第四十一章「計算外の戦い」
第四十一章「計算外の戦い」
「何をしやがる。」
ぼやくような口調で、セレトは目の前のグロックに問いかける。
腹には、グロックが突き刺した短刀。
血がにじみ出ると同時に、刺された個所から刺し傷の痛みと別の違和感が広がってくる。
魔力を狂わせる魔術師殺しの毒でも塗られているのであろう。
「すまんですなぁ。旦那。」
グロックは、いつものにやけ笑いでこちらを見ながら言葉を返す。
同時に短刀をひねり、セレトの傷口を広げてくる。
「旦那のことは、まあそこまで嫌いではなかったのですがね。雇い主様の命令には逆らえねぇ。」
グロックは、いつもの品のない声で言葉を続ける。
「お前の主は、俺だろ。」
無駄だと知りながらも、セレトは、反論をする。
だが、理由はわからなかったが、グロックは、今や敵なのである。
そうである以上、この場から逃げる算段を立てるしかないであろう。
肩に担いだアリアナは、衰弱をしており、すぐに動くことは難しそうである。
そんな状態の彼女を助けながら、この場から、どのように逃げればいいのであろうか。
「ふふふ。主ね。まあそうだったかもしれませんが、まっ長い付き合いだ。抵抗しなければ楽に殺してあげますよ。」
そういいながら、グロックの短刀を握る手に力が込められる。
このまま腹を切り裂くつもりなのであろう。
己の身体の内で刃物が動く感覚を感じながら、セレトは、思いっきりグロックを蹴飛ばした。
ガシャン。
グロックを蹴飛ばした反動で、セレトは、後ろの鉄格子、アリアナが先程まで閉じ込められていた檻に身体をぶつける。
蹴飛ばされたグロックは、短刀を手放し、バランスを崩したようによろめいたものの、そのまま倒れず、何とか踏みとどまった。
「おー、痛いな。」
そう言いながら、セレトは、淡々と腹に刺さった短刀を抜く。
案の定、何らかの対魔術の措置を施されていた武器であったのか、刺された傷は、普段のように再生をせず、鈍い鈍痛をセレトに与えながら、血を身体の外に運び出していた。
「貴方様の手の内はわかってますからね。まあすいませんが、降参してくださいな。」
グロックは、笑いながら長剣を取り出すと、こちらに切っ先を向けながら語りかけてくる。
確かにグロックが、こちらを刺した短刀の効果は絶大であった。
大抵の傷を癒してくれる、セレトの蘇生は発動せず、また、魔力も碌に練れないため、お得意の呪術を発動させることもできない。
部下のアリアナは、先程セレトがグロックを蹴飛ばした時の衝撃で床に投げ出されていたが、動く様子もない。
薬か何かを盛られていたのか、まともに動けない様子でもあったため、そもそも戦力としては期待できなかったが。
そして、ここは敵地である。
グロックは、こちらが来るのを読んでいた、つまり明らかな罠でもあり、時間をかければ敵の増援も現れるであろう。
つまりセレトは、目の前にいるグロックを、短時間で、純粋な自身の剣の腕で倒し、アリアナを連れて脱出をする必要がある。
それは、確かに難しい話であり、グロックがこちらに降参を呼びかける理由もよくわかる状況ではあった。
「なるほどな。誰が描いた図かわからんが、ずいぶん適当な絵に落とし込まれたものだな。」
だが、セレトは、状況を見直した上で、軽く言葉を返す。
確かに以前の自分では、このような状況から抜け出すすべはなかったであろう。
しかし、今は状況は違った。
「おや、旦那。強がりを言うのは結構ですが、もう状況は詰んでいると思いますよ。」
グロックは軽口を返しながら、されどもセレトの言葉から何かを感じ取ったのか、警戒の色を見せながら、武器を構えなおす。
「そうかな。まあ、見せてやるよ。」
セレトは、笑いながら、再度身体に魔力を練り直す。
自身の身体を、魔力の粒子に変え、呪術の塊へと変貌をさせる。
グロックの短刀は、セレトの魔力のコントロールを阻害することで、セレトの手札を封じていた。
ならば、魔力のコントロールをあきらめればいい。
