、3-A地点に配置した使い魔が倒されました。追手かと思われます。」
そのような中、アリアナから慌てたような報告が入る。
やはりこのまま逃げ切れるほど甘くはない。
そう考え、セレトは警戒態勢に入る。
アリアナも魔力の展開を始める。
いずれにせよ、トンネルという一般道の限られた空間においては、相手の来る方角が分かり切っている以上、対処の使用はいくらでもあった。
「ひひ。見つけました。」
だが、そんなセレト達の予想とは違う方向。
自身の進行方向より声が聞こえる。
あの隠れ家襲ってきたアサシンの声。
そう気が付いた瞬間、一瞬の閃光がきらめき、アリアナの首と脇腹が切り裂かれる。
「えっ?」
間抜けそうな声を上げ、アリアナは倒れる。
どちらの傷もそれなりの深さがあるが、まだ生きてはいるようであったが、致命傷ともいえるような傷を負ったこともあり、すぐには戦力としては役に立たないであろう。
「いけませんなぁ。セレト卿。貴方の程の優秀な人物が王国を見捨てるなんて。さあ、ご一緒に帰りましょう。」
そう言いながら、こちらが進んでいた道の先、進行方向の方角から、隠れ家で遭遇したアサシンが現れる。
「王国に対する裏切りは、対価を払えば許してもらえますよ。ねぇ。」
ねちこっち喋り方と共に、こちらに影のようにすっと近づいてくるアサシン。
その動きには、音も質量も感じさせず、気が付くとすっと距離を詰めてくる。
「しつこい奴だな。失せろ。」
そういいながら、セレトは一瞬の隙をつき、自身の愛刀に呪いの魔力を込めて切りかかる。
少しでもかすれば、一気に呪いが回り、相手を戦闘不能に貶めることができるはずであった。
ぐさり。
セレトが振るった刀は、相手のマント事、その肉体を貫く。
同時に、セレトの魔力が反応し、その身を一気に腐らせる。
「いやはや。罪を重ねるだけですぞ。ひひひ。無駄なことですよ。」
だが、セレトの背後から、今目の前で突き刺したはずのアサシンの声が聞こえる。
同時に、セレトが突き刺しているアサシンは、一気に黒い煙をまき散らし消滅をする。
そして、後ろから殺気を感じたセレトは、慌てて武器を構えなおす。
ガキン。
「おやおや。気が付かれましたか。」
間一髪。
いつの間にか背後に回っていたアサシンの一撃を止めながら、セレトは、再度の攻撃を放とうとする。
「ふふふ。無駄ですよ。ひひひ。」
だが、その攻撃は、影のように一気に黒くなり、そのまま煙のようにアサシンが消えたことにより不発に終わる。
その攻撃の原理を見極めようとするセレトだったが、目の前に一気に迫ってきた黒い物体に気が付き、慌てて迎撃の体制をとる。
黒い塊、カラスを象った魔力の塊が複数羽、セレトに襲い掛かる。
驚く暇もなく、セレトは、魔力の壁を生成し、その攻撃を防ぐ。
同時に、アサシンの気配を感じた場所に向けて急ぎ錬成した、闇の魔力を練って生み出した短刀を投げつける。
「きひひひ。そっちじゃありませんね。」
だが、セレトが短刀を投げつけた方向とは、正反対の場所からアサシンは話しかけてくる。
同時に、向こうより殺気が迫ってくるのを感じてセレトは、慌てて身をそらす。
間一髪。
先程までセレトの身体があった場所に、アサシンが振るった刀が通り過ぎていく。
「おやおや。これを避けますか。いひひひ。やりますな。」
不愉快な声をあげながら、アサシンは、その居場所を次々に変えていく。
セレトは、その声に追いつけず、一端、息を整える。
「ねぇねぇ。セレト卿。貴方は、何を望んでいるのですか。この私にも勝てない程度の力で、生き延びることに何の意味がありますか?」
アサシンの不愉快な声がセレトにい響く。
確かに状況は、よくなかった。
だがセレトは、ここから改めて逆転の一手を考える。
ここで生き抜くための方法は、すでに頭に浮かんでいた。
「おやおや、どうしました?覚悟を決めましたか?」
そんな立ち尽くすセレトを見て、アサシンは、わざとらしい言葉づかいで話しかけながら、こちらに近づいてくる。
最も、その方角は、声が四方八方を反射させられ、確認ができなかったが。
「なら、ここで死んでください。」
そして、セレトの背後から声が聞こえた。
その瞬間、セレトの首にナイフが突きつけられ、一気に、その刃が引かれた。
同時に、セレトの首は切り裂かれた。
「きひひひひ。これで終わりですかね。」
暗殺者は、歓喜の声を上げる。
「あぁ。お前がな。」
その言葉にセレトは、皮肉を込めた声で言葉を返す。
「えっ?!」
アサシンが言葉を発した瞬間、その身体に、セレトの切り裂かれた首から漏れ出た魔力の身体がいっきょに襲い掛かる。
