第四十二章「黒対黒」
第四十二章「黒対黒」
「外の様子はどうだ?」
ぼろぼろのベッドの上に寝転がりながら、セレトは部屋に入ってきたアリアナに声をかける。
古いベッドは、その動きに合わせて変な音を立てるが、それを無視して強引に身体を起こすと、ぎぃっと一際高い悲鳴を上げた。
「普段より兵士もおりますが、そこまで警戒はされていないかと。少なくとも、この場所に的を絞ってはいないようです。」
アリアナは、変装の魔術(単純な認識阻害と、容姿を少し弄る程度の簡単な物)を解きながらセレトに応える。
「ふん。ここを知ってる奴は、早々いないからな。」
そう言葉を返しながら、セレトは、軽く息を吐く。
アリアナを救出し、グロック達から逃げ出したのが、二週間前。
そのままセレトとアリアナは、追手を避け、今、ハイルフォード王国の王都、ルルトに用意していた一つの隠れ家に潜んでいる。
ボルスン砦を脱出した後、セレトは、追手が国外脱出阻止に動く裏を付き、あえて本国に逃げて、ほとぼりが冷めるのを待つことにした。
もちろん、ボルスン砦から一番近い国、今回の戦争相手だったクラルス王国方面へ逃げるのは、論外であろう。
多くの国民を虐殺し、敵将にも顔を覚えられている自分を、あの国が受け入れてくれる可能性に賭けるほど、セレトは楽観性をもてなかった。
最も、当初よりここに長居をするつもりなどなく、適当に隙を見てさっさと他国へと亡命をするつもりではあった。
腐っても大国であるハイルフォード王国にて一軍を率いていた経験、一貴族として持っている機密情報、そして自身の呪術師の腕前。
この力を、それなりの値段で買ってくれる宛の一つや二つがないわけではなかった。
だが、本国に戻った後、セレトはどこに逃げるか、頭を悩ませていた。
元々亡命者の末路等、碌なものではない。
選択肢を間違えた結果、全てを失う可能性も十分にある。
そしてそのようなこと考えているうちに、ヴルカルが聖女暗殺を企んだ咎で追われる身になったことが耳に入ってきた。
ヴルカルは追手を振り払い逃亡をしたということであるが、結果、王国内全土は、反逆者の捕縛のために厳戒態勢に入り、セレトも早々動けなくなった。
なんせ外には、ヴルカルの関係者達を追う者がうようよいるのである。
たとえ目的外のターゲットであろうと、国家の反逆者であるセレトも見つかった時には、十分にめんどくさいことになるであろう。
この状況をどう打開するか。
そう考えながら、今一度現状を見直す。
今、自身の下に残った部下は、目の前にいるアリアナだけである。
そして自身が今いる場所、王都の中に用意した隠れ家の存在は、恐らくセレトしか把握をしていない場所である以上、早々にばれる可能性は低い。
だが、それも確実とは言えない。
ここを抑える際、まったく事情を知らない浮浪者の一家を使いこの場所を抑えさせたが、それでも噂はどこから漏れるかわからないものであった。
むしろ、自身の魔力を探れるような探知者が相手にいた場合、そこから居場所をつかまれる可能性も高い。
そうである以上、ここに長居をしている暇はなかった。
「ヴルカル卿達は、まだ捕まっていないようです。ただ、彼に関係をしていたと思われる貴族たちの逃亡が目立っていますね。最近では、ルーサ卿が逃げ出したようです。」
アリアナは、淡々と報告を続けている。
「そうか。」
適当に言葉を返しながらセレトは、目の前にいるアリアナについて考える。
果たして彼女は、信じられるか否か。
グロックの裏切りは、予想以上にセレトの心に猜疑心を植えつけていた。
最も今更どうこう考えてもしょうがない。
必要なのは、ここからどう逃げるか、そしてどこに逃げるかという点であろう。
万が一裏切られたとしても、アリアナであれば、何とかすることができる宛はあった。
「ヴルカル卿は、北のほうへと逃走をしたようですね。近々、大規模な追撃部隊が組織されるとか。」
アリアナの報告は、まだ続いていた。
「それだな。」
アリアナの報告を遮りながら、セレトは、言葉を挟む。
「それだとは?」
主の急な発言に、少々驚きながらアリアナは、言葉を返す。
「北に警戒が向くなら、そのタイミングで違う方角に逃げればよかろう。」
つまらなげにセレトは、言葉を放つ。
「なるほど。確かにそれが定石ですね。」
こちらの提案に乗った彼女を、セレトは観察をしながら頭を働かせる。
彼女が今言った情報が果たして誤りか正しいのか。
いずれにせよ、ここに留まり続けているより可能性は高いであろう。
「まあ動くしかなだろう。準備をしておけ。」
そう言い放ちセレトは、自身の仕込みのために席を立つ。
換金用のいくつかの宝石や、簡単な物資だけであったが、ここからろくでもない逃亡生活に入る以上、万全を期すに越した事はないであろう。
自身の追手が、どこに潜んでいるかもわからない状況である。
追手がヴルカルに集中をするか、あるいは、セレト達はすでに国外逃亡をいていると認識をしていてくれればいいが。
一度最悪を経験したい以上、常に最悪の状況を踏まえて動くに越した事はないであろう。
「逃げ切れればよろしいですがね。」
だが、そのセレトの思考は急に耳元で囁かれた言葉によって遮られる。
「何者!?」
同時にセレトは、魔力を込めて黒煙の剣を形成し、後ろに切りかかる。
「ふむ。腕はいいようですな。」
だが、その剣をすりると避けられる。
攻撃を避けた相手、黒衣をまとったアサシンは、セレトに短刀を向けて立ちはだかる。
「だが、この私を倒すことは、」
そう言葉を放ったアサシンは、そのままセレトが、アサシンの背後に召喚をした黒剣に貫け倒れる。
「どうしましたか?」
音に気が付いたのか、慌てたようにアリアナが飛び込んでくる。
「ちっ敵襲だ。すぐにここをずらかるぞ。」
どこから情報が漏れたか一瞬考えるが、すぐに思考を切り替える。
既にこの場所は割れている。
それが事実である以上、この場で無駄なことを考えても仕方があるまい。か。
「ふむ、それは無駄ですね。」
だが、その思考は、倒れているアサシンの声で遮られる。
「まだ生きてやがったか。」
そういいながら、セレトは、再度アサシンのほうに目を向ける。
そして、その眼に映る光景に驚愕する。
黒剣に貫かれたアサシンの身体が、徐々に膨らみ始めていた。
自爆かと、セレトが一瞬考えた瞬間、その身体は破裂し、一気に大量の黒い鳥、カラスが飛び出す。
「ちっ、化け物が。」
そういいながら、セレトは一気に距離を取り脱出路に向かう。
アリアナも慌てた様子にこちらについてくる。
「化け物ねぇ。」
カラスの群れは、こちらに追いかけながら話しかけてくる。
「それは、あんたも同じじゃないのかね。きひひ。」
癇に障る笑い声を放ちながら、追ってくるカラスに対し、セレトは、魔力の壁を作り、その動きを防ぐ。
「おやおや。逃がすつもりはないんですがね。」
そうは言いながらも、カラスは、その壁に阻まれこちらを追ってこれないようであった。
「セレト様、急ぎましょう。」
アリアナに急かされ、セレトは、脱出経路に向かう。
「きひひひ。まあ、また改めて出会いましょう。」
カラスの放つ、不快な笑い声を耳に残しながら、セレトは、脱出路を全力で走り抜けた。
その言葉の意味も、声も、今は気にすることはできなかった。
第四十三章へ続く