自身の身体を魔力の塊とし、その呪術の塊となった力を、ただただ暴走をさせればいい。
セレトが何をしようとするのか、正確には察せずとも、自身の優位が崩れたことには、気が付いたのであろう。
武器を構えたグロックは、一気にセレトに切りかかってきた。
だが、そんなグロックの太刀は、セレトの身体に触れるも、魔力の塊となりつつあるセレトの実態を捉えられず、空を切る。
「おやおや、逃げる気ですかね。」
グロックは、そんなセレトを挑発するように言葉を放つ。
最も、自身の目論見が外れ、ただただ、無意味に刀を振るうだけの今のグロックの言葉は、負け惜しみのように響くだけであったが。
「さあな。」
その言葉に、短く言葉を返し、セレトは、体内の魔力を暴走させる。
ドン。
重い爆発音とともに、四方八方を吹き飛ばすような魔力の衝撃が駆け巡る。
「逃げられたか。」
爆発が収まり、ぼろぼろとなった周囲の様子と、いなくなったアリアナ、セレトが立っていたあたりを見つめながら、グロックは、一人呟く。
「そう遠くには逃げられないだろうが、どうするべきかね。」
独り言のように言葉を呟きながら、グロックは立ち上がる。
周囲は廃墟のように崩れており、いくつか外へと通じるような大穴も開いていた。
グロックは、ふらふらと、その穴の一つから外を眺めようと歩き始めた。
ドスン。
そんなグロックは、鈍い音に反応して、後ろを振り返る。
そこには、自身の腹を剣で貫いたセレトが立っている。
「おや?旦那。まだ、いたんですかい?」
そういいながら、グロックは、一気に武器を振り回してくる。
「いや、もう立ち去るよ。」
セレトは、そんなグロックの剣を防ぎながら言葉を返す。
魔力を暴走させ姿を隠し、隙を見て攻撃を仕掛けたが、腕利きの傭兵であるグロックは、とっさに致命傷を避け、まだ十分に余力があるようであった。
一方、セレトは、魔力を暴走させることはできたが、先程グロックに刺された短刀によって、未だに魔力が練れず、まともに術を使えない状況であった。
魔力の暴走は、消耗が大きく、そう何度も放てないことを考えると、今、セレトが使える武器は、手に握っている剣のみ。
これ一本で、グロックを倒すことは、早々簡単なことではないであろう。
「そうですか。でもまあ、そう簡単に逃すわけにはいかないんですわ。」
そう言いながら、グロックは刀を振るってくる。
その刀を、セレトは、うまく避けながら、慎重にタイミングを計る。
「そうカッカとするなよ。」
そして、セレトは、グロックに真正面から一気に飛び掛かる。
「?!血迷ったんですかい?」
急なセレトの行動に驚いた声を上げながら、グロックは、刀を振るう。
正面から無防備に飛び掛かってきたセレトの身体は、それで真っ二つになったはずであった。
だが、その刀は空を切る。
「悪いな。」
グロックの驚いた表情を尻目に、セレトは、一気に駆け抜ける。
「デコイですか?!」
グロックが慌てたような表情で、こちらを見た瞬間、セレトは、既に先程の魔力の暴走の際に開けた穴から、アリアナを抱えて外に飛び出していた。
そのまま地面に転がり落ちると、すぐに体制を立て直し、周囲に錯乱用の魔術を込めた霧を放ちながら、一気にこの場から逃走を図る。
グロックに切らせたのは、魔力で象った囮であった。
常時のグロックであれば、あれがただの魔力の塊であることにすぐに気が付いたであろうが、先に刺した傷から、簡単な錯乱の魔力を流し込んでいたこともあってか、うまく目をそらすことができた。
「どこに行くかな。」
だが、自身にとって貴重な手駒の一つと思っていたグロックの予想外の裏切りは、セレトの計算を大きく狂わし、今後の方針を大きく変えさせることとなった。
なぜ、そして何時からグロックは自身の元を離れたのか。
聖女の暗殺計画の露呈に彼は関わっているのか。
そして、グロックがいう雇い主とは誰なのか。
自身が知らないところで、動き始めている状況に嫌気を感じながら、次に行くべき場所を求め、セレトは改めて、次の方針を固めるのであった。
第四十二章へ続く