黒い泥のような物質が、そのままアサシンの身体にまとわりつく。
指向性を持った、魔力の塊。
セレトの呪いの力が込められた魔力から逃れるよう、アサシンは慌てて距離を置こうとする。
最も、その魔力の塊が周囲を覆い尽くそうとしている状況は、少々距離を置いた程度では逃げれるものではない。
アサシンもそのことに気が付いたのか、すぐに逃走を行おうとする。
「逃がすか!」
だが、セレトは、その身を逃がさぬよう、相手に刀を投げつける。
アサシンは、その攻撃を避けようと一瞬足を止める。
その瞬間、セレトが放った呪術が、アサシンの身を包もうとする。
「ひひひ。危ないですな。」
だが、アサシンは、囚われそうになった瞬間、自身の影に飛び込み、その場から逃げ出す。
影。
それがこのアサシンが使っている秘術。
影から影に渡り歩き、その場所をずらしているだけの行動。
だが、ネタが割れてしまえば、その対策は容易である。
影の魔術は、一時的に姿を眩ませようと、そのすぐ近隣にその身を晒すことになるという欠点がある。
それゆえ、セレトは慌てることなく、手持ちの短刀を一本を無造作に投げつける。
「きひ。危ないですな。」
ドンピシャで投げつけられた短刀を防ぎながら、アサシンはそのままさらに距離を取ろうと、一気に動き出す。
だが、その動きはすでに読んでいた。
「申し訳ありません。和が主。今目覚めました。」
その言葉と同時に、アリアナが放った黒い槍が一気にアサシンの身体を貫く。
「あ、れ?」
アサシンが、間の抜けた声を返す。
「悪いな。このまま死んでくれ。」
セレトは、倒れこんだアサシンに近づきながら、武器を構える。
元々アリアナも、呪術に魅入られた者。
その身は、既に人の理から外れており、致命傷を与えられても、少々行動不能になる程度の傷に過ぎないということを、理解し得いなかった時点で、アサシンの負けはきまっていたのであろう。
最も、目の前のアサシン等、今更倒しても意味がないのであろうが。
「まあいいさ。ユラお前だろ?」
セレトは、淡々と、アサシンに声をかける。
アサシンは、すぐに動く様子もない。
いや、正確にはすでに動けないのであろう。
「ふん。やはり人形か。」
アサシンがまとっていたローブを剥ぐと、そこには魔力が込められた小さな人形が倒れていた。
込められた魔力で肉体を構成し、人形を核に暴れまわってたのであろう。
そして、この込められた魔力の質、音質こそ変わっていたが、人形の喋り方。
これらを統合すると、アサシンは、ユラの玩具であるとみるべきであろう。
「お前の主のために動いてきたんだがな。」
皮肉を交えて声をかけるが、既に魔力が抜けた人形からは、何の反応もなかった。
「セレト様。いかがいたしましょうか?」
アリアナが、身だしなみを整えながら、散らばった荷物をまとめて、声をかけてくる。
すでに、戦いの傷はある程度、癒えているようであった。
「進むぞ。」
そう一言声を変えすと、セレトは、アリアナと共に歩き始める。
ユラが自身の敵に回ったことの意味を考えながら、同時にヴルカルの真意を考える。
だが、それも今更が考えてもしかたがないのかもしれない。
なんせ、セレトはすでに王国とは縁を切るのである。
今の王国のしがらみ等、気にしてもしょうがないであろう。
「出口です。」
しばらく進むと、アリアナがいう通り、脱出路の出口が見えてくる。
だが、同時に出口の向こうに複数名の追手の気配を感じた。
王国も馬鹿ではないということであろうか。
アリアナもそのことに気が付いているのか、余計ないことを言わずに、セレトの指示を待っている。
その様子に、会釈をもって返し、セレトは武器を構え、魔力を込め始め、戦闘の準備を整える。
出口の向こうにいる奴らを倒せば、そのまま一気に国境を越えられるであろう。
最後の戦いとなる、扉の向こうの敵との戦闘に、どこか一抹の寂しさのようなものを感じながら、セレトは、一気に扉を開き、目の前にいる敵達に飛び掛かった。
「待っていたよ。セレト卿。」
だが、そんなセレトの目に飛び込んできたのは、美しい金髪、整った顔を厳しそうな表情に変えてこちらを睨んでくる女。
聖女、リリアーナが部下達と共に待ち構えていた。
そして、それを認識したセレトは、ふと笑みを浮かべる。
自身の心残り。
やり残したこと。
最後の宿敵であり、気にくわない、あの女に屈辱を味わさせられる機会が転がりこんできたことに、喜びを感じながら、セレトは、魔力を放った。
第四十四章へ続く




