幕間39
幕間39
「すでにもぬけの殻です。」
既に空き家となった屋敷を探索している部下達の報告にうなずきながら、ロットは、一つため息をつく。
どこか安堵も感じながら、されど、聖女リリアーナの部下兼友人としての不安も合わさった不可思議な感情は、ロットの心ひたすらに不安定にさせていた。
「どこかに隠し部屋があるかもしれない。徹底的に調べろ。」
厳しいい声で指示を出しながら、ロットは、屋敷内部をあてもなく彷徨う。
ここはヴルカルの屋敷。
以前より聖女暗殺の黒幕として目をつけられていた彼の屋敷に、証拠が揃い踏み込んだのは今朝のことであったが、既にヴルカルは部下と共に逃走した後であった。
もぬけの殻となった屋敷を歩き回りながら、ロットは、適宜部下達に指示を出していく。
急な逃亡ゆえか、屋敷内には、多数の一財産を築けそうな金銀財宝が残されている。
最も、ロットが求めているのは、そのような財産ではない。
ヴルカルが、聖女の暗殺に関わっていたという確固たる証拠である。
既に逃げ出したという点においては、ヴルカル達が罪を認めたのも同様ともいえるかもしれないが、事は、そう簡単ではなかった。
腐っても、最大派閥の貴族の幹部である。
暗殺に関わった証拠もない状態で、中途半端に時間を与えてしまえば、その時間を活用し、改めて力を蓄え、この地に戻ってくる可能性は十分に高い。
そして今、そのような状況を防ぐためにロットは部下達ともに動き回る。
最も、既に人の気配をしない屋敷の静寂は、そのようなロットの決意を嘲笑うように、何も彼らに与えることはなかったが。
「どうしますか。」
一人の兵士が不安そうに言葉を発する。
その眼の怯えの色を認め、ロットは、心の中で軽く失望を覚える。
彼らが恐れているのは、この捕り物の失敗の責を取らされることのみ。
大捕り物ともいえるヴルカルの逮捕には、様々な勢力の思惑が関わっていることもあり、中々実行がされない状況であった。
そのような中、彼の危険性を特段強く訴え、今回、多くの思惑を無視する形で動いたのがロット達であった。
それゆえ、今回の作戦の失敗は、ロットにきっと大きな不利益をもたらすであろうことは、火を見るより明らかではあり、そんなロットと運命共同体ともいえる、彼の部下達の恐れもわからなくはない状況ではあった、
最も、そのような状況を恐れている暇はなかった。
「すぐにこの状況を、お偉方に伝えろ。ヴルカル卿が逃げたとな。それと、情報を集めてすぐに追手を放て。」
心の焦りが出ないように声色に気を付けながら、ロットは手早く指示を出す。
そんなロットの指示を聞いた部下たちは、すぐに行動を開始する。
その様子を見送りながら、ロットは、屋敷の探索を続けることにする。
何か、ヴルカル達の行く先を記したものでも見つかれば上出来であるが、そこまでの期待は正直なかった。
ただ、座して報告を待つぐらいであれば、多少なりとも身体を動かしているほうが、気晴らしになった。
慌てて逃げだした代償ともいえる、散らかった部屋を漁りながら、ロットは自身の主、リリアーナのことを考える。
生存報告を受けた彼女の主は、今も療養中ということで、ロットも会えてはいなかった。
だが、彼女がもたらした情報により、ヴルカルの裏切り、そして、セレトの関与が明らかになり、王国は、ようやく重い腰を上げ、ヴルカルの捕縛を命じたのであった。
ヴルカル自体、もともと敵対している派閥の幹部であり、黒い噂が絶えない男であったためか、今回の黒幕であることは、そこまで驚くに値しない話であった。
だが、セレトの関与については、リリアーナはどう思っているだろうか。
ロットが知っている限り、リリアーナは、セレトについて必要以上に嫌っている様子はなかった。
いや、むしろ彼女は、セレトという存在に興味を持っていたのではないか。
怪しい呪術師であり、その傍若無人な態度から敵が多いセレトであったが、同時に彼の自由な生き様を、リリアーナは高く評価をしているようであった。
最も、そんな彼女の思いに関係なく、セレトは、彼女と敵対をする道を選んでいたが。
セレトが自身と敵対する存在であることを、リリアーナはどう思っているだろうか。
そのようなことを考えながら、屋敷内を歩き回っていると、ロットの元に兵士の一人が報告に訪れた。
「ロット様。屋敷の地下室に、秘密の出口が発見されました。」
報告をしてきた兵士は、よっぽど急いでやってきたのか、大分息を切らした状態で、言葉を発した。
「わかった。すぐに探索を進めよう。私も向かう。」
ロットは、その兵士に応えながら、手に力を入れる。
まずは、目の前の課題を片付けるべきであろう。
今から進む道が正解か否かわからなかったが、この道を進むことについて、ロットの心は、どこか直感的に、何かが起こる可能性を訴えてきていた。
いずれにせよ、自分はできることをやるべきであろう。
30分後。
ロットは地下室で、急ぎ集めた10人程の手練れの部下と共に、発見された地下室の入り口の前に立っていた。
鬼が出るか蛇が出るか。
「行くぞ。」
一声をかけ、ロットは部下達と共に入り口をくぐる。
入り口の先に広がる隠し通路は、狭いながらもしっかりと整備されていながらも、長い間使われていなかった場所特有の黴と埃臭さが混ざった臭いがした。
そして埃が積もった通路には、明らかに最近、誰かが通過した形跡が残っていた。
少なくとも、最近、誰かがこの道を使ったことは間違いないだろう。
その状況を眺め、ロットは、周囲に控える部下達に視線を送る。
部下達は、そんなロットに視線を返す。
「全速で追うぞ。」
一言指示を出すと、ロットは、足に一気に力を入れた。




